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10、ピクニック
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お城での生活はあっという間に過ぎて行った。
忙しい日々の中で、王子と過ごす時間がリルにとって一番の楽しみになっていた。
「…婚約式も、もう来週か」
「そうですねぇ」
今日のティータイムは、木陰に布を敷いてピクニック風だ。
庭園好きのリルのために、クレモンティーヌが色々、趣向を凝らしてくれている。
本当にありがたい。
簡単に城の外に出ることができないリルにとって、庭園は唯一の開放的な空間だ。
絵画に描かれたような美しい庭。
色とりどりに咲いた花たちに、ミツバチや蝶が蜜を求めてやって来る。
そんな光景を眺めながら、程よく満たされたお腹と暖かな日差し。
瞼がだんだん重くなる午後。
メイド達も気を利かせて、リルと王子を二人きりにさせてくれる。
毎日、顔を合わせるうちに、リルは彼への気持ちがどんどん膨らんでいくのが分かった。
「――ポンプルムースが、よくやっていると誉めていたぞ」
「本当ですか!?この2週間の苦労が報われます。うぅっ」
「よっぽど大変なんだな」
リルのウソ泣きに王子が、楽しそうに笑う。
「鬼なんてもんじゃないですよ」
悪態をつきながらも、リルのその言葉には尊敬と感謝の響きが入り混じっている。
教わるほうも大変だが、教えるほうだって大変なことはリルにも分かっていた。
しかも、普通の娘をたった三週間で、王子に相応しい結婚相手に仕立て上げなければならないのだから、宰相のプレッシャーは相当なモノだろう。
「それだけ、君に見込みがあるということだよ。それに、宰相は君がどこかの…」
「えっ?」
「いや、なんでもない。 ーーそれにしても眠いな。君の膝を借してくれ」
「膝…?」
返事をするよりも先に、王子はそのまま寝っ転がるとリルの太ももに頭を乗せた。
二人の距離感があっという間に無くなってしまう。
王子の重さと体温を感じ、胸がドキドキと激しく波打った。
「……断られる前に強行突破しましたね。殿下」
「私の作戦勝ちだ」
いたずらっ子のように、フフンと鼻を鳴らす。
満足げに王子がリルの膝枕で、気持ち良さそうに瞼をゆっくりと閉じた。
大きな音で波打つ心臓が、王子の休憩の邪魔にならないようにと、リルは祈るしかない。
しばらくは、頬に影を落とす長い睫毛を観察していたが、それだけではすぐに満足できなくなってしまった。
恐る恐る王子の髪に触れる。
少し癖のあるその髪に、ずっと触れてみたかった。
太陽の日差しに照らされて、いつもよりもいっそう美しく見える。
想像していたよりも、ずっと柔らかくてサラサラとした手触り。
王子はもう眠ってしまったのだろうか。
閉じた瞼は一向に開く気配がない。
今度は人差し指で、王子の額から鼻のラインまでをなぞってみる。
額から眉間に続く窪み、そして鼻の一番高いところまで。
繰り返し、繰り返し、何度もなぞる。
「ーーくすぐったい」
寝ていると思っていた王子が、急にリルの手を掴んだ。
「起きてらっしゃったんですか」
「…この状況で眠れるわけないだろ」
そう言って、掴んだリルの手を自分の頬に押し付ける。
そしてリルの手の甲に覆いかぶせるように、自分の手のひらを重ね合わせた。
王子の頬と手のひらに挟まれた、自分の手が熱い。
「明日は、朝から北西の方に視察に行かないといけないんだ」
「お帰りは?」
「夜更けになると思う。だから明日は一人になってしまうが」
「それは…。すごく淋しいです」
素直な気持ちが口から自然とこぼれる。
出会ってまだ2週間しか経っていないけれど、王子が近くにいないと想像するだけで急に不安で心細くなる。
こんなにも自分の中で王子の存在が大きくなっているとは。
「気を付けて行って来てくださいね」
「あぁ」
「北西って…まさか、死の砂漠に行かれるのですか?」
グレナディエ王国の北西にある砂漠は、一度迷い込んだら二度と生きては戻れないと言い伝えられている恐ろしい場所だ。
リルの顔がみるみる青ざめていく。
「いや、今回はその手前にある採掘場だよ。…死の砂漠に行ったことがあるのか?」
王子の言葉に、リルはホッと胸を撫で下ろした。
「いえ。この国の子どもは皆、悪いことをしたら、死の砂漠に連れて行かれるよ!と、脅されて育ちますので」
「ハハハ、確かにそうだな」
「殿下もそうでしたか?」
「よく乳母に言われていたよ、小さい頃はね。危ないから近付いてはいけないという教えみたいなモノだな」
「確かにそうですね、ふふ。……ところで殿下、次は私に膝を貸していただけませんか?」
「え?」
キョトンとする王子を無理矢理、起き上がらせる。
そして、今度は王子の膝にリルが寝転がった。
「急にどうした」
「私の作戦勝ちですね♪」
困惑している王子などお構いなしにリルは続ける。
「…明日、会えない分、甘えておきたいんです」
王子がしたように彼の手を取って自分の頬に押し当てた。
彼の温かい手に包まれると安心する。
「お土産を持って帰って来るよ」
「ーーお土産も嬉しいですけど。無事に帰って来てくださいね」
下から彼の顔を仰ぎ、見つめる。
その言葉を聞いた王子は、リルの手のひらを引き寄せその甲に優しいキスを落とした。
忙しい日々の中で、王子と過ごす時間がリルにとって一番の楽しみになっていた。
「…婚約式も、もう来週か」
「そうですねぇ」
今日のティータイムは、木陰に布を敷いてピクニック風だ。
庭園好きのリルのために、クレモンティーヌが色々、趣向を凝らしてくれている。
本当にありがたい。
簡単に城の外に出ることができないリルにとって、庭園は唯一の開放的な空間だ。
絵画に描かれたような美しい庭。
色とりどりに咲いた花たちに、ミツバチや蝶が蜜を求めてやって来る。
そんな光景を眺めながら、程よく満たされたお腹と暖かな日差し。
瞼がだんだん重くなる午後。
メイド達も気を利かせて、リルと王子を二人きりにさせてくれる。
毎日、顔を合わせるうちに、リルは彼への気持ちがどんどん膨らんでいくのが分かった。
「――ポンプルムースが、よくやっていると誉めていたぞ」
「本当ですか!?この2週間の苦労が報われます。うぅっ」
「よっぽど大変なんだな」
リルのウソ泣きに王子が、楽しそうに笑う。
「鬼なんてもんじゃないですよ」
悪態をつきながらも、リルのその言葉には尊敬と感謝の響きが入り混じっている。
教わるほうも大変だが、教えるほうだって大変なことはリルにも分かっていた。
しかも、普通の娘をたった三週間で、王子に相応しい結婚相手に仕立て上げなければならないのだから、宰相のプレッシャーは相当なモノだろう。
「それだけ、君に見込みがあるということだよ。それに、宰相は君がどこかの…」
「えっ?」
「いや、なんでもない。 ーーそれにしても眠いな。君の膝を借してくれ」
「膝…?」
返事をするよりも先に、王子はそのまま寝っ転がるとリルの太ももに頭を乗せた。
二人の距離感があっという間に無くなってしまう。
王子の重さと体温を感じ、胸がドキドキと激しく波打った。
「……断られる前に強行突破しましたね。殿下」
「私の作戦勝ちだ」
いたずらっ子のように、フフンと鼻を鳴らす。
満足げに王子がリルの膝枕で、気持ち良さそうに瞼をゆっくりと閉じた。
大きな音で波打つ心臓が、王子の休憩の邪魔にならないようにと、リルは祈るしかない。
しばらくは、頬に影を落とす長い睫毛を観察していたが、それだけではすぐに満足できなくなってしまった。
恐る恐る王子の髪に触れる。
少し癖のあるその髪に、ずっと触れてみたかった。
太陽の日差しに照らされて、いつもよりもいっそう美しく見える。
想像していたよりも、ずっと柔らかくてサラサラとした手触り。
王子はもう眠ってしまったのだろうか。
閉じた瞼は一向に開く気配がない。
今度は人差し指で、王子の額から鼻のラインまでをなぞってみる。
額から眉間に続く窪み、そして鼻の一番高いところまで。
繰り返し、繰り返し、何度もなぞる。
「ーーくすぐったい」
寝ていると思っていた王子が、急にリルの手を掴んだ。
「起きてらっしゃったんですか」
「…この状況で眠れるわけないだろ」
そう言って、掴んだリルの手を自分の頬に押し付ける。
そしてリルの手の甲に覆いかぶせるように、自分の手のひらを重ね合わせた。
王子の頬と手のひらに挟まれた、自分の手が熱い。
「明日は、朝から北西の方に視察に行かないといけないんだ」
「お帰りは?」
「夜更けになると思う。だから明日は一人になってしまうが」
「それは…。すごく淋しいです」
素直な気持ちが口から自然とこぼれる。
出会ってまだ2週間しか経っていないけれど、王子が近くにいないと想像するだけで急に不安で心細くなる。
こんなにも自分の中で王子の存在が大きくなっているとは。
「気を付けて行って来てくださいね」
「あぁ」
「北西って…まさか、死の砂漠に行かれるのですか?」
グレナディエ王国の北西にある砂漠は、一度迷い込んだら二度と生きては戻れないと言い伝えられている恐ろしい場所だ。
リルの顔がみるみる青ざめていく。
「いや、今回はその手前にある採掘場だよ。…死の砂漠に行ったことがあるのか?」
王子の言葉に、リルはホッと胸を撫で下ろした。
「いえ。この国の子どもは皆、悪いことをしたら、死の砂漠に連れて行かれるよ!と、脅されて育ちますので」
「ハハハ、確かにそうだな」
「殿下もそうでしたか?」
「よく乳母に言われていたよ、小さい頃はね。危ないから近付いてはいけないという教えみたいなモノだな」
「確かにそうですね、ふふ。……ところで殿下、次は私に膝を貸していただけませんか?」
「え?」
キョトンとする王子を無理矢理、起き上がらせる。
そして、今度は王子の膝にリルが寝転がった。
「急にどうした」
「私の作戦勝ちですね♪」
困惑している王子などお構いなしにリルは続ける。
「…明日、会えない分、甘えておきたいんです」
王子がしたように彼の手を取って自分の頬に押し当てた。
彼の温かい手に包まれると安心する。
「お土産を持って帰って来るよ」
「ーーお土産も嬉しいですけど。無事に帰って来てくださいね」
下から彼の顔を仰ぎ、見つめる。
その言葉を聞いた王子は、リルの手のひらを引き寄せその甲に優しいキスを落とした。
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