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【27】鳳鳴朝陽~僕たちはサッカー選手になれない
僕たちはサッカー選手になれない
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「あーあ。日本代表になりたかったなあ」
幾久が言うと御堀が答えた。
「多留人君が居たからだろ?」
御堀の言葉に、幾久は「そーだなあ」と答えた。
もし多留人が幾久と同じレベルだったらどうしただろう。
一緒にサッカー部に入ったり、高校は同じところを選んでいたかもしれない。
三年間一緒にサッカーやって、大学とか、社会人とか、そんな所でずっとサッカーを好きでいられたのかもしれない。
でも多留人は幾久よりずっと遠くへ行ってしまった。
きっとそのうち海外へも行くだろう。
「―――――そっか。多留人のせいで、オレもそっちに行きたかったんだ」
「だろ。幾ってんなアグレッシブに代表狙うタイプじゃないし」
「うーん、なんかそれってサボってるみたいだし、かっこ悪い。いや、やっぱ代表、なりたかったよ?カッコいいし!」
夢はサッカー選手、そう願っていたのも三年前までだった。
中学の三年間は、母親の言う「将来の準備」に全部使って、結局何にもならなかった。
でもそれは、きっとくすぶったままだったからなのだろう。
全部燃えてしまうとか、むしろ燃え盛れば、なにか変わったのかもしれない。
でもそれも、今ではもう遠い話だ。
―――――なのに
遠い話のサッカーが、いま幾久の目の前にある。
サッカー部もなく、ユースにも入れず、ボールすら、この町に来た時には持っていなかったのに。
絶対にここで頑張ってもサッカー選手にも、代表にもなれない。
でもコートに居るのが嬉しくてたまらない。
それは、きっと。
(誰かが、やれって、言ってくれるからだ)
御堀が望まれない事に悲しみを覚えたように、サッカー選手の幾久を誰も期待しなかった事が、悲しかった。
たった一人、多留人は違ったけれど、でも今は届かない。
それがずっと悲しくて悔しい。
その感情は変わらないのに、別の感情もあふれてくる。
(オレに、サッカーやっていいって。やれって)
まるで力強いパスのように、幾久の元へメッセージが届いた。
随分強引なパスだ。
いきなりコートなんて作ってしまった。
「―――――ほんっと、すげーよ」
思いついて実行した御堀も、手助けした伝築も、受け入れた学校も、資金援助したグラスエッジの先輩達も。
それは幾久を救うためだけじゃないのは判っている。
それだけのことで、こんな事は動かない。
でも、幾久のこともたしかにあって、だからこんなに早く動いたのも判る。
幾久は空に手を伸ばし、ぐっと握りしめた。
「うん、やろう誉。フットサル部、作って活動しよう」
御堀が思わず起き上った。
「明日からでもいいなら、もう明日からやろう。今日、帰って準備して、もう朝練からやっちゃおう」
本当は今からやりたいけど、と笑う幾久に、御堀はコートの端、ベンチの置いてある方向を指さした。
そこには段ボールがいくつか置いてあった。
「ボール。届いてるんだ」
「は?マジで?」
驚き起き上った幾久に、御堀は「マジ」と返す。
「青木先輩がジャージもシューズもボールも、なにもかも用意してくれたよ。そのうち番号決まったらユニも送ってくれるって」
「すげえ」
二人は顔を見合わせて、にっと笑うと荷物の場所へ駆け寄った。
段ボールを開けると、中から出てきたのはフットサル用のボールにシューズ、そしてジャージ。
「滅茶苦茶沢山届いたから、在庫は学校に預かって貰ってる」
「どこに?倉庫?」
「ううん。部室貰ったし」
「部室までもうあるの?」
「そうだよ。もしなかったら青木先輩、学校改築する勢いだったからね。幸い開いてる部屋があったから」
「ははは……なんかもういいや」
あまりに話があり過ぎて、もう幾久は何も考えなくていいやと思った。
「現実味なさすぎて、なんかもうどうでもいいや」
そう言って幾久は履いていたスニーカーを脱いで、新しいフットサル用のシューズに履き替えた。
「こっちがオレだろ?」
サイズぴったりのシューズを見つけて尋ねると、御堀が「そう」と頷いた。
幾久の好きなスポーツブランドのシューズで、色は水色だ。
「すっげー、いいシューズだなーアオ先輩にお礼言わないと!」
喜んでシューズの履き心地を確かめる幾久に、御堀は苦笑した。
「先にコートのお礼言わないときっといじけるよ」
「あ、そか」
あまりに話が大きいと、頭から抜け落ちてしまう。
御堀も、フットサル用のシューズに履き替えてジャケットを脱いだ。
新品のボールを出し、くるっと回して見せた。
「じゃ、やりますか」
「うん」
いつも寮でやっているように、二人は早速、ボールの奪い合いを始めた。
走り出すとすぐに夢中になって、お互い汗まみれになるまで暫く、二人で遊んでいた。
やがて、幾久が三回ゴールにボールを叩き込むと、御堀が「今日はもうやめよう」と声をかけた。
汗をかいてしまったので、上だけ青木の送ってくれたTシャツとジャージに着替える事にした。
「タオルまでお揃いで作ってる。アオ先輩本気だな」
ジャージは冬に、かけっこ勝負をした時に来たものと似たデザインで、お揃いのTシャツとタオルまで入っていた。
至れり尽くせりで、ここまでされると逆になんだか笑ってしいまった。
タオルで汗を拭きながら、御堀は買ってきたスポーツドリンクを幾久に渡し、ベンチに腰を下ろした。
「本当はね、最初、サッカー部かなってちょっと思ったんだ。ウチの学校に同好会はあるっぽいし、そこを大きくするのもいいかなって」
「うん。そのほうが早そうだよね」
「でもサッカーだったら人数が必要だし、ケートスがあるからレベルアップは無意味だよね。でもフットサルならそうじゃない」
フットサルはサッカーに似ているが、ルールも人数も違う。
「幾はサッカーより、フットサルに向いてるなって思ったんだ」
幾久は決して体がしっかりしているほうじゃない。
だけどサッカーと違ってフットサルは酷い当たりはルールで禁止されている。
技術が高く、フィジカルの強くない幾久にはサッカーよりフットサルの方が確かに向いていた。
「でもだったら、誉は?正直サッカーの方が良くない?」
「僕はサッカーより、幾と遊ぶ方がいいなって思ったんだ。いつもすっごく楽しいし、今だって楽しかった」
負けず嫌いな御堀だが、サッカー勝負になると幾久と二人の場合、どうしても技術で幾久に負ける。
でも、それでも勝つよりも幾久と一緒に遊びたかった。
普通にただ、遊ぶわけじゃなく。
将来、もしかしたら。
サッカー選手にはなれなくても、別のなにかに近づけるかもしれない可能性があるとしたら。
―――――でもそれを決めるのは、御堀じゃない。
環境は最低限整えた。
あとはチームメイトも必要だろうし、コーチはケートスにお願いしてある。
学校からのサポートもきっと手厚いに違いない。
Tシャツに着替えた幾久が言った。
「チーム名とか決めた?別に報国院でもいいけどさ」
御堀は答えた。
「実は決めてる」
「え、何?何?」
尋ねる幾久に、御堀はスマホを見せた。
デザインのラフ案がいくつかあり、全部に鳳凰が翼を広げたマークだった。
描いてあった名前は、『the phoenix』。
例え燃やし尽くされても、再び必ず復活する。
しかも元の姿ではなく新しい姿で。
その意思を表すには、一番これがいいと思った。
幾久は驚いて御堀に言った。
「えーまじで?鳳しか入れないとか?」
「その発想は無かったけど、それいいな。そうしようかな」
「才能ある子はどのクラスでも入れようよ!」
幾久の必死な訴えに御堀は「考えとく」と笑った。
どうしてだろう。
幾久と居ると、希望しか湧かない。
この先もきっと、なにもかも、楽しい事だらけだと信じられる。
「でもそれよりさ、人数集まるのかな」
早速部員の人数を心配する幾久に御堀は答えた。
「集まるよ。少なくとも一人はあてがあるし、実はケートスの選手にもコーチをお願いしてる」
「まじで。本格的。すげー楽しみ!」
やべえ、と幾久は本当に心底嬉しそうに目を輝かせている。
僕たちはサッカー選手になれない。
なら一体、何になるんだろう。
一緒に走って探しに行けばいい。
もし見つからなければその時だ。
それだけ考えて走りつづければ、一緒ならなにか見えるのかもしれない。
互いにうんと頷いて、二人は報国院の鳥居を抜け、まるで鳥居から飛び立った小鳥のように、外を目指し飛び出した。
僕たちはサッカー選手になれない。
和菓子職人にもなれない。
夢は一生叶わない。
叶わない事は、きっと一生辛いのだろう。
「ねえ、幾」
「なに」
「きっと僕は―――――僕らは一生辛いんだ」
「うん」
「だからさ、その時は助けてよ。助けてってちゃんと言うから」
「―――――うん」
何が出来るか判らない。
何もできないかもしれない。
幾久は御堀の手をぎゅっと握った。
「任せろ。引き上げてやる」
「頼もしいけど、もしできなかったらどーすんの」
「そん時は諦めて、一緒に沈もう」
「心中になるじゃないか」
「でも一人じゃないなら、ちょっと嬉しくない?」
「嬉しくはないかな」
「オレの為に死んでもいいって言ってたくせに」
「死んでもいいけど、一緒はちょっと。心中みたいだし」
「ロミジュリじゃん」
「だからだよ」
あ、でも、と御堀は言った。
「沈むなら絶対に報国の海だよね」
「心配するな。あの海は絶対に沈むしかない」
「けどさー、なんか幾ってスナメリに助けられそうな気がする」
報国の海には野生のスナメリという、白イルカによく似た小型の鯨が居るらしいのだが、二人はまだ一度も見たことはない。
「なんだよ、ギャグじゃん」
「幾ってそういう所ありそうな雰囲気あるよねえ。スナメリに乗った狸」
ぷ、と御堀が笑うと幾久がむっとした。
「いま良い話じゃなかったっけ?」
「心中はいい話じゃないなあ」
あはは、と御堀は空を見上げて笑った。
僕たちはサッカー選手になれない。
だから何になってやろうか。
報国院で二年生になって、三年生になっても、ひょっとしたらもっと先になっても。
将来は見つからないけど、助けてくれる人は見つけた。
それだけで、ここに来て、良かった、と思えるんだ。
まだ自分たちには何もできない。
助けて貰うばかりで無力で。
でも、なにかになろうともがいているかっこ悪い自分を、自分みたいな人を、ちょっとでも救えるようになりたい。
例えば後輩だとしたら、その支えになれればいい。
「明日、なにして遊ぼうか」
御堀の問いに、幾久はニッと笑って答えた。
「思いつく事、ぜんぶ!」
一生諦められないと諦めたから、悔しいまま進んで行こう。
幾久と御堀は強く手を握った。
いつか飛び立つその日まで、きっとこの手を繋ぎ続ける。
互いに同じことを考えているのは判った。
目が合うと、つい、笑ってしまって、二人は駆け出した。
町は空の茜色に染まり、ぽつぽつと、咲き始めた桜が光を灯すかのようにゆるく夕方の中に白く浮かぶ。
満開の桜が、報国院を包むまでもう少し。
沢山の蕾が、思い切り開くのを待っている。
鳳鳴朝陽・終わり
城下町ボーイズライフ・1年生編・完結
・2年生編はPIXIVにて不定期連載中です。
幾久が言うと御堀が答えた。
「多留人君が居たからだろ?」
御堀の言葉に、幾久は「そーだなあ」と答えた。
もし多留人が幾久と同じレベルだったらどうしただろう。
一緒にサッカー部に入ったり、高校は同じところを選んでいたかもしれない。
三年間一緒にサッカーやって、大学とか、社会人とか、そんな所でずっとサッカーを好きでいられたのかもしれない。
でも多留人は幾久よりずっと遠くへ行ってしまった。
きっとそのうち海外へも行くだろう。
「―――――そっか。多留人のせいで、オレもそっちに行きたかったんだ」
「だろ。幾ってんなアグレッシブに代表狙うタイプじゃないし」
「うーん、なんかそれってサボってるみたいだし、かっこ悪い。いや、やっぱ代表、なりたかったよ?カッコいいし!」
夢はサッカー選手、そう願っていたのも三年前までだった。
中学の三年間は、母親の言う「将来の準備」に全部使って、結局何にもならなかった。
でもそれは、きっとくすぶったままだったからなのだろう。
全部燃えてしまうとか、むしろ燃え盛れば、なにか変わったのかもしれない。
でもそれも、今ではもう遠い話だ。
―――――なのに
遠い話のサッカーが、いま幾久の目の前にある。
サッカー部もなく、ユースにも入れず、ボールすら、この町に来た時には持っていなかったのに。
絶対にここで頑張ってもサッカー選手にも、代表にもなれない。
でもコートに居るのが嬉しくてたまらない。
それは、きっと。
(誰かが、やれって、言ってくれるからだ)
御堀が望まれない事に悲しみを覚えたように、サッカー選手の幾久を誰も期待しなかった事が、悲しかった。
たった一人、多留人は違ったけれど、でも今は届かない。
それがずっと悲しくて悔しい。
その感情は変わらないのに、別の感情もあふれてくる。
(オレに、サッカーやっていいって。やれって)
まるで力強いパスのように、幾久の元へメッセージが届いた。
随分強引なパスだ。
いきなりコートなんて作ってしまった。
「―――――ほんっと、すげーよ」
思いついて実行した御堀も、手助けした伝築も、受け入れた学校も、資金援助したグラスエッジの先輩達も。
それは幾久を救うためだけじゃないのは判っている。
それだけのことで、こんな事は動かない。
でも、幾久のこともたしかにあって、だからこんなに早く動いたのも判る。
幾久は空に手を伸ばし、ぐっと握りしめた。
「うん、やろう誉。フットサル部、作って活動しよう」
御堀が思わず起き上った。
「明日からでもいいなら、もう明日からやろう。今日、帰って準備して、もう朝練からやっちゃおう」
本当は今からやりたいけど、と笑う幾久に、御堀はコートの端、ベンチの置いてある方向を指さした。
そこには段ボールがいくつか置いてあった。
「ボール。届いてるんだ」
「は?マジで?」
驚き起き上った幾久に、御堀は「マジ」と返す。
「青木先輩がジャージもシューズもボールも、なにもかも用意してくれたよ。そのうち番号決まったらユニも送ってくれるって」
「すげえ」
二人は顔を見合わせて、にっと笑うと荷物の場所へ駆け寄った。
段ボールを開けると、中から出てきたのはフットサル用のボールにシューズ、そしてジャージ。
「滅茶苦茶沢山届いたから、在庫は学校に預かって貰ってる」
「どこに?倉庫?」
「ううん。部室貰ったし」
「部室までもうあるの?」
「そうだよ。もしなかったら青木先輩、学校改築する勢いだったからね。幸い開いてる部屋があったから」
「ははは……なんかもういいや」
あまりに話があり過ぎて、もう幾久は何も考えなくていいやと思った。
「現実味なさすぎて、なんかもうどうでもいいや」
そう言って幾久は履いていたスニーカーを脱いで、新しいフットサル用のシューズに履き替えた。
「こっちがオレだろ?」
サイズぴったりのシューズを見つけて尋ねると、御堀が「そう」と頷いた。
幾久の好きなスポーツブランドのシューズで、色は水色だ。
「すっげー、いいシューズだなーアオ先輩にお礼言わないと!」
喜んでシューズの履き心地を確かめる幾久に、御堀は苦笑した。
「先にコートのお礼言わないときっといじけるよ」
「あ、そか」
あまりに話が大きいと、頭から抜け落ちてしまう。
御堀も、フットサル用のシューズに履き替えてジャケットを脱いだ。
新品のボールを出し、くるっと回して見せた。
「じゃ、やりますか」
「うん」
いつも寮でやっているように、二人は早速、ボールの奪い合いを始めた。
走り出すとすぐに夢中になって、お互い汗まみれになるまで暫く、二人で遊んでいた。
やがて、幾久が三回ゴールにボールを叩き込むと、御堀が「今日はもうやめよう」と声をかけた。
汗をかいてしまったので、上だけ青木の送ってくれたTシャツとジャージに着替える事にした。
「タオルまでお揃いで作ってる。アオ先輩本気だな」
ジャージは冬に、かけっこ勝負をした時に来たものと似たデザインで、お揃いのTシャツとタオルまで入っていた。
至れり尽くせりで、ここまでされると逆になんだか笑ってしいまった。
タオルで汗を拭きながら、御堀は買ってきたスポーツドリンクを幾久に渡し、ベンチに腰を下ろした。
「本当はね、最初、サッカー部かなってちょっと思ったんだ。ウチの学校に同好会はあるっぽいし、そこを大きくするのもいいかなって」
「うん。そのほうが早そうだよね」
「でもサッカーだったら人数が必要だし、ケートスがあるからレベルアップは無意味だよね。でもフットサルならそうじゃない」
フットサルはサッカーに似ているが、ルールも人数も違う。
「幾はサッカーより、フットサルに向いてるなって思ったんだ」
幾久は決して体がしっかりしているほうじゃない。
だけどサッカーと違ってフットサルは酷い当たりはルールで禁止されている。
技術が高く、フィジカルの強くない幾久にはサッカーよりフットサルの方が確かに向いていた。
「でもだったら、誉は?正直サッカーの方が良くない?」
「僕はサッカーより、幾と遊ぶ方がいいなって思ったんだ。いつもすっごく楽しいし、今だって楽しかった」
負けず嫌いな御堀だが、サッカー勝負になると幾久と二人の場合、どうしても技術で幾久に負ける。
でも、それでも勝つよりも幾久と一緒に遊びたかった。
普通にただ、遊ぶわけじゃなく。
将来、もしかしたら。
サッカー選手にはなれなくても、別のなにかに近づけるかもしれない可能性があるとしたら。
―――――でもそれを決めるのは、御堀じゃない。
環境は最低限整えた。
あとはチームメイトも必要だろうし、コーチはケートスにお願いしてある。
学校からのサポートもきっと手厚いに違いない。
Tシャツに着替えた幾久が言った。
「チーム名とか決めた?別に報国院でもいいけどさ」
御堀は答えた。
「実は決めてる」
「え、何?何?」
尋ねる幾久に、御堀はスマホを見せた。
デザインのラフ案がいくつかあり、全部に鳳凰が翼を広げたマークだった。
描いてあった名前は、『the phoenix』。
例え燃やし尽くされても、再び必ず復活する。
しかも元の姿ではなく新しい姿で。
その意思を表すには、一番これがいいと思った。
幾久は驚いて御堀に言った。
「えーまじで?鳳しか入れないとか?」
「その発想は無かったけど、それいいな。そうしようかな」
「才能ある子はどのクラスでも入れようよ!」
幾久の必死な訴えに御堀は「考えとく」と笑った。
どうしてだろう。
幾久と居ると、希望しか湧かない。
この先もきっと、なにもかも、楽しい事だらけだと信じられる。
「でもそれよりさ、人数集まるのかな」
早速部員の人数を心配する幾久に御堀は答えた。
「集まるよ。少なくとも一人はあてがあるし、実はケートスの選手にもコーチをお願いしてる」
「まじで。本格的。すげー楽しみ!」
やべえ、と幾久は本当に心底嬉しそうに目を輝かせている。
僕たちはサッカー選手になれない。
なら一体、何になるんだろう。
一緒に走って探しに行けばいい。
もし見つからなければその時だ。
それだけ考えて走りつづければ、一緒ならなにか見えるのかもしれない。
互いにうんと頷いて、二人は報国院の鳥居を抜け、まるで鳥居から飛び立った小鳥のように、外を目指し飛び出した。
僕たちはサッカー選手になれない。
和菓子職人にもなれない。
夢は一生叶わない。
叶わない事は、きっと一生辛いのだろう。
「ねえ、幾」
「なに」
「きっと僕は―――――僕らは一生辛いんだ」
「うん」
「だからさ、その時は助けてよ。助けてってちゃんと言うから」
「―――――うん」
何が出来るか判らない。
何もできないかもしれない。
幾久は御堀の手をぎゅっと握った。
「任せろ。引き上げてやる」
「頼もしいけど、もしできなかったらどーすんの」
「そん時は諦めて、一緒に沈もう」
「心中になるじゃないか」
「でも一人じゃないなら、ちょっと嬉しくない?」
「嬉しくはないかな」
「オレの為に死んでもいいって言ってたくせに」
「死んでもいいけど、一緒はちょっと。心中みたいだし」
「ロミジュリじゃん」
「だからだよ」
あ、でも、と御堀は言った。
「沈むなら絶対に報国の海だよね」
「心配するな。あの海は絶対に沈むしかない」
「けどさー、なんか幾ってスナメリに助けられそうな気がする」
報国の海には野生のスナメリという、白イルカによく似た小型の鯨が居るらしいのだが、二人はまだ一度も見たことはない。
「なんだよ、ギャグじゃん」
「幾ってそういう所ありそうな雰囲気あるよねえ。スナメリに乗った狸」
ぷ、と御堀が笑うと幾久がむっとした。
「いま良い話じゃなかったっけ?」
「心中はいい話じゃないなあ」
あはは、と御堀は空を見上げて笑った。
僕たちはサッカー選手になれない。
だから何になってやろうか。
報国院で二年生になって、三年生になっても、ひょっとしたらもっと先になっても。
将来は見つからないけど、助けてくれる人は見つけた。
それだけで、ここに来て、良かった、と思えるんだ。
まだ自分たちには何もできない。
助けて貰うばかりで無力で。
でも、なにかになろうともがいているかっこ悪い自分を、自分みたいな人を、ちょっとでも救えるようになりたい。
例えば後輩だとしたら、その支えになれればいい。
「明日、なにして遊ぼうか」
御堀の問いに、幾久はニッと笑って答えた。
「思いつく事、ぜんぶ!」
一生諦められないと諦めたから、悔しいまま進んで行こう。
幾久と御堀は強く手を握った。
いつか飛び立つその日まで、きっとこの手を繋ぎ続ける。
互いに同じことを考えているのは判った。
目が合うと、つい、笑ってしまって、二人は駆け出した。
町は空の茜色に染まり、ぽつぽつと、咲き始めた桜が光を灯すかのようにゆるく夕方の中に白く浮かぶ。
満開の桜が、報国院を包むまでもう少し。
沢山の蕾が、思い切り開くのを待っている。
鳳鳴朝陽・終わり
城下町ボーイズライフ・1年生編・完結
・2年生編はPIXIVにて不定期連載中です。
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