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32、蜃気楼

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ガタゴトと体を揺らす振動でリルは目が覚めた。

硬い床にそのまま寝転がされているようだ。
揺れ動く度に、固い板に体がぶつかって痛い。

どうやら頭の上から、麻袋を被せられているようで、その隙間から光が見える。

両手はお腹の前で縛られている。
足は縛られていないようだが、酷い揺れで起き上がることが出来ない。

意識がなくても、お腹だけは無意識に庇っていたようで、今のところ異常は無さそうだ。
それだけでホッとした。
声を出そうとして、猿ぐつわを嵌められていることに気が付く。

近くで馬の蹄の音が絶えず鳴り響いていた。
リルは、自分が馬車に乗っていることだけは分かった。

一体、誰がどんな目的でどこに向かっているのか。
皆目、見当もつかない。

まぁ、国王陛下の子を身籠っているのだから、狙われる理由なんて腐るほどあるだろうが。

気を失ってどれくらいの時間が経ってしまったのか。
暴れて体力を消耗するのは、今は得策じゃないとリルは思う。

時折、蹴ってくるお腹の中の赤ん坊に、

「大丈夫、大丈夫よ。何とかなるわ」

猿ぐつわのせいで、不明瞭だが何とか声に出して語りかけた。

リルが意識を取り戻して、しばらく経った頃、急に馬車が止まった。

そして、扉が乱暴に開かれる。

「……チッ、もう緊急の狼煙が上がっているのか」

忌々しそうに、吐かれた声。
聞き覚えのある声。

いや、それはおかしい。
彼がこんな場所にいるはずがない。

「起きろ」

乱暴に麻袋から引き出されたおかげで、猿ぐつわが緩んだ。
そして、リルはその顔を見て驚く。


「ーージャキエ卿!?」

「やぁ、久しぶりだな。リル」

「どうして……」

すっかりやつれ果ててしまっているが、確かにジャキエだった。
あんなに出っ張っていたお腹も、すっかり萎んでしまっている。

しかし、彼は罪を犯したせいで捕まっているはずだ。

貴族だった恩恵で死罪は免れているが、屋敷で軟禁生活をしていると聞いていた。
常に監視されているのだから、こんな風に自由に外を出歩くことは本来、不可能なはずだ。

「どうしてかって?私に味方する奴が、グレナディエ王国にはまだいるってことさ」

「へぇ、そうなの。そんなことより、ダイエット成功したようで何よりね。今のほうが健康的じゃない」

「クッ!相変わらず憎たらしい。だが、その減らず口いつまで叩けるかな」

乱暴に引っ張られ、馬車から降ろされる。
バランスを崩し、リルはそのまま地面に倒れ込んでしまった。

乾いた空気が体に触れる。

解けてバサバサになった髪に砂埃が絡まる。
そして、どこまでも続くいくつもの砂の山。

「ーーここは、死の砂漠!?」

「察しが良いじゃないか」

「どうしてこんなことを」

「あのバカな王子がお前なんかに本気になるからだ。こんな小娘に騙されるなんて」

「騙されたのは、私の方ですけどね」

「う、うるさい!お前が孤児院のことを喋らなければ、横領はバレなかったんだ!」

そもそも、リルを騙して城に連れて来たのは自分なのに。
きっと、マイリスがリルの話など信じないと思っていたのだろう。

逆恨みも甚だしい。

「私をこんな所に連れて来てどうするつもり?はっ、まさか……」

縛られた手で、胸元を守るように隠す。
倒れ込んだ時の拍子で露出した足首も、見えないようにスカートの中に慌てて仕舞い込んだ。

「はぁ!?お前のような貧弱な小娘なんか全く興味ないわ!私は豊満で経験豊富な熟女が好みなの!しかも、妊婦なんて……。そんな変態趣味ねーわ」

貧弱だと言われて、この場合は喜んだほうが良いのか。
ジャキエの性的趣向なんぞ、聞きたくもなかったが、とりあえず貞操だけは守れそうだ。

「おっと、おしゃべりが過ぎたな。もっと砂漠の奥まで連れて行く予定だったが、馬車ではここまでだ。狼煙も上がっているし追ってが来る前に私も逃げないといけないのでね」

そう言って、持っていた縄で器用にリルの足を縛っていく。

「ちょっと!」

「暴れると、腹の子がどうなるか分からないぞ」

「この、卑怯者!」

リルを縛り終えると、ジャキエはまた御者台へと戻って行った。

「どうせ第一王妃になった時から死ぬ運命だ。それが早まっただけさ。じゃあな」

最後にそう捨て台詞を吐き、ジャキエは馬を鞭で叩く。
砂に横たわりながら、なす術もなくどんどん小さくなっていく馬車を眺めていた。

縛られたままじゃ、ここから一歩も動けない。
砂漠の太陽は11月だというのに、容赦なくジリジリとリルの体を灼いて行く。

真夏ではないことが不幸中の幸いだ。

だが、陽が暮れれば今度は氷点下が襲ってくるはずだ。
リルの絶望と共鳴するように、大きくなったお腹が張って固くなる。
慌てて深呼吸をした。

「大丈夫、大丈夫」

リルがいなくなったことを、クレモンティーヌならすぐに気付いてくれただろう。

遠くに見える狼煙は城から焚かれているのだろうか。
ジャキエが緊急の狼煙だと言っていた。
自分がいなくなったことが関係しているのか。

しかし、リルのいる場所が、こんなに離れた死の砂漠だとは、誰も考え付かないだろう。

遠くに揺れる蜃気楼の向こうに見えるのは愛しいマイリスの姿。
でも、それはリルの願いが見せる儚く優しい幻だった。
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