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2章『転生黎明』
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静かに目を醒ました柚は、自分が泣いている事に気が付いた。悲しい夢を見ていた気がする。内容は覚えていないけれど、悲しい気持ちが柚の心を蝕んでいた。
「……」
涙を拭う為に手を動かそうとした柚は誰かに手を握られている事に気が付いた。暖かい温もりが、柚の冷たい手先に熱を送っているようで。
「……?」
その相手を確認した刹那、柚の心臓が大きく跳ねた。
柚の傍らで、ベッドに顔を埋め手を握りしめながら、タマキが眠っていた。ぼやけていた記憶が一気に覚醒した柚はタマキの手を振り払い、震えながら身体を小さく抱きしめる。
手を撥ねのけた衝撃で目を醒ましたタマキは、柚が起きた事に歓喜しそうになるも柚の態度に冷静さを取り戻した。
沢山痛い事、辛い事をされた柚は身体の傷は治っても、心の傷はじくじくと膿んだままなのだ。その中で現れたタマキという兄に似た存在に、警戒するのも致し方がない。
「…起きたんだね、良かった。身体は大丈夫、かな」
「……」
警戒したままの柚に、声を掛けるタマキ。だが帰ってくる返事は無くて。タマキの声にぴくりと反応した事から、聞こえていない訳では無いようだ。
顔色が一気に悪くなっている。先程までは血色の良い肌色だったのに、今では病人のように真っ青で。
無意識だった。怯える柚に手を出したタマキの行動は。柚が乱している今、柚に触れる事は適切ではない。だが、手を伸ばし、我に返った時には遅かった。
「ゃ――!!来ないで!!」
全身を使って、柚の身体がタマキの存在を拒否する。伸ばした手は柚の腕によって弾かれ、虚空を彷徨う。
柚の暴れる腕が、何度も壁に、ベッドの縁に当たる。このままだと柚の身体にまた傷が沢山出来てしまう。いくらイミゴの力で後日治るとしても、痛みが無い訳では無いのだ。
「ゆず!」
「やだやだ!痛いの嫌なの!もう、やだ!私、何もしてないのに!」
咄嗟に柚の身体を抱きしめる。だが、腕の中で無我夢中に暴れる柚の力はあり得ない程に強い力で。伸びた爪がタマキの頬を傷付ける。握りしめた拳が胸を叩く。
まるで、今まで我慢していた感情が爆発したようだった。ずっと一人で耐えていた柚の負の感情は凄まじいものだろう。
だから、タマキは柚の身体を離さず、されるがままに柚の叫びを受け入れた。
何度傷が付いても、眉を顰める程の痛みが来ようとも、絶対に柚を抱きしめる腕を放さなかった。
「痛い…痛いの…お兄ちゃん…助けて…」
「うん、ゆずのお兄ちゃんがずっとゆずを護るからね。大丈夫。もう何も怖くないよ」
徐々に弱くなる抵抗の中で、柚は兄の名を呼んだ。柚にとっての唯一の良心だった兄の名を。
「私は…イミゴなんかじゃない、のに、」
「うん」
「怖い人達はみんな私をイミゴって、忌々しいって…」
「うん」
「私の居場所なんてどこにもなくて」
「――うん」
「いっぱい殴られた」
「……」
「けれど、傷は次の日には無くなってて」
「……」
「怖かった。まるで化け物みたいで――」
泣きながら、タマキの胸に縋り付きながら柚はか細い声で言葉を何度も発した。その声色に滲み出る恐怖がタマキの心を苦しくさせて。
今はこうやって話を聞いて抱きしめてあげる事しか出来ない。自分があのお兄ちゃんの環だよって告げる事も出来ない。イミゴの本当の情報だって――
告げてあげれば、きっと柚の心は少しだけ楽になるだろう。けれど、タマキには出来なかった。まだ、その時は来ていないから。
「大丈夫。ゆずは化け物なんかじゃ無いよ」
「でも…」
「ただ、特別なだけさ。それに、ここにはゆずの敵は居ないよ。みんなゆずの味方。俺も、他のみんなだって」
赤子をあやすようにゆずの身体を揺らしてやれば、安心したのか手足を弛緩させ、タマキに体重を委ねている。
が、はっとして、顔をタマキの方に向け眉を下げたまま小さく謝罪した。
「……ごめんなさい。いっぱい痛い事しちゃった…」
「いーの。俺、丈夫に出来てるから」
「でも…」
自分を責めているであろう柚。何時までも変わらない優しい妹。どんな状況でも自分ばかりを責めて、最期は命を落とした。
だから今回は自害しない為に、ゆずの身体に願いを埋め込んだ。柚の回復はイミゴの力では無い。今のイミゴにはそんな力は持っていないから。
「じゃあさ、ゆず。俺のこの傷口に口付けしてごらん」
「ぇ…え?く、口付け?」
「ん。ほら」
「う、うん…」
暴れた際に引っ掻いた頬を柚に差し出せば、おずおずと柔らかい唇が触れる。抵抗しないのはタマキを兄に重ねているのだろうか。
唇が触れた箇所から淡い光が漏れ、徐々に傷が消えていく。その様子を見た柚は大きく目を見開き、声にならない声をあげた。
「――!?……?」
「ほら。治った。ゆずの力は人のためになる力なんだ。だから自分を化け物だなんて言わないでほしい」
嘘だった。本当はタマキの力で治癒を掛けているのだが、便宜上柚が治したという事にする。
たちまち柚の表情が明るくなり、タマキの傷に何度も何度も唇を落としていく。
「ん、ん…」
「擽ったいよ、ゆず」
「お兄ちゃんのきず、治すの」
久しぶりに見た満面の笑みに、タマキの心はどうしようもない程恋い焦がれた。ずっと見ていたかったあの笑顔がここに有る。ずっと暗い表情になっていく柚の顔をどうにか笑顔にしたくて――
「……?お兄ちゃん?」
無垢な身体をきつく抱きしめる。愛しくて、どうにかなってしまいそうで。沢山の感情が溢れてしまって。
「泣いているの…?」
「…泣いてない。擽ったかっただけ」
視界が滲む。
柚はいきなりの抱擁に戸惑いながらも、先程タマキに施された安寧を思い出し、何も言わず広い背中を何度も撫でていた。
静かに目を醒ました柚は、自分が泣いている事に気が付いた。悲しい夢を見ていた気がする。内容は覚えていないけれど、悲しい気持ちが柚の心を蝕んでいた。
「……」
涙を拭う為に手を動かそうとした柚は誰かに手を握られている事に気が付いた。暖かい温もりが、柚の冷たい手先に熱を送っているようで。
「……?」
その相手を確認した刹那、柚の心臓が大きく跳ねた。
柚の傍らで、ベッドに顔を埋め手を握りしめながら、タマキが眠っていた。ぼやけていた記憶が一気に覚醒した柚はタマキの手を振り払い、震えながら身体を小さく抱きしめる。
手を撥ねのけた衝撃で目を醒ましたタマキは、柚が起きた事に歓喜しそうになるも柚の態度に冷静さを取り戻した。
沢山痛い事、辛い事をされた柚は身体の傷は治っても、心の傷はじくじくと膿んだままなのだ。その中で現れたタマキという兄に似た存在に、警戒するのも致し方がない。
「…起きたんだね、良かった。身体は大丈夫、かな」
「……」
警戒したままの柚に、声を掛けるタマキ。だが帰ってくる返事は無くて。タマキの声にぴくりと反応した事から、聞こえていない訳では無いようだ。
顔色が一気に悪くなっている。先程までは血色の良い肌色だったのに、今では病人のように真っ青で。
無意識だった。怯える柚に手を出したタマキの行動は。柚が乱している今、柚に触れる事は適切ではない。だが、手を伸ばし、我に返った時には遅かった。
「ゃ――!!来ないで!!」
全身を使って、柚の身体がタマキの存在を拒否する。伸ばした手は柚の腕によって弾かれ、虚空を彷徨う。
柚の暴れる腕が、何度も壁に、ベッドの縁に当たる。このままだと柚の身体にまた傷が沢山出来てしまう。いくらイミゴの力で後日治るとしても、痛みが無い訳では無いのだ。
「ゆず!」
「やだやだ!痛いの嫌なの!もう、やだ!私、何もしてないのに!」
咄嗟に柚の身体を抱きしめる。だが、腕の中で無我夢中に暴れる柚の力はあり得ない程に強い力で。伸びた爪がタマキの頬を傷付ける。握りしめた拳が胸を叩く。
まるで、今まで我慢していた感情が爆発したようだった。ずっと一人で耐えていた柚の負の感情は凄まじいものだろう。
だから、タマキは柚の身体を離さず、されるがままに柚の叫びを受け入れた。
何度傷が付いても、眉を顰める程の痛みが来ようとも、絶対に柚を抱きしめる腕を放さなかった。
「痛い…痛いの…お兄ちゃん…助けて…」
「うん、ゆずのお兄ちゃんがずっとゆずを護るからね。大丈夫。もう何も怖くないよ」
徐々に弱くなる抵抗の中で、柚は兄の名を呼んだ。柚にとっての唯一の良心だった兄の名を。
「私は…イミゴなんかじゃない、のに、」
「うん」
「怖い人達はみんな私をイミゴって、忌々しいって…」
「うん」
「私の居場所なんてどこにもなくて」
「――うん」
「いっぱい殴られた」
「……」
「けれど、傷は次の日には無くなってて」
「……」
「怖かった。まるで化け物みたいで――」
泣きながら、タマキの胸に縋り付きながら柚はか細い声で言葉を何度も発した。その声色に滲み出る恐怖がタマキの心を苦しくさせて。
今はこうやって話を聞いて抱きしめてあげる事しか出来ない。自分があのお兄ちゃんの環だよって告げる事も出来ない。イミゴの本当の情報だって――
告げてあげれば、きっと柚の心は少しだけ楽になるだろう。けれど、タマキには出来なかった。まだ、その時は来ていないから。
「大丈夫。ゆずは化け物なんかじゃ無いよ」
「でも…」
「ただ、特別なだけさ。それに、ここにはゆずの敵は居ないよ。みんなゆずの味方。俺も、他のみんなだって」
赤子をあやすようにゆずの身体を揺らしてやれば、安心したのか手足を弛緩させ、タマキに体重を委ねている。
が、はっとして、顔をタマキの方に向け眉を下げたまま小さく謝罪した。
「……ごめんなさい。いっぱい痛い事しちゃった…」
「いーの。俺、丈夫に出来てるから」
「でも…」
自分を責めているであろう柚。何時までも変わらない優しい妹。どんな状況でも自分ばかりを責めて、最期は命を落とした。
だから今回は自害しない為に、ゆずの身体に願いを埋め込んだ。柚の回復はイミゴの力では無い。今のイミゴにはそんな力は持っていないから。
「じゃあさ、ゆず。俺のこの傷口に口付けしてごらん」
「ぇ…え?く、口付け?」
「ん。ほら」
「う、うん…」
暴れた際に引っ掻いた頬を柚に差し出せば、おずおずと柔らかい唇が触れる。抵抗しないのはタマキを兄に重ねているのだろうか。
唇が触れた箇所から淡い光が漏れ、徐々に傷が消えていく。その様子を見た柚は大きく目を見開き、声にならない声をあげた。
「――!?……?」
「ほら。治った。ゆずの力は人のためになる力なんだ。だから自分を化け物だなんて言わないでほしい」
嘘だった。本当はタマキの力で治癒を掛けているのだが、便宜上柚が治したという事にする。
たちまち柚の表情が明るくなり、タマキの傷に何度も何度も唇を落としていく。
「ん、ん…」
「擽ったいよ、ゆず」
「お兄ちゃんのきず、治すの」
久しぶりに見た満面の笑みに、タマキの心はどうしようもない程恋い焦がれた。ずっと見ていたかったあの笑顔がここに有る。ずっと暗い表情になっていく柚の顔をどうにか笑顔にしたくて――
「……?お兄ちゃん?」
無垢な身体をきつく抱きしめる。愛しくて、どうにかなってしまいそうで。沢山の感情が溢れてしまって。
「泣いているの…?」
「…泣いてない。擽ったかっただけ」
視界が滲む。
柚はいきなりの抱擁に戸惑いながらも、先程タマキに施された安寧を思い出し、何も言わず広い背中を何度も撫でていた。
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