城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく

僕も君を変えてみたい

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 一日中、一年生は雪充にべったり一緒で過ごした。
 寮の中を散歩して、滅多に通らない、大回りのルートを歩きながら、雪充が一年生の頃の思い出話を聞いた。
「え、ずっとキャンプしてた先輩が居たんすか?」
 幾久が驚き尋ねると、雪充が笑った。
「そう。あの畑とかあるだろ?あそこらに、野菜植えて、自分で飯盒で飯焚いて、自給自足」
「……確かにできそうな気配はあるっすけど」
 御門寮は山の中にあると言っても良い。
 幾久が歩いている散歩コースは一番小さく、植木などの手も入れられている、安全なコースだ。
 だが、この大回りなコースは殆ど山の中だ。
「キャンプ場って雰囲気っスけど」
「だろ?その先輩が自分で整備して、テント張りつづけて、野菜も作って。流石に夏とか冬は止められてたけどね」
 寮の敷地内とはいえ、冬なんかは間違いなく遭難しそうだ。
「変な先輩っスね」
「そう。でも面白い人だったよ。いろんな事をよく知ってて。釣りにも出かけて、魚をさばくのも上手かったし」
「そういう人がいたから、御門寮はかわりものばっかりってイメージが強いのかな」
 雪充が頷いた。
「むしろ、今なんか大人しいほうだよ。そりゃ、そういう先輩の面白さは半端なかったけどさ」
「ガタ先輩や、トッキー先輩がおかしいと思ってたけど、あれでまだマシなんすね」
 呆れる幾久に、雪充は苦笑した。
「あんなの全然大人しいほうだよ。覚悟しとかないと、ひょっとしたら次の世代はとんでもないかもしれないよ」
「いやー、ハル先輩や瑞祥先輩がそういうの許さないでしょ」
 幾久が言うと、雪充は「なに言ってんだ」と笑う。
「新しい一年を選ぶのは、お前らの仕事だぞ」
 え、と三人ともが驚くと、雪充が説明する。
「三年と一年が仲良くなったら、二年との派閥争いが起きて、三年が卒業したらまた新しい争いになる。それより、二年間べったり付き合う方が選べば、なんとかうまくやろうとするだろ?」
「―――――確かにそうですね」
 三年生が新しい一年生を選べば、確かに可愛がりはするだろう。
 もし、二年生と三年生がうまく行ってない場合、新しい一年とグループを作って二年生と戦う事も出来る。
 だが、一年たって三年生が卒業し、新しく自分たちが三年生になったら一年生を選んで、また派閥を作って、の繰り返しになる。
「報国院ってなんかめちゃめちゃ考えてるんスねえ」
 幾久が感心すると、雪充が首を横に振った。
「考えてるんじゃなくて、そういう問題が起こる度に、真正面から対処してきたんだよ。旧制高校どころか、その前の藩校ですら、寮制度はあったんだから、ノウハウは半端ないからね」
 そうだった、と幾久等は気づく。
 報国院は、古くは藩校から続いているので、江戸時代からの歴史がある。
「そっかあ、お侍さんの時代から、そういうのちっとも変わらないんだなあ。なんか親近感」
「あんまり人の生活って、かわんないって事だな」
 児玉も頷く。
「だから、御門寮でもし問題が起こっても、ちゃんと真正面から考えるんだよ。お前たちが二年生になって、もし一年が問題を起こしたり困っていたらちゃんと助けてやれ」
 雪充の言葉に、一年生三人は足を止めた。
「誰かを追い出すのは簡単な事だ。報国院ではそれが許されてる。でも、それは最後の手段って思ってくれ」
 児玉が頷く。
「はい。俺と同じ失敗を、後輩にはさせないよう頑張ります」
「オレもだなあ。追い出される寸前だったし」
 幾久が頬をゆびでかく。
「二人とも頑張れ」
「いやいや、誉も頑張ってよ」
「そうだぞ、お前が一番有能なんだからな。頼りにしてるぞ」
「嫌だよ面倒くさい」
 心から面倒くさそうに言う御堀に、雪充は声を上げて笑った。
「その調子なら、なんとかなりそうだな」
 心配は尽きないけれど、これまでもなんとかうまくやってきた。
 この三人なら、少々のトラブルは上手に回避するだろう。
 雪充は思う。
 多分、自分がこの寮から出ていなければ、こんな風になっていなかっただろう。
 御門寮の後々を考えて、それなりの一年生を寮へ入れ、御門寮を運営させただろう。
 そうしたら幾久が例え、報国院へ来たとしても、御門寮へ入れただろうか?
 いろんな偶然が重なって今があるというのなら、これを運命と言うのかもしれない。
(そう思わないと、悔しいよなあ)

 本当は、もっとずっとこんな風に、一緒に遊んだりしたかった。


 雪充とおしゃべりを続け、遊んでいるうちに夕食の時間になった。
 時山の予告通り、夕食は鍋で、違う味の鍋が3つも用意された。
「豆乳、みそ、鳥団子の鍋にございまーす!」
 えっへんと時山が威張っている間に、鍋は奪い合いになった。
「うめえ、うめえっす、トッキー先輩!」
「ははは。だろ?レシピ探しまくって、研究して、うめー奴を厳選してあるからな!」
 おかわりしまくれ!との言葉に甘えて寮生は鍋にがっついた。
「あらあ、本当においしいわ。レシピ教えて貰っていい?」
 今夜は麗子が作らず、一切手出しをしない所か、食材の購入も、料理も、全部時山と栄人の二人が行った。
「あ、大丈夫だよ麗子さん。おれ、ちゃんとメモッたから」
 栄人が言うと麗子は「よかったわあ」と笑顔を見せた。
「食え食え後輩ども!御門寮に伝説のコックさんが居たと伝えまくれ!」
「いや、今日だけじゃないっすか」
「うまかっただろ?朝飯だって!」
「めちゃんこ美味かったんで、栄人先輩、」
「レシピは貰ってある」
「やったー!」
 喜ぶ幾久に、時山はなんだよーとむくれた。
「おいらがわざわざレシピまで用意してきたってのに」
「感謝してるっス。ごはんおいしい」
 幾久はもりもりとご飯を食べ、普段の食欲はそこまででもない寮生らは、全員がめずらしくおかわりをした。


 夕食を食べ終わると時山のリクエストで、ちょっと運動しようか、と幾久と御堀が呼ばれた。
 庭にはすでに、周布がくれた卒業制作のサッカーゴールが設置してある。
 本来のサッカーゴールより小さく、サイズとしてはフットサルに使うレベルのものだが、ちゃんとしたものだ。
「さー、腹ごしらえは済んだからな!おいらと勝負してもらうぞ!」
「いーっすよ。どっちから?」
「じゃんけんで!」
 時山と最初に御堀が勝負することになり、二人は芝の上でかなりいい試合をやった。
 庭石に腰掛け、雪充、高杉、久坂に栄人がそれを見守り、めずらしく山縣も外に出て手にビデオを持っている。
「片付けはいいのか?」
 雪充が尋ねると山縣は「心配ねえよ」と返す。
「大事なものの梱包は済んでるし、合格発表さえありゃ発送先も決まる。そしたら業者に頼んでゴー!よ」
 山縣と雪充の合格発表まではもう数日あり、その日までは、寮に居ても構わないことになっている。
 山縣はすでに私立は合格していたので、東京へ行くことは決まっていたが、報国院の経営する寮のどこへ入れるかは、大学のレベルで決められる。
 よって、まだ引っ越し先は未定だ。
「どうせ落ちてんスから、遠慮せず荷物送っていいっスよ」
 失礼極まりない幾久に、山縣は「うるせえバーカ」と返す。
「おにいちゃんは本番にはつえーんだよ」
「誰がおにいちゃんだ誰が。きめーっす」
「ボルケーノちゃんはみんなの妹だから俺はおにいちゃんだろ」
「ねーわ、きめー」
 遠慮のない幾久の暴言に、高杉と久坂は顔を見合わせて苦笑する。
 いつもならうるさい、ともいうのだがこんなやりとりも見れなくなるのだ。
 今日くらいはいいか、と黙っている。

 玄関前の広い芝生の上では、時山と御堀の勝負がついた。
 やっぱりどっちも上手かったが、卑怯の点で時山が勝った。
「悔しいけど卑怯さでは上ですね」
 御堀がそう言うと時山が笑った。
「マリーシア、っつうんだよ覚えとけ!」
 下品に中指を立て、べー、と舌を出す時山に、御堀は過去の友人を思い出してむっとしてしまった。
「なんだよ悔しいかお坊ちゃん?」
「悔しいに決まってる」
 むっとする御堀に時山が怒鳴った。
「おーい、いっくん、次次。ダーリンの仇を打ちに来い!」
 最後の最後に負けてしまった御堀は心底悔しそうに戻って来た。
「幾、頼むよ」
「任せとけ!」
 そういってぱしんと手を打ち合った。
 幾久は待っている時山の所へ駆けて行った。
「絶対にオレが勝つ!」
「いやー、おいらも負けないからね?」
 そして二人でいつものように、ボールを奪い合う勝負になった。
 時山の誘いに幾久は乗っかるふりをして、体を上手に躱して時山からボールを奪う。
 そして一瞬の隙をついて、やっぱり一歩先に出る。
 高杉が感心した。
「いつ見ても上手いもんじゃのう」
「本当に。どんどんうまくなってない?」
 久坂が言うと、御堀が答えた。
「多分、元々物凄く上手かったんだと思います。三年前まではプロの指導を受けていたわけですし」
「そういやそうだったね」
 栄人も感心して頷く。
「むしろ、今の幾が元々の幾だったんだろうなって。この三年間、ろくに指導も受けてないし、あくまで自主練だけで、それも満足できるほどのものじゃないし」
 それに、と御堀は続ける。
「幾、マトモにサッカーボールに触ったのってほぼ二年ぶりなんですよ」
 御堀の言葉に見ていた面々が驚き、雪充が言った。
「本当に?あんなに上手いのに」
 御堀が頷く。
「ユースを落とされた後、友達とたまにあってレンタルコートでサッカーとかしていたそうなんですけど、それが母親にバレて自分のサッカーボールを捨てられたそうなんです。おまけに、母親がその友達の親に連絡して、うちの子に迷惑をかけるな、みたいな事も言っていたらしくて」
「……酷いな」
 雪充が眉を顰めると、御堀も頷いた。
「幾はリフティング用のボールを自分で買って、バッグの中に隠して塾の合間にやっていたそうです」
 リフティング用の小さなボールなら、リュックに隠しておけばバレなかったから。
 幾久は笑って言っていたが、御堀はその話を笑えなかった。
 自分では、気にかけたことのない当たり前の事が、幾久にとってはずっと隠しておかなければならない事だった、その事が辛かった。
 悪い事なんかなにひとつしていないのに、母親の気に障るから。
 それだけで悪い事になってしまう。
 だから、御堀には判ってしまった。
 なぜ、多留人が幾久にサッカーボールを渡したのか。
 そして幾久は、そのボールを玄関に置いて、大切に磨くのか。
「だから、うまくなったわけじゃなく、元に戻ってるとか、あとは勘を取り戻してるだけだと思います」
 高杉は笑った。
「成程のう、ありゃ本領発揮しちょるだけか」
「多分。きっと、物凄く上手かったんだろうな、って」
 だから思う。
 元に戻っているというなら、それ以上にこれからうまくなって欲しい。
「今は生き生きしているもんね」
 楽し気な幾久を見て雪充が微笑む。
 高杉が頷いた。
「サッカーだけじゃのうて、本来の意味でアイツがなにもかも、本領発揮するようになりゃ、もっと面白くなるかもしれんの」
 そうならいい。
 御堀も思う。
 自分がこの街に、この学校に、この寮に来て、いろんな自分が見えてきたように、幾久もそうなってくれればいい。
 幾久の蓋はひどく強固で重い。
 だからこそ、その蓋が外れ切ってあふれ出したものが、どんな化学変化を起こすのか。
 御堀はそれが見たくてたまらない。
 なんたって、この自分が惹かれるんだからきっと面白いものを隠しているに違いないと信じている。
 それを必ず、傍で一番に見つけたい。

「絶対にそうなりますよ」

 その変化を起こすのは、絶対に自分でありたい。
 御堀は、そう思うのだった。
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