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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく
ちいさな寮での沢山の関り
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「やっぱさ、ずっとサッカーやってきて、選手は無理でもなんか関わりてえなって思って無理に考え繋げてさ。でもおかげで進路も将来のやりたいことも決まったから、そこからは早かったし」
先生も協力してくれて、いろんな選択肢を用意してくれたそうだ。
「専門学校は報国院の先輩がいるからさ、その人紹介もしてもらったし。来月にはもうシェフの卵よ!」
そういう時山の目はとてもキラキラしていて、羨ましいな、と幾久は思った。
「あ、そういや聞こうと思ってたけど、ケートスにオレと誉がオファーって」
二部リーグである長州市のサッカーチームのケートスは報国院と共同でサッカーチームを運営していて、報国院のサッカー部はそのままケートスのユースとほぼイコールの扱いだ。
「誉は判りますよ。報国院入る前まではファイブクロスの有望株っしょ?でもオレはとっくに落ちてんのに」
常識で考えれば、御堀はともかく三年も前にユースを落とされた幾久にオファーがかかるとは考えにくいし、そんな話は聞いたこともない。
「ああ、アレ?『いつかあの二人呼んで、ちょっとした試合してみたいね』って話をユースの人がしてたんだよ」
「それってオファーでもなんでもねーし!雑談じゃん!」
なんだあ、と幾久が呆れると時山がニヤッと笑った。
「オファーには違いないだろ?おいら、プロの正式なオファーなんてひとっことも言ってないし」
「詐欺だ。赤根先輩、騙されてんじゃないっすか」
あの話の流れからすると、そうとしか思えないのに。
「人聞きわるーい。言ってない事実があるだけじゃん」
むう、とふざけて頬をわざと膨らませる時山に、幾久は大げさにため息をつく。
「本当に赤根先輩と親友なんすか?赤根先輩が気の毒になってきた」
幾久の言葉に、雪充が苦笑した。
「そこは間違いなく、親友なんだよこいつらは」
「どこがですか?」
直球の御堀の質問に、久坂と高杉が笑った。
「そりゃ、判りにくいの、こいつらは」
「そもそも定義が違うしね」
「定義?」
首を傾げる一年生らに、雪充が頷き言った。
「そう。定義。ちょっと意地悪かもしれないけど聞きたい?」
尋ねる雪充に、御堀と児玉と幾久は、頷いて雪充に近づいた。
「話は簡単で、赤根の考える『親友の定義』って奴に時山はハマってる。そして時山はそれを否定しない。だから親友は成立してるって事」
雪充の言葉に、幾久と児玉は首を傾げた。
御堀だけが、そうか、と手を打つ。
「つまり、時山先輩が何をどう思っていても、赤根先輩は時山先輩を『親友』というポジションに置いて納得してるって事ですね」
「そういう事。だからおいらは赤根の親友なの」
「……それって酷くないですか?」
児玉の質問に雪充も「そうだね」と頷く。
「だけどね、これが御門、そして報国院の考え方なんだよ」
「報国院っていうか、鳳とかそれに近い連中な」
時山がフォローを入れ、言った。
「互いに確認してるならともかく、そうじゃないなら誰が誰をどう思おうが勝手じゃん?だったら赤根がおいらをどう思おうが個人の自由だし」
「ってことは、赤根先輩はトッキー先輩になんも確認してないってことっすか?」
幾久が尋ねると「なんもってことはない」と時山が言った。
「俺たち親友だよな、って赤根が言う。んで、おいらは尋ねる訳。『お前の言う親友ってなんだ』って。そしたら『一番長くコンビ組んでるから』って言うから、じゃあそうだなって」
別におかしなことは何もない。
時山は赤根にちゃんと親友の定義を訪ねているし、時山もそれに応じている。
ただ、たったひとつ足りないことがある。
「―――――でも、赤根先輩は、トッキー先輩に、トッキー先輩の『親友の定義』を質問してない」
「そーいう事。わかってんじゃんいっくん」
時山は笑っているが、これはとんでもなく怖い事だと幾久は思った。
「じゃあ、赤根先輩が勝手にトッキー先輩を親友と思ってるだけじゃないっすか」
「そお?おいらとしちゃ、そういう意味で親友なら、まあ親友だよなって思ってるよそれなりに」
「でも、それなりでしかないんですよね?」
御堀の問いに、時山は「そっ」と言って頷いた。
「おいらはおいらなりに、一応、赤根にあれこれ話はふってんだよ。けど、あいつは自分で知ってる事は確認しない。自分が『そう』なら他人も『そう』だと思い込む。だったらそれは、おいらの責任じゃないよな」
時山の言葉に嘘はないだろう。
ちゃんとそれなりに、赤根に伝えたに違いない。
「けどさ、他人が諦めるかどうかなんて、結局判らないだろ?一回目で駄目だって思う奴も居れば、何年も頑張る奴もいる。サッカーの才能と同じな。どっちがいいとは限らない」
幾久は頷く。
確かに、一度チャレンジして諦める人も居れば、何度もチャレンジしてみる人も居る。
どっちが正しいかなんて事は判らない。
「一度でも赤根が、おいらの『親友の定義』みたいなものを尋ねたらなんか違ったかもしらんけど、結局一度も聞かなかった」
誘い水はしたけどな、と時山は言う。
そうだろう、と幾久も思う。
時山は確かに酷いところもあるが、最初から冷たいわけじゃない。
きっと、いろいろ諦めてしまったのだろう。
「ガタと比べるとガタが怒るんだけどさ、けど結局、ガタはなんでも全部確認してくれたからなあ」
すると話を聞いていた山縣が「けっ」と呆れた。
「たりめーだろ。確認しねーとただの妄想じゃんきめえよ」
「その『たりめー』がどんだけ不足してるかって事なんよ」
時山が言うと雪充も「そうだね」と頷く。
「そのあたり、確かに僕も随分と山縣に楽をさせて貰ったからなあ。不用意な事も随分と言ってたけど」
「雪ちゃん先輩からガタ先輩の褒め言葉が出るとか、ありえない」
「うるせー、俺様は有能なんだよ」
山縣が言うが、そこで賛同したのが雪充だった。
「それは確かにそうだね。でないと僕だって御門を出たりしなかったし」
さすがにいつもなら山縣に調子に乗るなと文句を言う久坂と高杉も、雪充の言葉とあっては逆らえないのか、黙っている。
「ふへ」
幾久はそれがおかしくて笑ってしまった。
「なんだよ後輩、気味悪ィ笑い方しやがって」
山縣が言うと、幾久は噴出しつつ言った。
「だってガタ先輩が喋ったら絶対に文句言う瑞祥先輩もハル先輩も、今日はずっと黙ってておりこうさんだなって」
思わず児玉と御堀が噴出し、時山と山縣も爆笑した。
勿論雪充も苦笑だ。
「……なんだと?」
「幾久、お前、調子に乗ったな」
久坂と高杉が露骨に機嫌を損ねるが、幾久はさっと雪充の背後に隠れた。
「雪ちゃん先輩、二年生が怖いです」
そう言って甘える幾久に苦笑して、「仕方ないな」と背後に幾久を隠した。
「雪、幾久を甘やかすな」
「こっちに渡して、雪ちゃん」
高杉と久坂の二人がそう言うも、雪充は首を横に振った。
「だーめ。僕は寮でいっくんを甘やかすって決めて来たんだから」
「やったーオレの勝ち!」
調子に乗って腕を振り上げた幾久を、雪充は笑って脇をくすぐった。
「うひゃあ!」
「でも、あんまり失礼は駄目だよ。ちゃんとさっきのは謝って」
雪充が言うので、幾久は深々と久坂と高杉に頭を下げた。
「瑞祥先輩、ハル先輩、ごめんなさい」
「ちっとも響かない」
むっとしたまま久坂が言う。
「絶対悪いと思っちょらんじゃろう」
高杉が言うと、幾久は素直に頷いた。
「思ってはないっす。雪ちゃん先輩に従ってるだけで」
「こいつ!」
久坂と高杉が幾久を追いかけ始めたので、幾久は慌てて寮の中を走り回った。
「オレはちゃんと謝りましたぁ!」
「心のない謝罪など!」
「意味があるかぁ!」
見事なコンビ技で久坂と高杉が言うも、幾久はちょろちょろと笑いながら逃げ回る。
ばたばた足音を立てて騒ぐ三人に、雪充は苦笑して御堀に尋ねた。
「いつもこんな風だったの?」
御堀は首を横に振った。
「いえ、ちっとも」
児玉も苦笑して雪充に答えた。
「なんか先輩ら、今日はガキっぽいっていうか」
やっぱり二人がかりになると逃げられず、高杉に羽交い絞めにされた幾久はひっくり返されて久坂にくすぐられて爆笑して「ごめんなさい!」を繰り返している。
「―――――でもなんか、楽しそうで」
御堀のその言葉に雪充は「そっか」と頷いた。
「こら!寮の中であばれないの!みんなお風呂に入ってらっしゃい!明日起きれないわよ!」
騒がしい寮の中に呆れた麗子がそう言って、全員が「はぁーい」と返事を返したのだった。
今日は人数が多いからと、いつも使っている風呂ではなく、大きな風呂の方を使う事になった。
大きな風呂なら、湯船に入る順番を考えれば全員でも入れる。
湯船に浸かり、恭王寮のお風呂の事や、桜柳寮のお風呂の事、去年の先輩らが居た頃はこっちの風呂を使っていた事を喋った。
「じゃあ、オレらが普段使ってる風呂の方がサブだったんだ」
幾久に雪充が頷く。
「そう。僕が出て行った時は四人しかいないから、わざわざこんな大きな風呂を使う事もないだろ?」
「でも、だったらなんで寮にあんな小さい風呂があるんスか?」
幾久が入るまで、または入ってからの寮の人数は四、五人で、突然作ったわけではないだろう。
久坂が言った。
「長井だよ、なーがーい。アイツがこの寮に入るとき、改築してんだって」
「マジで?ただの生徒なのに?」
「そういう事。部屋は練習の為に防音、風呂はいつでも入れるように、だってさ」
「なんか過保護が過ぎません?そんなのかえって寮に居づらいっていうか」
もし部屋が防音でなかったら、音をそれなりに調整するとか、寮生にうるさくないか尋ねるとか出来ただろうし、風呂だってこんな大きな風呂なら、否応なく誰かとも一緒になる事もあるだろう。
でも一人だけ専用の部屋や、専用の風呂があったら、最低限の寮の関りすらなくなるではないか。
「そういうの、優しい虐待っつーんだよ。オメーもそこそこ覚えあんだろ」
山縣が言うと、幾久は頷いた。
「確かに、オレの母親、すげー教育にうるさかったっス」
「そーやって、本人のやる事を先に手出しして、ちょっとでもチートにしてやろーっていうのが馬鹿な親だよ。そのほうが楽だしな」
「寮って絶対に関りができるから、最低限でも確認は必要になったりするよね。その最低限をいかに増やすかっていうのは、個人もあるけどやっぱり環境も大きいよ」
雪充の言葉に、幾久はそうだな、と思った。
もし幾久が最初の希望通り、報国寮に入っていたら、こんな風になってはいなかっただろう。
人数が少ない御門寮だからこそ、否応なしに先輩と関わる必要があった。
おかげでいまの幾久がある。
先生も協力してくれて、いろんな選択肢を用意してくれたそうだ。
「専門学校は報国院の先輩がいるからさ、その人紹介もしてもらったし。来月にはもうシェフの卵よ!」
そういう時山の目はとてもキラキラしていて、羨ましいな、と幾久は思った。
「あ、そういや聞こうと思ってたけど、ケートスにオレと誉がオファーって」
二部リーグである長州市のサッカーチームのケートスは報国院と共同でサッカーチームを運営していて、報国院のサッカー部はそのままケートスのユースとほぼイコールの扱いだ。
「誉は判りますよ。報国院入る前まではファイブクロスの有望株っしょ?でもオレはとっくに落ちてんのに」
常識で考えれば、御堀はともかく三年も前にユースを落とされた幾久にオファーがかかるとは考えにくいし、そんな話は聞いたこともない。
「ああ、アレ?『いつかあの二人呼んで、ちょっとした試合してみたいね』って話をユースの人がしてたんだよ」
「それってオファーでもなんでもねーし!雑談じゃん!」
なんだあ、と幾久が呆れると時山がニヤッと笑った。
「オファーには違いないだろ?おいら、プロの正式なオファーなんてひとっことも言ってないし」
「詐欺だ。赤根先輩、騙されてんじゃないっすか」
あの話の流れからすると、そうとしか思えないのに。
「人聞きわるーい。言ってない事実があるだけじゃん」
むう、とふざけて頬をわざと膨らませる時山に、幾久は大げさにため息をつく。
「本当に赤根先輩と親友なんすか?赤根先輩が気の毒になってきた」
幾久の言葉に、雪充が苦笑した。
「そこは間違いなく、親友なんだよこいつらは」
「どこがですか?」
直球の御堀の質問に、久坂と高杉が笑った。
「そりゃ、判りにくいの、こいつらは」
「そもそも定義が違うしね」
「定義?」
首を傾げる一年生らに、雪充が頷き言った。
「そう。定義。ちょっと意地悪かもしれないけど聞きたい?」
尋ねる雪充に、御堀と児玉と幾久は、頷いて雪充に近づいた。
「話は簡単で、赤根の考える『親友の定義』って奴に時山はハマってる。そして時山はそれを否定しない。だから親友は成立してるって事」
雪充の言葉に、幾久と児玉は首を傾げた。
御堀だけが、そうか、と手を打つ。
「つまり、時山先輩が何をどう思っていても、赤根先輩は時山先輩を『親友』というポジションに置いて納得してるって事ですね」
「そういう事。だからおいらは赤根の親友なの」
「……それって酷くないですか?」
児玉の質問に雪充も「そうだね」と頷く。
「だけどね、これが御門、そして報国院の考え方なんだよ」
「報国院っていうか、鳳とかそれに近い連中な」
時山がフォローを入れ、言った。
「互いに確認してるならともかく、そうじゃないなら誰が誰をどう思おうが勝手じゃん?だったら赤根がおいらをどう思おうが個人の自由だし」
「ってことは、赤根先輩はトッキー先輩になんも確認してないってことっすか?」
幾久が尋ねると「なんもってことはない」と時山が言った。
「俺たち親友だよな、って赤根が言う。んで、おいらは尋ねる訳。『お前の言う親友ってなんだ』って。そしたら『一番長くコンビ組んでるから』って言うから、じゃあそうだなって」
別におかしなことは何もない。
時山は赤根にちゃんと親友の定義を訪ねているし、時山もそれに応じている。
ただ、たったひとつ足りないことがある。
「―――――でも、赤根先輩は、トッキー先輩に、トッキー先輩の『親友の定義』を質問してない」
「そーいう事。わかってんじゃんいっくん」
時山は笑っているが、これはとんでもなく怖い事だと幾久は思った。
「じゃあ、赤根先輩が勝手にトッキー先輩を親友と思ってるだけじゃないっすか」
「そお?おいらとしちゃ、そういう意味で親友なら、まあ親友だよなって思ってるよそれなりに」
「でも、それなりでしかないんですよね?」
御堀の問いに、時山は「そっ」と言って頷いた。
「おいらはおいらなりに、一応、赤根にあれこれ話はふってんだよ。けど、あいつは自分で知ってる事は確認しない。自分が『そう』なら他人も『そう』だと思い込む。だったらそれは、おいらの責任じゃないよな」
時山の言葉に嘘はないだろう。
ちゃんとそれなりに、赤根に伝えたに違いない。
「けどさ、他人が諦めるかどうかなんて、結局判らないだろ?一回目で駄目だって思う奴も居れば、何年も頑張る奴もいる。サッカーの才能と同じな。どっちがいいとは限らない」
幾久は頷く。
確かに、一度チャレンジして諦める人も居れば、何度もチャレンジしてみる人も居る。
どっちが正しいかなんて事は判らない。
「一度でも赤根が、おいらの『親友の定義』みたいなものを尋ねたらなんか違ったかもしらんけど、結局一度も聞かなかった」
誘い水はしたけどな、と時山は言う。
そうだろう、と幾久も思う。
時山は確かに酷いところもあるが、最初から冷たいわけじゃない。
きっと、いろいろ諦めてしまったのだろう。
「ガタと比べるとガタが怒るんだけどさ、けど結局、ガタはなんでも全部確認してくれたからなあ」
すると話を聞いていた山縣が「けっ」と呆れた。
「たりめーだろ。確認しねーとただの妄想じゃんきめえよ」
「その『たりめー』がどんだけ不足してるかって事なんよ」
時山が言うと雪充も「そうだね」と頷く。
「そのあたり、確かに僕も随分と山縣に楽をさせて貰ったからなあ。不用意な事も随分と言ってたけど」
「雪ちゃん先輩からガタ先輩の褒め言葉が出るとか、ありえない」
「うるせー、俺様は有能なんだよ」
山縣が言うが、そこで賛同したのが雪充だった。
「それは確かにそうだね。でないと僕だって御門を出たりしなかったし」
さすがにいつもなら山縣に調子に乗るなと文句を言う久坂と高杉も、雪充の言葉とあっては逆らえないのか、黙っている。
「ふへ」
幾久はそれがおかしくて笑ってしまった。
「なんだよ後輩、気味悪ィ笑い方しやがって」
山縣が言うと、幾久は噴出しつつ言った。
「だってガタ先輩が喋ったら絶対に文句言う瑞祥先輩もハル先輩も、今日はずっと黙ってておりこうさんだなって」
思わず児玉と御堀が噴出し、時山と山縣も爆笑した。
勿論雪充も苦笑だ。
「……なんだと?」
「幾久、お前、調子に乗ったな」
久坂と高杉が露骨に機嫌を損ねるが、幾久はさっと雪充の背後に隠れた。
「雪ちゃん先輩、二年生が怖いです」
そう言って甘える幾久に苦笑して、「仕方ないな」と背後に幾久を隠した。
「雪、幾久を甘やかすな」
「こっちに渡して、雪ちゃん」
高杉と久坂の二人がそう言うも、雪充は首を横に振った。
「だーめ。僕は寮でいっくんを甘やかすって決めて来たんだから」
「やったーオレの勝ち!」
調子に乗って腕を振り上げた幾久を、雪充は笑って脇をくすぐった。
「うひゃあ!」
「でも、あんまり失礼は駄目だよ。ちゃんとさっきのは謝って」
雪充が言うので、幾久は深々と久坂と高杉に頭を下げた。
「瑞祥先輩、ハル先輩、ごめんなさい」
「ちっとも響かない」
むっとしたまま久坂が言う。
「絶対悪いと思っちょらんじゃろう」
高杉が言うと、幾久は素直に頷いた。
「思ってはないっす。雪ちゃん先輩に従ってるだけで」
「こいつ!」
久坂と高杉が幾久を追いかけ始めたので、幾久は慌てて寮の中を走り回った。
「オレはちゃんと謝りましたぁ!」
「心のない謝罪など!」
「意味があるかぁ!」
見事なコンビ技で久坂と高杉が言うも、幾久はちょろちょろと笑いながら逃げ回る。
ばたばた足音を立てて騒ぐ三人に、雪充は苦笑して御堀に尋ねた。
「いつもこんな風だったの?」
御堀は首を横に振った。
「いえ、ちっとも」
児玉も苦笑して雪充に答えた。
「なんか先輩ら、今日はガキっぽいっていうか」
やっぱり二人がかりになると逃げられず、高杉に羽交い絞めにされた幾久はひっくり返されて久坂にくすぐられて爆笑して「ごめんなさい!」を繰り返している。
「―――――でもなんか、楽しそうで」
御堀のその言葉に雪充は「そっか」と頷いた。
「こら!寮の中であばれないの!みんなお風呂に入ってらっしゃい!明日起きれないわよ!」
騒がしい寮の中に呆れた麗子がそう言って、全員が「はぁーい」と返事を返したのだった。
今日は人数が多いからと、いつも使っている風呂ではなく、大きな風呂の方を使う事になった。
大きな風呂なら、湯船に入る順番を考えれば全員でも入れる。
湯船に浸かり、恭王寮のお風呂の事や、桜柳寮のお風呂の事、去年の先輩らが居た頃はこっちの風呂を使っていた事を喋った。
「じゃあ、オレらが普段使ってる風呂の方がサブだったんだ」
幾久に雪充が頷く。
「そう。僕が出て行った時は四人しかいないから、わざわざこんな大きな風呂を使う事もないだろ?」
「でも、だったらなんで寮にあんな小さい風呂があるんスか?」
幾久が入るまで、または入ってからの寮の人数は四、五人で、突然作ったわけではないだろう。
久坂が言った。
「長井だよ、なーがーい。アイツがこの寮に入るとき、改築してんだって」
「マジで?ただの生徒なのに?」
「そういう事。部屋は練習の為に防音、風呂はいつでも入れるように、だってさ」
「なんか過保護が過ぎません?そんなのかえって寮に居づらいっていうか」
もし部屋が防音でなかったら、音をそれなりに調整するとか、寮生にうるさくないか尋ねるとか出来ただろうし、風呂だってこんな大きな風呂なら、否応なく誰かとも一緒になる事もあるだろう。
でも一人だけ専用の部屋や、専用の風呂があったら、最低限の寮の関りすらなくなるではないか。
「そういうの、優しい虐待っつーんだよ。オメーもそこそこ覚えあんだろ」
山縣が言うと、幾久は頷いた。
「確かに、オレの母親、すげー教育にうるさかったっス」
「そーやって、本人のやる事を先に手出しして、ちょっとでもチートにしてやろーっていうのが馬鹿な親だよ。そのほうが楽だしな」
「寮って絶対に関りができるから、最低限でも確認は必要になったりするよね。その最低限をいかに増やすかっていうのは、個人もあるけどやっぱり環境も大きいよ」
雪充の言葉に、幾久はそうだな、と思った。
もし幾久が最初の希望通り、報国寮に入っていたら、こんな風になってはいなかっただろう。
人数が少ない御門寮だからこそ、否応なしに先輩と関わる必要があった。
おかげでいまの幾久がある。
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