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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド
僕たちは同じ名前の違う場所を歩く
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「壇ノ浦で源平合戦の最後の戦いがあったのは知ってるだろ?平家方が追い詰められて、その時、二位の尼って人が、自分の孫でもある安徳天皇と三種の神器を抱えて海に入水する前に詠んだ時世の句だよ」
久坂の説明に、皆がそう言えばそんなのあったな、と思い出す。
高杉が続けて言った。
「御裳裾、ちゅうのは『裳裾(もすそ)』を丁寧に言った言葉じゃ。『裳』は昔のズボンみたいな服で、裳裾は『裳』の『裾』の事じゃな」
「良く知ってるな」
三吉が感心すると、高杉が苦笑した。
「殿の受け売りじゃ」
殿、とは教師の毛利の事だ。
高杉は昔から毛利に懐いていたし、毛利はああ見えてちゃんとエリート教育は受けた人だ。
成績が極端に悪いだけで、国語の教師だけあり、特に長州市にまつわる文系の知識は多かった。
「この五十鈴川で、倭姫命(やまとのひめみこ)が汚れた裳の裾を洗ったという故事から、御裳裾川という名前がついた。伊勢平氏を発祥とする誇りを持っていた二位の尼は、自分たちこそ正当な伊勢の後継者である、ちゅうことを言いたかったんじゃろう」
高杉の説明に、皆が足を止め説明に聞き入った。
高杉は続けて言った。
「遠く伊勢から離れた場所に追い詰められ、都落ちし、それでも最後は伊勢を誇りに、我々は都へ向かうと言って海へ向かうのは、ワシは、強くて美しい、とも思うがの」
「……美しい、ですか?」
山田が高杉に尋ねた。
「入水するって事は、もう生きるつもりはない、って事ですよね。自殺は良くないんじゃないんでしょうか」
ヒーローを愛する山田にとって、自殺になる入水が美しいとは思えないのだろう、高杉にそう尋ねた。
愛するヒーローの信条と、憧れの高杉の言葉がズレているのが、山田には疑問だったのだろう。
そんな山田の考えに当然気づいた高杉は、微笑んで山田に答えた。
「神様、なんで助けてくれん、助けてくれ」
高杉がそう言うと、山田は目を見開いた。
「そうは言わず、波の下の都へ向かう、とは、なかなかの嫌味と思うがの」
追い詰められ、自分たちにはもう波の上の都は無い、と判ったはずだ。
「負ける、と判っても都へ向かうという矜持を持っちょったからこそ、神器を抱えて飛び込んだんじゃねえのかの」
日本の歴史において、三種の神器を持つものこそが正当な天皇の証となる。
だからこそ、安徳天皇と三種の神器は、源氏方に渡らぬよう、ともにこの地まで逃れてきた。
「傍から見たら、間違いなく死に向かっちょる行動であっても、それが生きていない事とイコールか、ちゅうのは、難しい問題じゃと思わんか」
山田は高杉の言葉に息を飲んだ。
高杉は続けた。
「ワシは生と死は全く違う問題じゃ、思うちょる。生は生、死は死じゃ。生の逆が死、死の逆が生。乱暴じゃと思わんか」
「乱暴、ですか」
山田は必死に高杉の言葉を、飲み込もうとしているようだった。
言葉のたったひとつも落とさないように。
「死が決まって、死を受け止め、受け入れそこへ向かう。それが『生きてない』ことと同義じゃと、ワシは思わん、ちゅう事じゃ。生きるつもりがなんぼあっても、死から逃れられん人はおる。それを受け入れるのが、『生きるつもりはない』ことと同じ意味にはならんと思う。そういう事かの」
そう言って高杉は微笑んだ。
幾久と、そして児玉と御堀、雪充に教師の三吉は、高杉が誰の事を言っているのか、嫌と言う程判った。
幾久はちょっと大きな声で、久坂に挙手した。
「はいはいはい瑞祥先生!さっきの俳句の意味、教えてください!オレよくわかりません!」
「短歌だよバカ」
久坂は幾久の額をこつんと叩いた。
「―――――今こそ、判ったのです。みもすそ川の流れのもとに、都があるという事が。かな」
久坂は欄干に手を置き、五十鈴川を見つめて言った。
「……帰りたかったんだよ。川は全て海に届くのなら、自分が今から向かう海も、この川の流れの果てだ、って思ったんじゃないのかな」
助けもなく、幼い孫を抱いてそう告げる悲しみはどれ程だっただろう。
「帰りたかったのは、場所なのか、栄えた頃なのか。判らないけどね。僕らには」
そうして久坂が先を歩き始め、幾久達は慌てて後をついて行った。
高杉の隣でなく、一人で先を急ぐ久坂の背中を見て、幾久は思わず後を追いかけた。
「瑞祥先輩、」
すると久坂は、幾久の肩を軽く叩いた。
「さっきはありがとう」
「―――――え?」
「割と空気読めるようになったな。そのまま狸になっちまえ」
笑った久坂の表情は、これまで見たことがない。
ちょっと困ったような、例えるなら、高杉みたいな笑顔だった。
玉砂利の敷かれた道は広く、外宮より一層明るい。
観光客も多く、人が段々と増えてきた。
そして、困ったことに割と足が疲れる。
皆、ちゃんとした礼服のスタイルで来ていたので、報国院の式の時と同じく革靴だったのだが、底が平べったく玉砂利だと歩きづらい。
ただ時折、ちらちらと視線を感じる。
スーツや制服姿の人がおらず、めずらしいのかな?と幾久は思いながらついて歩く。
暫くするとようやく鳥居が見え、たどり着いたのは内宮の正宮だった。
外宮とよく似た作りだったが、大きな石段があり、そこを登ったらようやく本殿だ。
皆で外宮と同じようにお参りを済ませるが、左手の詰所(つめしょ)で三吉が何かを話していた。
なんだろう?と思っていると、三吉が言った。
「では、これから全員で御垣内(みかきうち)参拝をさせていただきます」
首を傾げる幾久や山田に、雪充が教えた。
「この中で、神様にご挨拶できるんだよ」
さっきお参りした場所から中は、板壁があり、門がある。
「この中って入れるんスか?」
厳しそうな雰囲気なのに、と幾久が思うと三吉が言った。
「乃木君、君、ウチが神社の学校って忘れてない?」
「忘れてます」
ぷっと雪充が吹き出した。
三吉の手続きを待っていると、お参りに来た人たちが、何かあるのだろうか?とこちらをちらちら覗いたり、じっと観察したりしている。
幾久は注目を浴びているのが気になって、傍にいた三吉に尋ねた。
「あの、三吉先生、なんか悪目立ちしてるの、気のせいっスか?」
すると三吉はにっこり微笑んで言った。
「悪目立ちしに来てんの。報国院なめんな」
雪充も笑顔で頷いた。
「僕、これに合わせてスーツ仕立てたんだよ?」
え?どういう意味?と幾久が首を傾げている間にも、手続きは進み、詰所から神主さんが現れた。
神主の姿に、ますます人が興味津々で覗き込んでくる。
手荷物を全て預けると、神主が「ご低頭ください」と御抵御幣(ごへい)でお祓いした。
「では、これより御垣内参拝を行います」
そう言って神主が閉じられた門を開いた。
え、あれなに?入れるの?と背後から声が聞こえるが、喋ってはいけない、と注意を受けているので幾久は黙って、背後に視線を感じながら先生らについて中へ入った。
中は、シンプルな作りだった。
広い敷地内の中央に、さっきちっと見えた本殿があり、足元は丸く白い玉砂利が敷いてあった。
(なんか不思議な場所だなあ)
まるで映画か漫画か、もしくはアニメの世界に入り込んでしまったようだった。
神主に指示されるまま、幾久等は頭を下げ、本殿にお参りする。
板の壁一枚、内側にいるだけで、聞こえる音も変わりないのに、まるで違う世界のようだ。
足元の白い玉砂利、まるで教科書の中で見たような作りのお社、空が遠く、なにも世界を遮るものがない。
柏手を打ち、参拝を終えると、来た時と同じように、神主について行く。
玉砂利がけっこう大きく、足元がぐらつきそうになったが、ゆっくり歩いて御垣内の外へ出たのだった。
厳格な空気の中でのお参りを終え、幾久はほっとして息を吐いた。
「なんかスゲー緊張したぁ」
「本当。でもなんかかっこよかったね。得した感じしない?」
「するする」
そう言って普と笑い、やっと肩の力を落として歩き出すと、おばさんが話しかけてきた。
「坊ちゃんたち、どうして中に入れるの?皇族?自衛隊の人?」
「え、いや、全然っ、違い、ます」
なんでって、と困っていると、御堀がさっと現れて説明した。
「僕たちの学校が、神社の関係なんです」
「あらあ、そうなの、まあ、そんな学校あるのねえ」
へええ、と感心するおばさんたちは、麗子と同じ年齢くらいだろうか。
「じゃあ、みんな学生さんなのね、同じ学校の」
「はい、そうです」
幾久が頷くと、おばさんたちはなるほどぉ、と何度も頷く。
「イケメンね。とっても賢そう」
「あ、ぼく賢いです」
にこにこと笑顔で、しっかり答える普に、おばさんたちは「まあ」と楽しそうに笑った。
参拝を終えると、全員でおはらいを受ける事になった。
御饌殿(みけでん)に向かい、祈祷の申し込みを済ませ、学校の祈祷と、希望者には個人の祈祷も良いとの事だったので、皆が思い思いの祈祷を受けた。
広い座敷で、他の人とも一緒に御祈祷は行われた。
おごそかな雰囲気に、思わず背筋が伸びたが、お神酒を頂戴する時に三吉の目が輝いていたのを幾久は見逃さなかった。
さて、お祓いの後、全員は撤饌(おさがり)の袋を持って御饌殿を出た。
「あー、なんか緊張したなあ」
制服でお参りして、中に入って参拝もして、お祓いも受けたけど緊張しっぱなしで体はがちがちだ。
学校に提出するという「ちゃんとした」写真も撮ったし、やるべきことはひとまず終わりだ。
「神社ってさっきの所以外にもあるんスよね?」
本殿しか訪ねていないので幾久が尋ねると、周布が答えた。
「あるある、ありまくりだけど、明日は早朝参拝があるからそれでも十分見れる。焦んなくてもいいぞ」
早朝参拝は、泊まっている宿のサービスで、朝食前に人の少ない神宮の中を丁寧に案内して説明をしてくれるというものだ。
「でもまあ、何回見ても問題ないし、時間はたっぷりあるから、着替えてから来たらいいんじゃないか?」
確かに、まだお昼前だし、制服だと妙に目立ってしまって落ち着かない。
内宮の中はやたら広いけれど、だったら余計に動きやすい格好がいい。
「ぼく一回帰って着替えたい。お守りとか御朱印、うっかりどっかに忘れちゃいそうだし」
普の言葉に皆、確かにな、と頷く。
御朱印とお土産用のお守りはすでに授かったし、神饌の袋もある。
「じゃあ、一度宿に戻ろう。全員それで良いね?」
三吉が号令をかけると、皆、はーい、と返事をした。
久坂の説明に、皆がそう言えばそんなのあったな、と思い出す。
高杉が続けて言った。
「御裳裾、ちゅうのは『裳裾(もすそ)』を丁寧に言った言葉じゃ。『裳』は昔のズボンみたいな服で、裳裾は『裳』の『裾』の事じゃな」
「良く知ってるな」
三吉が感心すると、高杉が苦笑した。
「殿の受け売りじゃ」
殿、とは教師の毛利の事だ。
高杉は昔から毛利に懐いていたし、毛利はああ見えてちゃんとエリート教育は受けた人だ。
成績が極端に悪いだけで、国語の教師だけあり、特に長州市にまつわる文系の知識は多かった。
「この五十鈴川で、倭姫命(やまとのひめみこ)が汚れた裳の裾を洗ったという故事から、御裳裾川という名前がついた。伊勢平氏を発祥とする誇りを持っていた二位の尼は、自分たちこそ正当な伊勢の後継者である、ちゅうことを言いたかったんじゃろう」
高杉の説明に、皆が足を止め説明に聞き入った。
高杉は続けて言った。
「遠く伊勢から離れた場所に追い詰められ、都落ちし、それでも最後は伊勢を誇りに、我々は都へ向かうと言って海へ向かうのは、ワシは、強くて美しい、とも思うがの」
「……美しい、ですか?」
山田が高杉に尋ねた。
「入水するって事は、もう生きるつもりはない、って事ですよね。自殺は良くないんじゃないんでしょうか」
ヒーローを愛する山田にとって、自殺になる入水が美しいとは思えないのだろう、高杉にそう尋ねた。
愛するヒーローの信条と、憧れの高杉の言葉がズレているのが、山田には疑問だったのだろう。
そんな山田の考えに当然気づいた高杉は、微笑んで山田に答えた。
「神様、なんで助けてくれん、助けてくれ」
高杉がそう言うと、山田は目を見開いた。
「そうは言わず、波の下の都へ向かう、とは、なかなかの嫌味と思うがの」
追い詰められ、自分たちにはもう波の上の都は無い、と判ったはずだ。
「負ける、と判っても都へ向かうという矜持を持っちょったからこそ、神器を抱えて飛び込んだんじゃねえのかの」
日本の歴史において、三種の神器を持つものこそが正当な天皇の証となる。
だからこそ、安徳天皇と三種の神器は、源氏方に渡らぬよう、ともにこの地まで逃れてきた。
「傍から見たら、間違いなく死に向かっちょる行動であっても、それが生きていない事とイコールか、ちゅうのは、難しい問題じゃと思わんか」
山田は高杉の言葉に息を飲んだ。
高杉は続けた。
「ワシは生と死は全く違う問題じゃ、思うちょる。生は生、死は死じゃ。生の逆が死、死の逆が生。乱暴じゃと思わんか」
「乱暴、ですか」
山田は必死に高杉の言葉を、飲み込もうとしているようだった。
言葉のたったひとつも落とさないように。
「死が決まって、死を受け止め、受け入れそこへ向かう。それが『生きてない』ことと同義じゃと、ワシは思わん、ちゅう事じゃ。生きるつもりがなんぼあっても、死から逃れられん人はおる。それを受け入れるのが、『生きるつもりはない』ことと同じ意味にはならんと思う。そういう事かの」
そう言って高杉は微笑んだ。
幾久と、そして児玉と御堀、雪充に教師の三吉は、高杉が誰の事を言っているのか、嫌と言う程判った。
幾久はちょっと大きな声で、久坂に挙手した。
「はいはいはい瑞祥先生!さっきの俳句の意味、教えてください!オレよくわかりません!」
「短歌だよバカ」
久坂は幾久の額をこつんと叩いた。
「―――――今こそ、判ったのです。みもすそ川の流れのもとに、都があるという事が。かな」
久坂は欄干に手を置き、五十鈴川を見つめて言った。
「……帰りたかったんだよ。川は全て海に届くのなら、自分が今から向かう海も、この川の流れの果てだ、って思ったんじゃないのかな」
助けもなく、幼い孫を抱いてそう告げる悲しみはどれ程だっただろう。
「帰りたかったのは、場所なのか、栄えた頃なのか。判らないけどね。僕らには」
そうして久坂が先を歩き始め、幾久達は慌てて後をついて行った。
高杉の隣でなく、一人で先を急ぐ久坂の背中を見て、幾久は思わず後を追いかけた。
「瑞祥先輩、」
すると久坂は、幾久の肩を軽く叩いた。
「さっきはありがとう」
「―――――え?」
「割と空気読めるようになったな。そのまま狸になっちまえ」
笑った久坂の表情は、これまで見たことがない。
ちょっと困ったような、例えるなら、高杉みたいな笑顔だった。
玉砂利の敷かれた道は広く、外宮より一層明るい。
観光客も多く、人が段々と増えてきた。
そして、困ったことに割と足が疲れる。
皆、ちゃんとした礼服のスタイルで来ていたので、報国院の式の時と同じく革靴だったのだが、底が平べったく玉砂利だと歩きづらい。
ただ時折、ちらちらと視線を感じる。
スーツや制服姿の人がおらず、めずらしいのかな?と幾久は思いながらついて歩く。
暫くするとようやく鳥居が見え、たどり着いたのは内宮の正宮だった。
外宮とよく似た作りだったが、大きな石段があり、そこを登ったらようやく本殿だ。
皆で外宮と同じようにお参りを済ませるが、左手の詰所(つめしょ)で三吉が何かを話していた。
なんだろう?と思っていると、三吉が言った。
「では、これから全員で御垣内(みかきうち)参拝をさせていただきます」
首を傾げる幾久や山田に、雪充が教えた。
「この中で、神様にご挨拶できるんだよ」
さっきお参りした場所から中は、板壁があり、門がある。
「この中って入れるんスか?」
厳しそうな雰囲気なのに、と幾久が思うと三吉が言った。
「乃木君、君、ウチが神社の学校って忘れてない?」
「忘れてます」
ぷっと雪充が吹き出した。
三吉の手続きを待っていると、お参りに来た人たちが、何かあるのだろうか?とこちらをちらちら覗いたり、じっと観察したりしている。
幾久は注目を浴びているのが気になって、傍にいた三吉に尋ねた。
「あの、三吉先生、なんか悪目立ちしてるの、気のせいっスか?」
すると三吉はにっこり微笑んで言った。
「悪目立ちしに来てんの。報国院なめんな」
雪充も笑顔で頷いた。
「僕、これに合わせてスーツ仕立てたんだよ?」
え?どういう意味?と幾久が首を傾げている間にも、手続きは進み、詰所から神主さんが現れた。
神主の姿に、ますます人が興味津々で覗き込んでくる。
手荷物を全て預けると、神主が「ご低頭ください」と御抵御幣(ごへい)でお祓いした。
「では、これより御垣内参拝を行います」
そう言って神主が閉じられた門を開いた。
え、あれなに?入れるの?と背後から声が聞こえるが、喋ってはいけない、と注意を受けているので幾久は黙って、背後に視線を感じながら先生らについて中へ入った。
中は、シンプルな作りだった。
広い敷地内の中央に、さっきちっと見えた本殿があり、足元は丸く白い玉砂利が敷いてあった。
(なんか不思議な場所だなあ)
まるで映画か漫画か、もしくはアニメの世界に入り込んでしまったようだった。
神主に指示されるまま、幾久等は頭を下げ、本殿にお参りする。
板の壁一枚、内側にいるだけで、聞こえる音も変わりないのに、まるで違う世界のようだ。
足元の白い玉砂利、まるで教科書の中で見たような作りのお社、空が遠く、なにも世界を遮るものがない。
柏手を打ち、参拝を終えると、来た時と同じように、神主について行く。
玉砂利がけっこう大きく、足元がぐらつきそうになったが、ゆっくり歩いて御垣内の外へ出たのだった。
厳格な空気の中でのお参りを終え、幾久はほっとして息を吐いた。
「なんかスゲー緊張したぁ」
「本当。でもなんかかっこよかったね。得した感じしない?」
「するする」
そう言って普と笑い、やっと肩の力を落として歩き出すと、おばさんが話しかけてきた。
「坊ちゃんたち、どうして中に入れるの?皇族?自衛隊の人?」
「え、いや、全然っ、違い、ます」
なんでって、と困っていると、御堀がさっと現れて説明した。
「僕たちの学校が、神社の関係なんです」
「あらあ、そうなの、まあ、そんな学校あるのねえ」
へええ、と感心するおばさんたちは、麗子と同じ年齢くらいだろうか。
「じゃあ、みんな学生さんなのね、同じ学校の」
「はい、そうです」
幾久が頷くと、おばさんたちはなるほどぉ、と何度も頷く。
「イケメンね。とっても賢そう」
「あ、ぼく賢いです」
にこにこと笑顔で、しっかり答える普に、おばさんたちは「まあ」と楽しそうに笑った。
参拝を終えると、全員でおはらいを受ける事になった。
御饌殿(みけでん)に向かい、祈祷の申し込みを済ませ、学校の祈祷と、希望者には個人の祈祷も良いとの事だったので、皆が思い思いの祈祷を受けた。
広い座敷で、他の人とも一緒に御祈祷は行われた。
おごそかな雰囲気に、思わず背筋が伸びたが、お神酒を頂戴する時に三吉の目が輝いていたのを幾久は見逃さなかった。
さて、お祓いの後、全員は撤饌(おさがり)の袋を持って御饌殿を出た。
「あー、なんか緊張したなあ」
制服でお参りして、中に入って参拝もして、お祓いも受けたけど緊張しっぱなしで体はがちがちだ。
学校に提出するという「ちゃんとした」写真も撮ったし、やるべきことはひとまず終わりだ。
「神社ってさっきの所以外にもあるんスよね?」
本殿しか訪ねていないので幾久が尋ねると、周布が答えた。
「あるある、ありまくりだけど、明日は早朝参拝があるからそれでも十分見れる。焦んなくてもいいぞ」
早朝参拝は、泊まっている宿のサービスで、朝食前に人の少ない神宮の中を丁寧に案内して説明をしてくれるというものだ。
「でもまあ、何回見ても問題ないし、時間はたっぷりあるから、着替えてから来たらいいんじゃないか?」
確かに、まだお昼前だし、制服だと妙に目立ってしまって落ち着かない。
内宮の中はやたら広いけれど、だったら余計に動きやすい格好がいい。
「ぼく一回帰って着替えたい。お守りとか御朱印、うっかりどっかに忘れちゃいそうだし」
普の言葉に皆、確かにな、と頷く。
御朱印とお土産用のお守りはすでに授かったし、神饌の袋もある。
「じゃあ、一度宿に戻ろう。全員それで良いね?」
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