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28、死の連鎖

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王の死を目の当たりにし、ショックのあまり倒れた王妃が愛する夫の後を追うように、そのまま目を覚ますことなく亡くなったのは王の死から数えて十日も経っていなかった。

王子は公務に加え、戴冠式と葬儀の準備に追われ、遠い保養所にいる王妃を見舞うことは出来ず、その死に目にも会うことは叶わなかった。

遺体を長い道中移動させることは困難で、保養所で王と王妃は荼毘に付され、遺骨となって城へと帰って来た。

少し前に結婚式を挙げた時とは対照的に、礼拝堂には沢山の人で溢れ返っている。
隣に座る少しやつれたように見える王子の横顔。
いや、彼はもう王子ではない。

この国の王となったのだ。

そっと自分の手のひらを彼の手に重ねると、リルの方を向き少しだけ微笑んだ。
心配することは何もない。
そう言うように。

埋葬を終え、参列者が次々と帰路につく。
赤ん坊を抱いたアナと少しだけ挨拶を交わし、リルは部屋に戻ることになった。
王となったマイリスはまだ残らなければならず、リルを気遣って先に部屋へ帰るよう言ってくれたのだ。
疲れているのは彼のほうなのに。

「ーーあなたが第一王妃?」

不躾に向けられた視線に背中がザワっとする。
リルが一人になったタイミングで知らない令嬢に声をかけられた。
彼女から向けられているのは明らかな敵意だ。

「そうですが……、何か?」

「平民のくせに偉そうね。陛下に寵愛されてるって噂だけど……」

リルの左手の薬指を見て、女がいやらしく笑う。

「こんな陳腐な指輪しか貰っていないなら、そんなのただの噂だったってことね」

自信満々な表情には、傲慢さが滲み出ている。

「……どなたか知りませんが、この指輪は私にとっては、どんな一級品よりも素晴らしく価値のあるモノです。マイリス様が、自分の手で採って来て下さったモノなんですから」

リルの言葉に令嬢の顔がみるみる赤くなっていった。
スカートの裾を握りしめた拳は、怒りのあまり震えている。
マイリス自ら採掘に行ったとは想像もしていなかったのだろう。

「そ、それが何よ!あなたが本当に陛下に愛されていたら、王家に代々伝わる指輪をプレゼントされているはずよ」

リルがあえてマイリスの名まえを言ったのは、もちろん彼女を煽っているからだ。
王の名まえを口に出すことを許されている人間は限られている。

「どうせ、あなたが王妃でいられるのなんて、み、短い間だけなんだから!」

「……はぁ」

思わず気の抜けた返事をしてしまった。
そんなリルの態度にもう我慢ならないと、令嬢はドレスの裾をひるがえして去っていく。

打っても響かない相手との会話ほどつまらないモノはないだろう。
不快なヒールの音がどんどんと遠ざかっていく。

「……ククク。面白いモノ見ちゃった」

(ーー今度は誰よ)

リルはうんざりしたように、声のする背後を振り返った。
これまた見たこともないチャラい男が、リルに近付いて来ていた。
服装から察するに、彼もまた葬儀に参列した貴族であろうことが分かる。

「お初にお目にかかります。王妃殿下」

王妃だと呼ばれることに慣れていない。
リルは、怪しい男に思わず眉をひそめる。

「警戒しないで。僕の名前はクラウド。マイリスの父方の従兄弟だよ。亡くなった王様の弟の息子」

わざわざご丁寧に自己紹介までしてくれた。
そして、そのまま近付いて来て、男はジロジロとリルの顔を覗き込む。

これは、どうやら値踏みされている。

「うーん、まぁ。顔は悪くないね。至って普通だけど」

ーー先程の令嬢といい、なぜこんなに失礼な人ばっかりなのか。
マイリスが貴族達をリルに会わせたくなかった理由が良く分かる。

「さっきのは伯爵家のノワ嬢だよ。野心家でね、小さい時から王家に嫁ぐ野望丸出し」

じゃあ、なぜ彼女が第一王妃にならなかったのだろうか。
伯爵家なら王妃になるチャンスはいくらでもあるだろうに。

モモが言っていたように、確かにノワ嬢のようなタイプはメイドにはならないだろう。
プライドが恐ろしく高そうだ。

「君、なんだか落ち着いてるね。……だから選ばれたのかな」

クラウドと名乗った男は、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
そして、何か答えが出たのか、

「勿体無いな。死ぬ前に僕のモノにならない?」

「……は!?」

貴族様に思わず、素で返してしまった。
リルが呆気に取られているうちに、クラウドが耳元で囁く。

「何かあったらすぐ連絡して。助けになるよ」

「いえ、結構です!間に合ってます!」

「そう?いつでも頼ってきて良いから。じゃあね」

その後ろ姿を呆然と見送って、部屋へ帰ろうとようやく歩き出した時、少し離れた場所にマイリスの姿を見つけた。
貴族への挨拶が済んだのだろうか。
彼の姿を見ただけでホッとして、声を掛けようと歩み寄る。
しかし、マイリスはリルに背を向けてそのまま中庭に出て行ってしまった。

リルに気付かなかったのか?
いや、そんなはずはない。
確かに目があった。

嫌な胸騒ぎがして、リルはマイリスの後ろ姿を追いかける。
リルがどんなに急いでも、二人の間の距離はどんどん離れていく。
長いスカートが足に絡み付いて、上手く前へ進まない。

でも彼の向かっている先が、リルにはなんとなく分かった。
あの物見やぐらの塔に向かっているのだ。
息も絶え絶えにリルがその場所に、辿り着いた時にはもうすっかり彼の姿を見失っていた。

でも、確かな確信があった。
彼はここにいる。

恐る恐る、階段を登っていく。
開けた視界が捉えたのは、カウチに座り頭を低く下げ、苦しげにうなだれたマイリスの姿だった。

「マイリス」

「ーー来ないでくれ!」

初めて声を荒げた彼に、反射的に体が止まる。

「今は一人にしてくれ」

吐き捨てるように彼から出てきた言葉は、悲痛そのモノだった。
リルは一瞬迷ってから、マイリスに近付き覆い被さるように抱きしめた。

「……一人になんてしないわ」
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