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【27】鳳鳴朝陽~僕たちはサッカー選手になれない

上はどこも横暴なのだ

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 城下町にもあたたかな風が吹き始めた三月の末日の日曜日。
 御門寮に所属する全員は、今日、見送りの為に北九州空港へ向かっていた。

 長らく寮に所属していた三年の山縣がとうとう寮を出て進路先の大学がある東京へ向かう運びとなり、それと同日に雪充も京都へ向かう事になった。
 勿論、幾久は雪充の見送りには行くつもりだったのだが、山縣の事はどうでも良かった。
 にも拘わらず、『見送りには来いよ』という山縣の脅しに近い命令に従わざるを得なかった。
 なぜ山縣が見送りに固執したのか。
 それは幾久が嫌がるに決まっているからだ。
「嫌に決まってんじゃないっすか。交通費使いたくない」
 そう幾久が言うと、たまたま寮に来て食事を一緒にしていた宇佐美が言った。
「じゃあ、俺が連れてってやるよ!高速使ったら北九州空港すぐだし」
「や、だって宇佐美先輩の車じゃ全員乗れないじゃないっすか」
 御門寮は、山縣に二年生三人、一年生三人、つまり運転手込みで8人乗必要だ。
 宇佐美の車はそこまで乗れない。
「ワシは嫌じゃぞ。ワゴンで北九州なぞ尻が痛くなる」
 宇佐美の持っているワゴン車は人数は乗れるが軽自動車で、確かに長時間乗るには辛い。
 高杉が文句を言うと、宇佐美が言った。
「じゃあ、なんかよさげな車レンタルするわ」
「それでも人数、多くないっすか?」
 幾久が首を傾げている間に、宇佐美はその身軽さであっという間に連絡をあちこちに取り終わり、幾久等に告げた。
「車の準備は出来たから安心しろ。ってなわけで、山縣君を北九州空港に送ったら、雪を小倉駅まで送ろう」

 そして山縣と雪充が長州市を出て行く朝となった。

 朝早いのは、山縣の乗る東京行の飛行機が早い方が安いからだ。
 雪充の新幹線の時間も昼前だが、示し合わせたかのように、山縣を送っても十分間に合う。
 御門寮の全員が門前で待っていると、時間通りに車がやって来た。
 一台目はレンタカーだろう、見たことのないミニバンを宇佐美が運転してやってきた。
 二台目は三吉が運転する愛車の真っ赤なNSX。
 そして三台目がやってきた時、御門寮の面々は面食らった。
 現れたのは、やたらでかく、ヤバそうな雰囲気を醸し出す真っ黒い四角い大きな車だ。
 車のボンネットの先になんかマスコットのようなものがついているし、エンジン音は全くと言っていいほどなく、車はゆったりと静かに方向を変えて、寮傍の道に停車した。
「なんだあれ」
「何の車?手違い?」
 御堀がぽつりと呟いた。
「ロールスだ」
「え?ロールスって、ひょっとしてロールスロイス?」
 えらくでっかくごつく、確かに高級車そのものだが。
 宇佐美がミニバンから出てきて、いつもの軽い調子で言った。
「よ、おっはよう後輩ども!」
 一同はおはようございまーす、と頷くも、目線はロールスに釘付けだ。
 何が起こっているんだろう、とそう思っていると、ロールスの運転席の扉が開く。
 誰が出てくるんだ、と思ったら出てきたのは。
「おーおっはようお前ら」
「毛利先生?」
 なんとロールスを運転していたのは毛利だった。
 そして運転席と反対側の助手席に回ると、扉を手で開けた。
 まるでおつきの人のように扉を開けると、中から現れたのは。

「おっはよー!いっくぅううううううん!!!!」

 まるでスカーフのような桜色とグリーンの鮮やかなデザインのブラウスは胸元に同生地のリボン、スカートはフレアの黒に近い濃紺、足元はヒールの高いパンプス。
 耳元に揺れるガーネットのイヤリングと指輪はお揃いで、それがかき消されるほどのまばゆさで、黒いうねった長い髪を今日は片方にまとめている。
 どこからどう見ても女優な美しいお姉さんは雪充の姉の菫だ。
 突然現れた菫に、幾久が驚く間もなく、菫は幾久に抱き着いた。
「うわあ可愛い!相変わらず可愛い!」
 そう言ってちょっと離れて言った。
「ちょっと!いっくんおっきくなった?」
「あ、そうなんす!実は背がのび」
「それでもかわいいいいいいいいいい!」
 ぎゅうぎゅうと幾久を抱きしめる菫に、ロールスロイスから雪充が降りてきた。
「姉さん、遅れちゃうから、そろそろ落ち着いて」
 苦笑する雪充に、幾久は菫にぎゅうぎゅう抱きしめられながら尋ねた。
「ひょっとして雪ちゃん家の車とか?」
「あはは、そんな訳ないよ」
 だったら誰のだ。
 思ったが、菫にぎゅうぎゅう抱きしめられてそれ以上の質問は出来なかった。


 三台の車は揃って長州市から高速に乗り、車は軽快に北九州空港への道を走っていた。
 振動も音も全くない、本当に走っているのかと疑いたくなるほどおだやかな様子につい外を見てしまう。
「いっくん、気分悪くならない?大丈夫?」
 そう助手席から声をかけてきたのは、まばゆいばかりの美人、雪充の姉の桂(かつら)菫(すみれ)だった。
「全然っス。乗り心地スゲーいいっす」
 幾久の言葉に、今日の運転手である毛利は(そりゃそうだろ)と冷や汗をかく。
 排気量は六千以上。
 エンジンはV12のツインターボ。
 特にこの車は静音性が売りで、エンジンをかけても全くと言うのが大げさでない程音がしない。
 ソファーは高級車らしく本物の牛皮、車一台に牛何頭分も使われ内部はラグジュアリーな作りで後部座席二つにあわせてモニターもついている。
 天井は千本以上の光ファイバーが埋め込まれまるでプラネタリウムのように輝く。
 このオプションだけで二百万近くする。
 バカか。
 運転手の毛利は心底そう思う。
 とはいえ安全性を考えたらこれ以上の車は毛利家にはない。
 毛利が運転しているのは、ロールス・ロイスのゴーストと呼ばれる車である。
 価格は中古でも家が買える。
 そしてこれは中古車ではない。
 本来なら、絶絶絶絶絶絶対に借りたくもないのだが、「いっくんに万が一ケガさせたらどうする」とか「うちの弟になにかあったらどうすんだ」という菫様には逆らえない。
 しかも借りに行ったら、その持ち主と来たら、上へ下への大騒ぎだ。
(だから嫌だったんだよ!)
 そうは思っても仕方がない。
 毛利は菫には絶対に逆らえないのであった。

「いやーさっすが天下のロールス様は違うわね!ついでに写真とってSNSにあげとこ!いい牽制になるし!」
 そういってがはがは笑う菫は、やっぱりがはがは笑っても美人だ。
「牽制って誰にっすか?」
 幾久が尋ねると、菫は「いろいろ」と答えた。
「嫌なんだけどさ、会社で仕方なくSNS使わないといけないの。滅多に更新とかしないけどさ。そしたら妙な誘いしてくる奴とか、逆にマウント取ってくる奴とか居てウゼーのよ」
「菫さん美人っすもんね。大変そう」
 しみじみと幾久は頷くと菫も「そうなのよ」と頷く。
 自分の美しさを決して否定しない菫は、幾久にとってはあこがれのお姉さんだ。
「でも丁度今日乗れたし、ロールスだったら絶対に勝てないし」
 毛利は話を聞いて、(そりゃ勝てないわ)と心で思う。
 なぜならこのモデルは日本国内で十台程度しか出回っておらず、まずこんな田舎で見る事はない。
 実際、この車の持ち主も滅多な事では乗らないし、むしろコレクションの一部として抱えているだけだ。
「やめとけー菫。金持ちのじじーの愛人と思われるだけだぞ」
 毛利が言うと、菫は「そっか」と頷く。
「さすがにロールスはやりすぎかな」
「そーそー。お前くらいだったら俺の車で丁度いいって。彼氏とデートなうに使っていいぞ」
「あのだっさい車?」
「ださくねーよ!かっこいいに決まってんだろ!」
「いやださいって。もっと可愛いのにしなよ。馬とかのマークのやつ」
「フェラーリかポルシェじゃねえか!値段が可愛くねえ!」
 高級車の中だというのに会話はなにも変わらずいつも通りだ。

「ごめんねいっくん、驚いたろ」
 後部座席のソファーに座っているのは雪充と幾久の二人だ。
「あ、はい、そりゃもう」
 なんたってロールスロイスにも驚いたが、現れた菫にも驚いた。
「僕を見送りに行くのは決まってたけどね、山縣が北九州空港から向かうなら僕も見送りに行こうかと思ってさ」
「雪ちゃん先輩が行く事ないっすよ」
「いいじゃないか。こういう時でもないと、寮の全員で見送りなんか絶対にないだろ?」
「そりゃそうっすけども」
 宇佐美曰く、宇佐美が借りるレンタカーはもっと乗れるのだが、安全性を考えたら今の人数がマストで、じゃあ宇佐美と毛利の二人で御門寮の全員と雪充を乗せていくはずだった。
 所が、雪充を見送りに行くつもりだった菫が、幾久が出かけると知るや否や、毛利を脅したのだ。
 結果、毛利は安全性間違いなしのロールスロイスを手配する羽目になり、人数が変わってしまったのだが、三吉が「走るついでがあるからかまいませんよ」と、山縣を送る事になった。
 宇佐美の車には、久坂、高杉、栄人と児玉に御堀の合計六人。
 毛利の車には、桂姉弟と毛利と幾久の四人、そして山縣は三吉が愛車に乗せている。
 三台の妙な組み合わせの車は連なって北九州空港へと向かっていた。
「なんか結局、大騒ぎっスね。先生が二人もついてきて」
「そーだよ、なんで俺が巻き込まれてんだよ」
 毛利が文句を言うも、菫が言った。
「なに言ってんのよ。生徒のお手伝いが出来てありがたいと思いなさいよ。給料貰ってんでしょ」
「そいつら鳳だろ!ビタ一文払ってねえじゃねえか!」
 実質タダ働きじゃねえかよ、と毛利がぶつぶつ言うも、菫が言った。
「こんな美人と一緒にドライブできる事をありがたく思いなさい」
「へーへーありがたいこって」
 そう喋っている二人に、雪充と幾久は目を合わせて笑った。
「菫さん相変わらずっスね」
「いつもああだよ」
「離れちゃうの、寂しいっスね」
「うーん、高校は寮だし、どうせ姉さんの事だから、本当に寂しかったら来るし」
「え、アグレッシブ」
 すると話を聞いていた菫が言った。
「そう?お姉さん働いてるから新幹線で京都なんかすぐよ?正直、雪充の様子見てくるって出かけやすいし」
 雪充が笑って言った。
「だって早速京都観光の準備してたろ?」
「そーよ。あんたが落ち着いたら案内して貰いますからね!ちゃんと調べといてよ!」
「はいはい」
 姉弟らしい会話に、幾久は楽しくなって笑ってしまう。
(なんか兄弟っていいな)
 幾久が笑っていると、雪充が尋ねた。
「どうしたのいっくん。楽しそうに」
「や、なんか姉と弟だなって。オレ一人っ子だからそういうのわかんなくて」
「そうかな?寮に居る時、山縣とまるで兄弟そのものってハルが言ってたよ?」
「めーわくっす。あんな横暴な兄いらねーっす」
 心底迷惑そうに幾久が言うと、雪充が吹き出した。
「どこも上は横暴なもんだよ」
「なんですって雪充」
 菫が言うと雪充がきりっとした表情で告げた。
「一般論です」
「見事だ弟よ」
 うむ、と腕を組む菫に、毛利が「お前はラオウか」と返した。
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