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1章『転生淵源』
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柚が大怪我を負った次の日、柚は言葉を失った。
「どうして…」
あれだけ傷付いていた身体があり得ない速度で回復していたのだ。恐らく折れていたであろう腕も、擦り切れた肌も、小突かれた際に出来た痣も、どれも回復している。
「これじゃあ本当に化け物じゃない…!」
「……ほぉ、あんな大怪我がこんなにも治っているとは」
「!!」
大きな扉の音と共に沢山の足音。そして不快な、声。柚は感情を押し殺し、声のした方へと視線を向ける。そうすれば、相変わらず下卑た笑みを浮かべた村長を筆頭に男数人が牢の前へとやってきた。
「これは…凄い、言い伝えでしか聞いた事が無かったが…この色、傷の治り…」
「えぇ、間違えなくイミゴでしょう」
一人の男が柵越しから柚を値踏みするかのように、色々な角度から視線を寄越してくる。嫌な視線だった。憎悪でも無く、嫌悪でも無く、一体男は柚にどういった感情を乗せているのか。
「…しかし伯爵、本当に宜しいのですか?イミゴは国の保護管轄では…」
「だから主に直接声を掛けたのだろう。イミゴさえ手に入れられれば研究材料にもなり、国王への脅し材料になる。イミゴの存在は未知数。その為に大金を積んだのだ」
「…承知しております」
白々しい問いかけだと思った。それは恐らく伯爵と呼ばれた男も気付いているだろう。だがそれに対して丁寧に答えている理由はイミゴを手に入れる為だろう。見た目からして伯爵と呼ばれた男は金持ちだと伺われる。身に着けているものが他の者とは比べようもない程煌びやかだ。
「まだグラジュスリヒト家はイミゴが降りてきた事に気付いておらぬ。良いか、バレてはならぬぞ?」
「勿論でございます。さて、伯爵。今後の話を踏まえて少々お話したい事が…」
「……本当肝の据わった男だ」
二人は笑いながら階段を上がっていく。そんな二人を見て柚は少し安堵を覚えた。今日は痛い思いをしなくて済むのだ。実のところ今日も暴力を振るわれると思っていた。
だが、その思いも伯爵が発した言葉により打ち砕かれた。
「…そこの君。イミゴの腕を折っておいてくれないか?恐らく昨日折れていたとは思うのだけど、確証はないからね。回復状態がみたいんだ」
「は、かしこまりました!」
重厚なドアが閉まると同時に、大きな身体をした男がにちゃにちゃと笑みを浮かべながら柚の空間に入ってくる。
今からされるであろう悪夢に柚の身体は硬直する。カタカタと奥歯が鳴り、視界がぼやけた。けれど、涙を流しても相手の嗜虐心を煽るばかりだ。
「悪いね。こんな事したくないんだけどねぇ。伯爵様と村長の言う事に逆らったら酷い目に遭わされるからよ、人助けだと思って……な!」
投げ出された柚の細い足目掛けて、柚の体重の数倍であろう男が飛び跳ね踏み潰した。
「あああああああ!!!!」
つんざめく絶叫。身体の中で響く割れた音。血が逆流する音。
何度も、何度も、踏まれる。まるで極悪人を処刑するかのように、嗤いながら何度も。
狂っている空間だった。誰もが無言で目を背ける中、男は嗤いながら踏みつけるのだ。
「……ま、こんなもんか。いくぞ、お前ら」
「は、はい!」
柚を蹂躙した男は満足げな声を上げながら大きな足音をたてながら部屋を出て行った。手当てする事もなく、ぼろ雑巾のように投げ捨てられた柚は痛みで呻く事すら出来ない。
こんな思いをこれからもずっとしていかなければいけないのか。
「…死にたい」
また、死を選びたい。死んでこの痛みから、苦しさから逃げ出してしまいたい。
柚は意識的に赤く染まった舌をちろり、と出し思い切り切断するかのように歯を噛み合わせた。
――筈なのに。
「――……!」
動かない。動かないのだ。まるで誰かに操られているかのように、動かない。
ぽたぽたと赤色が混じった唾液が柚の細い顎を伝う。
――イミゴは死なない。
「死ぬ事すら、許されないの」
柚の中で広がる仄暗い絶望が漆黒に染まっていく。僅かな感情すらも飲み込む程に、大きく暖かい漆黒だった。
***
「……ところで伯爵、言い伝えではイミゴに危害を加えるとその者に呪われるという言い伝えが」
「どうだろうな。まぁ…私はたまたま一切イミゴに手を出していないからな。調べようもないさ。…主は分かっていて自分に不用な人間を雇ったのでは?」
「はは、お見通しでしたか」
まるで人を人と思っていないような発言だった。自分たちだけが助かるように、都合の悪い情報は流さず、甘い蜜だけを零して人を使う。
彼等に操られている人間は本当の事を知らずに毒の入った蜜を啜って――どうなってしまうのか。
「まぁ、誰かが死んだら伯爵にご連絡を致しましょう。」
村長は肥えた頬をゆがませ、にちゃりと笑いながら玄関の扉を静かに開けた。
柚が大怪我を負った次の日、柚は言葉を失った。
「どうして…」
あれだけ傷付いていた身体があり得ない速度で回復していたのだ。恐らく折れていたであろう腕も、擦り切れた肌も、小突かれた際に出来た痣も、どれも回復している。
「これじゃあ本当に化け物じゃない…!」
「……ほぉ、あんな大怪我がこんなにも治っているとは」
「!!」
大きな扉の音と共に沢山の足音。そして不快な、声。柚は感情を押し殺し、声のした方へと視線を向ける。そうすれば、相変わらず下卑た笑みを浮かべた村長を筆頭に男数人が牢の前へとやってきた。
「これは…凄い、言い伝えでしか聞いた事が無かったが…この色、傷の治り…」
「えぇ、間違えなくイミゴでしょう」
一人の男が柵越しから柚を値踏みするかのように、色々な角度から視線を寄越してくる。嫌な視線だった。憎悪でも無く、嫌悪でも無く、一体男は柚にどういった感情を乗せているのか。
「…しかし伯爵、本当に宜しいのですか?イミゴは国の保護管轄では…」
「だから主に直接声を掛けたのだろう。イミゴさえ手に入れられれば研究材料にもなり、国王への脅し材料になる。イミゴの存在は未知数。その為に大金を積んだのだ」
「…承知しております」
白々しい問いかけだと思った。それは恐らく伯爵と呼ばれた男も気付いているだろう。だがそれに対して丁寧に答えている理由はイミゴを手に入れる為だろう。見た目からして伯爵と呼ばれた男は金持ちだと伺われる。身に着けているものが他の者とは比べようもない程煌びやかだ。
「まだグラジュスリヒト家はイミゴが降りてきた事に気付いておらぬ。良いか、バレてはならぬぞ?」
「勿論でございます。さて、伯爵。今後の話を踏まえて少々お話したい事が…」
「……本当肝の据わった男だ」
二人は笑いながら階段を上がっていく。そんな二人を見て柚は少し安堵を覚えた。今日は痛い思いをしなくて済むのだ。実のところ今日も暴力を振るわれると思っていた。
だが、その思いも伯爵が発した言葉により打ち砕かれた。
「…そこの君。イミゴの腕を折っておいてくれないか?恐らく昨日折れていたとは思うのだけど、確証はないからね。回復状態がみたいんだ」
「は、かしこまりました!」
重厚なドアが閉まると同時に、大きな身体をした男がにちゃにちゃと笑みを浮かべながら柚の空間に入ってくる。
今からされるであろう悪夢に柚の身体は硬直する。カタカタと奥歯が鳴り、視界がぼやけた。けれど、涙を流しても相手の嗜虐心を煽るばかりだ。
「悪いね。こんな事したくないんだけどねぇ。伯爵様と村長の言う事に逆らったら酷い目に遭わされるからよ、人助けだと思って……な!」
投げ出された柚の細い足目掛けて、柚の体重の数倍であろう男が飛び跳ね踏み潰した。
「あああああああ!!!!」
つんざめく絶叫。身体の中で響く割れた音。血が逆流する音。
何度も、何度も、踏まれる。まるで極悪人を処刑するかのように、嗤いながら何度も。
狂っている空間だった。誰もが無言で目を背ける中、男は嗤いながら踏みつけるのだ。
「……ま、こんなもんか。いくぞ、お前ら」
「は、はい!」
柚を蹂躙した男は満足げな声を上げながら大きな足音をたてながら部屋を出て行った。手当てする事もなく、ぼろ雑巾のように投げ捨てられた柚は痛みで呻く事すら出来ない。
こんな思いをこれからもずっとしていかなければいけないのか。
「…死にたい」
また、死を選びたい。死んでこの痛みから、苦しさから逃げ出してしまいたい。
柚は意識的に赤く染まった舌をちろり、と出し思い切り切断するかのように歯を噛み合わせた。
――筈なのに。
「――……!」
動かない。動かないのだ。まるで誰かに操られているかのように、動かない。
ぽたぽたと赤色が混じった唾液が柚の細い顎を伝う。
――イミゴは死なない。
「死ぬ事すら、許されないの」
柚の中で広がる仄暗い絶望が漆黒に染まっていく。僅かな感情すらも飲み込む程に、大きく暖かい漆黒だった。
***
「……ところで伯爵、言い伝えではイミゴに危害を加えるとその者に呪われるという言い伝えが」
「どうだろうな。まぁ…私はたまたま一切イミゴに手を出していないからな。調べようもないさ。…主は分かっていて自分に不用な人間を雇ったのでは?」
「はは、お見通しでしたか」
まるで人を人と思っていないような発言だった。自分たちだけが助かるように、都合の悪い情報は流さず、甘い蜜だけを零して人を使う。
彼等に操られている人間は本当の事を知らずに毒の入った蜜を啜って――どうなってしまうのか。
「まぁ、誰かが死んだら伯爵にご連絡を致しましょう。」
村長は肥えた頬をゆがませ、にちゃりと笑いながら玄関の扉を静かに開けた。
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