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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド

乃木うどんって知ってる?

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 並んで歩きながらおはらい町を歩くが、観光客からやはりじろじろと見られる。
(やっぱ報国院の制服って、派手なんだよなあ)
 一見パイロットにも見えるし、だとしたらそこまでの年齢ではない幾久等学生が着ていると目立つのは当たり前かもしれない。
 おまけに今は、報国院でもトップクラスに名を連ねるイケメン連中が揃っている。
 目だって当然かもな、と幾久は近くで見て思う。

 おかげ通りに向かっている途中で、突如三吉が足を止めた。
「さて諸君。私の任務はここで終わりだ」
「え?」
 一旦宿に帰るのでは、と思いきや、三吉は普に自分の持っていた袋を渡した。
「預かっといて。私は用事が出来ました」
 なんでだろうとみると、三吉が立ち止まった場所を見て、全員が「あぁ……」という表情にまった。
 酒蔵の店舗だ。しかもカウンターがある。利き酒という文字に、皆、すぐさま諦めた。
「私は君たちを信じている。というわけで、あとは自由行動です。解散!」
 そう告げると、三吉は早速、酒蔵の店に入って行った。

「……三吉先生、絶対のんだくれたいだけだ」
 呆れる幾久だが、周布が苦笑した。
「ま、しゃあねえよ。このあたりは酒がうまいからな」
「そうなんすか?」
「おう。酒樽見たろ?やっぱ神社には絶対酒がいるよな」
 そう言えばさっき、内宮の敷地内で酒樽が沢山積み重ねてあるのを見た。
「三吉先生はほっとくしかないっすね」
 年末から年始に飲んだくれた三吉を知っているので、皆、素直にあきらめた。
「じゃあ、宿に帰って着替えようか。僕もスーツがしわになるの嫌だし」
 雪充の言葉に全員が頷いて、ぞろぞろと宿へ一旦帰ったのだった。

 宿に戻り、普段の服に着替えると一旦ロビーに集合した。
 周布、服部、弥太郎の三人は内宮にある資料館に行くとの事だ。
「俺らは飯食って、その後資料中心に見学してくる」
 な、と周布が言うと、服部と弥太郎が頷く。
「俺も一緒についていっていいか?」
 興味を持ったのか前原が尋ねる。
 周布は「かまわねーよ、な?」と服部と弥太郎に聞くと二人とも頷いた。
「じゃあ、ワシは瑞祥と行動する。土産物を買うんじゃが、頼まれものが多くての」
 本当か嘘かは判らないが、高杉がそう言うので幾久は「はーい」と返事した。
「じゃあ、一年生たちは僕が面倒みるよ」
 雪充が言うと、幾久は「やったー!」と喜んだ。
 鍵はフロントに預け、誰でも自室には入れるように頼んだので誰が帰って来ても困る事がないようにした。

 ここから完全に自由行動になる。
 全員でおかげ横丁を抜け、互いが思い思いの方向へと別れた。
「じゃあ、これからお昼でも食べようか」
 雪充が言うと、残りの一年である、幾久、児玉、御堀、山田、普の五人が「はーい」と返事をした。

 まずは絶対に伊勢うどんを食べる、という意見は一致していたので、目についた店に入り、伊勢うどんを食べた。
 やわらかいうどんの麺に、濃口の醤油タレがかかって、トッピングは葱とおかか。
 幾久は初めて食べたが、いつものうどんと違うな、と思った。
「伊勢うどんって、こういうのなんだ」
 おいしいけど、と言う幾久に、御堀が説明する。
「昔、お伊勢参りはものすごい人で、とてもじゃないけどお客ごとに茹でる時間がなかったんだって。だから一気にうどんを茹でて、あとからタレをかけるだけのファストフードになったんだって」
「へえ、そうなんだ」
 長州市のあたりも実はうどん店が多い。
 福岡もラーメンが目立つが、うどん好きが多い地域なのだと幾久は多留人に聞いて知っていた。
「いっくん、乃木うどんって知ってる?」
 雪充の質問に、幾久は知らない、と首を横に振る。
「はい。俺知ってます」
 児玉が挙手すると、雪充は「そうだろうね」と笑った。
「え、なに?なんか面白い事ですか?」
 普が尋ねると、雪充が頷いた。
「多分、タマのほうが詳しいよ。みんなに説明してあげて」
「ウス。乃木うどんっていうのは、乃木希典さんが仕事で四国に来た時、四国の人がうどん食ってるの見て、兵士の食事にいいんじゃないかってうどんに餅と鶏肉を入れて食わせたんス。そんなんで、兵隊辞めた人が後々それでうどん店開いたりして、四国にうどん店が広がったって言う説があるっす」
 乃木希典のファンである児玉はよく知っていた。
「さすがタマ!」
 雪充が褒めると、山田と普が「おお」と拍手した。
「へえー、ガチで乃木さんのうどんなんだ。商品名かと思った」
「おい幾久……お前の先祖の事だぞ」
「そんなあ。普通に本人も知らないのに、うどん情報までわかんないよ」
「そりゃもう亡くなってるんだから知りようはないよね」
 御堀のツッコミに雪充が吹き出しそうになっていた。
「それよか、鶏肉とお餅ってうどんに合うの?」
 不思議な組み合わせだと幾久は思うが、児玉は答えた。
「鶏肉ったって、生姜と甘露醤油で煮付けた鶏肉だぞ」
「えっ、なにそれおいしそう!トッピングであったらいいのに。ここの店にないかな」
「幾、ここは伊勢だよ」
「判ってるけど言ってみただけじゃん」
 お餅と鶏肉の入ったうどんなんて、マスターが喜びそうだなあ、と幾久は鶏肉ばっかり食べているプロレスラーを思い出した。
「そうだ、寮に帰ったら麗子さんに作って貰おうかな!」
 幾久が言うと、児玉と御堀は「いいな」「いいね」と頷いたが、桜柳寮の普と山田が抗議した。
「なんだよ、いっくんらばっかり、ずるいぞ!」
「そうだぞ、おれもそのうどん食いたい!」
「だったら御空、ホーム部で作ったらいいじゃん」
 山田は地球部の活動が終わった後、ホーム部という料理や手芸をやる部活に参加している。
「そっか。ホーム部なら確かに作れるわ」
 なんだあ、という山田に雪充が言った。
「ホーム部で作るなら、いずれ学食のメニューにどうかって、提案したらどうかな」
 一年生が驚くと、雪充が言った。
「ホーム部で作ったものを学食でどうかって提案したらね、ホーム部の成績になるんだよ。生徒が作るから好みも判るし、部活動だから学校生活の役に立つだろ?そしたらそのメニューが通ろうが通るまいが、部活の実績になるから予算を奪いやすくなるよ」
「……!そういう利点があるんスね!」
「桜柳祭の屋台で出す場合もあるよね。乃木うどんって名称は、いっくんが居るならものすごく売れそうだし」
 話を聞いていた御堀の目が鋭く光る。
「御空、経済研に予算の見積もりを提出しといて。原価率計算していけそうなら早速」
「ちょっとちょっと、なんで旅行に来てるのに桜柳祭の話してんだよー、楽しもうよー」
 普が言うと幾久も呆れた。
「あんなに桜柳会やだって言ってたくせに」
 御堀がむっとして言い返した。
「儲けるチャンスなんかそうそうないからね。ここは譲らない」
「譲れ」
 幾久と御堀のやり取りに、雪充はつい微笑んでしまった。
 桜柳祭を過ぎて、一年生たちはちゃんと関係を築けたんだと、目の前で見て嬉しくなる。
(これが、桜柳祭を頑張ってやる理由なんだよな)
 自分たちが実行を任されている時はついていくのに必死だったけれど、いざ三年になって指導するほうに回って、一生懸命ついてくる後輩たちの為に、なんでもしてやろうと思った。
 そしてこれまで、あの先輩たちが、どうしてあんなにも手伝って必死に真剣にやってくれたのか、雪充もようやく判った。
 その立場になれば、そりゃあ、なんでもしてやろう、って気になるよ、お前だって。
 先輩にそう言われ、立場でそこまで必死になれるんだろうか、と雪充は思ったものだが、ちゃんと必死に動けたのは、やっぱり自分たちより幼い存在が傍にあるからだった。
 みっともない所は見せられないな、というプライドが雪充を駆り立てた。
 結果、雪充が三年生の桜柳祭は大成功に終わった。

 ―――――本当に楽しかった

 裏方であんなにも忙しくて、誰が二度とやるもんか、とも思ったのに、いざ二度とできなくなると寂しいと思う。
 なんでもきっとそんなものなのだろう。
「うどん美味かったけど、まだなんか食えるな」
 児玉が言うと、普が言った。
「ぼく、それより甘いものが欲しい」
「赤福か?」
 山田が言うと幾久が言った。
「や、瑞祥先輩じゃないんで」
 雪充は席を立つと、一年生らに言った。
「ここは甘いものがたくさんあるみたいだから、周ってみたらいい。このあと、僕は三吉先生の様子を見てくるよ。やっぱり心配だし」
 多分、のんだくれているのは想像するまでもないので、全員が「あぁ……」という顔になった。

 うどん屋での支払いを済ませて、店の前で雪充と一年生たちは別行動となった。
 おはらい町は一キロ程度の長さなので、後から簡単に合流できるだろうと、雪充は三吉が居るだろう酒蔵の店へ向かった。
 一年生たちは、普の「お洒落な店行きたい!」という希望で、五十鈴川沿いの和風のお洒落なカフェに入ることにした。

 古民家風の和風モダンな作りで、窓が大きく、川がよく見える。
 お座敷の席があり、そこなら五人全員が同じテーブルにつける。
 皆は座敷に上がることにした。
 囲炉裏テーブルに座布団があり、好きな席に座った。
「なーんかいい雰囲気!」
 普はすっかり気に入ったようだが、幾久は言った。
「御門寮だ」
「情緒ないぞいっくん。つきあえ!」
「や、いいけどね。好きだし」
 御門寮が大好きな幾久にとって和風はいくらあってもいいものだ。
 といってもメニューはしっかりケーキが多く、幾久はケーキセットを注文した。

 座敷席の背中側は大きな木枠の窓で、外の景色がよく見える。
 五十鈴川を見つめていると、近くに橋が見えた。
「いいなー、あそこ渡れるのかな」
 幾久が言うと、児玉が答えた。
「さっき、この店の脇から降りれる通路あったぞ」
「えっ、そうなんだ。じゃあ後から河原を散歩しよ」
 幾久が言うと、全員が賛成した。

 ケーキを食べ終わると、すっかりおなか一杯になってしまった。
 店を出ると、児玉の言う通りすぐに川縁へ降りれる石段があり、カフェの渡り廊下の下を潜り抜けて、河原を歩き始めた。
「でも多分、これだけじゃお腹すくよね」
 あの量だと少ない、という幾久だが、普が言った。
「お店いくらでもあるからさ、後からまたどっかで食べたらいいじゃん」
「確かに」
 いつもならお昼にちゃんと食べないと、と思うが旅先での行動は自由だ。
 しかもお店はたくさんあって、何を食べようか迷ってしまう。
「うーん、ひょっとしなくても天国みたい」
 幾久が言うと、普が「だよね!」と笑った。
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