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【24】品行方正~ロミオとジュリエット、巌流島にていざ決戦す(白熊を添えて)

ここもやっぱり僕の寮

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 そうして幾久は一年最後の定期試験を受けた。
 勿論、鳳から落ちるわけにはいかないので毎日きちんと勉強し、手ごたえも見え始めた。
 寮に一年生が三人いる、というのも良かった。
 誰かが勉強を始めると、じゃあ自分も、という気になるし、そういう意味では児玉はずっとストイックなままだったので、幾久も自然に合わせるようになった。
 そこへ一年の首席の御堀が加わり、自然考え方も勉強の方法も引っ張られた。
 試験勉強をやりながら、時間を作って予餞会の支度をする。
 かなりハードなスケジュールだ。
 明日でやっと試験の最終日、そのまとめの勉強を一年生だけで集まって仕上げに入っていた。
「できればもうちょっと準備の時間欲しかったなあ」
 幾久がため息をつくのも無理はない。
 なんといっても、予餞会は試験日の翌日、しかも卒業式の前日というタイトなスケジュールで、つまり試験終了したその日しか、きちんと合わせる時間がない。
「でも合わせるって言ったってそこまでじゃないし」
 御堀が言うと、幾久もまあ確かに、とも思う。
「桜柳祭よかよっぽどマシだけどさ」
 セリフを間違えないように必死だったのに、アドリブを入れてきたりとけっこう大変だったことを幾久は今更思い出した。
「あれに比べたら、アンコールの見世物レベルくらいか」
「そうそう。気楽にいこうよ、気楽に」
「気楽に行きたいけど、試験がなあ」
 試験は明日でラストの日で、その後は二年生も一緒に集まって打ち合わせをすることになっている。
 桜柳祭の面々が集まるので楽しみではあるが、そこまでの試験が不安だ。
「うーん、鳳でありますように」
「神頼みするくらいなら僕に頼みな」
「お願いします御堀大明神様、なにとぞ鳳でありますように」
「よし、じゃあ勉強しようね」
「そうじゃない!求めているのはそこじゃない!必殺技とかチートなんだああああ」
 じたばたと暴れる幾久に、児玉が言った。
「お茶入れてきてやるから落ち着け。あと、山縣先輩のお土産のお菓子があるけど食うだろ?」
「食う」
 入試を終えて帰ってきた山縣は、寮に戻って来ていたが、卒業前なので引っ越し準備に入っている。
 といっても、報国院は自治寮に関しては卒業と同時に出て行け、という事もなく、引っ越しには猶予が与えられていたので、そこまで騒がしい雰囲気でもない。
 お茶とお菓子を運んできてくれた児玉の厚意に甘え、幾久は用意されたお菓子を食べた。
「試験頑張らないと、雪ちゃん先輩に挨拶にも行けないだろ?」
「そうなんだよ。一日も早く挨拶してーのに」
 入試が終わってから、雪充もなにかと学校に顔を出しているらしいのだが、タイミングがかみあわずに会えずにいる。
 試験中に会いに行くのも気が引けて、とにかくこの試験が終わるまで幾久はじっと我慢していた。
「試験が終わったら、絶対、ぜーったいに雪ちゃん先輩にお疲れ様でしたって言いに行く!」
「その為にも結果は余裕ですって言わないとね」
 御堀が言うと幾久は、そうだけどさあ、とちゃぶ台に突っ伏す。
「これまでの試験内容から見たら、鳳は確実っぽいからそこは良さそう」
「うん、それはオレも思う」
 試験後に採点をしているが、御堀は当然の事、児玉も幾久もそこまで悪い雰囲気でもない。
 地球部の面々も今回はそこまで試験勉強に時間が割けないので逆に集中してやっているらしく、案外出来は悪くないという。
「特に御空が頑張ってんじゃん。負けてらんないし」
 桜柳寮の山田は、鳳であってもそこまで成績が良かった訳ではないが、上のほうに行きたいと頑張っている。
「ホーム部に入って、いろいろ考えもあるみたいだよ」
「ああーみんな成長してんのになあ」
 ちょっとずつ、皆が大人に近づいている気がして、幾久は自分はどうだろうとちょっとへこむ。
「幾だって成長してるだろ?」
「えっ、本当?どこが?」
 顔をがばっと上げて御堀に尋ねると、御堀はにっこり微笑んで告げた。
「僕みたいなお洒落なパンツ履くようになったし」
「そこじゃない!パンツが成長してもオレにはあんま関係ない!」
「いいからお茶でも飲め幾久。明日ラストなのにうっかり落としたらバカみたいだぞ」
「うん」
 児玉に慰められ、幾久は頷く。

 一年生最後の定期試験、それが終わるととうとう、雪充たちの卒業だ。
 雪充がいない報国院は想像もつかないけれど、ちゃんとして、雪充に認められる、そんな後輩でありたいと幾久は思ったのだった。


 入試がやっと終わり、三年生は一息ついて、あとは卒業の準備に入っていた。
 といっても卒業式に三年がすることは特になく、皆、寮の片付けの方に追われている。
 自宅が近所の場合は、荷物を小分けにして持って帰ったり、周布と梅屋がまた新しい商売をやって、町内をリヤカーで回りながら生徒の荷物を運んだりと、やっぱり報国院はにぎやかだ。
 一年と二年は後期の試験に追われていて、声をかけるのも憚られる雰囲気だが、いつの間にか三年を頼ることもなくなり、雪充は笑みをこぼした。
 頼られないのは良い事だけど自分たちがもういなくなったものとして扱われるのもちょっと寂しい。
 これは後輩離れができてないのかな、と思いつつ、雪充も荷物を片付けていた。
 あと数日で報国院とも別れ、大学が合格していれば、ひと月もすれば新しい場所へ旅立つ。
 とはいえ、雪充にとってはすでに見知った先輩が待っている、あの懐かしい御門寮、報国院そのものだ。
(どうせハルも瑞祥も、追いかけてくるんだろうしな)
 そう思って笑ってしまう。
 なんだかんだ、雪充についてくれば間違いないと思っているのか、あの二人の進路の選び方は割と雑だ。
 報国院は兄と同じ進路だから。
 そして大学は雪充がいるから。
 慕われていると言えば聞こえはいいが、自分たちの面倒を見させようという気がありありと判る。
 だがそれでも別にいいと雪充は思う。
 御門寮であの二人と一緒に過ごせたのは結局一年だけだった。
 大学が同じなら、三年は一緒に過ごせる。
 それに、もし幾久も同じ大学に来てくれたら幾久とも一緒だ。
 そうすれば、雪充が望んだ本当の御門寮が、今度こそ手に入る。
 どうせ自分たちは報国院から離れて生きていけない。
 絶対に、この場所へ帰ってくる。
 そう考えているからこそ、どんな事でもやるし、どんな場所へ向かう事も出来る。
「雪ちゃん先輩、ちょっといいですか」
 恭王寮の自室で荷物を片付けている時、声をかけてきたのは雪充と偶然同じ苗字の一年生、桂弥太郎だ。
「いいよ。どうしたの」
 片付けていた手を止め、振り返ると弥太郎が雪充の部屋を見て寂し気に言った。
「だいぶん、物がなくなりましたね」
「うん。元々そんなに持ってきてないし」
 雪充が恭王寮に所属したのはこの一年間だけで、去年、御門寮を出る時に一度荷物を片付けている。
 恭王寮から御門に戻るつもりでいたから、そこまでの荷物も持ってきていなかった雪充は、卒業まで恭王寮に所属すると決めた日から、御門寮の荷物を山縣に頼み、片付けた。
 あの頃から徐々に卒業へのカウントダウンを自分なりにやっていた気がする。
「なにか欲しいものはある?あげられるものなら、あげるけど」
「―――――じゃあ、卒業式の後でいいんで」
「うん」
「……恭王寮のバッジ、貰って、いいですか」
 弥太郎の言葉に雪充は手を止めた。
(……そっか)
 雪充が御門寮をずっと愛していたように、弥太郎もこの恭王寮を愛している。
 服部や二年の入江を誰にも言われずにサポートしてくれているのを雪充は知っていた。
「いいよ。弥太郎にだったら安心だし」
 それはバッジの行く末が、ではないことくらい弥太郎も判る。
 雪充の言葉に、弥太郎は頷いた。
「絶対、恭王寮を守ります」
「うん。ヤッタなら僕も安心してる」
 本来なら恭王寮の跡継ぎに据えるはずだった児玉を追い出してしまい、恭王寮はばたついた。
 だけどそのせいで、逆に寮生は考えるようになり、恭王寮をどう動かすべきか悩み始めた。
 一年の江村もすっかり児玉と打ち解け、一緒にライヴに行ったり仲良くしている。
「御門はいっくん達だから安心だし、桜柳も鳳の一年は気のいい連中だから心配はないし」
 弥太郎も頷く。
「はい。だからおれも、すごく鳳に行きたいなって」
 幾久と仲が良い弥太郎は、前期は幾久と同じ鳩クラスだったが、幾久が鷹、鳳と昇ったのを見て、自分もと勉強し始めた。
 昼食時、幾久と一緒の事が多いせいで、鳳クラスの面々と過ごすことも増え、考えに感化されたらしい。
 いい傾向だと雪充は思う。
 鳩でも下のほうのランクで、大人しく、部活の園芸に集中したいからと勉強に興味のなかった弥太郎は勉強をはじめて、それを園芸に役立てる事を覚えた。
 一度意味を知れば、勉強は苦痛ではなく興味を支えてくれる。
 だからきっと、いまはまだ追いつかなくてもきっとそのうち鳳に追いつくだろう。
「ヤッタは大丈夫だよ。このままいじけなければ絶対に鳳に行けるから」
 雪充の言葉に、弥太郎はぱっと顔を赤くして笑った。
「じゃ、お邪魔しました!」
 そういって去る弥太郎に、用事は何だったんだろう、と思って雪充は気づいた。
(そっか。用事なんかなかったんだ)
 自分がそうだったように、用事なんかなくても先輩がいなくなるのが寂しくてつい声をかけて。
 あの頃、自分は先輩に何を言って、何があったっけ。
 すると、また雪充の部屋のドアを叩く音がした。
「あの、雪ちゃん先輩、ちょっといいですか」
 また後輩か、と思って雪充は苦笑して、手放しても構わないものをテーブルの上に重ねた。
「大丈夫だよ。どうぞ」
 恭王寮だって楽しかった。
 悪い経験じゃなかったな。
 そう思って雪充は微笑んだ。
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