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19、料理人

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王子が涼しい顔で肉にナイフを入れ、それを口に運ぶ。

その一連の動作があまりにも美しくて、思わずリルは自分の婚約者に見惚れてしまった。

「…どうした?」

「――いえッ」

慌てて王子から目を逸らし、自分の皿に乗った肉に集中する。

上手い焼き加減で火を通されたであろうローストビーフは、切り口が美しく見た目にも食欲がそそられる。

グレイビーソースを絡めて一口食べると、

「美味しい!!」

思わずマナーも忘れて声に出してしまった。

「君は、本当に何でも美味しそうに食べるな」

王子が目を細めて微笑む。

「だって、本当に美味しいんですもの」

孤児院時代には、想像もつかないほどの御馳走だ。

ふと、ココや子ども達のことを思い出す。

マナーやダンスの稽古の合間に、皆に手紙を書いては届けて貰っている。

王子との結婚については心配させたくなくて、まだ伝えていなかったが、お城での暮らしや庭園の美しさ、そして毎日楽しく元気で過ごしていることを書き記していた。

孤児院の皆からも三日も経たずに返事が送られてくる。

王子が取り計らって、リルのお給金もすでに届けられているようだった。

それだけではなく、子ども達の新しい服や靴までも届くのだとココからの手紙で初めて知った。

「――殿下。孤児院に贈り物をして下さってありがとうございます。皆、喜んでいます」

「あぁ。次は、おもちゃと勉強道具を贈ろうと見繕っている最中だよ」

「そんな…。何から何まで」

「いや、これは元から君たちが受け取るべきモノなんだ」

「え?」

「子どもは国の宝だ。国民がいなければ国は滅びる。孤児こそ本来は国が保護して、育てていかなければならない。しかし、人手不足でそこまで手が回らないのが現状だ。子ども達を守って育ててくれている君達には感謝してもしきれないよ。王に代わって礼を言う。ありがとう」

「――そんな有難いお言葉いただけるなんて。私、今まで生きて来て良かったです」

感激のあまり、一粒の涙がリルの頬に落ちる。
そんなリルの涙を見て王子が慌てふためいた。

「だ、大丈夫か!?ハンカチを…!」

「…ふふ。ありがとうございます。悲しいんじゃなくて、感激の涙だから大丈夫ですよ」

王子の慌てように、リルは思わず笑ってしまった。

リルの笑顔を見てようやく王子はホッと息をつく。

「――殿下、あなたは素晴らしいリーダーだわ」

「君にそう言って貰えるのが一番嬉しいよ。さぁ、冷めないうちに食べよう」


 ◆◆◆◆


「――はぁ、美味しかった!」

最後の皿まで綺麗に平らげ、リルは満足げにお腹を撫でた。
このままでは本当にまるまると太ってしまいそうだ。

「そういえば、サングリアの作り方を知りたいと言っていたな」

「あ!はい」

王子は最後の皿を下げようとしていたメイドに、料理長を呼んでくるよう頼んだ。

王家秘伝のレシピ。

(絶対、教えて貰えなさそうだけど)

しばらくして、白髪交じりの小太りな料理人が二人のテーブルの前に立った。

城へ来て、三週間。
料理長と顔を合わせるのは、これが初めてだ。

「この度は、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとう。レザン」

「ありがとうございます」

「彼女がサングリアをいたく気に入ったらしい。作り方を教えて欲しいんだ」

「サングリアだけじゃありませんわ。今まで食べたお料理も、お茶の時間に出てくるお菓子も全部、全部、全部、本当に美味しかったわ!」

料理人が一瞬、驚いたように目を大きく見開きリルを見つめる。

「いつも、お礼を言いたかったのだけど、今まで機会がなくて…」

「い、いえ!お礼など。残さず食べて頂けることが何よりの褒美でございます!」

慌てて料理長が頭を下げる。
こんなに年上の男性に傅かれることに慣れていなくて、リルは居心地の悪さを感じてしまった。

そんなリルを見透かしてか、

「彼女が戸惑っている。レザン、顔をあげてくれ」

その言葉でようやく、料理人は恐る恐る顔を上げた。

「殿下、作り方を口頭で説明するのは、難しいのではないかしら。料理ってその人の感覚やセンスが大きく反映されるモノですから」

「そうなのか?」

「レシピ通りに作っても、なぜか同じ味にならないってことも多いんです」

ココが作るレシピを真似しても、なぜかココが作る料理とは同じ味にならないことがよくあった。

きっと火加減や調味料を入れるタイミング等、料理には色々とテクニックが必要なのだと思う。

「――あの、もしリル様が良ろしければ、厨房で実際に作り方をご覧になりますか?」

「いいんですか!?」

料理長の言葉にリルは喜んだ。
そして、許可を得るために王子の方を見る。

「君の好きな様にして良い」

王太子妃になるような立場であれば、厨房に出入りするようなことは、まずないだろう。

王子にダメだと言われたら、それまでだ。

「さっすが殿下!そういう寛大なところ大好きです♪」

「……えっ、だ、だいすき」

真っ赤になる王子をよそにリルは厨房に見学に行く日が楽しみで仕方なかった。

しかし、結婚式を一週間後に控えた花嫁には、そんなに簡単に時間を作ることは難しい。

なにせ分単位でスケジュールが組まれているのだから。

そのこともあり、王子はリルに結婚式後に落ち着いてから厨房に行くことを進言した。
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