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3章『転生紛擾』
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「噂通り素敵な方ですわ!」
キツい香の臭い。厚く塗られた顔面。作られた声色。下品に撓らせる身体。全てが不快だった。
タマキは応接間で笑みを凍らせたまま、目の前に座るメロード・イニシリアの対応に追われていた。
国王から客人がある、と呼び出されたと思えばこれだ。嵌められた、と内心舌打ちをしながら笑顔を貼り付け適当に相づちをうつ。
グラジュスリヒト家程では無いが、名家であるイニシリア家。隣国でもあるイニシリアはグラジュスリヒトとは深い関わりがある。
イニシリア国は、この世界では有数の鉱山を抱えている為、鉱山をあまり持たないグラジュスリヒト国にとっては欠かせない貿易相手なのだ。
隣国という事もあり、今のところ持ちつ持たれつの関係で上手く関係を築いている。
たまに出る社交界では利発な女性という噂を聞いていたのだが、タマキにはそのようには見えなかった。
「ありがとうございます。メロード嬢もお噂通り美しい方ですね」
にこり、と笑みを深めればメロードの頬は赤く染まる。
「グラジュスリヒト家に来る前に街に寄りましたの。皆活気に溢れていて素晴らしかったですわ。それに皆、タマキ様を褒め称えますの!」
「わざわざ足を運んでくださったのですか。ありがとうございます」
「勿論ですわ。嫁がせて頂く身ですもの。自国になる国の事は知りたいですわ」
メロードに気付かれぬよう、隣に座る父を見やれば、タマキから視線を逸らせ明後日の方向を見ている。
罪悪感があるのならこんな強行突破などしなければいいのに。
「父上。メロード嬢を庭に案内したいのですが」
「あ、ああ。それは良いな。メロード嬢。我が家は庭が自慢でな。是非見ていってくれないか」
「あら!私花が好きですの!楽しみですわ」
室内だと息が詰まりそうだった為、提案したものだったが、二人とも了承してくれた事に安堵する。まだ外の方が救われる気がする。
タマキが立ち上がり、メロードを見やるが彼女は立ち上がろうとはしなかった。
「……」
恐らくタマキのエスコートを待っているのだろう。タマキが手を差し伸べれば当然、と言うかのようにタマキの手を取り、立ち上がったと思えば腕に絡みついてくる。
豊満な胸がタマキの腕に当て、上目遣いで見つめてくる。その視線に笑顔で返せば何を勘違いしたのか、メロードの瞳が妖しい光を帯びた。
出来る事ならこの腕を振り払ってしまいたいところだが、自身の身分が皇子である限り、不可能な事をタマキが一番わかっていた。
自身の立場の選択を失敗した、と悔やむタマキだった。
「では、父上」
「あ、あぁ」
冷たい視線を向け、そう告げれば顔色を悪くさせながら上擦る国王の声色。メロードに腕を絡まされながら退室すれば、僅かに聞こえた国王の溜息。機嫌の良いメロードには届いていないようだった。
「メロード嬢、こちらです。段差がありますのでお気を付けください」
自然に腕を放し、メロードの腰に腕を添える。身体をベタベタと纏わり付かれるよりかはマシだ。
メロードもタマキの自発的なエスコートに満足したのか、笑みを浮かべたまま階段を降りる。
「まぁ!素敵なお庭ですこと…!」
広大な庭に沢山の花が咲き乱れ、沢山の花の香りが二人を包んでいく。心地良い自然に香が不快な香を打ち消してくれた事にタマキは心の中で感謝した。
「グラジュスリヒト国は緑が素晴らしいですものね。イニシリアは鉱山が多いのであまり緑はありませんの」
メロードがタマキから離れ、咲き誇る薔薇へと引き寄せられるかのように歩を進める。一歩下がったところでメロードに視線を送っていたタマキは次のメロードの行動に驚愕した。
綺麗に咲き誇った薔薇を一輪、音を立てて折ったのだ。
「な…!」
「タマキ様、似合いますか?」
ニコニコ、と笑みを浮かべながらブローチ代わりとして胸元に挿すメロード。自身の行動に悪びれる事無く、子供のように無邪気さを装ってタマキに尋ねる。
タマキは言葉が出なかった。
「…私には此方の色の方が似合うかしら」
タマキの反応に勘違いしたメロードは真っ赤な薔薇を捨て、隣に咲き誇る真っ白な薔薇へと手を伸ばした。
「…メロード嬢」
「タマキ様?」
咄嗟にメロードの手を掴み、悪行を阻止する。
タマキは荒げそうになる言葉を飲み込み、無理矢理に笑みを引き出した。怪訝そうな表情をしていたメロードの表情がたちまち呆けた表情へと変わっていく。
「…薔薇は棘がありますので」
「あら、そうですの。危なかったですわ」
そう言ったメロードは元々花に興味など無い事が伺われた。でなければ薔薇に対して非道な事はしないだろう。
――美しい庭。咲き誇る花。瑞々しい葉。これらを見ればどれだけこの庭に愛情が注がれているかわからないのだろうか。
庭師だけでは無い。タマキ自身もこの庭を大事に育てている。柚が此方に来て寂しくないように。柚が心安らげる場所になるように、と。
「――…」
隣でメロードが話掛けてくるが、タマキは適当に聞き流す。庭を後にする際、後ろを振り向けば庭師が先程の手折られた薔薇を拾っていて。
タマキは庭師に頭を下げ、足早に庭から立ち去った。
「噂通り素敵な方ですわ!」
キツい香の臭い。厚く塗られた顔面。作られた声色。下品に撓らせる身体。全てが不快だった。
タマキは応接間で笑みを凍らせたまま、目の前に座るメロード・イニシリアの対応に追われていた。
国王から客人がある、と呼び出されたと思えばこれだ。嵌められた、と内心舌打ちをしながら笑顔を貼り付け適当に相づちをうつ。
グラジュスリヒト家程では無いが、名家であるイニシリア家。隣国でもあるイニシリアはグラジュスリヒトとは深い関わりがある。
イニシリア国は、この世界では有数の鉱山を抱えている為、鉱山をあまり持たないグラジュスリヒト国にとっては欠かせない貿易相手なのだ。
隣国という事もあり、今のところ持ちつ持たれつの関係で上手く関係を築いている。
たまに出る社交界では利発な女性という噂を聞いていたのだが、タマキにはそのようには見えなかった。
「ありがとうございます。メロード嬢もお噂通り美しい方ですね」
にこり、と笑みを深めればメロードの頬は赤く染まる。
「グラジュスリヒト家に来る前に街に寄りましたの。皆活気に溢れていて素晴らしかったですわ。それに皆、タマキ様を褒め称えますの!」
「わざわざ足を運んでくださったのですか。ありがとうございます」
「勿論ですわ。嫁がせて頂く身ですもの。自国になる国の事は知りたいですわ」
メロードに気付かれぬよう、隣に座る父を見やれば、タマキから視線を逸らせ明後日の方向を見ている。
罪悪感があるのならこんな強行突破などしなければいいのに。
「父上。メロード嬢を庭に案内したいのですが」
「あ、ああ。それは良いな。メロード嬢。我が家は庭が自慢でな。是非見ていってくれないか」
「あら!私花が好きですの!楽しみですわ」
室内だと息が詰まりそうだった為、提案したものだったが、二人とも了承してくれた事に安堵する。まだ外の方が救われる気がする。
タマキが立ち上がり、メロードを見やるが彼女は立ち上がろうとはしなかった。
「……」
恐らくタマキのエスコートを待っているのだろう。タマキが手を差し伸べれば当然、と言うかのようにタマキの手を取り、立ち上がったと思えば腕に絡みついてくる。
豊満な胸がタマキの腕に当て、上目遣いで見つめてくる。その視線に笑顔で返せば何を勘違いしたのか、メロードの瞳が妖しい光を帯びた。
出来る事ならこの腕を振り払ってしまいたいところだが、自身の身分が皇子である限り、不可能な事をタマキが一番わかっていた。
自身の立場の選択を失敗した、と悔やむタマキだった。
「では、父上」
「あ、あぁ」
冷たい視線を向け、そう告げれば顔色を悪くさせながら上擦る国王の声色。メロードに腕を絡まされながら退室すれば、僅かに聞こえた国王の溜息。機嫌の良いメロードには届いていないようだった。
「メロード嬢、こちらです。段差がありますのでお気を付けください」
自然に腕を放し、メロードの腰に腕を添える。身体をベタベタと纏わり付かれるよりかはマシだ。
メロードもタマキの自発的なエスコートに満足したのか、笑みを浮かべたまま階段を降りる。
「まぁ!素敵なお庭ですこと…!」
広大な庭に沢山の花が咲き乱れ、沢山の花の香りが二人を包んでいく。心地良い自然に香が不快な香を打ち消してくれた事にタマキは心の中で感謝した。
「グラジュスリヒト国は緑が素晴らしいですものね。イニシリアは鉱山が多いのであまり緑はありませんの」
メロードがタマキから離れ、咲き誇る薔薇へと引き寄せられるかのように歩を進める。一歩下がったところでメロードに視線を送っていたタマキは次のメロードの行動に驚愕した。
綺麗に咲き誇った薔薇を一輪、音を立てて折ったのだ。
「な…!」
「タマキ様、似合いますか?」
ニコニコ、と笑みを浮かべながらブローチ代わりとして胸元に挿すメロード。自身の行動に悪びれる事無く、子供のように無邪気さを装ってタマキに尋ねる。
タマキは言葉が出なかった。
「…私には此方の色の方が似合うかしら」
タマキの反応に勘違いしたメロードは真っ赤な薔薇を捨て、隣に咲き誇る真っ白な薔薇へと手を伸ばした。
「…メロード嬢」
「タマキ様?」
咄嗟にメロードの手を掴み、悪行を阻止する。
タマキは荒げそうになる言葉を飲み込み、無理矢理に笑みを引き出した。怪訝そうな表情をしていたメロードの表情がたちまち呆けた表情へと変わっていく。
「…薔薇は棘がありますので」
「あら、そうですの。危なかったですわ」
そう言ったメロードは元々花に興味など無い事が伺われた。でなければ薔薇に対して非道な事はしないだろう。
――美しい庭。咲き誇る花。瑞々しい葉。これらを見ればどれだけこの庭に愛情が注がれているかわからないのだろうか。
庭師だけでは無い。タマキ自身もこの庭を大事に育てている。柚が此方に来て寂しくないように。柚が心安らげる場所になるように、と。
「――…」
隣でメロードが話掛けてくるが、タマキは適当に聞き流す。庭を後にする際、後ろを振り向けば庭師が先程の手折られた薔薇を拾っていて。
タマキは庭師に頭を下げ、足早に庭から立ち去った。
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