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零件目【終わりで始まり】
02
しおりを挟む私を乗せたクー様はふわりと浮遊して大きな翼をはためかせた。
「きゅ!」
何とも言えない浮遊感は動物になっても感じるようだった。心臓が置いて行かれる感覚というか、何というか…。
『我が聖域に着くまでに話をしようか、ナツよ』
「きゅ?」
バッサバッサと音を立てながらクー様が振り返る。綺麗な瞳に弱々しい私が映る。そうだ。クー様はこの世界の事を教えてくれると言っていた。冷静に見えるかもしれないけれど、これでも凄く混乱しているのだ。
私の気持ちを察したクー様が少しだけ同情の色を見せる。そして私にもわかりやすいようにこの世界の事を教えてくれた。
『この世界――アトラナは神によって護られている。この国が人々の醜い争いが無いのも、争いの元となる食糧不足が無いのも神のおかげなのだ』
「きゅ…」
私の知っている冒険者がーとか勇者がーとか、黒魔法がぁ、とかそう言った世界では無いらしい。良かった。だって怖すぎでは?いくら俺強い!な転生ものだとしても死と隣り合わせなのだ。
『だが、神の加護を得るには神獣の力が必要でな』
どういう事だ。先程クー様は私の事を仔犬では無く、神獣と言っていた。もしかして私の立場とその話は関係あるのだろうか。
『無い、訳ではない。だが有るとも言い切れぬ』
「きゅ?」
はっきりと言わないクー様に私の麻呂眉が下がる。嫌な事なのだろうか。例えば人柱になるとか、生き血を捧げるとか、心臓を捧げるとか…。考えるだけで恐ろしい。
『違う。そんな愚行…する訳なかろう。寧ろ誉れ高い事なのだが…この世界には巫女という存在が居るのだが、その巫女と共に神獣は神に祈りを捧げる五元の源を手に入れなければならないのだ』
「きゅ…」
この世界には火・木・水・雷、そして光を司る地があり、各々の主が元素を管理しているらしい。その元素を五元といい、五つ合わせたものを五元の源というとの事だ。
五元の源を手に入れ、神に捧げれば加護が得られる仕組みとなっている。だが、その五元の力は誰でも手に入れられる訳では無く、神託を受けた巫女と巫女に選ばれし神獣のみが土地を回って祈りを捧げなければ力を手に入れる事が出来ないらしい。
話を聞いているだけだと何とも面白そうなストーリーなのだが、自分の立場とクー様が言う神獣は同じなのだろうか。だとしたら全力で断りたい。何をするのかはわからないけれど、絶対に嫌だ。
そんな私の不安を察したクー様が教えてくれた。
『主は…神力が少ない故、選ばれる事はないだろう』
神力とは神の与えられた力の事で、神の遣いとして生まれた神獣が持っている力らしい。良く分からないが、取りあえず凄い力だという事が分かった。私はその力が少ないと。だったら良し、だ。面倒くさい事に巻き込まれずに済んだ訳で。
そう考えていたらクー様が微妙な表情をしながら溜息を吐いた。
『巫女に選ばれる事は神獣にとって名誉だと言うのに…。主は喜ぶのか』
「きゅ!」
当たり前だ。面倒臭そうだし、そもそもこの世界の事を理解するには程遠いレベルなのに。そんな事よりも楽しい事があるかもしれない。まぁ、仔犬なんで出来る事は限られているかもしれないけど。でも神獣とやらだったら少しは便利な能力あるのでは?魔法とか。
『魔法…?ああ、五元の源の事か。誰でも使える訳では無いぞ。使えるのは五元の主と、巫女と…加護を得た神獣のみよ』
うわぁ、残念な話だ!普通、ファンタジーなら村人すら使えるレベルじゃないの。火の玉とかさ。でもこの世界では魔法という存在は超高級品らしい。
魔法を使えない神獣ってただの犬じゃないの。この森で自給自足をするしか無いのか?それとも飼い犬になる?
『――…主は良く喋るな。主の見た目は大分変わっておるからの…。あまり人間に近付かない方が良い』
バラバラにされるぞ。と脅されて私の血が引いた。
私の柴犬ボディは余程変わっているらしい。私からしたらクー様の方が変わってるけど。まぁ、世界が違えば文化も違うと言うように、この世界では龍という存在は沢山居るのだろう。
『着いたぞ。此処が我が聖域だ』
「き、きゅ!」
そう言ったクー様の身体がゆっくりと降下する。聖域だなんて凄いネーミングだったからクリスタルとか想像していたけれど、先程クー様と出会った湖となんら変わりが無い。
ぽて、と音を立てながら聖域に立つ。すると淡い光が私を包んだ。まるで生きているかのような光の動きに目を見張る。
『それは聖痕という。妖精と言えば通じるか?』
「きゅ!」
聖痕に纏わり付かれながら、私は聖域とやらを一望する。やはり何度見ても先程の湖と何が違うのだろう。確かに聖域と言うだけあって空気は澄んでいるし、周りの気配は感じない。
『ナツと出会った場所は同じで別物――…次元が違うのだ。聖域とはそう言うものなのだ』
次元。成る程。つまりは、わからん。
まぁ、世の中には知らない事も理解出来ない事も沢山有る。そう言う時はそういうシステムなんだなって頷くしか無いのだ。
『暫く此処に居ると良い。ナツには此処に居ても良い証を授けよう』
そう言ったクー様が私の小さな身体に顔を擦り寄せる。すると、忽ち私の身体は光に包まれて――…何も変わらなかった。
普通はスティグマが出たり、身体が変形したりするイメージがあったけれど、何も変わらない。驚く程にだ。
『うむ。これで良い』
「きゅ…!きゅ!」
ありがとう、と告げればクー様が身体を湖へと沈めた。そう言えば湖から出て来たなぁ。水が落ち着くのかな。
『この聖域は我が認めた者しか入る事が叶わぬ。暫くは此処で休むが良い。その間にこの世界の事を教えよう。何かあれば聖痕に願え。聖痕と我は繋がっておるからな』
「きゅ!」
早速聖痕に頼んだ。まぁ、目の前にクー様がいるから筒抜けなんだけど。
――勿論、飯だ。飯。私は此処に来てから何も口にしていないのだ。そんな私の願いにクー様の大きな瞳が見開かれた。
『飯、か?神獣が何かを食べるという事を聞いた事が無いが…』
太陽の光や綺麗な空気等が神獣の糧になるらしい。何だソレ。
確かにお腹は空いていない。けれど、そう言う話では無いのだ。口にしたい、入れたい。咀嚼したい。消化器官を動かしたいのだ。
そんな欲望にまみれた私に、聖痕がぽたぽた、と私の目の前に落とした。うん、木の実だ。
「きゅ…?」
『ほう、見事な木の実だな』
赤い赤い、丸い木の実。鴉が好んで食べてそうなモノだ。正直美味しそうには見えない。けれど、好意で持ってきてくれたモノを食べない訳にもいかない。
私は食べようと、地面に顔を近付けようとして止めた。犬食いじゃないの。私は改まって器用に前足で硬い木の実を上へと弾いて口に含んだ。
ごりごり。
がりがり。
――うん。硬い。そして凄く、苦い。
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