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35、意外な住人

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「…ばぁ…や?」

「そうです!そうです!リルお嬢様」

どちらからともなく歩み寄り、自然と抱き締め合った。
彼女は両親に雇われた使用人だったが、幼いリルは本当の祖母のように思い懐いていた。
昔は見上げていたはずのばあやが、今はこんなにも小さく感じる。

「うぅ、よくご無事で……。お嬢様、お帰りなさいませ」

「彼女が屋敷の管理をしてくれていたおかげで、君が住んでいた頃のまま、ほとんど変わっていないんだよ」

「そうだったのね。長い間、本当にありがとう、ばあや」

「いいえ、当然のことをしたまでです。一四年前、私は隣町に嫁いだ娘の出産を手伝う為に休みを貰っていて。帰って来たら旦那様も奥様も亡くなっていて。小さかったリル様は見つからず……うぅ」

すっかり頼りなくなったばあやの肩を抱いて、慰める。

「心配をかけてごめんなさい。やっと我が家に帰って来れたわ。さぁ、中を案内して。ばあや」

「もちろんです。さぁ、どうぞ」

玄関に続く、石畳の上を一歩ずつ着実に進んでいく。
そうだ、覚えている。
小さいリルは、この石畳がお気に入りだった。

隙間なくパズルのように並べられた少しずつ色の違う石を、ポーチで日向ぼっこしながら飽きもせず眺めていた。

そんなリルを両親は、優しい眼差しで見守ってくれていたっけ。
その風景が今もありありと思い出せる。

玄関の前の階段を上がると、家の中から可愛らしい声が聞こえることに気が付いた。

一人や二人じゃない。
もっと、大勢の子供の声。

玄関が開いた瞬間、

「「リルー!!」」

見慣れた顔が一気にリルの周りを取り囲んだ。

「……えっ!みんなどうしてここに!?」

「リル、おかえり」

「ーーココ!」

「お腹も大きくなって。もう、すっかりお母さんの顔だね」

孤児院のみんなと手紙のやりとりはしていたが、まだ結婚したことも妊娠したことも伝えてはいなかった。
でも、驚かないところを見ると、全部知っているようだ。

「話は、国王陛下から聞いてるよ」

「……えっ」

「リル、黙っていてすまなかった。君の体調を考慮して近いうち連れて来るつもりだったんだ」

「教会の老朽化が激しくてね。陛下が大規模な修繕してくれるっていうもんだから。その間、住む場所がなくなっちゃってね」

「この人数を受け入れられる施設が近くになかったんだ。この家は今は主不在で国が管理しているから、客間だった所を子供部屋に使用させてもらっている。君の許可なく勝手なことをしてしまってすまない」

「……いいえ、いいえ。謝らないでください」

リルは目に涙をいっぱい溜めて、それが零れ落ちないように上を向いた。

「私の生まれた家に、大好きなみんながいるなんて…。本当に夢みたい」

「ーー夢じゃないよ」

マイリスに握られた右手が暖かい。

「さぁさ、リルお嬢様。馬車に揺られてお疲れでしょう。主寝室にご案内いたします」

「えー!リルやっと会えたのに、一緒に遊ぼうよ!」

「遊ぼー!遊ぼー!」

「こらこら、リルはお腹に赤ちゃんがいるんだから、ゆっくり休ませてあげないと。私達は、リルの為に畑から栄養満点なお野菜を取って来ますよ」

「そっかー、赤ちゃんがいるんだもんね」

「分かった!リルの為にお野菜取りに行く」

子供達は渋々、ココの後ろに続いて玄関を出ていく。
リルはその後ろ姿に、

「後でゆっくり遊ぼうね!」

と、声をかけた。
そして二人は、ばあやの後について、屋敷の奥へと進んでいく。
廊下を歩いていると、心の奥に仕舞い込んでいた記憶が、だんだんと戻っていく。

「ーーこちらでございます」

ばあやが扉を開けてくれたのは、両親の部屋だ。
怖い夢を見たと言っては、二人の間に潜り込んだ。大きいベッド。
リルの三歳の誕生日に記念に描いた家族の肖像画。

「……これはリルか」

「そうです。陛下、とても可愛らしいでしょう」

「あぁ、面影があるな」

「えぇ、だから私もすぐにリルお嬢様だと分かったんですよ」

ばあやとマイリスの会話がくぐもって聞こえる。
壁紙もカーテンも調度品もあの頃と何一つ変わってはいない。
懐かしい、においでさえも。

リルは、もう我慢できずにベッドに顔を埋め泣き出した。
今になってようやく、両親の死を感じ、そして二度と戻ってくることは叶わないと諦めていた自分の家に帰って来れた嬉しさに、涙がとめどなく溢れて来る。

「お嬢様……」

「ばあや。すまないが、二人にしてくれないか」

「わかりました、陛下。何かあればすぐお呼びください」

ばあやは静かに部屋を出て行った。
マイリスとリルは二人きりになった。
何も言わずにマイリスはリルの背中を優しくさすってくれる。

しばらくして、涙が落ち着いてくるとリルは改めてマイリスにお礼を言った。

「ーーマイリス、本当に……本当にありがとう」

「君の大切なモノは私にとっても大切なモノなんだ」

その言葉を聞いてリルは、マイリスをきつく抱きしめた。
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