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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく

まるで夢の中

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 雪充が寮に居るのが現実と理解した幾久がとった行動は早かった。
 すかさず襟首をつかむといきなり「寮内デートしてください!」と迫った。
 雪充はあっけにとられたが、すぐに笑顔で「いいよ」と頷き、そして寮の中の一番短い散歩コースを歩いているのだが。
「もーあれ誰か止めなよ、もう三週目じゃん」
 久坂が呆れ声で言う。
 全員が庭のよく見える廊下から見守っているものの、ずっと庭をぐるぐる回りながらお喋りを続けている。
 御門寮の住人なら、散歩がてら寮の敷地内を歩くことはよくあるし頭を整理したいときはよく皆そうしていた。
「ほっちょけ。ぼちぼち麗子さんが飯じゃ、ちゅうやろ」
 高杉が苦笑しながらそう言うと、栄人が立ち上がった。
「あ、そうだ、おれもなんか手伝お」
「じゃーおいらもつきあうわ」
 一緒に時山も立ち上がる。
「でも直ちゃん、飯駄目だろ」
 時山にはトラウマがあり、女性が作ったものを口にすると吐いてしまう。
 だから食事を男性が作る鯨王寮に所属していた。
 御門寮を出て行ったのも、そのあたりのトラブルが関係していたのだが。
「だからだよ。おいらが自分で作ればいいだけの話だからさ」
「そりゃそうだけど」
 時山は御門寮に居た頃は料理なんかできなかったはずだ。
「まあまあ、麗子さんとこ行こうや」
 そういって時山と栄人はキッチンへと向かう。
 残されたのは久坂と高杉、山縣、児玉に御堀だ。
「ホンっとおもしれーの。あそこまで好きかよ」
 山縣が言うと御堀が答えた。
「だって、幾は僕らと違って、雪ちゃん先輩と関りが少ないから」
 恭王寮に居た児玉は雪充と半年近く同じ寮で過ごしたし、御堀は桜柳会でもべったり一緒だった。
 久坂、高杉は幼馴染だし、山縣も御門寮で一緒に過ごせた。
「そう言われたら、確かに学校以外でのつきあいねーな」
「だから雪ちゃん先輩が地球部に顔出してくれた時、凄く喜んでたんです。僕もそのほうが仕事サボれて良かったし」
「おい本音」
 御堀の本音に山縣が突っ込むと、高杉が苦笑した。
「確かに桜柳会での御堀の仕事量は半端じゃなかったけえの」
「だったら来年は控えめにしてください」
「できりゃあの」
 首席で入学した高杉は、桜柳会で否応なく責任者となる。
 地球部でもだ。
 高杉の立場は同時に来年の御堀の立場でもある。
「雪であれじゃ。少々の忙しさじゃねえ」
「―――――うんざりします」
 心底嫌そうに言う御堀に高杉は笑った。
「そこはワシも同意じゃ。しかし、せにゃならんけの」
 もうすぐ学年がひとつ上がり、高杉や久坂は最上級生、そして御堀らは二年生になる。
「有能な一年生が入ってくれたらいいのに」
 御堀が言うと、高杉が噴出した。
「ワシ等も去年、同じことを雪と言うたな。おかげでエエのが入ってくれた」
「間違えました。有能で使い勝手がいい一年生の下僕が欲しい」
 御堀の言葉に児玉が「ひどい奴だなお前は」と呆れたが、御堀の仕事量を知っているだけにそれ以上は言わない。
「ま、逃げ出さん頑丈な奴を期待しちょけ」
「そうですね」
 高杉が御堀をそう茶化すも、御堀は気にする様子はない。
 腕を組み、外を眺める姿は御門寮の王様のようにも見える。
「誉って本領発揮すると、どえらい王様なんだな」
 児玉が言うと御堀がふっと笑った。
「よくよく考えたら僕、社長令息だしお坊ちゃんだし首席だし。このくらいいいかなって」
「このくらいの基準が判らねえよ」
 児玉が言うも、山縣は聞いていて爆笑した。
「そのほうが御門が舐められなくていいわ。どうしても人数少ねーと舐められがちだしな」
「そんな事あったんですか?」
 御堀が尋ねると、山縣は答えた。
「むしろねえ方がおかしい。学校から遠い上に、千鳥連中では御門の存在すら知らねー奴も居るんだぞ」
 御門寮は学校から一番遠く、他の寮と比べても距離が二倍近くある。
 常に廃寮の危機にあり、保たれているのは住人がすなわち『頭が良い』からにすぎない。
「だからこそ、御門の連中はよそと出来るだけ繋がっとくんだよ。俺だって御門じゃなけりゃ、ああまで部活や桜柳祭に首突っ込んだりしねーっての」
 確かに面倒くさがりやの山縣なら、どういう手段を使ってもサボるはずなのに、桜柳祭ではむしろ活躍といっていいほど参加していたのを御堀は知っている。
 元同じ寮というだけであそこまで雪充の信頼があるのかだけは不思議だったが、二人とも何も言わないという事はそうしたいのだろう。
 多分、御堀が考えるような事はとっくに久坂も高杉も考えているに違いない。
 だけど、全てを知って確認することが信頼ではない事を御堀も知っている。
「―――――お疲れ様でした」
 御堀が山縣に言うと「まーな」と山縣は返す。
「ま、疲れはしたが、あの狸のおかげで御門は拾いもんには恵まれた。そこは感謝だな」
 幾久が居たから、児玉は御門寮に逃げて来たし、御堀もここを強引に選んだ。
「御門寮、ちゃんと支配してみせます」
 御堀が言うと、山縣がぷっと噴出した。
「こえーの」
「間違えました。報国院全部だった」
「いや、もっとこええよ」
 児玉が言うと、話を聞いていた久坂と高杉がこらえきれず爆笑した。


 廊下の向こうから、ぱたぱたとスリッパで歩く音がする。
 この歩き方は寮母の麗子に間違いない。
「あら、いっくんと雪ちゃんはまだお外?」
「雪ちゃんが狸散歩中だね」
 久坂が言うと、麗子が「まあ」と噴出した。
「お散歩もいい加減にしないと疲れちゃうわよ。お膳立て、誰かお手伝いしてくれる?あといっくんと雪ちゃんも呼んで」
「と思ったら丁度居た」
 久坂が言うと、雪充と幾久の姿が見えた所だった。
 廊下の硝子戸をあけて、高杉が怒鳴った。

「雪!幾久!はよ帰ってこい!晩飯じゃぞ!」

 遠くからつまらなさそうに幾久の「はーい」という声と「わかった」という雪充の返事が聞こえた。

 御門寮の全員が、腹へったな、と言いながらにぎやかにダイニングへと向かったのだった。


 ダイニングのテーブルは全員が揃うには少々狭いので、居間に食事を運ぶことになった。
 全員が揃うと寮生と麗子で十人だ。
 座卓を用意して全員が揃い、夕食となった。
「いっただきまーす!」
 そう言って合掌し、食事に入るのだが、幾久は時山に驚く。
「トッキー先輩、飯、大丈夫なんすか?」
 すると、時山はへへんと胸を張った。
「大丈夫!だってこれ、おいらが作ったんだもんね!」
「え、マジで?!」
 驚く幾久に、時山は「おうよー」と胸を張る。
「麗子さんに教えて貰ってさ、同じ材料使って、自分のは自分でやってみた」
「すげー!全然わかんねえっす」
 幾久達の皿に乗っているおかずと、時山のおかずは見た目は全く違いがない。
 麗子が言った。
「あとね、そのだし巻きあるでしょ?直ちゃんが作ったのよ」
「えー!」
 それには幾久以外の全員が驚く。
 まるで市販品のように奇麗に作られただし巻きだったからだ。
 幾久は早速かぶりつくと、驚いて言った。
「うんめえ!」
 児玉や御堀も続けて口にし、頷いた。
「おいしい!」
「マジでうまい!」
 うんうんと頷く面々に、時山はえっへんと胸を張った。
「おいら、自分で料理できるようになろーと思ってさ。栄養関係の資格とかもバリバリ取りまくって、いずれサッカー選手の飯とか作る仕事してえなって思ってさ」
「ひょっとして、専門学校って」
 幾久が尋ねると、時山が頷いた。
「まず専門学校行って、そっからスポーツ関連の勉強とかいるなら、また別の学校に行くのも考えてる」
「すげーっすね。トッキー先輩には似合ってるけど」
 はは、と時山は笑った。
「やっぱどーしてもサッカーから離れたくねーんだよな。選手としてはイマイチだったけど、別に選手だけが全てでもねえし。選手をサポートするのも別の意味で参加じゃん?」
 それに、と時山は続けて言った。
「最初からこうして自分で飯作っておきゃさ、どうにでも誤魔化しようがあったなって今更思ったりしてさ」
 寂し気な時山に、児玉と御堀が首を傾げるが、気づいた時山が「あとから教えてやんよ!」というので二人とも頷いた。
「やっぱさ、自分ではちゃんと考えてるつもりでも、全っ然足りてなかったなって思うんだよ。だからおめーらはよーく考えろよ。特に一年連中」
 時山を、一年の三人が見つめた。
「絶対に御門から出るんじゃねーぞ。ここほど良い寮はねえからな」
「はいっす」
「うす」
「はい」
 そこは全くの同意なので三人が頷くと、麗子がにこっと笑って言った。
「さあ、せっかくのごはんが冷めちゃうから、お話はあとね」
 それに一同は頷き、時折お喋りをしながら、静かに夕食を楽しんだのだった。


 栄人と麗子が茶碗を洗うというので、それ以外のメンバーは食後のコーヒーを用意して、居間で話を続けた。
 御堀と児玉は時山の事を聞いて、驚きを隠せなかった。
 女性が作ったものは食べられない事、情報が判らなければ問題ない事、単純にトラウマが原因と自分でも判っている事。
 それも含め、赤根と御門寮を出て行った事。
「時山先輩にそんな事情があったんですか」
「そういうの、困りますね」
「そう。普通にアレルギーも困るし死活問題だけどさ、食事に制限があるっちゅうのはけっこうしんどいんだよな。報国院は食堂がおっさんばっかりだったから助かったけど」
 報国院は校内で働く人も全員男ばかりで、女性というものが存在しない。
 これは報国院の校風で、働く人もほとんど全員が卒業生なのだという。
「でも、おいらもちょっと考えなしだった。折角御門寮だったんだから自分で作るって選択肢をとれば良かったのに、最初から食事は誰かに用意して貰うものって思ってたからさ」
「そりゃ、そうかもっすけど」
 高校生男子の身分で、自分の食事を毎日自分で作るという発想はなかなか浮かばないのではないのかと幾久は思う。
「杷子ちんにさ『誰のごはんも食べられないなら自分で作るしかないよね』って言われて、そうだなって気づいてさ。だったら、ついでに栄養だのスポーツだのも勉強しちまえって思って。そしたらサッカー関係の仕事も出来るだろ?」
「そこに考えが及ぶのは凄いです」
 御堀が頷くと、時山は「うぇい!」と威張って見せた。
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