城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド

僕らの心は波間に揺れる

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「さて、着いたかな」
 そう教師の三吉が言ったが、なにがどこについたのか幾久が判らずに首を傾げ、そのまま歩いて行くと、突然、海と鳥居が現れた。
「海だ!鳥居だ!」
 驚く幾久に「見たまんまじゃの」と高杉が笑う。
「えー!なんかいきなりっスね。海だ!」
 寂れた田舎の風景ばかりの世界に、突然海が現れて幾久は驚く。
 そのうえ、神社の狛犬のように、大きな蛙がでんっと沿えてあり、他にも所狭しと大小さまざまな蛙の置物が所狭しと並んでいた。
「でっけえカエルだ!」
「蛙だらけだ!」
 わーっと皆が騒ぎ始めたので、前原が説明した。
「二見興玉神社の御祭神は猿田彦で、その猿田彦のお使いが蛙という事もあって」
「かえるだー!写真!スマホ!」
 盛り上がり始めた一年生らは、誰も前原の説明を聞いていなかった。
「全く駄目だね。あーあ」
「でも別に迷惑ってほどもないし」
 電車の中と違い、外なら話し声もそこまでではないし、海が近く、波がとても荒いせいで、普通に喋るにしても声を大きめにしないといけない。
 元気いっぱいの後輩たちには丁度良さそうだ。
 早速スマホを向けて写真をとりまくっているので、高杉が声をかけた。
「お前ら、先にお参りせえ!手水で手を洗え!」
 そうだった、と皆が気づき、はーい、と高杉の指示に従った。


 手水で手を洗い、本殿でお参りを済ませると幾久等は早速お守りを買いに行った。
「御朱印帳がある!カッコいい!」
 鮮やかなオレンジ色と深いブルーのデザインがあり、幾久はつい見入った。
「かっこいいなあ。どっちの色にしようかな」
「オレンジのほうが日の出で、青い方は満月だって」
 説明を見た御堀が言うと、幾久は迷わずブルーを選んだ。
「オレ、こっちにする!」
「幾久って青好きだもんな」
「そうだっけ?」
 児玉が言うが、そこまでと思った事はなかった。
「水色とかブルーとか、青系統多いじゃん、服でも小物でも」
「意識したことなかったなあ」
 でもこれがいい、と幾久は青い御朱印帳を選んだ。
 濃い青色の空と海の図案に、丸い月が浮かんでいる。
 寂しく見えそうな風景なのに、きらきらした装飾があるせいで凄く明るく見える。
「お揃いで袋もあるよ。こっちにしたら?」
「いいね!じゃあオレ、自分の御朱印帳、これに決めた!」
 他にもお守りがあったり、いろんなグッズが並んでいる。
「タマ、龍のお守りあんぞ。これいいんじゃね?」
「かっけえじゃん」
 児玉が興味深く覗き込む。
 やはり蛙のグッズが多くあって、幾久は自分のお土産に小さな蛙のストラップのお守りを買った。
 御朱印やお守りを買うと、早速御朱印も一緒に貰えるとの事だ。
「お預かりしておきますので、お時間頂戴します」
 他の先輩たちの御朱印もまとめて書いて貰うので大量になり、幾久らは巫女さんにお願いすると、暫く神社の近くを散歩することにした。
 神社は岸壁になぞるように作られていた。
 大きな岩をぐるりと回り、岸壁からすぐそばは波の荒い海が見える。
「随分と波がデカいなあ」
「報国の海とはまた違うよね」
 報国の海は確かに荒いが、こんな風に大きく波が迫ってくることはない。
 向かいにすぐ九州が見えるし、土地の関係で津波が来る心配もない。
 この海は、見渡す限り本当に海だけで、しかも波が荒く強い。
 どこか怖いと言った雰囲気もあるし、人を寄せ付けない雰囲気もある。
 夫婦岩として祀られている岩があり、そのあたりも写真に撮りまくったが、確かに神域といった空気はある。
「なんか近づきがたい空気っスよね、この海って」
 報国の海はもっと、波は荒くてもおだやかな雰囲気があるのに、と幾久が言うと、教師の三吉が笑って答えた。
「そりゃ、報国は船がいるからだよ。人も多いし」
 海峡である報国の海は、世界一狭い海峡で、頻繁に船が通る。
 タンカーに貨物船、海上保安庁の船に漁船、そしてたまに、自衛隊の船や、潜水艦も通るという。
「海岸っていうか、砂浜も大抵地元の人が居るだろ?」
 民家がすぐ傍にあり、釣りをしてもいい地域なので釣りをする人も多いし、子連れて遊びに来ている親子も居る。
 散歩や体力づくりで歩く人も多いし、確かにこの海と違ってもっと街中の公園っぽい雰囲気がある。
「海って、なんか怖いっていうの、この海見たら判る気がする」
 叩きつける波の音は大きく強い。
 岸壁の岩は、多分こういった波に削られて、この形になっただろうことは想像がつく。
「冬は波が荒いから一層怖いよ」
 そう呟いたのは久坂だった。
(―――――そっか、瑞祥先輩って)
 久坂と高杉は中学生の頃、伊勢に家出したことがあると聞いた。
 季節は真冬で、冬休みの最中だったから、騒ぎにもならなかったし、見つかるのに時間もかかったと聞いた。
「春でよかったっす。今見てもなんかちょっと波でけーし」
「いっくんなんかあっという間にさらわれるよ、ちっさいし」
「ちっさくない!伸びました!」
「僕も伸びたし」
 そう言って幾久の頭をぐぐぐぐ、と押さえつける久坂と力いっぱい押し返す幾久という妙な勝負をはじめ、高杉が呆れて言った。
「バカなことしちょらんで、御朱印頼みにいかんでええんか?もう一つここには神社があるぞ?」
「えっ」
 それは知らない、と幾久がさっと抜け出すと、久坂はバランスを崩して転びかけた。
「うわっ」
「お前は御朱印、貰わんでエエんか?」
「一緒にお願い。よろしく」
 久坂が言うと、高杉がやれやれ、とため息をついた。

「あー!ソフトクリームがある!食べたい!」

 一年生らの声に、久坂も高杉も雪充も、同時に思った。
 ひょっとして自分たちの役目は、引率じゃなくて、保父さんかな?と。


 二見興玉神社の近くにある龍宮社でも御朱印を貰い、早速幾久の御朱印帳は二つ埋まり、幾久はほくほくと嬉しそうだ。
「なんかすっごいやった感ある!」
 そういってさっき買ったばかりの御朱印帳をお揃いの巾着袋へ入れた。
「なんか嬉しいよね。これ帰ってもハマりそう」
 そう言ったのは幾久とお揃いで色違いの御朱印帳を買った普だ。
 幾久は月を模した青色の御朱印帳を買い、普は朝日を描いたオレンジ色の御朱印帳を買った。
「最初のページは、外宮と内宮を押すからあけるんだって知らなかった」
「俺は知ってたから空けてる。最初から」
 山田が言うと、おお、と感心した声が上がる。
「だから伊勢旅行って聞いた瞬間、絶対に行くって決めた」
 御朱印を集めだしてから、ずっとそのページを開けて、いつか行こうと思っていたらしい。
「だからスゲーワクワクする。今日もまだ押せるだろ?」
「うん。じゃあ今日だけで三つ埋まるのかー!」
「誉は?どこで買うんだっけ?」
「今日の夜。だから僕は紙で貰っとくよ」
 御堀は欲しい御朱印帳があり、それを入手するのが後なので別紙に書いて貰っている。
「タマは?御朱印帳買わなかったんだ?」
 児玉は幾久の質問に頷く。
「俺は瑞祥先輩と同じのにする。これから行く外宮にあるんだって」
 だからさっきの所は、御堀と同じく紙に書いて貰ったという。
 服部と弥太郎は幾久と同じく、さっきの二見興玉神社で御朱印帳を購入していた。
「でも御朱印帳ってなんか可愛いよね、神社行く度に欲しくなる」
「けっこう高いじゃん」
 幾久が言うと普が「だよね」と笑う。
 作りが立派というのもあるが、スタンプの台紙として考えたらどれも千円を超えるので気軽には買えない。
「でもそう使うものじゃないし、奇麗なほうが嬉しいじゃん」
 山田が言うと、確かにな、と思う。
「でも毎回、書いて貰うにもお金かかるし」
「お札と同じって言ったろ。むしろ安いと思わなくちゃ」
 御堀の言葉に、幾久がうんざりとして言った。
「お金先輩が喜びそうな商売だよ」
「そうでもないよ。人力で書くわけだし、量産に限界があるから『効率が悪い』って思うよ」
「あぁ、確かにそっか」
「お前ら、宗教って判ってないな」
 すぐお金に結び付ける幾久や御堀に児玉が言うと、雪充が苦笑した。
「でも疑問を持つのは良い事だよ。なんでも宗教だからって払うのは良くないよね」
「それってウチの学校の否定になるんじゃないっすか」
 山田が言うと、雪充は「まあね」と笑う。
 報国院は神社の敷地内にあり、学校行事の中にも人神社関連の行事が含まれている。
 幾久等が年末に協力した善哉作りもその一つだ。
「うちの学校はむしろ、疑問を持たずに思考停止して宗教だからってお金を払う方を嫌うよね。ちゃんと考えて判断して払うなら喜んでどうぞだけど」
「確かに」
 吉川学院長は常に生徒に対して『疑問を持て』としつこいくらいに言う人だ。
 学院長だと知らない時にも、幾久はそう言われて正直面倒な人だなと思ったが、いざ報国院の学院長と知ったら『確かに』と思う発言だった。
「ウィステリアも、宗教と絡んでる学校でしたよね」
 御堀が言うと雪充が頷いた。
「そう。仏教だよ。だからあの学校の校章は、その宗派の紋を使ってる」
「え、ただのお洒落じゃなかったんだ」
 ウィステリアの制服は、ちょっと変わっているがとても可愛い上に、校章が胸でなく肩から腕にかけて縫い付けてある。
 松浦曰く、『厨二病心を大変くすぐる』デザインなのだという。
 両手を合わせ、頭から布をかぶった女性がデザインされていて、とても格好いいのだが。
「マリア像かと思ってたら、あれ仏さんなんスってね」
 幾久が言うと、普が「マジで?」と驚く。
「お前ら知らなかったのか?」
 雪充が言うと、一年生連中が頷く。
「ってか。雪ちゃん先輩が詳しすぎっスよ」
「僕は姉がウィステリア出身だし、物凄く学校を愛してるから、歴史とかそういうのたくさん聞かされたからね」
 へえ、と幾久は感心した。
「そういの、なんか知りたいっスね」
「だったら姉に聞けばいいよ。いっくん相手なら、喜んでくるよ」
 すると山田や普、服部に弥太郎が言った。
「いいな!いっくんばっかズルい!」
「俺も呼べ!勉強したい!」
「美人いいな……」
「おれも呼んで!」
 次々に手を上げる面々に雪充は微笑んで言った。
「駄目に決まってるだろバカ」
 雪充の冷たい声に、一年生連中は「ひぃっ」と身をすくめた。
「いっくんは特別だから許してるだけだよ。調子に乗るな」
 そう言う雪充に、一年生連中は「ごめんなさい」「調子のりました」「もうしません」「反省します」と頭を下げた。

 そんな様子を横目で見つつ、高杉が腰を上げた。
「ほら到着したぞ。とっとと立て」
 電車は伊勢駅に到着していた。
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