雲居の神子たち

紅城真琴

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白い少女①

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気がつくと、私は薄汚れた小屋の中にいた。
足と手を縛られ逃げ出すこともできない。
えっと、何があったんだっけ?
記憶をたどろうとして、横にもう1人縛られた人がいることに気付いた。

尊?
何で彼がいるの?
マジマジと見てしまう。
彫りの深い顔立ち。日焼けした肌。長い睫毛。
フフフ。
寝てるのかな?
もう会えないと思っていたのに・・・なんだかにやけてしまう。

「馬鹿、笑うな」
不機嫌そうな声。

えっっ。
私は心臓が止まるかと思うほど驚いた。

「この状況で笑うな」
周りには聞こえないような小声で尊が注意する。

「起きているの?」
私も声をひそめて、それでも尊に尋ねた。

「もう少し寝たふりしていろ。そうすればあいつらの話が聞けるかもしれない」
ああ、そういうこと。

話が聞ければ、この状況も見えてくるのかも。


***

再び目を閉じて、思い出せる限り記憶をたどってみる。
確か・・・八雲がひかり玉を見つけて駆けだして、須佐が買ってやると2人が店に入って行き、私は店の前で待っていた。
歩いて行く尊の背中を見ていた記憶がある。
その時、何かを嗅がされて・・・やはり、誘拐されたってこと?
何で尊がここにいるんだろう?

「お嬢ちゃん、目が覚めたのか?」
男性が声をかけた。

ゆっくり目を開けると、小屋の中には、50代くらいの男性と女性。
20代の男性が1人。
この人たちが誘拐犯?

「逃げないなら、縄を解く」
年長の男性が言い、私は頷いた。

縄をほどかれると、手首や足首には真っ赤な跡が残っている。

「痛ーい」
思わずさすってしまった私に、
「ごめんなさいね」
女性が近寄り撫でてくれる。

その顔がとても優しくて、なんだか母様みたい。

私の横で、尊の縄もほどかれた。
乱暴をする様子はない。

「お前ら知り合いなのか?」
若い方の男性が聞いてきた。

「え、まあ」
曖昧に応える私。

「だから助けに入ったのか?」
今度は尊に向けた言葉。

「女の子がさらわれそうになっていたら、普通は止めに入るだろうが」
不機嫌そうな尊。

「あんたは、どこの娘なんだ?着ているものは普段着だが、靴も襟巻きもなかなか手に入らない上等な品だ。きっと、良いところの娘なんだろう?」
縄をほどいてくれた年長の男性が私に尋ねた。

「私は・・・」

「父さん、やめなさいよ。そんなこと聞いてどうするの?」
女性が止めようとする。

どうやら、女性と男性が夫婦で、若者はその息子のようだ。


***

「いいじゃないか。もし金持ちの娘なら、その子の家から金が取れるかもしれない。そうすればもっと簡単に解決できる」
若者が言い返す。

やはり、お金目当ての誘拐なの?

「止めなさい。もう、お父さんが変なこと聞くから!」
女性が睨むと、
「俺は別に・・・」
男性はしどろもどろになった。

「あのー、なんで誘拐なんかしたんですか?」
思わず聞いてしまった。

誘拐犯に言うのも変だけれど、この人達が悪い人には見えない。
3人もうち誰からも悪い感情は伝わってこないし、むしろ優しくて穏やかな波動を感じる。
こんな人たちが犯罪を犯そうと言うからには、よっぽどの理由があるんだと思うんだけれど。

「理由なんてどうでも良い」

え?

つぶやくように発せられた、尊の声。
見ると、尊が私を睨んでいる。
何で?訊いたらいけないの?

「仕方なかったんだ。さらわれたあんたには申し訳ないけれど、俺たちも苦渋の選択だった」
男性がさみしそうに言う。
さらに女性も、
「私たちも生きるか死ぬかの問題なの」

生きるか死ぬかって、ただ事じゃない。

「それは、一体どういうことですか?」
と訊いた私は
「稲早!」
尊に強い口調で止められた。

***

「理由なんてどうでも良いんだ。今回のことは誰にも言わないから、このまま解放してくれ」

尊は何かを知っているのかもしれない。
この時、私はそう感じた。

「どうでもよくない。お前たちみたいな金持ちに俺たちの気持ちは分からないだろうが、俺たち貧乏人はいつもお前達の犠牲になるんだ。俺たちはただ、静かに、穏やかに暮らしたいだけなのに・・・それを壊すのはいつもお前達じゃないか」
若者が尊に向かってくるのを、
「やめろ」
男性が止めた。

「乱暴にしても何の特にもならない。それに、この人は旅人だ。連れてくるのはこの娘だけで良かったのに」

私?
私を狙って誘拐したってこと?

「何をする気なの?」
声を潜め、近くにいた女性に尋ねた。

「え?」
驚いたように私を見上げ、そして表情が崩れていって・・・女性が涙を流した。

「大丈夫ですか?」
「・・・」
肩を落とし、ブルブルと震えだした女性。

「具合が悪いんじゃないですか?」
「・・・」
返事はない。

「本当に大丈夫ですか?」
座り込んだ女性に手を伸ばし、背中をさする。
「ああ、ああー」
さらに泣く女性。

「もうやめろ」
男性の声。

同時に、
「お母さん」
声と共に奥の部屋から少女が現れた。

***

ええっ。
私も尊も息を飲んだ。
あまりにも現実離れしていて、この世の物とは思えない。

「嘘だろう・・・」
尊の声がもれた。

私は、息をするのを忘れそうになった。

私達の前に現れたのは、真っ白な少女。

身長はほぼ私と同じ。
大人と呼ぶには小さくて、成長過程の華奢な姿。
そして・・・真っ白な肌。
真っ直ぐで透き通った髪の毛は肩を超える長さにそろえられている。
瞳は赤。
そして、どことなく顔立ちが私に似ている。
尊もポカンと口を開けながら、私と彼女を見比べている。

世の中には、人の知恵では計り知れないことがまだまだあるという。
目の前の彼女も、きっとその1人。
色彩を持たずに生まれてきた少女。

部屋から出てきた少女は、壁伝いに歩きながら女性に近づく。
どうやら、あまりよく目が見えていないよう。
私も手を差し出しそうになった。
その時、奥の部屋からもう1人、少年も出てきた。

転ばないように、そっと手を当てながら彼女を助ける少年。

「お母さん」
少女が女性に抱きついた。

「白蓮(はくれん)、無理したらダメだ。体にさわるよ」
少年が少女を気遣う。
「志学(しがく)、ありがとう。でも、大丈夫だから」
少女も少年の手を取る。

どうやら、真っ白な少女は白蓮と言うらしい。
この家の娘のよう。
少年は志学。
2人は恋人だろうか?

白蓮は女性のとなりに腰を下ろした。

***

2人で手を重ね、
「母さん。ごめんなさい」
白蓮も涙ぐんだ。

大きな瞳から涙がこぼれる。
パサッ。っと、音がしそうなくらい長い睫毛もまた真っ白。
同じ人間とは思えない。

「そんなに見られたら恥ずかしい」
白蓮が下を向く。

「ごめんなさい」
私は、気分を悪くさせてしまったことを謝った。

私も、彼女ほどではないけれど色素が薄い。
そのせいで、小さい頃から好奇の目で見られてきた。
保守的な人たちには私は異質に見えたようで、さげすむような視線を向けられたことも1度や2度ではない。
中には母様の浮気を疑う者までいた。
私だって、苦しんできた。
でも、それは白蓮の比ではない。
白蓮と私ではあまりにも違う。
色白なんてものではなく、真っ白でむしろ透明に近い。
なんて、神秘的なんだろう。
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