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7、無言の朝食

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朝食にと用意された部屋は、想像よりもこじんまりとしていてとても居心地が良かった。

丸いテーブルの真ん中には可愛らしいピンクの薔薇の花が飾られていて、目に映るたびに華やかな気持ちにさせてくれる。

新鮮な野菜や出来立ての卵料理は、とても美味しくて文句のつけようがない。
すべてが最高だった。

たった一つ。
王子のリルに対する態度以外は――。

向かい合わせに座らず、リルの斜め右方向に座った王子の横顔。
額から鼻にかけてのシルエットが素敵だな、と盗み見ながら思う。

せっかく部屋まで迎えに来てくれたというのに、短い朝の挨拶を交わして以来、王子はリルの方を見ることはおろか、話しかけることすらしなかった。

昨日のティータイムで多少は打ち解けることが出来たと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

リルの斜め前にいる王子は、綺麗な所作で朝食を口に運びながらも、すっかり心の扉を締め切っているようだった。

二人の沈黙に時折、窓の外から鳥の鳴き声が彩りを添える。
彼が話したくない気分なら無理して話すこともないだろう。

ゆっくりと流れる朝の時間をこんな風に過ごすのはリルにとっては贅沢でしかない。
いつもは慌ただしく、自分が食べることなんて後まわしで、子ども達の世話に明け暮れているのだから。

「……あっ、えっと」

ようやく王子が口を開いたのは、食事も終盤に差し掛かった頃だった。
口ごもる王子を不思議に思い、リルが視線を上げると、

「あの、す、すごく…綺麗だ」

相変わらず目は合わないが、耳の淵を真っ赤にした王子の横顔。
それに釣られてリルの耳も熱くなる。

「……お、王太子殿下が選んでくださったからです。あっ、沢山のドレスと宝石ありがとうございました」

(――もしかして、ずっと誉めるタイミングを逃して黙っていたのかしら)

自分よりもはるかに背の高い、隣にいる男性を、可愛らしく感じるのは変だろうか。

「気に入ったか?」

「はい、とても。でもあんなに沢山は必要ありません」

「そうなのか…?」

「えぇ、一週間は七日しかありませんもの。数着あれば十分です」

「そうか」

「お忙しい中、私のために沢山のドレスを用意して頂いて…。そのお気持ちだけでとても嬉しいです」

「いや、昨日は約束を破り夕食を共にできなくて悪かった。急ぎの公務が入ってしまって」

「ワガママをお願いしているのは、こちらですから。どうぞ、お気になさらないでください」

忙しい王子が気にしないように、リルは満面の笑みでそう答えた。
先程とは違い、穏やかな時間が流れる。

そこでリルはようやく、お給金の話をすることを思い出したのだ。

初めての朝食の席で話すには、ふさわしくない話題かもしれないが、リルにとってこれだけは譲れない。

「……あの、実はジャキエ卿から、お給金が月五十万ドレ出るというお話を聞いてこちらへ来たのですが、そのお話はどうなりますか?私、小間使いとして働くわけではないようなので」

小間使いとはかけ離れた、ドレスに朝食。そして素敵な部屋。
むしろこちらが、お金を請求されそうな立場になっていないだろうか。
無論、そんなお金はないが。

「ーー給金は、ちゃんと支払う」

「ありがとうございます!ホッとしました。お給金が出たら孤児院に全額、送金して欲しいんです。重ね重ねお願いしてしまい心苦しいのですが……」

「分かった。そのように手配しよう。君は何も心配しなくていい。ーージャキエ卿は、他にどんな条件を言っていたのか聞かせてくれるか?」

「えっと、年に二回は長期休暇が貰えると」

「そうか。残念ながら、それは今の状況では約束してやれないな。そうだ、孤児院に手紙を書くのなら城専用の郵便屋にお願いすると良い」

「本当ですか!?ありがとうございます」

「朝に出せば、その日のうちに届くだろう」

二人の会話のテンポが乗ってきたところで、王子の食事が終わってしまった。

残念だが、忙しい王子を引き止めることは出来ない。
ただでさえ、無理をさせているのだろうから。

王子が先に部屋を出ようとする時、リルも一緒に立ち上がって見送りをしようとドアまで歩いた。

「慌ただしくてすまない。君はゆっくり食事してくれて構わないから」

「お気遣い頂き感謝します。あの……、一緒にお食事できて嬉しかったです」

次の食事の時間にまた会えるはずだが、どうしても今、伝えたかった。
リルは精一杯、自分の素直な気持ちを口にする。

あぁ、と素っ気なく返事をした王子が扉を開ける為にドアノブに手をかけた。

でもそのまま扉を開けることはせずに、リルの方に体ごと向き直った。

それを不思議に思っていると、

「ーーどうしてか、君が目の前にいると緊張してしまうんだ。不躾な態度を許して欲しい」

王子は長い指先でほんの少しだけリルの頬に触れた。

そして、嵐のようにあっという間に部屋を出て行ってしまったのだ。

一瞬の出来事に、何が起こったのか理解できずに固まったままのリルだったが、彼の指先が触れた頬がじんわりと温かい事だけは分かった。

ドキドキする胸をもう気のせいだと、自分に言い聞かすことは無理だとリルは悟った。
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