雲居の神子たち

紅城真琴

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白い少女②

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「良かったら事情を話してみないか?」
沈黙の中、それまで不機嫌そうにしていた尊が口を開いた。

「・・・」
しかし、誰も何も言わない。
それもそのはずだと思う。
どこの誰かも分からない、しかも誘拐してきた相手に事情を話せという方が無理がある。

みんな黙ったまま、重たい時間が流れた。

すると、
「あんたたち、稲早を白蓮の身代わりにしようとしてるんじゃないのか?」
尊が意外なことを言い出した。

身代わり?
確かに、私と白蓮は少し似ているけれど・・・

「どういうことなの?」
説明を求めるように、視線を尊に向ける。

「はあー」
仕方ないなとため息をついた尊が、私の方を向いて話し出した。

「雲居は平和な土地だよ。他の国に比べても安全で秩序が保たれている。犯罪も少ないし、女性や子供が夜1人で出歩ける国なんて本当に珍しいんだ。きっと、穏やかな気候と豊かな食べ物が人の心を穏やかにさせているんだと思う」

へー。
自覚はないけれど、言われてみればそうかもしれない。
雲居が飢饉に見舞われたという話も聞いたことがないし、隣国から襲われることもなかった。
やはり神様が・・・

「神様のご加護かどうかは別にして、雲居は恵まれたところだ」

え?
今私の思ったことが、
「それだけ顔に出せば、誰でも分かる」
なぜか不機嫌そうな尊。

無性に恥ずかしくって、私は下を向いた。
なんだか馬鹿にされた気がして、顔を上げられなくなった。

「とにかく、雲居は暮らしやすいところだ。しかし、色を持たない人間を欲しがる人は世界中にたくさんいる」
苦々しそうに言う。

色を持たない人間を欲しがるって・・・どういうこと?

「事情を話してください」
私はお父さんの方に視線を向けた。
もし、尊の言うことが正しければ、私も無関係ではない。
身代わりにされるかもしれないんだから。


***

仕方ないというように、お父さんが口を開いた。

「昔から、色を持たない人間は神の化身のように扱われる。神の化身と言えば聞こえが良いが、血も骨も、髪の毛1本まで不老不死の象徴として奪い合われてきた。そもそも色を持たない人間なんて珍しすぎて生きているうちに目にすることができるのはごくわずかな人間だけだ」

血も骨もって・・・
命を狙われるって事?

「白蓮も生まれたときから身を隠して生きてきたんだ。肌が弱すぎて日にも当たれず、家の奥でひっそりと育った。それなのに・・・」
悔しそうに、唇をかむ。

「あんなにひっそりと生きてきたのに、いつの頃からか白蓮のことが噂になって。会いたいと連絡してくる金持ちもいて・・・」
さみしそうにお母さんが話を続ける。
「いくら言っても諦めなくて。終いには目の前にお金を積む人まで現れてね。もちろん断わったんだけど」

「そんなことで諦める奴らじゃない!」
今度は若者が声を荒げる。
「兄さん」
白蓮が若者に声をかけた。

気がつけば、みんな泣いていた


***

みんなの話をまとめると、
白蓮は生まれたときから真っ白だった。
その頃はまだ山の國に住んでいた。
近所でも珍しい子供が生まれたと評判になり、父さんと母さんは白蓮と兄さんを連れて逃げるように中の國に出てきた。
雲居の中で一番賑わっている中の國ならば、誤魔化しながら白蓮を育てられるかもと思ったらしい。
それ以来、小さな家と田んぼを買い4人で穏やかに暮らしていた。
白蓮は存在を知らされることもなく、学校にも行かず、家の奥で隠れるような生活。
中の國に出てきて10年が過ぎた頃、山の国から働きに出てきた親戚の志学が家に来て、それから5人で暮らしている。
そうやってひっそりと平和に暮らしてきたのに、2年ほど前から白蓮に会いたいという金持ちが時々家を尋ねるようになった。
もちろん、父さんも母さんもハッキリと断わった。
白連を人目にさらす気はなかった。
しかし1年前、周辺で不思議なことが起き始める。
まず、稲刈り直前の田んぼで火事が起きる。
それも、焼けたのは白蓮の家の田んぼだけ。あきらかに放火だった。
犯人が捕まらないまま、今度は家畜が逃げた。財布もすられた。
生活に困ってお金を借りれば、債権が金持ちの元に回っていた。
結局、罠にはめられたんだと思う。


***

「で、借金のかたに差し出される白蓮の身代わりが稲早?」
尊の鋭い突っ込み。

父さん、母さん、兄さんが下を向く。

「確かに私と白蓮は似ているけれど、見間違えるほどではないと思う」

白蓮と私では違いすぎる。
髪の色も、目の色も違う。

「奴らは白蓮を見たことがない。黙っていれば分からないさ」
悔しそうに兄さんが言う。

はあ?
じゃあ、私はどうなるの?

でも、待って。
要はお金があれば、白蓮は連れて行かれないのよね。
それなら簡単なことじゃない。

「借金はいくらですか?」
「え?100万銭程ですが・・・」
お母さんが答えた。

100万銭。
米が30キロ5000銭だから、かなりの大金ではある。
節約すれば半年くらい暮らせるお金。
でも、
「私が用意します」
そう言った私をみんなが見る。

「だってそうすれば、白蓮はこのまま暮らせるんでしょう?」
父さんも母さんも不思議そうに見ている。
そして、尊が睨んでいる。

「ちょっと来い」
突然立ち上がった尊が、私の腕をつかみ部屋の隅へ連れて行く。
「痛いっ」
抵抗してみるが、尊の力は強かった。
「いいから来いっ」
かなり怒っている様子。


***

「お前は馬鹿か」
部屋の隅で背中にみんなの視線を感じながら、冷たい声で言う。
「何でよ。お金があれば、解決するんでしょう?」
「本当に馬鹿だなあ」
何よ、馬鹿馬鹿って。
お金がなくて苦労しているんだから、用意できるなら貸してあげるって普通の発想だと思うけれど。

「あのな、出所の言えない金は人を不幸にするんだ」
「言えなくないわよ。私にもらったって言えばいいじゃないの。それで借金返せば、白蓮は自由になれるでしょ」

はああ。
尊の大きなため息。

「相手の目的は金じゃない。白蓮なんだ。たとえ金を返しても、今度は違う手で白蓮を狙ってくる。意味がないんだよ」
叱るように言われて、言い返せなくなった。
確かに、白蓮が目的である以上、今回の借金を返しても解決にはならない。

「それに、深山にいるはずの皇子様がお金をくれたと言って、信じてもらえると思うのか?お前だって、深山を抜け出してここに来たことを言えるのか?」
「それは・・・」
言えない。

「じゃあ、どうするのよっ!」
他に解決法があるなら、教えて欲しい。
まるで駄々っ子のように、尊に迫った。

このまま、白蓮を差し出すの?
それとも、私が代わりに行けと?

困った顔をして、考え込む尊。
気がつけば、空が白みはじめていた。
残された時間は多くない。

「今夜、約束の時間までに考える。必ず何とかするから、稲早はじっとしていてくれ」
みんなには聞こえないように言われ、私に囁いた。

不思議だな、尊に「なんとかする」と言われると何とかなるんじゃないかって気になる。
それだけの力が、彼の言葉にはある気がする。
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