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再会の嵐①
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「志学、遅いわね」
扉の隙間から外を伺いながら、不安そうな白蓮。
「心配しなくても、もうすぐ帰ってくるわよ」
内職をしながらお母さんが答える。
その光景を私はぼんやりと眺めていた。
私には経験の少ない親子の時間。
もしかなうなら、私だってこんな時間を過ごしたかった。
でも・・・
「稲早さん、どうかしたの?」
私の表情が曇ったことに気づいたお母さんが声をかけてくれる。
「大丈夫です」
「そお?本当に、ごめんなさいね」
「いえ」
白蓮の事情を知ってしまった今、お母さんたちを恨む気持ちはもうない。
気の毒だと思うし、もし自分が白蓮の立場なら同じ行動をとったのかもしれないと思っている。
こうなったのも運命と言ってしまえばそれまで。何とか打開策を見つけるしかない。
「そうだわ、せっかくだから今日はお赤飯を炊きましょう」
何かを思い出したように、お母さんが手を打った。
え?
お赤飯ってお祝いの料理。
ごちそうには違いないけれど、今夜のような日にふさわしいのだろうか?
「お赤飯は嫌い?」
私の反応を見て、お母さんが首をかしげた。
「いいえ、好きです」
お赤飯は深山でも年に何度か出る特別な料理。
お米と小豆が柔らかく炊きあがったところに、ごま塩をかければ何膳でも食べられる。
でも、
「ちょうど小豆もあるから支度をしましょう。今からなら間に合うと思うから」
「ええ」
それ以上何も言えなかった。
小豆は納屋にしまってあるからというお母さんについて、畑と納屋に材料の調達。
私もお手伝いに同行し、一緒に季節の野菜も収穫して夕飯の材料がそろった。
あとは帰って料理をするだけと、家へと向かおうとした時、
「稲早っ」
大きな声で名前を呼ばれた。
え、嘘。
私はその場で固まった。
***
まっすぐに私めがけて駆けてくるのは、八雲。
昨日の晩まで一緒にいた親友。
「どうして?なんで八雲がここにいるの?」
「それはこっちのセリフでしょう」
ああ、そうか。
確かに、姿を消したのは私の方だった。
「一体何をしているのよっ」
八雲にしては珍しい怒鳴り声。
「ごめんね、心配かけて」
事情を説明するよりも先に、まず謝った。
今この時間にここにいるってことは、私を探しに来てくれたんだろう。
きっと心配をかけたに違いない。
「稲早様」
八雲の後ろに控えていた男性に声をかけられ、顔を見て息が止まりそうになった。
「え・・・宇龍」
八雲の登場よりも、宇龍が一緒にいることの方に驚いた。
ここに宇龍がいるってことは、私の失踪が深山で大ごとになっているということ。
かなり、マズイ状況。
「ここではなんだから、入っていただきましょう」
庭先にいるにはかなり目立つ2人を前に、お母さんが家の中へと勧めてくれた。
「とにかく、入りましょう」
この場で人目につくのは本意ではないし、宇龍も八雲もこのまま帰ってくれるとは思えない。
であるならば、事情を説明するしかないだろう。
***
「それで、稲早は白蓮さんの身代わりにするために誘拐されて、事情を聴いて何とかできないかと策を練っているのね」
「うん、そうなの」
八雲たちが事情を理解してくれるのに1時間ほどの時間がかかった。
何しろ、家に入った瞬間白蓮がいて、2人は固まってしまったのだ。
まずは白蓮の境遇を一つずつ説明し、私がなぜここにいるのかも伝えた。
もちろん、誘拐されてきたことを聞いた宇龍は険しい顔をしたけれど、今は自分の意志でここにいて、どうにかして白蓮を助けたいと思っていることを伝えた。
すべての話を聞いて、黙り込んでしまった八雲と宇龍。
長い沈黙の後、八雲がやっと口を開いた。
「ねえ稲早」
「うん」
「人助けもいいけれど、自分の立場がかなり危ういって理解しているのよね?」
「ぅん」
わかっては、いる。
***
その後、八雲から今回のことがすべて朝倉神官にバレてしまったとを聞かされた。
一刻も早く戻らなければ、深山を追放されるかもしれない。
だから一緒に帰ろうと、手を引かれた。
宇龍からは、今回のことがお父様やお母様の耳に入る前に戻るべきだと説得された。
もちろん私にだって2人の言うことはわかるし、そうすべきだとも思う。
でも、このままでは白蓮がひどい目にあってしまう。そのことだけは何とか避けたい。
「お願い、もう少しだけ時間をちょうだい。きっと深山に戻るし、どんな罰でも受けるから」
八雲に向かって手を合わせた。
「稲早」
八雲の困った顔。
長い付き合いの八雲だから、一旦言い出したら私が引かないのは知っているはず。
わかっているからこそこんな表情になったんだろう。
「深山を追放されたらどうするおつもりですか?」
宇龍の方は脅してきた。
確かに、その可能性もある。
深山を追放されても、私は両親のもとには戻らないだろう。
いや、戻れない。
深山を追放されたような皇女が受け入れられるはずがない。
「もう少し現実を見てください。稲早様は今、人の心配をする状況ではないはずです」
ピシャリと言われ、返事ができなくなった。
わかっている。
自分のエゴだと理解している。
「でも、私は白蓮を見捨てることができないの」
***
宇龍も八雲も決して納得したわけではない。
不満はあるだろうし、文句も言いたいんだと思う。
けれど、私の行動が白蓮を思っての事なのは理解してくれた上で、不本意だけれど今は白蓮を助けることが優先だとわかってくれた。
「あれ、お客さん?」
学校から戻ってきた志学。
宇龍も八雲も挨拶をすることなく、ペコリと頭だけ下げる。
何とも微妙な空気が流れた。
もう少しすれば夕暮れ。
このままでは尊と八雲たちが鉢合わせしてしまう。
できればこれ以上、誰も巻き込みたくはない。
困ったなぁと考えを巡らせていると、
「ただいま」
お父さんが帰ってきた。
「さぁ、お赤飯の準備ができましたよ」
この場に不釣り合いな位明るいお母さんの声。
もちろん無理して明るくしているのはわかっている。
もしかしたら今夜限りで実の娘と会えなくなってしまうのだから。
「さあ、石見たちは遅くなりそうだから先にいただきましょう」
当たり前のように私の前にもお赤飯が並んだ。
深山にいれば温かい料理を食べることは珍しいから、手のひらでお椀を包み込みそのぬくもりを感じる。
なぜだろう、涙が溢れそうになった。
***
こんな時だからこそ必死に涙をこらえてお赤飯をいただいた。
一緒に出されたお母さん手作りの煮物もとてもおいしかった。
料理を味わいながらふと八雲を見ると、同じように潤んだ瞳をしている。
私と八雲は小さな頃から深山で育った仲間。
恵まれた環境で食べるものに不自由した覚えは無いけれど、こんなふうに温かい食事は出てこなかった。
ささやかでもいいから暖かな食卓を、どれほど夢見たことだろう。
「さあ、お代わりをどうぞ」
差し出されたお母さんの手に、八雲が茶碗を差し出す。
「ありがとうございます」
きちんとお礼を言い頭を下げる八雲からは、憎しみの気持ちは感じ取れない。
ああこのまま、何も起こらずにすべてが終わればどれだけ幸せだろう。
しかし、
ガラッ。
勢い良く開けられた扉。
そこには尊と石見がいた。
扉の隙間から外を伺いながら、不安そうな白蓮。
「心配しなくても、もうすぐ帰ってくるわよ」
内職をしながらお母さんが答える。
その光景を私はぼんやりと眺めていた。
私には経験の少ない親子の時間。
もしかなうなら、私だってこんな時間を過ごしたかった。
でも・・・
「稲早さん、どうかしたの?」
私の表情が曇ったことに気づいたお母さんが声をかけてくれる。
「大丈夫です」
「そお?本当に、ごめんなさいね」
「いえ」
白蓮の事情を知ってしまった今、お母さんたちを恨む気持ちはもうない。
気の毒だと思うし、もし自分が白蓮の立場なら同じ行動をとったのかもしれないと思っている。
こうなったのも運命と言ってしまえばそれまで。何とか打開策を見つけるしかない。
「そうだわ、せっかくだから今日はお赤飯を炊きましょう」
何かを思い出したように、お母さんが手を打った。
え?
お赤飯ってお祝いの料理。
ごちそうには違いないけれど、今夜のような日にふさわしいのだろうか?
「お赤飯は嫌い?」
私の反応を見て、お母さんが首をかしげた。
「いいえ、好きです」
お赤飯は深山でも年に何度か出る特別な料理。
お米と小豆が柔らかく炊きあがったところに、ごま塩をかければ何膳でも食べられる。
でも、
「ちょうど小豆もあるから支度をしましょう。今からなら間に合うと思うから」
「ええ」
それ以上何も言えなかった。
小豆は納屋にしまってあるからというお母さんについて、畑と納屋に材料の調達。
私もお手伝いに同行し、一緒に季節の野菜も収穫して夕飯の材料がそろった。
あとは帰って料理をするだけと、家へと向かおうとした時、
「稲早っ」
大きな声で名前を呼ばれた。
え、嘘。
私はその場で固まった。
***
まっすぐに私めがけて駆けてくるのは、八雲。
昨日の晩まで一緒にいた親友。
「どうして?なんで八雲がここにいるの?」
「それはこっちのセリフでしょう」
ああ、そうか。
確かに、姿を消したのは私の方だった。
「一体何をしているのよっ」
八雲にしては珍しい怒鳴り声。
「ごめんね、心配かけて」
事情を説明するよりも先に、まず謝った。
今この時間にここにいるってことは、私を探しに来てくれたんだろう。
きっと心配をかけたに違いない。
「稲早様」
八雲の後ろに控えていた男性に声をかけられ、顔を見て息が止まりそうになった。
「え・・・宇龍」
八雲の登場よりも、宇龍が一緒にいることの方に驚いた。
ここに宇龍がいるってことは、私の失踪が深山で大ごとになっているということ。
かなり、マズイ状況。
「ここではなんだから、入っていただきましょう」
庭先にいるにはかなり目立つ2人を前に、お母さんが家の中へと勧めてくれた。
「とにかく、入りましょう」
この場で人目につくのは本意ではないし、宇龍も八雲もこのまま帰ってくれるとは思えない。
であるならば、事情を説明するしかないだろう。
***
「それで、稲早は白蓮さんの身代わりにするために誘拐されて、事情を聴いて何とかできないかと策を練っているのね」
「うん、そうなの」
八雲たちが事情を理解してくれるのに1時間ほどの時間がかかった。
何しろ、家に入った瞬間白蓮がいて、2人は固まってしまったのだ。
まずは白蓮の境遇を一つずつ説明し、私がなぜここにいるのかも伝えた。
もちろん、誘拐されてきたことを聞いた宇龍は険しい顔をしたけれど、今は自分の意志でここにいて、どうにかして白蓮を助けたいと思っていることを伝えた。
すべての話を聞いて、黙り込んでしまった八雲と宇龍。
長い沈黙の後、八雲がやっと口を開いた。
「ねえ稲早」
「うん」
「人助けもいいけれど、自分の立場がかなり危ういって理解しているのよね?」
「ぅん」
わかっては、いる。
***
その後、八雲から今回のことがすべて朝倉神官にバレてしまったとを聞かされた。
一刻も早く戻らなければ、深山を追放されるかもしれない。
だから一緒に帰ろうと、手を引かれた。
宇龍からは、今回のことがお父様やお母様の耳に入る前に戻るべきだと説得された。
もちろん私にだって2人の言うことはわかるし、そうすべきだとも思う。
でも、このままでは白蓮がひどい目にあってしまう。そのことだけは何とか避けたい。
「お願い、もう少しだけ時間をちょうだい。きっと深山に戻るし、どんな罰でも受けるから」
八雲に向かって手を合わせた。
「稲早」
八雲の困った顔。
長い付き合いの八雲だから、一旦言い出したら私が引かないのは知っているはず。
わかっているからこそこんな表情になったんだろう。
「深山を追放されたらどうするおつもりですか?」
宇龍の方は脅してきた。
確かに、その可能性もある。
深山を追放されても、私は両親のもとには戻らないだろう。
いや、戻れない。
深山を追放されたような皇女が受け入れられるはずがない。
「もう少し現実を見てください。稲早様は今、人の心配をする状況ではないはずです」
ピシャリと言われ、返事ができなくなった。
わかっている。
自分のエゴだと理解している。
「でも、私は白蓮を見捨てることができないの」
***
宇龍も八雲も決して納得したわけではない。
不満はあるだろうし、文句も言いたいんだと思う。
けれど、私の行動が白蓮を思っての事なのは理解してくれた上で、不本意だけれど今は白蓮を助けることが優先だとわかってくれた。
「あれ、お客さん?」
学校から戻ってきた志学。
宇龍も八雲も挨拶をすることなく、ペコリと頭だけ下げる。
何とも微妙な空気が流れた。
もう少しすれば夕暮れ。
このままでは尊と八雲たちが鉢合わせしてしまう。
できればこれ以上、誰も巻き込みたくはない。
困ったなぁと考えを巡らせていると、
「ただいま」
お父さんが帰ってきた。
「さぁ、お赤飯の準備ができましたよ」
この場に不釣り合いな位明るいお母さんの声。
もちろん無理して明るくしているのはわかっている。
もしかしたら今夜限りで実の娘と会えなくなってしまうのだから。
「さあ、石見たちは遅くなりそうだから先にいただきましょう」
当たり前のように私の前にもお赤飯が並んだ。
深山にいれば温かい料理を食べることは珍しいから、手のひらでお椀を包み込みそのぬくもりを感じる。
なぜだろう、涙が溢れそうになった。
***
こんな時だからこそ必死に涙をこらえてお赤飯をいただいた。
一緒に出されたお母さん手作りの煮物もとてもおいしかった。
料理を味わいながらふと八雲を見ると、同じように潤んだ瞳をしている。
私と八雲は小さな頃から深山で育った仲間。
恵まれた環境で食べるものに不自由した覚えは無いけれど、こんなふうに温かい食事は出てこなかった。
ささやかでもいいから暖かな食卓を、どれほど夢見たことだろう。
「さあ、お代わりをどうぞ」
差し出されたお母さんの手に、八雲が茶碗を差し出す。
「ありがとうございます」
きちんとお礼を言い頭を下げる八雲からは、憎しみの気持ちは感じ取れない。
ああこのまま、何も起こらずにすべてが終わればどれだけ幸せだろう。
しかし、
ガラッ。
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