城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【26】秉燭夜遊~さよならアルクアラウンド

懐かしい月は新しい月

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 卒業式を無事終え、春も盛りに近づこうとしている三月。
 半ばを過ぎ、報国院は春休みに入った。
 雪充は無事、志望校に合格したので約束通り、幾久等と一緒に旅行に出かけることとなった。
 御門寮からは栄人と山縣を除く全員が、そして桜柳寮から前原と、一年の山田、三吉普(あまね)、恭王寮からは一年の服部、桂弥太郎、報国寮からは伝築の周布が参加し、引率は教師の三吉、全員あわせて十三人の大所帯だ。

 全員は早朝7時前に新赤間の駅から新周防の駅で乗り換え、名古屋まで三時間を新幹線で移動した。
 最初は興奮していた面々も、朝早くに起こされたせいですぐに眠りこけ、気が付けば名古屋で、楽しむ間もなく特急へ乗り換えた。
 名古屋からの移動は特急しまかぜで、この車両は人気があってなかなか予約も取れないのだが、そこはちゃっかり早めに予約を抑えていたらしい。
 おかげで十二人も居る生徒たちは六人ずつのサロンと呼ばれる個室をふたつ、抑えることが出来た。
 引率としてついて来た三吉は人数の関係で一人用の座席だ。

 名古屋から特急しまかぜに乗り込み、教師の三吉は人数の関係で一人指定席へ、生徒は6人用のサロンと呼ばれる個室ふたつを借り、そこで昼食の弁当を食べた。
 さて、食事をすれば大人しくなるかと思いきや―――――

「幾、この特急、カフェの車両あるよ」
 そう旅行のパンフレットを手に言ったのは、御門寮の御堀誉。
 おぼっちゃんらしく、さっきまでは着ていたトレンチコートを脱いで上品な紫のチェックシャツにオフホワイトのカーディガン、濃紺のスラックスというファッションだ。
 といっても足元は機動性を優先してスニーカーだが、大人しいデザインなので逆に高校生らしく見えた。
「見たい!行きたい!」
 幾久が身を乗り出した。
 紺と白のボーダーのコットンシャツにパーカーの上着は薄い水色、アイボリーのチノパンツ、動きやすそうなスニーカーは派手な明るいイエロー。
「俺も!」
 そう乗っかるのは、児玉で、黒のパンツにデザインは大人しめのグラスエッジのバンドTシャツ、薄手のMA1。
 どう見てもジャンルの違う三人は、同じ御門寮の所属だ。
「だったら他の連中にも声かけなよ」
 そう言ったのは、すでに卒業しもうすぐ大学生になる、幾久のふたつ上の先輩、あこがれの桂雪充だった。
 どうせ隣の部屋にいるからと声をかけると、すぐ一年がくいついた。
「ぼくも行く」
「俺も!」
 そう次々と参加したのは、一年の山田、普、弥太郎、服部の四人だ。
「じゃあ、俺が引率しねえとな」
 そう言って立ち上がったのは、面倒見がよく、伝築でもかなり慕われていた伝築の周布だ。
 今回は伊勢の建築を一度見たかったと参加した。
「じゃあ、周布先輩についてしゅっぱーつ!」
 そう普が言うと、一年生は全員周布に電車ごっこのようにくっついて出て行った。
 がやがやと一年生らを引き連れ、周布と前原が出て行くと特急の個室は雪充と久坂、高杉の三人が残された。
「一年は元気だねー」
 そう言って苦笑するのは久坂だ。
「向こうの部屋に荷物置きっぱなしじゃねえのか」
 高杉が言うが、雪充が笑った。
「心配ないよ。前原が留守番してるから」
「そういやそっか」
 安心して高杉は、ソファーに背を預けた。
 観光に特化した特急は乗り心地が良い。
「さっき飯食ったばっかりじゃろうに、カフェで何するんじゃろうの」
「おやつだよ。食べたくもないのに絶対イベント感覚で食べるって」
 どうせ二時間もないのに、と久坂が言うが、雪充は苦笑した。
「出だしから賑やかだな」
 伊勢はどうかと誘いはしたものの、思った以上ににぎやかな面々が集まってしまった。
「本当はもっと多かったんでしょ。やだやだ」
 久坂が言うと、雪充は笑った。
「思った以上に希望者が多かったからね」
 雪充が伊勢にどうか、と誘うと思った以上に希望者が多く、結局、第一陣、第二陣と別れて行くことになった。
 出来るだけ同じ寮のメンバーがいいだろうと、御門、恭王、を渡った雪充にはやはりそちらの寮のメンバーが優先され、前原について来たい桜柳と、教師の三吉の面倒見役で周布が選ばれた。
「今回だけでもけっこうな人数だし、騒がしいのが集まっちゃって」
「仕方なかろう。幾久がおるんじゃけ、あんなもんじゃ」
 そう言って高杉は笑った。
「あいつはいつでも騒々しい」
 そう言いながらも、目を細めて楽しそうだ。
「折角個室なのに、意味なさそうだね」
 雪充が言うと、久坂が言った。
「静かでいいよ。それにそんなに時間、長くないだろ?」
 名古屋から乗り換えて、目的地までは一時間半程度だが、弁当を食べて残りの時間は一時間もない。
「降りる時にちゃんと帰ってくればいいけど」
「ほっとけばいいよ。荷物置いてってやる」
「またそんな事を」
 久坂に苦笑しながらも、雪充は大丈夫だろうと思う。
 周布がついていれば時間の管理はちゃんとしてくれるし、最悪、荷物を抱えてホームに放り投げればいい。
(二人とも、問題なさそうだ)
 そう雪充はほっとする。
 久坂と高杉の二人にとって、伊勢は特別な思いのある場所だ。
 これまで二人でしか行かなかった場所へ、今回だけは皆で行くことを了承しはしたが、どうなるかと心配だった。のだが。
 別段、二人は変わりなくいつも通りだ。
 気を使っている様子もないし、そもそも雪充の前でそんな事をする二人でもない。
 電車は緩やかに進んでいて、雪充もソファーに背を預けた。
「雪ちゃん、今日のスケジュールは決めてるんだろ?」
「勿論。でもかなり緩く計画したよ」
 引率の教師は三吉一人、そして伊勢のお参りが目的なので、あちこち珍しい場所へは行かないように計画した。
「本当ならいろんな神社にも興味があるけど、今回はあくまで控えめにしないと目的がズレちゃうだろ?」
「―――――そうじゃのう」
 今回の旅行の目的は、勿論修学旅行的な意味合いが主なものだが、目的はそれぞれにいろいろあった。
 例えば雪充の思惑は、久坂と高杉の思い出に重なる事。
 そして周布は、伊勢の町並みや建築を実際に見る事。
 伝築はその名の通り、伝統建築を学ぶ学科だったが、仕事が多くあり中々見学の時間が取れなかった。
 特に周布は仕事に忙しくしていたせいで、これまで伊勢に来たいと思っていても叶わず今回やっと念願叶ったとの事だ。
「周布はじっくり伊勢の中を見たいそうだから、もう殆ど神宮のみと言ってもいいよ」
 そして前原の目的は、後輩の育成。
 どこまでも真面目な前原は、御堀の出て行った後の桜柳寮を心配し、一日でも多く後輩を仕上げておきたい、という希望の為だった。
「前原は、多分あのどっちかを桜柳寮の提督にしたいんだろうね」
 そう雪充が言うと、久坂と高杉は顔を見合わせた。
「なーるほど、そういう意図で」
「卒業したのに、ご苦労な事じゃのう」
 桜柳寮から参加したのは、普と山田の二人だ。
 どちらも桜柳寮に所属し、秋までは御堀とも同寮生だった。
 御堀を後継者にするつもりだっただろう前原は、御堀が御門へ移ったことで別の後継者を置く必要がある。
「でもさ、正直それって任せていいんじゃないの?」
 前原の仕事はあくまで次の担当だけでいい。
 つまり、ひとつ年下の提督だけでも構わないし、三年が勿論、一年を後継者として指名するのは珍しい事ではないが、それは正直、二年の仕事だ。
「そりゃ勿論、任せてはいるよ。けど、やっぱり何かしたいんじゃないのかな」
 桜柳寮は、鳳しか入れないといっても良い選ばれたものの寮だ。
 鷹クラスのメンバーが居ても鷹落ちしてしまった、という結果でしかなく、大抵はすぐ鳳に戻ったし、落ちる事も滅多になかった。
 つまり、人材に余ることはあっても困ることはない。
 御堀が選ばれたのは『特に』選ばれていただけの事で、御堀が居なくても別の人材はいくらも居る。
 だからこそ、梅屋も御堀を放出することに協力した。
「それに僕だって気持ちは判るからね」
 雪充だって、実際、恭王寮と御門寮の引継ぎが完璧であったとは思っていない。
 御門寮は、ただ人材に運よく恵まれただけだ。
 雪充が育てていた児玉は恭王寮の提督に、と思っていたし、御堀は桜柳寮での提督の候補だった。
 そのふたりともが御門へきてくれたことで御門は安泰となった。
 ただ、恭王寮はやや不安があったのだが、今回、弥太郎と服部昴が参加してくれた事でちょっとは手を入れられそうだ。
「恭王寮はどうだったんじゃ。なんとかなったんか」
 高杉が尋ねる。
「多分ね。思った以上に、ヤッタが伸びてくれたよ」
 雪充とたまたま同じ名字の桂弥太郎は、入学時に鳩クラスだったおかげもあり、幾久と随分と仲が良い。
 児玉が恭王寮で孤立した時も奮闘してくれたし、今では跡継ぎとして呼ばれた二年の入江や服部をサポートしている。
「入江も悪くないけど、なじむのにもうちょっとかな」
 恭王寮に他にも二年生は居るのに、わざわざ呼ばれて引っ張られて、立場が複雑なのは雪充も判っているが、それでもあの寮には入江が必要だった。
「昴も、気遣いのあるところは期待してたけど、籠っちゃったのはちょっと驚いたな」
 そう言って笑う。
 服部はメカマニアだったのだが、その中でも特に飛行機に興味があるらしく、恭王寮の飛行機の資料にすっかりはまってしまい、倉庫でずっと資料を漁っている。
 とはいえ、そんな服部をよくサポートしているのが弥太郎だ。
 成績も上がり、鷹クラスにまで上がった。
 恭王寮の立場としては悪くない。
「でもまあ、うまくやるんじゃないかな。あとは新しい一年のバランスにもよるだろうけど」
 雪充に出来ることは、全部やったと思っている。
 それにもう卒業した身では、特に出来ることもない。
「御門の心配はちっともしなくていいのは楽だけどね」
「確かに、ウチはなんの心配もないの」
 そう言って高杉が足を組んだ。
「桜柳寮の提督候補と、恭王寮の提督候補がおるんじゃ。どうにでもなる」
 そこは正直、高杉としては感謝しかなかった。
 三年生になれば受験の準備もあるし、桜柳会もある上、地球部の面倒もある。
 御門寮の総督という立場でそれら全部を上手くバランスを取ってやりきるのは面倒だが、寮の後輩を育成しなくていいだけで雪充よりは随分楽だ。
「ってことは、跡継ぎは決めてるんだな」
 雪充が言うと高杉は鼻で笑った。
「どうせ判っちょるくせに」
「想像ではね」
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