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21、結婚式

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城内の礼拝堂で、結婚式は執り行われた。
床は見事なまでの大理石。

アーチ型の天井には晴れ渡った空が描かれ、可愛らしい天使達が舞い踊っている。
それを、何十もの白亜の柱が支えていた。

天国を創造しているのだろうか。

お城に来てからのこの一ヶ月。
豪奢なモノに少しは慣れてきたつもりのリルではあったが。

ベールが視界を遮っているにも関わらず、黄金の祭壇の眩さには目を瞑ってしまいそうになった。

こんなにも広い空間なのに参列者は驚くほど少ない。
数えるほどの参列者の中に、リルの知る顔はいなかった。

婚約式にいたこの国の重鎮達も、ポンプルムース宰相以外は参加していない。

王子の配慮だろうか。

そのおかげで婚約式ほど緊張せずに落ち着いて挑むことができた。
誓いのキスでベールを捲ってリルの顔を見た王子が、

「……はぁ、このまま押し倒したい」

と、小声で言ったときには思わず吹き出しそうになったが。
神聖な式で、何を言い出すんだこの王子は。

すぐ近くにいる司祭に聞こえていないかとヒヤヒヤしたが、眼鏡の温厚そうな司祭は顔色ひとつ変えずに職務を全うしていた。

もしかしたら、聞こえないふりをしてくれているのかも知れない。
そうだったら本当に気まずい。

王子がそっとリルの唇に誓いのキスをする。
その瞬間、少ない参列者から拍手が巻き起こった。

恥ずかしさと嬉しさが混じったような何とも言えない気持ち。
この感情を、人は幸せと呼ぶのかも知れない。

ドレスは極限まで露出を抑えていて、手首まで上質なレースで覆われている。
注文通り、首の詰まったクラシカルなデザイン。

それを引き立たせる為に、低い位置で纏められた髪。
セクシーさの欠片もなく、むしろ清純な花嫁そのモノのようだ。

それなのにリルのドレス姿を見た瞬間、王子は何やらスイッチが入ってしまったらしい。

結婚式が終わり、披露宴までの空き時間に二人きりになった時、

「このレースから透けて見える肌と、体の線が分かるデザインがけしからん。男というのは、おおっぴらに見せているよりも、こういう想像を掻き立てられるモノに弱い生き物なんだ……」

とかなんとか、ブツブツ言っていた。
リルが不思議に思い、

「殿下、どうなさったんですか?」

と、尋ねると、

「……つまり、君が綺麗すぎて夜まで待てそうにないという話だ」

そう言って、リルを引き寄せ優しく抱きしめた。

「ふふ。なんですか、それ。今から披露宴ですよ。我慢してください」

王子の背に腕を回し、笑いながら抱き締め返した。
披露宴用のドレスも作ると言われたが、一度しか着ないドレスをこれ以上作っても勿体無いので、リルは結婚式のドレスのまま披露宴に出席する事にした。

王子の花嫁としてはシンプル過ぎるデザインだろうが、リルはこのドレスをとても気に入っていた。

「早く夜になれば良い。いや、披露宴は中止にして親戚連中は、もう帰してしまおう」

「そんな無茶な。私はレザンさんのお料理、食べたいです」

「私よりもか?」

「もう!何、言ってるんですか!まぁ殿下も、もちろん美味しそうですけどね」

聞き分けの悪い王子を、リルはなんだか可愛いと思う。
思わず上を見上げ、形の良い唇にキスをした。

チュッと音を立ててすぐに離れる。

不意打ちを食らった形の王子だったが、すぐに形勢逆転とばかりにリルの唇を奪いにくる。

「……殿下、ま、待って」

「君からしてはいけない約束だろう」

「もう結婚したから良いと思って」

「そんな言い訳は通用しない」

強引に口づけしながら、王子がリルの首の後ろにあるボタンに手を掛ける。

「……だ、め」

手のひらで王子の胸のあたりを一生懸命、押してみる。
が、ビクともしない。

手をグーにしてドンドンと叩いてみる。
しかし、これも効果がない。

花嫁衣装というのは着るのが大変なのだ。
脱がされてしまえばリル一人では到底、着られない。

王子は確実に、着せ方など知らないだろう。
脱がされてしまえば、一巻の終わりだ。

気が気でないまま、この事態をどうやって切り抜けようか。
王子に唇を弄ばれている間もリルは頭をフルに回転させて、力強い腕から逃れようとした。

その時、ようやく誰かが扉をノックする音が聞こえて来た。

(ーー助かった!!)

「……命拾いしたな」

「殿下、わざとですね」

「まさか」

慌てて身なりを整え、息を落ち着かせる。
髪は乱れてなさそうだ。
ドレスもまだ脱がされてはいない。

(セーフ!!)

「入れ」

王子が扉の外に声をかけると、顔を覗かせたのは王子付きのメイドだった。

「披露宴の準備が整いました」

「分かった。すぐに行く」

「……あら?リル様、紅が取れておりますね。塗り直しいたしましょうか」

「えっ!?あっ、大丈夫です。自分でできるわ。ありがとう」

メイドからは見えない位置で、王子が自分の唇を拭っているのが見えた。
王子の唇に全部、紅を持っていかれたようだ。

「そうですか。それでは、私はこれで失礼いたします」

丁寧にお辞儀をしてから、メイドは部屋から出ていった。
再び二人きりになったリルは、王子を恨めしそうに睨んだのだった。
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