上 下
17 / 40

17、婚約式

しおりを挟む
リルは城内の大広間の前に立っていた。

これまた一際、大きく豪華絢爛な大広間の扉をメイドたちが観音開きにする。

そこには、目も眩むような空間が広がっていた。

広間の真ん中には司祭が立っていて、その前に書見台が設置されている。

視線を上に移すと、高い天井のそのまた上まで、精巧な金細工で彩られていた。

大きなシャンデリアが頭上に三つ。

――もし、これが落ちてきたら。

不謹慎だが、まぁ、確実に命はないだろう。

壁には十三人の王様の絵が飾られていて、特に十三代と書かれた王様の目元が王子によく似ていると思った。

「リル様、前にお進みください」

「…あっ、はい」

クレモンティーヌの声で我に返り、一歩進んで広間に入る。

ここからはメイド達も入ることはできない。
リル一人で進むしかないのだ。

司祭から少し離れて、年配のおじ様達が周りに立っていた。
そして入り口付近には、あのジャキエ卿の姿も。

そこでリルは気付いた。
このおじ様達はこの国の重鎮達なのだと。

ジャキエ卿を睨みつけたい衝動を何とか抑えつつ、出来るだけ丁寧にお辞儀をしてから、司祭へと歩み寄る。

「――本当に普通の娘じゃないか」

「うちの末の娘と同じ年頃だ」

おじ様達はコソコソ話をしているつもりらしかったが、静まり返った大広間では声がよく響く。

もちろん、リルの耳にもその声は届いていた。

「かわいそうだが」

「仕方ない。国の為だ」

「自分の娘を差し出すことはできないのだから」

おじ様達の会話を聞いてリルは不思議に思っていた。

普通は王子と自分の娘が結婚すれば、己の立場を盤石なモノにできるだろう。

この国の重鎮達は、やはり揃いも揃って、皆、欲が無いのだろうか。

「おはようございます。リル様」

「司祭様、おはようございます」

書見台の前まで来た時、もう一度、丁寧にお辞儀をした。

司祭にはおじ様達の声が聞こえていないのか。
それとも、敢えて聞こえないフリをしているのか。

リルには分からない。

「今日は、お天気にも恵まれて良かったですね」

「はい」

室内なので天気に左右されることはないが、確かにジメジメしているよりは、カラッとした空気のほうが気持ち良いのは確かだ。

「もうすぐ王太子殿下もいらっしゃるでしょう」

「えぇ、そうですね」

飾り気のない白のドレスに、肩にはレースのケープ。

婚約式は何色のドレスでも好きにオーダーして良いと言われたが、ウェディングドレスを作る際に余った生地でシンプルに作って欲しいとお願いしていた。

くるぶしまでの丈に、ボリュームも少なくスッキリとした形のスカート。

地味ではあるが、それが逆にリルの可憐さを引き立てているようだった。

王子の目にはどう映るだろう。
リルはそればかりが気になる。

「ーー王太子殿下が到着されました!」

突如、現れたポンプルムース宰相の声で、おじ様達はピシッと並ぶ。

そしてポンプルムース宰相が入り口で敬礼した。

王子が広間に入るとおじ様達も続いて、三十度の角度で上体を倒す。

腰から頭までピンっと伸びていて、綺麗に揃っている。

その光景は圧巻だった。

王子がその真ん中を堂々と歩き、リルの横に立った。
その姿は紛れもなく、この国の王となる人だ。

「待たせてすまない」

「いいえ」

朝まで一緒だったのになんだか気恥ずかしい。

『きれいだ』

彼の唇が、音もなく動いた。
その意味に気付くと、リルは嬉しいと同時に恥ずかしくもなる。

『ありがとう』

こちらも声を出さずに伝える。

「……ウォッホン」

いつの間にか司祭の横まで来ていたポンプルムース宰相が、そんな二人を見て咳払いをした。

慌てて視線を元に戻す。

「それではこれより、マイリス・アブリコ王太子殿下とリル・フレーズ嬢の婚約式を執り行います」

ポンプルムース宰相が、手に持っていた羊皮紙を台の上に置いた。

それを読みなさいと司祭に促される。

その紙には、びっしりと婚約についての決まりごとが書いてあった。

婚約破棄は一方的ではなく、相手の了承を得る。
破棄する場合は、慰謝料が発生する場合もある。
などなど。

まぁ、あと一週間で結婚するのだから破棄することはないだろう。
リルのほうからは。

ふと隣の王子を見ると、すでに羽の付いたペンでサインを書こうとしていた。
そして、それが終わると、今度は隣いたリルにペンを手渡す。

続いてリルも自分の名まえを一番下の空欄に書き込んだ。

緊張して、字が震えたようになってしまったが。

それを司祭が受け取りチェックをする。

「はい、確かに。ーーおや、お二人はもう、指輪の交換は済んでいるようですね?」

二人の薬指に司祭の視線が集中する。
王子とリルは気まずそうに、目を合わせ苦笑いした。

お互いの指には、お揃いのパステッドの石がすでに光っている。

「それでは、これでお二人は正式に婚約いたしました。おめでとうございます!」

あまりのあっけなさに、リルは思わず拍子抜けした。

(――婚約式ってこんなモノなのね。そこまで緊張するようなことでもなかったな)

「お二人に神の御加護があらんことを」

司祭は小さな甕に入った聖水に、縁起が良いと言われているタムの木の枝を沈めた。

そして、葉から滴る雫を王子とリルの頭に振りかける。

「ありがとうございます」

「…ありがとうございます」

王子に遅れてリルもお礼の言葉を口にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...