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【23】拍手喝采~戦場のハッピーバレンタインデー

あの頃のあの人の姿

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「多分だけど、雪ちゃん先輩は俺を使って恭王寮をしっかり力で締めようとしてた。そしたら時間はかからず安定はするわけだし」
 寮の運営は二年生も三年生も居るし、安定さえすれば雪充が御門寮からサポートすることも出来ただろう。
「けど、そのやり方で上手くいかなかったから方向性変えて、入江先輩と昴を呼んだんだなって」
 二年の入江と昴は、どちらも朶(えだ)寮からのスカウトだ。
 入江は年子で三年、二年、一年に兄弟がいて、全員が朶寮に所属していた。
「二年の入江先輩は、面倒を見ようと張り切りはするけど、けっこう見落としがあるんだよね」
 御堀が言うと幾久も頷く。
「悪い人じゃないけどね。やっぱうちのハル先輩みたいにはいかないなって思う」
 地球部で長い時間一緒に過ごせば性格も見えてくる。
 入江は人当たりが良く、調子も良いが見えやすい部分しか目につかない。
 が、昴は大人しい割にきちんと人を見ていて、必ず声をかけてくる。
「ああいうの見ると、入江先輩と昴の組み合わせを朶から引っ張ってくる雪ちゃん先輩すげえなって思う」
 児玉が言うと御堀もそうだね、と頷く。
「二年とはいえ、いきなり移寮してきた入江先輩に従うかって言えばそうでもないし、空回りしたら一気に反抗されそう」
 恭王寮は良くも悪くも流されやすい。
 児玉の時は、児玉に悪い流れが出来て、それで一気に児玉への風当たりが強くなった。
 これは寮の性格らしいので仕方がないのだが。
「でも昴が居たらさ、その前にいろいろ気遣いしそうじゃん」
 児玉が言うと、幾久が頷いた。
「ヤッタが言ってたけど、集中する時はちゃんと伝えてから部屋に籠るらしいし、資料室の扉に『服部在中』とかって札付けてるからみんなも判りやすいって」
 恭王寮の弥太郎と仲が良い幾久が言うと、御堀も頷く。
「そうやって寮ごとにルールとかできていくんだね。面白いな」
「桜柳寮は、そういう面白いルールとかある?」
 幾久が尋ねると、御堀は考えてみたが、「特にないなあ」と答えた。
「みんな食後はお茶を一緒にして、情報をそこそこ共有とかかな。今、御門でやってることと変わらないよ。あそこまでしっかり共有はしないけど。誰がどの部活か、バイトをしてるか、あとは共有のボードに行き先をきちんと書く、とか、それくらいかな」
 児玉がそういえば、と気づく。
「恭王寮の時も、確かに共有のボードはあったな。用事とか、行き先とかそういうの書いてた」
「え、御門そんなんないのに」
 幾久が驚くと、児玉も御堀も「だよな」と改めて思う。
「大抵、誰か絶対に寮に居るし、誰かがなにか知ってるし、わざわざボードに書くほどの事もないし。あとはしっかり話してるから必要ねーってのもあるよな」
 御堀も頷く。
「先輩達との話の量が多いよね」
「そーなのかあ」
 御門寮しか知らない幾久にとっては、先輩たちとおしゃべりするのは最初からの日常の中にあるが、御堀や児玉にとっては変わった事らしい。
「なんかやっぱ御門って変わってんのか」
 幾久が言うと、御堀も児玉も「今更」と同時に返した。

 話しているうちに福原家の門前に到着した。
 幾久の気配を察してか、家のドア越しにうぉん!と太い鳴き声がする。
「あ、ピーちゃん気づいてら」
 幾久が笑いながら、福原家のベルを鳴らすと、すぐに『はーい』とインターフォン越しに福原の妹、烈(れつ)の声がした。
「突然すみませーん。幾久です。いま、大丈夫っすか?」
『いっくん?はいはい、大丈夫大丈夫。すぐ出るね!』
 そういって本当にすぐ、福原家のドアが開いた。
 うぉん!と幾久にとびかかってきたのは福原家の愛犬、サモエドのボーンスリッピー、略してピーちゃんだ。
「よーしよし、ピーちゃん」
 そう言いながら幾久がピーちゃんの体を撫でてやると、ピーちゃんはすぐにひっくり返って腹を見せる。
「こらピー!こんなところで寝っ転がらない!いっくん、中入って、中」
 烈が言うので幾久も「はーい!」と素直に中へ入り、どぎまぎする児玉を引き連れ、三人は福原家へと入ったのだった。

「で、今日はどうしたの?制服ってことは散歩じゃないよね?」
 烈が言うので、幾久は「うす」と頷き素直に答えた。
「もうすぐバレンタインで、お菓子作ったんで差し入れに」
 幾久が透明なパッケージに入ったカヌレを差し出すと、烈が喜んだ。
「うわ、なにこれ美味しそう!」
「チョコレートのカヌレっす。まだ試作品なんすけど。友達が作ったの分けて貰ったんで。冷凍されてるんで、自然解凍かレンチンして食ってください」
「わざわざ?いっくんありがとう!」
「というのは建前で」
 幾久は続けて言った。
「突然っすけど、アオ先輩の高校時代の写真見たいっす。出来れば他のメンバーも」
「おい、幾久」
 突然本題に入った幾久に、児玉が慌てて止めるも、幾久は「平気だって」と返す。
「こういうのは素直に言ったほうが良いって。駄目なら駄目ではえーじゃん」
「そうだけどさ」
 幾久と児玉の会話で、なんとなく察した烈は、笑顔で頷いた。
「別にそんくらい全然いいよ!いっくん、じゃあピーと一緒に客間行っといて。用意していくから。場所、判るでしょ?」
「うす」
 幾久が頷くと、児玉と御堀も一緒について福原家に上がったのだった。


「誉は福原先輩ん家、上がるの初めてだよな」
 幾久が尋ねると御堀は頷く。
「うん。今日が初めて」
 御堀がピーちゃんの散歩に付き合う時は玄関までなので、福原家の家に入った事はない。
「凄いね、家じゅうレコードだらけだ」
 廊下の壁も、隙間と言う隙間にレコードがぎっしり詰めてあって、レコードの中に家があるといった風で御堀が驚く。
「な、へんな家だよな。福原先輩が変なのも納得っていうか」
 そういって笑って幾久は客間のドアを開けた。
「ここ客間。勝手に座ってていいよ」
 幾久が言うと児玉が苦笑した。
「本当に幾久、慣れてんな」
「何回も上がってるし」
 幾久が一人でピーちゃんの散歩に行く場合、時々烈の話に付き合ったり、一緒に散歩をすることもあったので幾久にしてみたらもう福原の家はよく知ったものだ。
「んで、これが毎回タマが驚く福原先輩のギター」
 部屋の引き戸を開けると、そこには福原愛用のギターがずらりと並んでいた。
「うわっ!」
 やっぱり今回もちゃんと驚く児玉に、幾久は笑ったのだった。
「本当に毎回驚くんだもんな、タマ」
「そりゃ驚くって!」
 御堀が興味深げに覗き込んできた。
「ギターってこんなにあるの?」
 児玉がファンらしく、頷いて説明した。
「そう。福原さん、ツアーっていうか、アルバム作る度に、ギター新調すんだ。アルバムコンセプトに合わせて、デザインとか音にもこだわるみたいで」
「慣れた道具じゃないと困りそうな気がするけど」
 御堀が言うと、児玉が頷く。
「それは、福原さん愛用のギターがあって、それと一緒に使ってる。ライヴったって、やっぱり昔の曲とかするじゃん。その場合は愛用のギター使ってる。アルバムコンセプトの曲の時は、新しい奴使うけど」
「ってことは、ここに並んでるのは過去の?」
「そう。俺、全部どのツアーのギターか判るぜ」
 自慢げに児玉が言うも、幾久は呆れて「オタク」と返した。
「いや、ダイバーなら常識だからな?」
 児玉が幾久に言うも、幾久は「いや、なんかマニアとかストーカーじゃね?」と茶化す。
 むくれる児玉だったが、烈がお盆を抱えてやってきたので、大人しく給仕を手伝ったのだった。


 ソファーに座った幾久の膝の上に顎をのっけたピーちゃんの頭を撫で、幾久は児玉からお茶を受け取った。
「サンキュー、タマ」
「いいけど」
 御堀も勝手が判らないので大人しく座っているが、児玉を手伝おうかと腰を浮かせたが児玉が止めた。
「誉も座ってろ。俺に付き合わせてるんだし」
 こういうことはきっちりしている児玉が言うので、御堀と幾久は目を見合わせて頷いた。
「じゃ、烈さん、タマ今日奴隷なんで」
 幾久が言うと烈が笑った。
「タマちゃんだったら勝手になるでしょ。兄貴のおかげだけど」
 児玉は大まじめな顔で頷いた。
「ウス」
「ギター貰っちゃえよ」
 幾久がふざけて言うと児玉が慌てて首を横に振った。
「だからそういうのやめろってもー」
 烈が笑いながら言った。
「タマちゃんになら兄貴も別にいーよって言うよ」
 児玉は首を横に振って言った。
「いえ、そういうの俺のダイバー魂が許せないんで」
「面倒くさい」
「面倒だなあ」
「面倒」
 三人が声を揃えて言うと児玉は頷いて「そこは譲らん」と答えたのだった。


 全員の前にお茶とお菓子、幾久の持ってきたカヌレは冷凍されていたので地元で愛されている和菓子屋のまんじゅうを出し、烈はタブレットを児玉と御堀にはさまれて座る幾久へ渡した。
「兄貴らの高校生の頃の写真でしょ。データで整理してるから、これで見れるよ」
 烈が画面をフリックしてフォルダを開く。
「多分、ハルちゃんや瑞祥のちっさいのも映ってるはず」
「え、楽しみ」
 幾久が言うと、御堀も頷く。
「見たい」
「なんか適当に見てこ」
 フォルダを開いて中を見ていくと、そこには若いころの福原のドアップがあった。
「うわ、福原先輩だ」
「若い」
 報国院の制服を着た福原は、今のように髪がくるくるパーマではない、普通に当時の流行りの髪形をした洒落た高校生だった。
「これ来原さんだ。昔はそこまでまだマッチョじゃないな」
 体格はしっかりしているが、やはり運動部に入っている高校生といった雰囲気だ。
 そして、次に出てきた写真に、三人は息をのんだ。
「―――――、」
 烈がふふっと笑って言った。
「ね、すげーイケメンでしょ、青木君」
「……すげえ、っていうか」
「ちょっと貸してね。青木君は専用のフォルダがあるんだ。目の保養になるから」
 そう言って烈がさっさっとフォルダを選ぶ。
 それまでと違う、風景の中のスナップ写真ではない、真っ白な背景で映っているポートレート写真だ。
 凄い美形、と笑いながら言えるような外見ではなかった。
 見ていた全員の息が一瞬止まる。
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