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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく

きっとあいつらも変わりたかった

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 あの二人はいつもべったり一緒で、離れている方が珍しいくらいだ。
「あの二人って、あの二人で完璧っていうか……うーん、そうじゃないなあ」
 幾久はうーん、と腕を組んで暫く考えて「そうだ!」と気づく。
「そう、完結、だ。あの二人って、なんかそんな感じ、するんス」
 多分、この先大人になっても、あの二人はあの雰囲気のまま、ずっと変わらないという雰囲気がする。
 人は絶対に、同じ場所、同じ時間には死ねないのにあの二人はそれをしてしまいそうで、しかもそれが当たり前のようにも思える。
 幾久の言葉に、雪充は「面白いね」と頷く。
「でもいっくんの言う通りかな。あの二人は本当に二人なら何の心配もないけど、逆にそれが心配っていうか」
 完結しているがゆえに、新しい関りや世界を嫌がるのだと、雪充は言う。
「だから僕も一緒に行ったことはなくてね。今回、ちょっとした賭けだったんだけど、誘ったら『幾久も一緒なら良い』ってハルがね」
 驚いたよ、と雪充は笑う。
「しかも瑞祥も良いっていうんだから」
「えぇ~……実は体のいい奴隷が欲しいだけなんじゃ」
 さんざん普段使われている幾久が言うと、雪充はぷっと噴出し「そうかもね」と笑う。
「でも、あいつらにとって伊勢っていうのは思い入れのある場所のはずだし、少なくともこれまでは、僕が誘っても断ってたから。これってすごい進歩だと思うんだ」
「そんなにお兄さんと一緒に行きたかったんスね」
 幾久が感心すると、雪充は「ちょっと違うかも」と笑った。
「多分だけど、あいつらにとって伊勢って場所は、ずっと憧れでもあったし、なんていうのかな、幸福の象徴みたいな、そんな感じだったんだろうなって。だから家出先も、伊勢を選んだわけだし」
「えっ?家出先が、伊勢だったんスか?」
 幾久が驚くと、雪充は御堀と児玉に「言わなかったっけ?」と尋ねた。
 児玉と御堀は首を横に振った。
「そっか、ごめん、伝え忘れてたね。あいつら、一緒に伊勢に逃げたんだよ」
「でもその頃、二人とも中学生、っスよね。どうやって伊勢まで行ったんスか?」
 ヒッチハイクとか?と尋ねる幾久に、雪充は首を横に振った。
「夜中に動いている特急があってね。それに乗ると、かなり安く、伊勢まで行けるんだ」
「家出って、どのくらいの期間ですか?」
 御堀が尋ねた。
「ほんの数日だよ」
「数日って、その間、ひょっとして野宿とか?」
 幾久が尋ねると、雪充は首を横に振った。
「そこはホラ、あの六花さんが助けててさ。うまい具合に二人は伊勢の宿泊施設に泊まることが出来て。結局、二人でちゃんと帰って来たんだよ」
「―――――そ、っか。何もなかったんだ」
 良かった、とほっとして胸をなでおろす幾久に、雪充は微笑んだ。
(だから、あの二人は、良いって言ったんだ)
 どうして逃げたのか、なぜ逃げたのか。どんな気持ちだったのか。
 理由を幾久は尋ねない。
 ただ、そこにある事実をそのまま受け止め、あるいは受け入れる。
 雪充はちょっと幾久を揶揄いたくなって尋ねた。
「どうしてあの二人が、家出したのか知りたくないの?」
 雪充の問いに、幾久は少し考えて、大真面目な顔で言った。
「……家出したいくらい、辛い事があったから?」
「幾久、まんまだぞ」
「幾、まんますぎるよ」
 児玉と御堀に同時に言われ、幾久は「あれ?」と首を傾げる。
 多分、この二人でなかったら、きっと爆笑しただろう答えだ。
 でも、それがどれ程当たり前で、あの二人にありがたいのか。
 そしてそれを間違えたからこそ、幾久は秋に、久坂に叱られた事も。
(全部、無駄じゃないんだな)
 雪充は思う。
 山縣がテコ入れをしてくれた事も、久坂が限界値まで待たず、相談しやすい時期を選んだことも、その上で幾久に負担が大きいと判っていても、どうにかするはずだと信じてやや乱暴な手法を取った事も。
「いっくんは、そのまんまでいいよ」
 雪充が言うと、よく判っていないだろう幾久は、困ったように笑っていた。


 久坂と高杉の二人は家出して、兄と一緒に行くはずだった伊勢へ出かけ、その後二人で帰ってきたのだという。
「―――――あの頃ね、あの二人、ずっと離れ離れっていうか。瑞祥のお爺さんが亡くなってから、ちっとも一緒に居なかったんだ。久坂の家に、ハルが入れなかったのもあるけれど、瑞祥も自分の事だけしかなくて。おまけに中学では教師にいびられててさ。僕が居た頃は、ちょっとした手助けも出来たんだけど」
 雪充が中学三年生の頃、高杉と久坂は二年生で、その頃教師にやたらいびられまくっていた。
 そのせいもあってか、高杉は次第に大人に対して反抗するようになり、ピアスを開けたり、制服を着崩すようになった。
 それでも成績はトップクラスだったのが、せめてものプライドだったが、教師はその成績すら改変した。
 それを知って、手を入れたのが高杉を気に入った山縣と、山縣に話を持ち掛けられた雪充だった。
(あれからもう三年も経つのか)
 まさかの山縣のトリッキーな作戦で教師に一矢報いた上に、報国院まで巻き込んで騒ぎにしたおかげで、教師は追いやられ、翌年二人は無事報国院を受験でき、高杉は首席で入学した。
「あの二人が離れてるとか、想像できないっス」
 幾久が言うと、児玉も御堀も「だよな」「うん」と頷く。
「―――――うん。みんなそうだったよ。だから正直言うとね。二人で家出したって聞いた時、心配よりも『良かった』って思ったんだ」
 中学生の二人が、真夜中に姿を消してしまった。
 どこへ行ったのか、雪充は一瞬で判った。
 姉の菫もだった。
『雪、判ってるわね?』
 その一言だけで、雪充は全て理解した。
 決して大人に、その事は言わない事。
 六花から何も指示がないのなら、絶対に口出ししない事。
 家出をしたと知っても六花はちっとも慌てていなかったし、むしろ堂々としたものだった。
 後日、その六花こそが首謀者みたいなもので、上手に二人を隠しとおし、やがてすべての混乱をぶち壊して治めてしまった。
「二人は無事帰ってきたし、もめ事もあっという間に片付いてね。これまで離れていたのが嘘みたいに、二人とも元通りで。本当に良かったよ」
 あの二人が離れているのを見るだけで心が痛かった。
 雪充の報国院の一年目はそれはちゃんと楽しかった。
 だけど、あの二人の情報は決して良い事ばかりでなかった。
 ずっと気がかりで仕方なくて。
 でも家出をした、二人で、と聞いた時、絶対にあの二人は一緒にいるだろうし、二人でいればどうにかするだろう。
 そんな安心感があったのも確かだ。
「―――――けど、それでもやっぱり、伊勢に行くときは二人で静かに内緒で行ってたからね。それが気がかりだったけど」
 あの二人にとって、伊勢は特別な場所だ。
 だからこそ、いつも二人で出かけ、誰にもなにも言わず帰ってくる。
 そのまま触れずにいるのが大人なのかもしれない。
 だけど、自分たちはまだ『大人』ではない。
「何度も誘っても乗らなかったのに、いっくんが一緒ならいいって、やっぱ後輩には甘いのかな」
 雪充が言うが、幾久は首を横に振った。
「いーや、絶対にオレを荷物持ちにするつもりっスよ!タマ、任せたからな!」
「えっ、俺が?まあいいけど」
「いいんだ。じゃあ僕のも」
「いや、誉は自分のをちゃんと持てよ」
「えー……」
「幾久がなんで不満気なんだよ。自分でやれ」
 一年生のやりとりを見て、雪充は笑った。
「あはは。にぎやかになりそうだね」
 ひょっとしたら、と雪充は思う。
 あの二人も、何かを変えたかったのかもしれない。
 その『何か』の理由を幾久に求めたのだろう。
 杉松に似ている雰囲気だけど、よく見たら似ていなくて、それでも時々、杉松を髣髴とさせる。
 変に依存しなければいいのだけど、と思っていたがいらぬ心配だったようだ。
「本当に、みんなが御門に来てくれて良かったよ」
 贅沢な寮だ、と雪充は思う。

 恭王寮を任せようと思っていた児玉に、あのままなら間違いなく、桜柳寮の代表になっただろう御堀。
 その二人を引き寄せた御門寮と、幾久の存在。
「去年はこんな事、想像もしてなかった」
 恭王寮の状態が悪く、あのままでは学校でも悪影響が広がる、移寮してくれないか。
 そんな風に言われ、雪充は悩んでいた。
 ひょっとしたら自分がこの寮を去ってしまったら、いずれ御門寮は廃寮になるかもしれない。
 それでも、報国院生なら、何を選ぶべきなのか。
 そんな事をずっと悩んで考えて。
 雪充が悩んで結論を出し、御門寮はたった四人になり。
 そのまま静かに消えゆく運命だったのかもしれなかった。
 突然現れた幾久の存在で、御門寮は息を吹き返した。
 幾久がこの寮に来た事も、報国院を選んだことも、ドラマのせいで逃げたことも、まるで運命のようだと雪充は思う。
「―――――オレも、っす」
 幾久が言った。
「丁度一年くらい前っすもん。オレが殴っちゃって、問題になって、卒業式があって、試験があって」
 思えば物凄くばたばたしていた。
「まさか、こんな風になると思ってなかったし、東京の時の親友とも再会できたし。中学の頃、ロクな事なかったけど、もしこういうのがなかったら、オレ、絶対報国院に来てないし」
 悪い目にあった事が結果、ラッキーだったからといって、だったら悪い目にあっても良かったとは思わない。
 でもやっぱり、自分は強運だったとは思う。
「幾が来てくれて良かった」
 御堀が言うと、幾久は照れてへへ、と笑う。
「そうだな。幾久がいなけりゃ、俺もこんなにスムーズに御門に移れなかったし」
「多分、いっくんがいなけりゃハルも瑞祥も、一年生を入れるなんてしなかっただろうね」
 幾久が急に入って来て、それを高杉が強引に寮に入れたから、こんな面白い事が立て続けに生まれた。
 投げかけたのは毛利だが、高杉が頷かなければこんな事にはなっていないだろう。
(―――――多分、ハルも、なにか変わりたかったんだ)
 弟のようにかわいがってきた高杉と久坂を見て、雪充は思う。
 きっと、いつかは変わっていかなければいけないのを、賢いあの二人はちゃんとわかっていた。
 そして、投げかけられたものを一度は受け止めた。
 それがいまの御門寮を生み出した。
「面白いよね、御門寮って」
 雪充の言葉に、一年生三人は、うん、と頷いた。
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