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2章『転生黎明』
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柚は静けさの中、ふと目を醒ました。部屋の中は真っ暗で、深夜だと言う事を示している。
ゆっくりと身を起こせば、身体はとても軽い。それに身体からは良い匂いが漂っている。お香のような、不思議と落ち着く匂いだった。
何度か瞬きを繰り返せば、暗闇に目が慣れたのか、ぼんやりと部屋の様子を見る事が出来た。
「……」
微かに聞こえる人の呼吸。柚は足下に気を付けながらベッドを降り、音の方へと足を向ける。
そこには大人一人が横になれる程の大きく豪華なソファがあった。呼吸は毛布の膨らみから聞こえてくる。
「…お兄ちゃん」
小さな囁きだった。耳を澄まさなければ聞こえない程の、か細い声。だが、眠りに落ちている筈のタマキには聞こえたようだった。
「ん…ゆず…?」
タマキの閉じていた瞳が細く開き柚の姿を認識した途端、大きく見開かれる。長身の身体がソファからむくりと起き上がり、柚の元へと足早に歩み寄った。
「ゆず、大丈夫?どこも痛くない?」
矢継ぎ早に質問攻めをされ、昔の兄と全く同じ様子に柚は思わず吹き出してしまう。そんな柚の笑みを見て、タマキは思わず泣きそうになってしまった。
此方に来ての初めての笑みだった。
「ゆずが笑ってくれた…!」
「え…?」
「俺、明日の仕事すごい頑張れそう」
「え、と」
タマキが兄である事を知らない柚はタマキの名を何と呼べば良いのか思い倦ねている様子だった。そんな柚の様子に、タマキは思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「ゆず…俺…が、環…お兄ちゃんだって言ったら…どうする?」
思わぬ告白。本当は柚がもう少し落ち着いてから告げようかと思っていた。けれど、今の柚の状況を見ていたら言った方が賢明だと判断した。
誰も知らない世界で、自分だけが唯一の存在。
「ぇ…」
「うん、ごめんね。ずっと隠していて。俺もさ、漫画みたいだと思った。だってさ、前まで日本に居た筈なのに死んだと思ったらここに居るんだもん」
「死ん…だ……?」
「うん、交通事故で、ね」
嘘を織り交ぜながら、柚の様子を見ながら小出しに話していく。ここで変な事を言ってしまうと柚の心が離れてしまう。
本当は後追い自殺だった。
この世界も事前にタマキの力で用意された世界だった。
「イミゴの話を聞いて、直ぐに保護しなきゃ!て思ってさ。行ったらゆずそっくりな子が居てびっくりした。けど、絶対この子はゆずだ、とも思った」
「……」
柚の大きな瞳が涙の膜を作る。
後、少し。あと少しだった。
「ゆずは?俺を見て環だって…お兄ちゃんだって思わなかった?」
「おも、た…けど、」
「うん」
「おに、ちゃんはここに、居るはず無いって…」
「うん」
「でも、おにいちゃんだったから、ぐちゃぐちゃになっちゃって、」
「うん」
柚の涙が頬を伝う。カタカタ、と身体が震える。
「おにいちゃん、」
「うん」
「お兄ちゃん、」
「なぁに、ゆず」
「――!!」
両手を広げ、勢いをつけてタマキに抱きつく柚は、まるで小さな頃に戻ったようだった。まだ、幸せだった頃の二人に。
痛い程キツく抱きつく柚の細い身体を優しく抱きしめ返せば、胸に埋めた顔をぐりぐりと擦り付ける。
昔の癖が治っていないようだった。
小さい頃も、よく抱きついてきて照れ隠しのように今の行動を柚はしていた。
「ふぇ…うー…っ」
泣きじゃくる柚に嬉しさが込み上げてくる。認識される事がこんなにも嬉しいだなんて。柚が此方の世界に堕ちた際、もしも記憶が無ければまた一から作れば良いと思っていた。
初めてだった。時空を跨いで、君が覚えていてくれている事が。
「ゆず…ごめんね。今まで助けてあげられなくて…次こそ幸せにしてみせるから…」
「おに、ちゃ…」
「ほら、そんなに泣いたらおめめ溶けちゃうよ?」
小さな背中をポンポン叩いてやれば、柚の濡れた瞳がタマキを射貫く。
「お兄ちゃん、変わってない…」
笑みを浮かべながら涙を拭う柚に、タマキの中で閉じ込めていた感情が暴れ出しそうになるのを感じた。
仄暗い劣情だった。
何時も願っている感情とは真逆の熱情。
護りたいのに、壊したい。
笑顔が見たいのに、泣かせたい。
抱きしめたいのに――犯したい。
昔から抱いていた感情。けれど、大事にしたいから。嫌われたくないから。だから柚への暗い感情は閉じ込めた筈なのに。
何時の柚もタマキの努力を簡単にも打ち砕いてしまうのだ。
柚は静けさの中、ふと目を醒ました。部屋の中は真っ暗で、深夜だと言う事を示している。
ゆっくりと身を起こせば、身体はとても軽い。それに身体からは良い匂いが漂っている。お香のような、不思議と落ち着く匂いだった。
何度か瞬きを繰り返せば、暗闇に目が慣れたのか、ぼんやりと部屋の様子を見る事が出来た。
「……」
微かに聞こえる人の呼吸。柚は足下に気を付けながらベッドを降り、音の方へと足を向ける。
そこには大人一人が横になれる程の大きく豪華なソファがあった。呼吸は毛布の膨らみから聞こえてくる。
「…お兄ちゃん」
小さな囁きだった。耳を澄まさなければ聞こえない程の、か細い声。だが、眠りに落ちている筈のタマキには聞こえたようだった。
「ん…ゆず…?」
タマキの閉じていた瞳が細く開き柚の姿を認識した途端、大きく見開かれる。長身の身体がソファからむくりと起き上がり、柚の元へと足早に歩み寄った。
「ゆず、大丈夫?どこも痛くない?」
矢継ぎ早に質問攻めをされ、昔の兄と全く同じ様子に柚は思わず吹き出してしまう。そんな柚の笑みを見て、タマキは思わず泣きそうになってしまった。
此方に来ての初めての笑みだった。
「ゆずが笑ってくれた…!」
「え…?」
「俺、明日の仕事すごい頑張れそう」
「え、と」
タマキが兄である事を知らない柚はタマキの名を何と呼べば良いのか思い倦ねている様子だった。そんな柚の様子に、タマキは思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「ゆず…俺…が、環…お兄ちゃんだって言ったら…どうする?」
思わぬ告白。本当は柚がもう少し落ち着いてから告げようかと思っていた。けれど、今の柚の状況を見ていたら言った方が賢明だと判断した。
誰も知らない世界で、自分だけが唯一の存在。
「ぇ…」
「うん、ごめんね。ずっと隠していて。俺もさ、漫画みたいだと思った。だってさ、前まで日本に居た筈なのに死んだと思ったらここに居るんだもん」
「死ん…だ……?」
「うん、交通事故で、ね」
嘘を織り交ぜながら、柚の様子を見ながら小出しに話していく。ここで変な事を言ってしまうと柚の心が離れてしまう。
本当は後追い自殺だった。
この世界も事前にタマキの力で用意された世界だった。
「イミゴの話を聞いて、直ぐに保護しなきゃ!て思ってさ。行ったらゆずそっくりな子が居てびっくりした。けど、絶対この子はゆずだ、とも思った」
「……」
柚の大きな瞳が涙の膜を作る。
後、少し。あと少しだった。
「ゆずは?俺を見て環だって…お兄ちゃんだって思わなかった?」
「おも、た…けど、」
「うん」
「おに、ちゃんはここに、居るはず無いって…」
「うん」
「でも、おにいちゃんだったから、ぐちゃぐちゃになっちゃって、」
「うん」
柚の涙が頬を伝う。カタカタ、と身体が震える。
「おにいちゃん、」
「うん」
「お兄ちゃん、」
「なぁに、ゆず」
「――!!」
両手を広げ、勢いをつけてタマキに抱きつく柚は、まるで小さな頃に戻ったようだった。まだ、幸せだった頃の二人に。
痛い程キツく抱きつく柚の細い身体を優しく抱きしめ返せば、胸に埋めた顔をぐりぐりと擦り付ける。
昔の癖が治っていないようだった。
小さい頃も、よく抱きついてきて照れ隠しのように今の行動を柚はしていた。
「ふぇ…うー…っ」
泣きじゃくる柚に嬉しさが込み上げてくる。認識される事がこんなにも嬉しいだなんて。柚が此方の世界に堕ちた際、もしも記憶が無ければまた一から作れば良いと思っていた。
初めてだった。時空を跨いで、君が覚えていてくれている事が。
「ゆず…ごめんね。今まで助けてあげられなくて…次こそ幸せにしてみせるから…」
「おに、ちゃ…」
「ほら、そんなに泣いたらおめめ溶けちゃうよ?」
小さな背中をポンポン叩いてやれば、柚の濡れた瞳がタマキを射貫く。
「お兄ちゃん、変わってない…」
笑みを浮かべながら涙を拭う柚に、タマキの中で閉じ込めていた感情が暴れ出しそうになるのを感じた。
仄暗い劣情だった。
何時も願っている感情とは真逆の熱情。
護りたいのに、壊したい。
笑顔が見たいのに、泣かせたい。
抱きしめたいのに――犯したい。
昔から抱いていた感情。けれど、大事にしたいから。嫌われたくないから。だから柚への暗い感情は閉じ込めた筈なのに。
何時の柚もタマキの努力を簡単にも打ち砕いてしまうのだ。
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