雲居の神子たち

紅城真琴

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再会の嵐②

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***

「そう、なのね」

戻ってきた尊は今日一日調べてきた話をかいつまんで聞かせてくれた。

白蓮を差し出せと言っているのは町の名刺で米問屋主人。
巷では善人で通っていて悪評はない。
50過ぎのくせに結婚はしておらず、女好きだとの噂もない。

「目的は何かしら?」
話を聞いていた八雲が口にした。

「わからない。ただ、死相は感じなかった」
「し、死相?」
思わず声が上ずった。

「死相は、死期が近いときにのみ現れるものじゃない。その人が人を殺めたり、食らったときにも乗り移るものだ」

人を食らうって・・・
出かかった言葉を必死に飲み込んだ。

「それは人じゃなくて、鬼だな」
吐き捨てるように言う石見。

「ああ。でも、あの男は鬼でも魔物でもない」

「じゃあ、何なのよ」
八雲が語気を強める。

確かに、お金を積んで女の子を買おうっていうのは真っ当な大人の所業ではない。
それも、随分と陰湿な罠まで張って。

「落ち着け。俺だってあいつがまともだって言うつもりはない。もちろん悪人だと思う。ただ、白蓮を食うために企んだことではなさそうだって」

「ああああぁー」
突然、お母さんの叫び声が部屋中に響いた。

***

「どうですか?」
戻ってきたお父さんに、声をかける尊。

「貰い物の葡萄酒を飲ませたから、よく眠っている」
「そうですか」

興奮したお母さんを奥の部屋に連れていき、宇龍が持っていた眠り香と葡萄酒で何とか眠らせた。
お父さんが「大丈夫だから」と背中をさすりながら、白蓮が手を握っていた。

さっきまであんなに気丈にふるまっていたお母さんが、尊の一言で気が狂ったようになってしまった。
きっと、我慢していたものが溢れてしまったんだろう。

「もう少し、言葉を選ぶべきでしたね」
みんなが思っていて言えなかったことを、宇龍が口にした。

「どんなに取り繕っても、現実は変わらない。無駄にやさしい言葉を選ぶのは現実逃避の詭弁だ」
宇龍をにらむ尊。

「それでも、不必要に悲しませる必要はない」

尊は言い返さなかった。
悔しそうに唇をかんだ。

「では、計画を聞きましょう」
宇龍は姿勢を正し、まっすぐに尊を見つめた。

***

お母さんを気遣って白蓮と志学がお母さんの側についている。
八雲とお父さんは夕食の片づけをするからと、外へ出て行った。
ここに残ったのは私と尊と宇龍と石見。

「それで、これからどうするつもりですか?」
この中では一番の年長者である宇龍が、尊に問う。

「とりあえず、行くしかないだろうな」
「はあ?」
無意識に声が出ていた。

それはその、私が白蓮の代わりに行くって意味よね。
そりゃあ覚悟はしていたけれど、尊ならもっといい提案をしてくれるかと・・・

「何かいい策があるのですよね?」

「なくはないが、どちらかと言うと行くしかないって感じだな」

ほかに道はないってことか。

「稲早、大丈夫か?」
不安げな表情をした私の肩に、尊が手をのせる。

「うん」

大丈夫ではないけれど、やるしかない。
このままじゃ白蓮の身が危ないんだから。

***

「なるほど、分かったわ」

尊の話を聞き、少し気持ちが落ち着いた。
これから何が起きるかわからない不安は消えた。
心配はあるけれど、尊を信じてみようとも思えた。

「安心しろ。何があっても稲早のことは俺が守る」
「うん」

前にも思ったけれど、尊の言葉には不思議な説得力がある。
尊が「大丈夫だ」と言えば本当に大丈夫だって気になってしまう。

「で、具体的には?」
冷静な宇龍の突っ込み。

「まず、相手の指示通り今夜10時に男の家に出向く」

「私が行くのよね?」

「ああ。町で顔とか身に着けるおしろいを買ってきたから風呂に入ったら支度をしてくれ」
「うん」

「男の家は住居兼店舗になっていて、店舗の二階には従業員たちも住んでいるが、渡り廊下でつながった住居には男が一人で住んでいる。10時に裏木戸を三度ノックしろって指示らしい」
「へー」

そこからは私一人ってわけね。

「稲早、本当に大丈夫か?」
「う、うん」

ここまで来て逃げ出すことはできない。
やれるところまで、やるしかないんだ。

「今ならまだ,引き返せます」
私を見て話す宇龍の目が笑っていない。

もし私が望むなら、宇龍は今すぐここから連れ出してくれるだろう。
でも、白蓮の境遇を知ってしまった私にそれはできない。

***

お母さんが沸かしてくれた一番風呂に入り、お化粧をして白蓮の服を着た。

「うわー、キレイ」
感嘆の声を上げる八雲。

確かに、鏡に映る私はいつも以上に真っ白で異世界な感じさえする。
日ごろから動き回っているせいか白蓮よりもたくましい手足をしているけれど、パッと見ただけではわからないんじゃないかと思うほど、よく似ている。

「娘が一人増えたみたいね」
先ほど目覚めたお母さんも、目を見張る。

これほどよく似ていれば、相手の目もごまかせるだろう。
あとは尊の作戦がうまくいくことを祈るだけ。

「稲早さん」
奥の部屋から出てきた白蓮。

「もうすっかり支度ができたのね?」

いつもとは違い旅支度をした白蓮は、肩を超える長さの髪を結いあげ肌色の化粧もしている。
この格好なら、人目を引くことはなさそう。

「本当に、ごめんなさい」
私の手をとり、涙を浮かべる白蓮。

「大丈夫、私のことは尊が守ってくれるから」

安心してと、そっと肩を抱きしめた。

***

「さあ、行こう」

石見に声をかけられ、私は腰を上げた。

これから先は岩見が相手の家まで連れて行ってくれる。
もちろん、門を入れば私一人だけれど覚悟を決めた以上行くしかない。

「白蓮、体に気を付けるのよ」
不安げなお母さん。

「大丈夫だから」
白蓮は精一杯笑ってみせる。

いつかまた親子で笑いあえる日が来る。
今は、それを信じるしかない。


石見に連れられ町に向かう私と、八雲と宇龍に連れられ山の方に向かう白蓮。
白蓮は山を越え隣の町で志学と合流することになっている。
はじめは志学と白蓮で逃げる計画だったけれど、夜道は宇龍や八雲が一緒の方が安心だろうと計画変更となった。

「稲早さん、お元気で」
「白蓮もね」

私たちは家の前で別れた。
もう二度と会うはずのない私と白蓮。

いつか、遠い未来に、私と白蓮が明るい日差しのもと笑いあえる日が来ることを信じたい。
持って生まれた運命はどうしようもないことだけれど、精一杯生きて幸せを見つけてほしい。
遠ざかる白蓮の背中を振り返り、私は覚悟を新たにしていた。
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