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終章『転生愚話』
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「お兄ちゃん……」
柚の小さな呟きはタマキだったモノには届かない。
変わり果ててしまった。姿も、心も。
獣は間違えなくタマキだった。姿は変わり果ててしまったが、柚は直ぐに気付いた。彼はタマキだという事に。
「ど…して……」
声は言った。
柚を助ける為だけに、喰らったと。何を喰らったかは分かりたくなかったが、分かってしまった。
人間を、魔物を無差別に喰らったのだ。声の言う通り、肉も、内臓も、全て。
そして、強大な力を得たタマキは柚を解放し、声の持ち主へ魂ごと受け渡した。過去も、未来も、今も全て捨てて。
柚を助ける為だけに。唯、それだけの為に。
『さぁ、力が欲しければ喰らうのだ』
声が囁きながら、柚の頬に触れる。同時に流れてくる映像に柚は思わず嘔吐してしまった。吐き出しながら必死に目を瞑る。けれど、勝手に流れてくる映像からは逃れる事は出来ず、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
――タマキが人を殺す。
瞳を灰色に染めながら肉を喰らう。
泣きながら、啼きながら。
何度も、何度も繰り返した。柚の名を呼びながら、約束を口にしながら。
タマキの痛みが柚の身体に駆け巡る。
タマキの強くなる力が視界に映る。
輪廻を何度も繰り返し、罪を喰らいながらタマキは力を増していく。徐々に濁っていく瞳に光は映らなくなってしまった。
「うっ…うぅ……」
『この者の魂はそのモノの中に在る。我が喰らう前にお前が喰らえば愛しい者の魂は輪廻の中に戻るだろう。だが我が喰らうとその者の全てが消え失せる』
タマキの苦しみが柚の中で渦巻く。
絶望の中、たった一人で輪廻を断ち切る為に立ち向かうタマキは最早、人間とは言い難かった。
自分が化け物になろうが、タマキはどうでも良かった。
ずっと心の中に在る、タマキの幸福は――…
「お兄ちゃん……」
『その者を喰らい、同じ宿命を受けよ。我が神を消滅させる事が出来る程の力を得るまで喰らい続けるのだ』
――ゆず。
貴方の優しい声。
――幸せになって。
切ない程の、儚い貴方の言霊。
「私の幸せは――…」
柚の足がタマキだったモノへと一歩、また一歩と近付いていく。
「貴方が傍にいてくれれば、それだけで良かったのに」
ポタポタと溢れる涙がタマキへと滴り落ちる。
「痛かった?苦しかった…?」
震える掌がジッと柚を見つめるタマキの頬に触れる。ネトリとした感触が掌に伝わった。けれど、その感覚すら愛しかった。どんな姿になっても、愛しいタマキなのだから。
「お兄ちゃん…、ごめんね、私の為に、いっぱい、いっぱい…苦しい思いをさせて」
タマキの爛れた肌に、柚の舌が這う。傷口を癒やすように何度も、何度も。
『そのモノには痛覚は無い』
柚は、タマキの肌へと歯を立てた。柔らかい肌はいとも簡単に柚の歯を受け入れていく。
血が、生臭い臭いが柚の腔内の中に広がる。肉を砕き、嚥下すれば身体が熱を帯びていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
無我夢中でタマキを喰らった。泣きながら、ひたすらタマキの名を叫んで、呑み込んで。
昏い力が柚の中で産まれる。タマキが纏っていた、あの力だ。
ずるり、と啜る。脈打つ臓物を流し込む。
タマキは何も反応をしない。唯、柚が己を喰らう様子を濁った瞳で見つめている。
「私がっ…幸せに、するから……」
涙で、鼻汁で、血で、肉で顔面をぐちゃぐちゃにしながら何度も柚は呟いた。
「はぁ…はぁ……」
気付けばタマキは柚の前から消えていた。血も、肉も、破片一つ残っていなかった。虚ろな目をしながら柚は自身の腹を擦れば、微かに感じるタマキの存在。
『愚かな神の子…だった者よ、お前が愛した者の魂は再び輪廻に戻っていった。――お前はその力を使い、人間を喰らうのだ。
――そして愚かな世界を、神を殺し、新たな世界を我が創るのだ』
「お兄ちゃん……」
柚の小さな呟きはタマキだったモノには届かない。
変わり果ててしまった。姿も、心も。
獣は間違えなくタマキだった。姿は変わり果ててしまったが、柚は直ぐに気付いた。彼はタマキだという事に。
「ど…して……」
声は言った。
柚を助ける為だけに、喰らったと。何を喰らったかは分かりたくなかったが、分かってしまった。
人間を、魔物を無差別に喰らったのだ。声の言う通り、肉も、内臓も、全て。
そして、強大な力を得たタマキは柚を解放し、声の持ち主へ魂ごと受け渡した。過去も、未来も、今も全て捨てて。
柚を助ける為だけに。唯、それだけの為に。
『さぁ、力が欲しければ喰らうのだ』
声が囁きながら、柚の頬に触れる。同時に流れてくる映像に柚は思わず嘔吐してしまった。吐き出しながら必死に目を瞑る。けれど、勝手に流れてくる映像からは逃れる事は出来ず、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
――タマキが人を殺す。
瞳を灰色に染めながら肉を喰らう。
泣きながら、啼きながら。
何度も、何度も繰り返した。柚の名を呼びながら、約束を口にしながら。
タマキの痛みが柚の身体に駆け巡る。
タマキの強くなる力が視界に映る。
輪廻を何度も繰り返し、罪を喰らいながらタマキは力を増していく。徐々に濁っていく瞳に光は映らなくなってしまった。
「うっ…うぅ……」
『この者の魂はそのモノの中に在る。我が喰らう前にお前が喰らえば愛しい者の魂は輪廻の中に戻るだろう。だが我が喰らうとその者の全てが消え失せる』
タマキの苦しみが柚の中で渦巻く。
絶望の中、たった一人で輪廻を断ち切る為に立ち向かうタマキは最早、人間とは言い難かった。
自分が化け物になろうが、タマキはどうでも良かった。
ずっと心の中に在る、タマキの幸福は――…
「お兄ちゃん……」
『その者を喰らい、同じ宿命を受けよ。我が神を消滅させる事が出来る程の力を得るまで喰らい続けるのだ』
――ゆず。
貴方の優しい声。
――幸せになって。
切ない程の、儚い貴方の言霊。
「私の幸せは――…」
柚の足がタマキだったモノへと一歩、また一歩と近付いていく。
「貴方が傍にいてくれれば、それだけで良かったのに」
ポタポタと溢れる涙がタマキへと滴り落ちる。
「痛かった?苦しかった…?」
震える掌がジッと柚を見つめるタマキの頬に触れる。ネトリとした感触が掌に伝わった。けれど、その感覚すら愛しかった。どんな姿になっても、愛しいタマキなのだから。
「お兄ちゃん…、ごめんね、私の為に、いっぱい、いっぱい…苦しい思いをさせて」
タマキの爛れた肌に、柚の舌が這う。傷口を癒やすように何度も、何度も。
『そのモノには痛覚は無い』
柚は、タマキの肌へと歯を立てた。柔らかい肌はいとも簡単に柚の歯を受け入れていく。
血が、生臭い臭いが柚の腔内の中に広がる。肉を砕き、嚥下すれば身体が熱を帯びていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
無我夢中でタマキを喰らった。泣きながら、ひたすらタマキの名を叫んで、呑み込んで。
昏い力が柚の中で産まれる。タマキが纏っていた、あの力だ。
ずるり、と啜る。脈打つ臓物を流し込む。
タマキは何も反応をしない。唯、柚が己を喰らう様子を濁った瞳で見つめている。
「私がっ…幸せに、するから……」
涙で、鼻汁で、血で、肉で顔面をぐちゃぐちゃにしながら何度も柚は呟いた。
「はぁ…はぁ……」
気付けばタマキは柚の前から消えていた。血も、肉も、破片一つ残っていなかった。虚ろな目をしながら柚は自身の腹を擦れば、微かに感じるタマキの存在。
『愚かな神の子…だった者よ、お前が愛した者の魂は再び輪廻に戻っていった。――お前はその力を使い、人間を喰らうのだ。
――そして愚かな世界を、神を殺し、新たな世界を我が創るのだ』
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