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1章『転生淵源』

08【了】

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08

国王に事の顛末を報告したタマキは疲れた表情を浮かべながら無駄に広い自室に足を向けた。久しぶりに解放した魔力に体力が削られたようだった。
更に知られない為に、ケルベロス達を無の間に送った事も要因だ。

――無の間。何も干渉を持たない歪んだ空間。唯、ひたすら闇が広がるばかりの空間はかつて神が膨大な力を使った際に出来たものだという。
何故タマキが知っているかというと――

「タマキ様」
「ああ、アリー。ゆずの様子はどうだい?」
「まだ目を醒ます様子はございません。ですが、顔色は当初に比べて良くなったかと」

侍女――アリーがタマキに頭を下げた後、横より一歩離れ二人歩き始める。何点か質問をすれば、柚は寝息をたてて眠っているようだった。
柚を保護して数日経ち、目覚めない柚に嫌な考えが巡ったが、顔色が良くなったと聞いてタマキは安堵の息を吐いた。

「タマキ様、どうぞ」
「ああ、すまない」

アリーが静かにタマキの部屋のドアを開ける。礼を述べた後、足早にベッドへと向かえば細い指を組んで静かに眠る柚が居た。アリーが身を綺麗にしてくれたお陰で、ボロボロだった肌は色を帯び、漆黒の髪は艶めきながらベッドに舞っている。

「私はこれで」
「ああ、ご苦労。それと――ありがとう」

タマキの言葉に小さく笑みを浮かべ、アリーはドアの前で一礼して部屋から離れた。
しん、と静まる室内に小さく聞こえる柚の寝息。タマキは床に膝をつき、柚の細い手を握りしめた。

暖かくて小さな手だった。身体だって、細く儚い。こんな小さな身体でこの世界に堕ちてからずっと一人で耐えていたというのか。

タマキは伯爵が気絶している際に、柚に関する伯爵の記憶を辿っていた。だから柚がどれ程酷い仕打ちをされていたか知っている。勿論村長も、だ。村長は怒りの余り、いたぶるように殺してしまった。故に伯爵に対して冷静で居られたのかもしれない。

「ゆず…もう、大丈夫。俺が護ってあげるから、ね。」

タマキは眠る柚の頬やおでこに何度も唇を落とし、愛を囁いた。昔からの習慣だった。まるで催眠を掛けるかのように何度も、何度も。

「前の世界ではゆずは自分を殺してしまった。まさかそんなに追い詰められているとは思ってもみなかったんだ、ごめんね。次こそは失敗しないよ。大丈夫。俺達は絶対に失敗しない」

目の前で柚に飛ばれたタマキは直ぐさま自分も後を追うかのように飛び降りた。次の世界へ向かう為に。

「次こそは、幸せになろうね」

唇に口付けを落としながら、タマキは呟いた。まるで自分に言い聞かせるかのように。



*****



柚は大きなスクリーンで映画を見ていた。
純白の男が涙を流しながら女を抱いている。

『これは呪いだよ。お前達は一生、結ばれる事は無い。それが神へ刃を向けた罰だ』

誰かの声が響き渡る。女性のようで、男性のようで、はたまた人間ではない声音。その声の持ち主はまるで柚に語りかけているようだった。映画を見ている筈なのに。映画の音声の筈なのに。

『一生苦しめ。その、お前のせいで流した――の血の色を忘れるな』

映画は何度も場面が変わり、その度に女は悲惨な状態で死を迎えている。目を逸らしたい。なのに柚の身体は全く以て動かなかった。

『忘れるな。これは罰なのだ。一生逃れられない因果となった』

スクリーンに映る男は慟哭している。
何度も、場面を変え、顔色を失った女を抱きしめながら。音声は無いのに、確かに柚にはその声が届いた。


『次こそは幸せになろうね』


場面に似つかわしくない、優しく、悲しい声色だった。




一章【転生淵源】了

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