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3、あとの祭り

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初めて会った男性に、分かりやすく視線を逸らされてしまった。
(何か失礼なことをしてしまったかしら……)

そのままそっぽを向いてしまった男性を前に、リルが不安に思っていると、

「やぁ!リル。到着していたんだね」

大きなお腹を揺らしながら城からジャキエ卿が出てきた。
いつもは、いけ好かないジャキエ卿だが、知っている顔を見つけて思わずホッとする。

近付いてきたジャキエ卿が、リルの前にいる若者の姿に気付くと分かりやすく目を見開いた。

「ーー王太子殿下!?どうしてここに」

ジャキエ卿が若者の前で素早く跪いた。
お腹がとても邪魔そうだ。
その一秒後に、リルも思わず飛び上がる。

「えっ!?王太子殿下!?って、ことは王子様??」

慌てて腰を落とし頭を垂れた。

「申し訳ございません。王太子殿下、どうかご無礼をお許しください」

近年、貴族と平民の差がそれ程無くなってきたとされるグレナディエ王国でも、王族と平民では天と地程の差がある。
いわば雲の上のような存在だ。一生に一度その姿を拝めることすら奇跡に近い。
ましてや気軽に言葉を交わすなど……。

先程の自分の振る舞いを思い出し、体が震える。
そんなリルを察してか、頭の上からさらに低くなった声が降ってきた。

「……いや、いい。顔を上げろ」

そう言われて、リルは恐る恐るもう一度、若いその男の顔を見る。
今度は、もう魅惑的な瞳と視線がぶつかり合うことはなかった。

「二人とも執務室に来るように」

そう言うと、彼は足早にお城の中に消えて行った。
確かにお城に来たけれど、こんなにも早くこの国の王子様に会うとは考えもしなかった。
しかも、王子様自ら迎え入れて下さるなんて。


  ◆◆◆


リルは戸惑っていた。
お城で働くにしても、きっと自分は下の下のもっと下の小間使いなのだと考えていたからだ。
それがなぜか整然とした立派な執務室で、王子と王子の側近のポンプルムース宰相。
それから、ジャキエ卿と自分を含めた四人でテーブルを囲んでいる。

――何かがおかしい。
世事に疎いリルでもそれは分かる。

「このお嬢さんで間違いないのですね」

白髪交じりの髪のポンプルムース宰相が初めに口を開いた。

「下町の孤児院育ちで天涯孤独の娘でございます。本人も了承しておりますので何も問題はないかと」

ジャキエ卿が淀みなく答える。
やっぱり働くにあたってちゃんとした面接があるのかしら。
でも、わざわざ王子様自らがそれをするとは考えにくい。
しかも宰相までいる。
リルが普段使わない頭をフルに回転させても、この状況に納得のいく答えは出てこなかった。

「王太子殿下はよろしいですか?」

ポンプルムース宰相の言葉に、王子は少しもこちらを見ることなく、ただ静かに頷いた。
ーーどうやら面接はクリアしたらしい。

「それでは、三週間後に婚約式。その一週間後に結婚式を執り行います」

(誰の結婚式かしら?それのお手伝いをしなさいということ?)

相変わらずリルには、よく分からない。

「リル嬢には、それまでに城のしきたりをできうる限り覚えてもらいます。明日にはドレスの採寸係が来ますのでそのおつもりで」

「……えっ、ドレスですか?」

「左様です。王太子殿下とあなたの式なのですから」

(なるほど。王太子殿下と私の結婚式なのね。ふーん。……ん?結婚!?え?私??私と王子が‼︎えぇー!?)

ポンプルムース宰相があまりにも当然のようにそう言うので、思わず受け入れてしまいそうになった。

(ちょっと待って!聞いてない!私は小間使いとして来たのであって断じて結婚するとは言っていない!)

反論しようとしたが、あまりの衝撃で声が出てこない。
口をパクパクさせた自分の姿は、きっと酸欠の魚のようだろう。

そうこうする内に数名のメイドが入って来て、あれよあれよという間にリルを廊下へと押し出した。

執務室を出る時に、ジャキエ卿の顔を睨んでやったが相変わらず、いけ好かない顔でニヤニヤ笑っていた。

(くそー!あのたぬき親父!よくも騙したわね!)

『うまい話には裏がある』

ココの言葉を今さら思い出しても、もうあとの祭りだ。

長い廊下をメイド達の波に流されてしばらくすると、大きな扉が目の前に立ちはだかった。

その白い扉はまたしても、金細工で装飾されており、この世の贅沢を極めたような気品を兼ね備えている。

「こちらが、リル様のお部屋になります」

リルとそう歳の違わないであろう、若いメイドが扉を開けて中に案内してくれた。
カーテンや肘掛け椅子、ベッドカバーや天蓋までも、ミントブルーの花柄で統一されたとても可愛らしい部屋だった。

でも、まだ明るい時間だというのにどこか薄暗く肌寒ささえ感じさせる。
お城の北側にある部屋だからだろうか。

「馬車に揺られてお疲れでしょうから、すぐにお茶の用意をいたします」

そう言って、ひとりのメイドだけを残して他のメイド達は慌ただしく部屋を出て行った。
彼女達の態度がよそよそしく感じるのは、きっと気のせいではないだろう。

「……ねぇ、あなたお名前はなんて言うの?」

いささか落ち着きを取り戻したリルは、若いメイドに敢えて砕けた口調で話しかけた。
その方が早く打ち解けられると知っているからだ。

「クレモンティーヌと申します」

「おいくつ?」

「十八です」

「まぁ!私より二つ年下ね!歳が近くて嬉しいわ。よろしくね」

「……はい」

なんだか、見えない壁を感じるが仕方ない。
メイドといえども、どこかの名家のお嬢さんが花嫁修業のために仕えているのだろう。
クレモンティーヌには、そこはかとない品の良さが体全体からにじみ出ている。

「とても素敵なお部屋ね」

「はい。代々、王の第一夫人が使われるお部屋でございます」

「えっ、王の第一夫人!?」
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