雲居の神子たち

紅城真琴

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冒険の始まり①

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4月。

深山では神子たちが13歳を迎えると、それまでの共同で住んでいた宿舎を出てそれぞれの館へ移る。
もちろん朝夕のお勤めや勉学の時間は変わらないけれど、それ以外は自由に過ごせるようになる。

この春、私たちは宿舎を出た。

「稲早、里の桜祭りって知ってる?」
私の館へ遊びに来ていた八雲が、唐突に聞いてきた。

「知っているわよ」
当たり前じゃない。

里の桜祭りって言えば中の國の春を迎える行事の1つ。中の國の皇女である私が知らないはずはない。
小さい頃、まだ深山に上がる前は毎年父様や母様と行っていた。

「行きたい」

え?
ポツリと言われた一言に、私は答えられなかった。

いくら宿舎を出たと言っても、私たちは修行中の身。
勝手に深山を降りることは許されない。
それも、夜なんて・・・絶対無理。

「ダメかなあ?」
なおも、八雲は聞いてくる。

「何で、そんなに行きたいの?」
「桜が見たい」
「はあ?見たことないの?」

何気なく言った私を、八雲はさみしそうに見た。

桜を見たことないなんて、
「嘘でしょう?」

首を振る八雲。

「いいの。1人で行くから。夜こっそり行って帰ってくればバレないと思うし」

何でもないことのように言うけれど、そんな簡単な話ではない。

「八雲・・・」

そんなことさせられる訳ないと、分かって言っているのだろうか?
私や須佐が放っておけないのを見越して、駆け引きしているんじゃないかと疑ってしまう。

もー、仕方ないなあ。
「じゃあ、私も付き合うから。とりあえず、須佐に連絡しておいてよ」

もしバレても、3人まとめては破門にできないでしょうしね。

***

午後7時。
深山の参道で待ち合わせして、私たちは里へ向かった。

「須佐、ごめんね」
突然の呼び出しに応じてくれた須佐に、八雲が謝る。

呼び出しておいて何だけれど、本当に来るとは思わなかった。
バレたら、ただでは済まないのに。

「何で、来る気になったのよ」
駆け足で山を下りながら、須佐に聞いてみた。

「稲早はなぜ来たの?」
「それは・・・」
なぜだろう?

宿舎を出て少し自由になったのをきっかけに、今まで抑圧された気持ちが吹き出した感じ。

「桜祭りって、夜店がたくさん出るんだよね?」
須佐が、楽しそうに笑う。

はあー。あなたの目的は食い気ですか?
確かに、深山では食事は生きていくための物と教えられていたし。
甘い物も、美味しい物も久しく口にしていない。
須佐の気持ちも分からないわけではない。

***

里の桜祭り。
川沿いの長い桜並木。
いくつもの灯りが木々を照らしている。

「うわー」
ヒラヒラと舞い落ちる桜の花びらに、八雲が目を輝かせる。

本当に、なんて綺麗なんだろう。
小さな頃にも来たはずなのに、食べ物や夜店の記憶ばかりで桜を見た覚えがない。

広場に組まれたやぐらの上からは、太鼓や笛の音が響いている。
行き交う人々もみな笑顔。

「俺、桜餅買ってくるね」
須佐はすでに食い気に走っている。

「あまり遠くに行かないでね」

声はかけたけれど、きっと聞こえていないと思う。
すでに、須佐の姿は見えない。

「稲早、なんだか寒いね」
八雲が上着の襟元を閉める。

「そうね」
私も襟巻きを巻き直した。

桜祭りは雪解けを祝う祭り。
道端にはまだ残雪が残る。
長い冬を耐えしのいだからこそ、この桜の美しさは格別なのかもしれない。

八雲も私も須佐も、山を下りるときに着替えてきた。
普段の神職姿ではなく、町の子が着るような普段着。
目立たないように、地味な物を選び、
長い髪も無造作に結んだ。

「稲早、見て。かわいい」
桜色の小さな髪飾りを手に、八雲の笑顔がこぼれる。
「ほんと、かわいいね」
私も同じ物を手にした。

「稲早には桃色ね。私は、紫」
八雲が色を選び、髪にあててみる。
さすが、よく分かっている。

つやのある黒髪を肩まで伸ばした八雲。
鼻筋の通った高い鼻。
大きな瞳は、漆黒。
唇は、紅を差したような赤。
神秘的な雰囲気が漂う八雲には、紫色がよく似合う。

一方、私の髪は薄茶色。
日に当たると金色に見えたりもする。
綺麗と言えば綺麗だが・・・気持ち悪いと言われることの方が多い。
肌は透けるように白く、瞳は焦げ茶。
とにかく、色が薄い。
そういう意味では、八雲が選んだ桃色の髪飾りがよく似合うはず。

***

「稲早、綿あめだよー」
すでに、八雲は隣の店に移っていた。

「はいはい」
髪飾りを店に戻し、私も後を追う。

綿あめ。あんず飴。桜餅。
次々と手を伸ばしていく八雲。
私も綿あめは大好き。
口に入れた途端になくなっていく感覚が、たまらない。
私たちは口の周りをベトベトにして、綿あめを食べながら歩いた。


「稲早ー」
遠くの方から須佐が呼ぶ。

 「何?」
人出が多いせいか、多少声を上げた位では誰も振り向かない。

ザワザワとする祭りの広場。
たくさんの音があふれている。
普段静寂の中で暮らす私たちには苦痛ではあるけれど、そこは普段の鍛錬で意識をそらすこともできる。
こんな所で、修行の成果が現れるなんて・・・

「向こうで、大道芸をしていたよ」
興奮した様子で、駆け寄る須佐。

「へー」
八雲も興味を示す。

その時、
ドンッ。
八雲が誰かにぶつかった。

「すみません」
頭を下げる八雲だけれど、
「あーあ、綿あめが付いちゃったよ」
ぶつかった男が服をはたく。

確かに、八雲の持っていた綿あめのベトベトが、男の服に付いてしまっている。

まずいな。
咄嗟に感じた。
この男には、悪意がある。
上から見下ろす視線と、あざ笑うような言葉。
何よりも、何かを企んでいるのが口元の笑みに見て取れる。
きっと、わざとぶつかったんだ。

***

「姉ちゃん。お詫びにつきあえよ」
やはり、男は八雲の手を取ろうとした。

「やめてください」
手を引くが、男の手が早かった。
「何だよ。人にぶつかっておいて、服も汚れたじゃないか」
睨みながら、なおも手を伸ばす。

キャー。
肩をつかまれた八雲が、悲鳴を上げた。

「やめてください!」

私も須佐も男に向かっては行くけれど、一回りは大きな男にかなうはずもない。
周りにも人集りができはじめた。

「いいから付き合えよ」
乱暴に八雲の手を取る男。

みんな遠巻きには見ているけれど止める大人はいない。

誰か助けて。
ちょっと泣きそうになりながら、男に向かっていこうとして時、

「止めとけよ」
と、男の腕をとる別の男性。

「何だよ。お前には関係ないだろう!」
怒る男。

しかし、止めに入った男性が男の腕をひねりあげた。
もちろん男も抵抗するが、ビクともしない。

強い。
体格は男の方が大きいのに、的確に急所を捉えていて動けなくしている。

「悪い事は言わないから、もう止めろ」

そう言うと、助けに入った男性が男を突き放す。
男は道端に倒れ込んだ。

「ちくしょー、覚えとけよ」
さすがに勝ち目がないのを感じた男は、捨て台詞と共に逃げて行った。
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