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1章『転生淵源』

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「この忌々しい色――間違い無くイミゴであろう」
「グラジュスリヒト国に知られてはならぬぞ、こいつは金になる」
「どうやっても死なない存在、忌々しい」
「触れると禍が起きる。間違えても触れてはならぬぞ」

柚がイミゴとして目覚めた日、柚は見知らぬ男達に囲まれていた。ボロボロの服は柚が知っているようなものでは無く、腰に下げている凶器――剣が、此処が柚の居た日本では無い事を物語っていた。

現状を理解出来ない柚は声を発しようとしたが、一人の男が突きつけた剣によって言葉は形にならなかった。
柚を狙っている剣は赤黒く染まっていて、その色の正体が血だと言う事に直ぐさま気付いた柚は言葉を飲み込む。

「喋るな、忌々しいイミゴめ」

まるで汚物を見るかのような視線で柚を見下す男。この視線は嫌という程、何度も感じたものだった。

――嗚呼、地獄に堕ちてしまったんだ。

柚はそう思った。
現状を打破する為に自ら死を選んだと言うのに状況は更に悪くなっている。そもそも、この状況は一体どうなっているのか。本当に地獄に堕ちてしまったのだろうか。

「……」

男達の言葉を聞いて分かった事は一つだけ。柚は『椎名 柚』では無く『イミゴ』として存在しているという事。

男達は柚に剣を突きつけたまま着いてくるよう促した。従うしか、ない。
覚束ない足取りで柚は男達に着いていく。バレないように周りを見渡せば見たことの無い草木が沢山生えている。

間違い無くここは日本では、無い。ましてや海外でもない。今の時代、剣をぶら下げている国なんて聞いた事がない。

だとすると柚は生まれ変わった、もしくは転生してしまったのだろう。そう考えると納得する。

見たことの無い草木。今の時代ではあり得ない剣。漫画やゲームのような彼等の見た目。

髪の色や瞳の色はまるで信号のようだった。色々な色をしている。先程誰かが言っていた忌々しい色とは柚を纏う黒色の事だろうか。誰一人とて黒色を使われたものを持っていない。消去法としてそうとしか考えられなかった。

一瞬剣に映った柚の姿は自分の知っている姿のままだ。
黒色の長い髪に、黒い瞳の色。不幸せそうな表情。


「もたもたするな!」
「……!」

一人の男から剣の柄で横腹を小突かれる。痛みで倒れそうになるが、ここで倒れてしまうと全員から暴力を受ける気がしたので、唇を噛んで必死にこらえた。

無言のまま暫く歩かされ、寂れた村に通された。家がぽつりぽつりと建っている。どの建物も立派とは言い難く、まるで使われていない小屋のようなものばかりだった。
けれど、それらには人が住んでいるようで戸の隙間から柚達を何とも言えぬ表情で見つめている。

彼等の瞳には恐怖と憎悪と一縷の希望が宿っていた。男が言っていた「金になる」という言葉からして、言葉にせずとも状況が伺われた。

村の更に奥、先程の家とは打って変わって、立派な建物が柚の目の前に広がった。

「村長、どうぞ」

一人の若い男が重厚なドアを慎重に開けながら、柚の後ろを歩いていた体格の良い男に声を掛ける。
村長と呼ばれた男は何も言わず、前をずんずんと進んでいく。柚は男に着いていくか迷ったが、隣の男に剣の柄で横腹を小突かれ、つんのめりながら村長に着いていった。

「ああ、そうだ」

村長と呼ばれた男が振り向いて、柚を見据えた。下卑た笑みを浮かべながら懐から一枚の細い布を取り出し、柚に手渡す。

「……?」
「目を隠せ、部屋の構造を知られては困るからな」

柚に拒否権は存在しなかった。恐る恐る布を受け取り、目に当て後ろで結ぶ。紺色をしていた布は柚の視界から光を奪った。光が無いだけで、こんなにも恐怖心が増すだなんて思ってもみなかった。

「村長、これを」

じゃらり、という金属音と共に、男が村長に声を掛ける。まるで鎖を引き摺るような音だ。まさか、と柚が声を発すると同時に首に何かが触れ、首が拘束された。

「はは、イミゴよ。似合うではないか」
「これ、は…」

間違えなく、首枷だった。ひやり、と首を覆うソレは柚の体温を奪うほどに冷たい。愛玩動物が嵌められるような優しいものではなく、まるで罪人が嵌めるようなものだった。

「逃げられると困るからな。地下に着いたら手首にも同じものを着けてやろう」
「ほら、歩けっ!」
「…ぐっ!」

硬い金属が細い柚の首を急かす。歩かなくては。金属によって首に傷が出来てしまう。柚は遅れを取らぬように、歩こうとするも視界が遮られているため、感覚がわからず転んでしまう。けれど男達は歩みを止めなかった。
ずるずると引き摺られ、長く黒い髪は身体の下敷きになり、摩擦でプチプチと切れる音がする。その髪を見て男達が罵声を浴びせた。

「忌々しい色をまき散らすな!」
「まぁ、よい。村民に掃除させれば良い。邪魔な奴が居るから、な。実験として触らせてやろうではないか」

楽しそうに嗤う男達が歩を進める度に柚の身体が擦れていく。晒された腕が痛い。首枷に圧迫される首が、痛い。痛みで意識が遠のきそうなのに、痛みで覚醒してしまう悪循環。

「村長、どうぞ」

ガコッという音と身体に響いた音により、床が開いた事がわかった。村長の言った通り、地下に連れて行かれるようだった。
柚の身体が段差を越えると同時にひやりとした冷気が柚の身体に触れた。

「階段から突き落とされたくなければ立て!」

誰かの足が柚の後頭部を踏みつける。立て、と催促するのは階段から落とした際に死なれては困るからだろう。優しさからくるものではない。

「待て、イミゴは死なない存在と聞いたのだが」
「言い伝えでは…しかし」
「口答えするのか?」
「め、滅相もございません!!」

男は必死に村長に許しを請うが、村長は何も言わない。許しを得る為に行わなければいけないことはただ一つ。

「!!!!」

強い力で鎖を引かれ、痩せ細った柚は抵抗する事も叶わず宙に舞いながら何段も続く階段から転げ落ちた。

何度も段差に頭を、身体を打つけ、鎖は踊るように柚の身体を鞭打つ。鉄が肌を抉り、血が噴き出す。
痛みを越えた感覚が柚の身体を硬直させる。腕で身体を庇うことすら出来なかった。

「ひぅ…ぅ…」

痛みで涙が溢れる。声にならない嗚咽が柚の声帯を震わすが、誰も声を掛ける事は無かった。

「はははっ!ほぉら、言い伝えは間違い無かったんだ!普通の人間なら死んでるぞ!?」
「村長の言う通りです!」
「イミゴに免じてお前の事は許してやろう、手枷を嵌めて牢に入れておけ」
「はっ!!」

薄らとぼやけた視界。目を隠していた布は落ちた拍子に取れてしまったようだ。一人の男が柚を繋ぐ鎖を引き、かび臭く、汚れた牢へと押しやる。その際に鉄で出来た頑丈な手枷を嵌められた。

がちゃり、柵が閉まり、大声で嗤いながら男達は部屋を去る。
もう何も考えたく無かった。痛みで、恐怖で、絶望で、どうしようもない感情がぐるぐると柚の中で渦巻きながら湿気を吸ったベッドで意識を飛ばした。

――こうして『イミゴ』として柚は再び生を受けたのだった。生き地獄のような世界の中で。


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