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9、グレナディエ王国の歴史
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リルは城内の図書室にいた。
高くそびえ立つ本棚に、古い紙のにおい。
しばらく本なんて読む時間すら無かったが、もともと本を読むのは好きな方だ。
子熊の出てくる絵本を幼い頃、何度も何度も母親にせがんでは読んでもらった記憶がある。
その絵本の題名は、もうとうに思い出せなくなってしまったが。
図書館にあるリル専用の勉強机の上に、分厚い本が何冊も積み上げられていた。
この机はポンプルムース宰相が、リルのために用意してくれたものだ。
長時間、座っていてもお尻と腰が痛くならないように適度な固さと柔らかさを兼ね備えた椅子。
そして、ちょうど良い高さの机。
本を読むのは好きだが、これにはいささかうんざりしてしまう。
大量に積み上げられたその本は、詩集や恋愛小説なんて代物ではない。
この国の建国から今日までの歴史書だ。
リルは仕方なく、一番上にあった本から順にページを開いていく。
ある若者がパステッドを発見したことから、この国は始まっていた。
それから国が発展し大きくなり、見舞われた災害や苦難。
それをどのように解決してきたのか。
そんなことが、こと細かに何冊にも渡って記されている。
「ーールさま、リル様!」
誰かの声にハッと気付いて、リルは本から顔を上げた。
「あら?クレモンティーヌ。どうしたの?」
「お茶の時間ですのに、一向にリル様がいらっしゃらないから呼びに参りました」
「うそ!もうそんな時間?」
慌てて時計を見ると、確かに本を読み始めてから三時間も経っている。
どうやら集中しすぎてしまっていたらしい。
「没頭してしまったわ」
「今日は国の歴史書をお読みなんですね」
「そうなの。一般教養らしくて。宰相が全部読めって」
「私も学生時代、読みました」
「えぇ!これを全部!?すごいわね」
「こんなに集中力がおありですもの。リル様もすぐに読み終わりますわ」
「頭に入るかが問題だけど……」
リルは大袈裟に肩をすくめて見せる。
「読んでいて思ったんだけど、この国は今まで一度も他国から攻撃を受けたことがないのね」
分厚い本をパラパラとめくりながら、重要な部分をもう一度指でなぞっていく。
「そうですね。隣国との間には広大な砂漠がありますし。伝承によると陸から敵が攻めてくると砂嵐が起き、海から攻められると嵐となって敵の船が沈むのだと。それが近隣諸国に伝わり、誰もこの国に攻め入ることは無くなった、という話です」
「死の砂漠の言い伝えはよく聞くけれど、海の伝承もあるのね」
リルが知っているのは、自国民であろうとも死の砂漠に一度入ってしまったら二度と帰って来ることはできない、という恐ろしいものだったが。
「リル様のいた孤児院は海から距離があるので、海の伝承は伝わらなかったのかも知れませんね」
「確かに、そうかも」
この国には戦はないが、飢饉や流行り病、自然災害には度々、苦しめられたらしい。
それでも、先人達のおかげで今やたくさんの農作物にも恵まれ、パステッドで外資を稼ぎ、世界でも有数な豊かな国だとされる。
十四年前の白死病の傷跡はまだ色濃く残ってはいるが。
良くいえば質素倹約。悪くいえば貧乏。
そんな生活を今まで送ってきたリルにとっては、自分の住む国ではなく遠い異国の話のようだ。
「平和な国だから、お城の中にあまり近衛兵がいないのかしら」
お城の中を歩いていても、屈強そうな男達とすれ違うことはあまりない。
「定期的に巡回はしていますけどね。この国の兵隊は戦のためというよりは、現在は主に災害や疫病が流行った時のために訓練しています。十一巻の『グレナディエ王国の憲兵隊の創設とその活動』という章に出てきますが、特に十四年前から救護活動に力を入れているんです」
「それは素晴らしい取り組みね」
十四年前の流行り病から学び、同じ過ちを二度と繰り返さないために、知恵を絞り試行錯誤して前に進んでいく。
この国が発展したのは、そのような姿勢が大きく関係しているのだろう。
「あとねこの本、十五巻セットなのに一冊足りないの。なぜかしら?」
一巻から順にあるのに、どうしてか七巻だけがない。
まるで一冊だけ故意に抜き取られたかのように。
「……確か七巻は、王室の家系図だったと思います。きっとリル様が新たに加わるので修正するために王室作家が持って行ったのではないかと」
今までリルの顔を真正面に捉え、真っ直ぐ受け答えしていたクレモンティーヌの瞳が一瞬揺らいだように見えた。
しかし、それを単なる気のせいだと思い、リルは大して気にも留めなかった。
「なるほど」
歴史の一部に自分の名前が載るなんて。
人生って本当に何が起きるか分からないものだ。
「さぁ!もうすぐ王太子殿下もいらっしゃいますよ。今日はお天気が良いので中庭でティータイムにしましょう」
「やったー!中庭大好き。殿下をお待たせしたら大変ね。早く行きましょう」
リルは開いていた本を閉じ、クレモンティーヌの後を追って図書室を後にした。
高くそびえ立つ本棚に、古い紙のにおい。
しばらく本なんて読む時間すら無かったが、もともと本を読むのは好きな方だ。
子熊の出てくる絵本を幼い頃、何度も何度も母親にせがんでは読んでもらった記憶がある。
その絵本の題名は、もうとうに思い出せなくなってしまったが。
図書館にあるリル専用の勉強机の上に、分厚い本が何冊も積み上げられていた。
この机はポンプルムース宰相が、リルのために用意してくれたものだ。
長時間、座っていてもお尻と腰が痛くならないように適度な固さと柔らかさを兼ね備えた椅子。
そして、ちょうど良い高さの机。
本を読むのは好きだが、これにはいささかうんざりしてしまう。
大量に積み上げられたその本は、詩集や恋愛小説なんて代物ではない。
この国の建国から今日までの歴史書だ。
リルは仕方なく、一番上にあった本から順にページを開いていく。
ある若者がパステッドを発見したことから、この国は始まっていた。
それから国が発展し大きくなり、見舞われた災害や苦難。
それをどのように解決してきたのか。
そんなことが、こと細かに何冊にも渡って記されている。
「ーールさま、リル様!」
誰かの声にハッと気付いて、リルは本から顔を上げた。
「あら?クレモンティーヌ。どうしたの?」
「お茶の時間ですのに、一向にリル様がいらっしゃらないから呼びに参りました」
「うそ!もうそんな時間?」
慌てて時計を見ると、確かに本を読み始めてから三時間も経っている。
どうやら集中しすぎてしまっていたらしい。
「没頭してしまったわ」
「今日は国の歴史書をお読みなんですね」
「そうなの。一般教養らしくて。宰相が全部読めって」
「私も学生時代、読みました」
「えぇ!これを全部!?すごいわね」
「こんなに集中力がおありですもの。リル様もすぐに読み終わりますわ」
「頭に入るかが問題だけど……」
リルは大袈裟に肩をすくめて見せる。
「読んでいて思ったんだけど、この国は今まで一度も他国から攻撃を受けたことがないのね」
分厚い本をパラパラとめくりながら、重要な部分をもう一度指でなぞっていく。
「そうですね。隣国との間には広大な砂漠がありますし。伝承によると陸から敵が攻めてくると砂嵐が起き、海から攻められると嵐となって敵の船が沈むのだと。それが近隣諸国に伝わり、誰もこの国に攻め入ることは無くなった、という話です」
「死の砂漠の言い伝えはよく聞くけれど、海の伝承もあるのね」
リルが知っているのは、自国民であろうとも死の砂漠に一度入ってしまったら二度と帰って来ることはできない、という恐ろしいものだったが。
「リル様のいた孤児院は海から距離があるので、海の伝承は伝わらなかったのかも知れませんね」
「確かに、そうかも」
この国には戦はないが、飢饉や流行り病、自然災害には度々、苦しめられたらしい。
それでも、先人達のおかげで今やたくさんの農作物にも恵まれ、パステッドで外資を稼ぎ、世界でも有数な豊かな国だとされる。
十四年前の白死病の傷跡はまだ色濃く残ってはいるが。
良くいえば質素倹約。悪くいえば貧乏。
そんな生活を今まで送ってきたリルにとっては、自分の住む国ではなく遠い異国の話のようだ。
「平和な国だから、お城の中にあまり近衛兵がいないのかしら」
お城の中を歩いていても、屈強そうな男達とすれ違うことはあまりない。
「定期的に巡回はしていますけどね。この国の兵隊は戦のためというよりは、現在は主に災害や疫病が流行った時のために訓練しています。十一巻の『グレナディエ王国の憲兵隊の創設とその活動』という章に出てきますが、特に十四年前から救護活動に力を入れているんです」
「それは素晴らしい取り組みね」
十四年前の流行り病から学び、同じ過ちを二度と繰り返さないために、知恵を絞り試行錯誤して前に進んでいく。
この国が発展したのは、そのような姿勢が大きく関係しているのだろう。
「あとねこの本、十五巻セットなのに一冊足りないの。なぜかしら?」
一巻から順にあるのに、どうしてか七巻だけがない。
まるで一冊だけ故意に抜き取られたかのように。
「……確か七巻は、王室の家系図だったと思います。きっとリル様が新たに加わるので修正するために王室作家が持って行ったのではないかと」
今までリルの顔を真正面に捉え、真っ直ぐ受け答えしていたクレモンティーヌの瞳が一瞬揺らいだように見えた。
しかし、それを単なる気のせいだと思い、リルは大して気にも留めなかった。
「なるほど」
歴史の一部に自分の名前が載るなんて。
人生って本当に何が起きるか分からないものだ。
「さぁ!もうすぐ王太子殿下もいらっしゃいますよ。今日はお天気が良いので中庭でティータイムにしましょう」
「やったー!中庭大好き。殿下をお待たせしたら大変ね。早く行きましょう」
リルは開いていた本を閉じ、クレモンティーヌの後を追って図書室を後にした。
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