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33、死の砂漠

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うねるような砂漠が、オレンジ色に染まっていることに気が付いた。
視線を上げると青空の半分が朱色に変わっている。

(ーーあぁ、陽が暮れるのか)

汗が滲んだ額を、縛られたままの拳で拭った。
もうしばらく、水分も摂っていない。
喉はもう自分の唾で潤すことも出来ないほど、カラカラに乾いている。

(朝食のオレンジ。もう一個食べておけば良かったな)

そんな後悔をしていると、脳がオレンジを思い出してか少し涎が出てきた。

こんな時ですら、遺憾無く発揮する自分の食い意地には呆れてしまう。
少し可笑しくなって笑いが漏れる。

「ふふ。ーーあれ?」

瞳の端に眩しさを感じ、ふと縛られている手に視線を移すと、何やら指輪が光っているように見えた。

夕陽に反射して光っているように見えるのか。

不思議に思い、何度も角度を変えて眺めてみる。
確かに淡く光っているようだ。

そんな時、遠くで馬の嘶く声が聞こえた気がした。
その瞬間に、更にパステッドが強い光りを放つ。

その光りの直線上に目を凝らすと、遠くで同じように輝く光りを見つけた。
こちらに向かい少しずつ大きくなっていく輝き。

「……マイリス!?」

馬を走らせ、一目散にリルに近づいて来る光りは確かにマイリスだった。
少しの水分も無駄にはしたくないのに、安堵の為か目尻に涙が滲む。
涙がこぼれ落ちないように、リルは必死だった。

さっき蜃気楼の向こうに見た幻じゃない。
今度は、本物のマイリスだ。

「ーーリル!」

リルの少し前で、馬を止めるとその背からマイリスがひらりと飛び降りる。
足早にリルに近付き、ナイフで縛ってあった手と足のロープを切ってくれた。

そして、持っていた水瓶をすぐにリルに手渡す。

「……ありがとう」

その言葉を聞いて、一度だけ強くマイリスがリルを抱きしめた。
だが、すぐに厳しい表情に戻る。

「もうすぐ陽が暮れる。その前に避難キャンプへ急ごう」

「分かったわ」

一口だけ水を口に含むと、それだけで生き返った気がした。

マイリスに手伝われ馬に乗る。
お腹に負担がかからないようにゆっくりと馬が歩き出した。

馬の背から見た砂漠の夕焼け。
オレンジと藍色が混じり合う神秘的な風景。
きっと、この景色をリルは一生忘れないだろう。

しばらく砂丘を進むと、白い三角屋根のテントが見えた。

砂漠が闇に飲み込まれるその直前に、どうにか避難キャンプにたどり着くことが出来たようだ。
想像していたよりも遥かに大きく、しっかりと張られたテント。

「ここは……?」

「砂漠での避難所だ」

「こんな場所があるなんて」

「もう今は、死の砂漠じゃないんだよ」

緊張がようやく解けたのか、優しく微笑むマイリスにエスコートされテントの中に入る。
ランプに火を点ければ、部屋の中は人が生活出来るように一通りのモノが揃っているようだった。

「……リル」

背後から急に抱きすくめられた。
小刻みに震える大きな腕。

「いなくなったと聞いた時は、生きた心地がしなかった」

「……助けに来てくれてありがとう」

「守ると約束したのに……」

「守ってくれたわ」

腕を解いて、後ろを振り返った。
マイリスの頬を濡らす涙を人差し指で拭う。

それでも止めどなく落ちて来る涙を、今度は唇で受け止めた。
大きな手のひらがリルの髪の毛を分け入って、きつく抱き寄せようとする。

「……待って、私、砂ぼこりで汚れているから」

「先に湯を沸かしてこよう。休んでいて」

涙を拭ったマイリスが、慣れた様子で奥へと進んでいく。
その間にリルは砂で汚れたコートとドレスを脱いだ。

辺りを見渡すとベッドが二つ並んでいる。
一つのベッドのシーツを剥いでそれを体に巻きつけた。

ベッドに腰掛け、水瓶から少しずつ水を飲み下す。

視界に入った薬指のパステッドは、もう光ってはいなかった。
あれは何だったのだろうか。

「ーー体を拭いてあげよう」

湯を用意してくれたマイリスが、濡れた布でリルの体を優しく拭ってくれる。
それが終わると、絡まった髪も綺麗に梳かし砂を取り除いてくれた。

「体調は大丈夫か?」

「えぇ、ほとんど横になっていた状態が幸いして、何とも無いようだわ。お腹の張りも今はもう無いし」

「それは良かった」

マイリスが持っていた非常用の食べ物で簡単な夕食を済ませてから、片方の狭いベッドに二人で横になった。

砂漠の夜は冷える。
二枚の毛布を重ねて被り、お互いの体温を頼りに素肌を重ね合わせて眠る。

「ーーリル。まだ、起きているのか?」

「えぇ、目が冴えて眠れないみたい」

「怖い思いをしたんだ。無理もない」

包み込むようにマイリスがリルを抱きすくめる。
安心できるマイリスの腕の中に戻って来ることができた。
それだけで奇跡だ。

「……どうして、死の砂漠にいるって分かったの?」

「たまたまクラウドが城に来る途中に、ジャキエの馬車が北西に行くのを見たんだ」

「そうなの。帰ったらクラウドさんにお礼を言わなきゃね」

「癪だが、今回は確かに助かった。帰ったらちゃんとお礼をするよ」

「ふふ。でもこんなに広い砂漠でよく見つけることができたわよね」

リルを抱いていた左手を、マイリスが宙にかざす。
そして、指輪を見つめながらこう言った。

「……指輪に呼ばれている気がした」

「指輪に?確かにあの時、パステッドが光っていたわ」

「その光りを目印に進んだら、君にたどり着いたんだ」

「ーーパステッドの言い伝えは本当だったのね」

「あぁ、石が守ってくれたんだ」

「……命の恩人ね」

お互いの左手を重ね合わせる。

「この指輪を一生、大事にするわ」

「そうだな。我が家の家宝にするとしよう」

聞きたいことはまだ山のようにあったが、徐々に瞼が重くなっていく。
その夜、マイリスの腕の中で、リルは安心して眠りにつくことができたのだった。
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