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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝

君は僕のライバルだから

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「……面白い先輩がいるんですね」
 芙綺が言うと、幾久は頷く。
「オレの学校、すげー変な先輩ばっかだけど、すっごく面白いよ」
「いいなあ」
 芙綺は言った。
「私もそこに行きたかった」
 報国院は男子校だから、芙綺が行けるはずもない。
 それだけはどうしようもなく、同じ立場だった御堀は慰めの言葉も思いつかなかった。
 だが、幾久はけろっとして言った。
「あ、だったら来たらいいじゃん」
「でも、男子校なんでしょ?」
「うちはね。でも、ウィステリアがあるし。あそこ、ウチみたいなもんだよ」
 そこで幾久は、いい考えだ、と目をキラキラさせて芙綺に言った。
「そーだよ!絶対ウィステリアがいいよ!だってあそこだって変な先輩いっぱいいるし!」
「幾、その誘い方はないよ」
 御堀が呆れて言うも、幾久は「そうかなあ」と腕を組んだ。
「だって強烈じゃんウィステリア。けっこう怖いし強いし」
「それは否定しないけど」
「それに、誉のお姉さんだってウィステリアだって言ってたじゃん」
「そりゃ、そうだけど」
 御堀と幾久のやりとりに、芙綺は笑った。嬉しかったからだ。
(誰も、こんな風に私の事、考えてくれなかったのに)
 突然現れた幾久は、御堀を救いに来たと言った。
 実際、芙綺も御堀もお互いに限界で、お互い、どうにかしてほしいと思っていた。
 大人のおもちゃにされて、着替えさせられて、弄ばれる。
 こんなことが心地よいはずもない。
 なのに、良いご身分だと嫌味を言われて馬鹿にされるのだ。
「―――――ありがとう」
 芙綺は言った。
「そんな風に、進路を教えてくれて。嬉しかった」
 だけど、と芙綺は首を横に振った。
「滑り止めなら受験だけはできるけど、多分、親は許してくれない。私もそこに、行ってみたかった。誉君みたいに、助けてくれる友達が欲しかったなあ」
 そういって諦めて笑う。
 だけど幾久は悲しい顔で芙綺に言った。
「作ろうよ!絶対、ウィステリアならできるって!」
「ううん、無理。親が許してくれない。絶対」
 首を横に振る芙綺だが、幾久は続けて尋ねた。
「なんで?君の親だって、君が高校浪人するの、絶対に駄目って思うでしょ?」
「それは、確かにそうだけど。でも他の学校、推薦で受けてるし」
 芙綺もまた、御堀が通うはずだった周防市の私立高校へ通う事が決まっていた。
「スポーツ推薦とか?」
 幾久が尋ねると、芙綺は首を横に振る。
「学力試験がもうすぐあるけど」
「だったらいけるじゃん!」
 幾久は盛り上がるが、御堀も芙綺もなぜだと驚いた顔になる。
 推薦でなら、ほぼ学力は問題ないだろうし、合格は決まったようなものだろう。
 しかし幾久は、言った。
「だってウィステリア以外、全部わざと落ちちゃえばいいじゃん」
 御堀と芙綺は驚いて互いに顔を見合わせ、そして同時に笑い出した。
「あはははは!幾天才!なんだよそれ!」
「あはは、本当だ!なんだあ!」
「なに笑ってんの。試験まだならできるじゃん」
 幾久にしてみたら、それで簡単に解決するからいいじゃないかと思うが、御堀にも芙綺にもその考えはなかった。
 試験を受けて、わざと落ちるなんて。
「その考えはなかった。幾凄いよ」
「なんで。受かるのは難しいけど、落ちるのは簡単じゃん」
「そりゃそうだけど」
 こういう所が面白いと御堀は思う。
 あくまで正攻法でどうにかしようとするパワープレイの自分と、どうにか正解にたどり着くために手段を考えるトリックプレーの幾久は、どうにも自分には思いつかない事を思いつく。
「どうしよう」
 芙綺は笑顔で幾久に言った。
「ものすごく、ワクワクしてきた」
 幾久は、笑う芙綺に笑顔のまま告げた。
「笑ったほうが絶対可愛いよ。美人だし」
 すると御堀から突っ込みが入った。
「幾のたらし」
「なんでだよ。実際めっちゃかわいいじゃん。今は可愛いけど将来は絶対美人じゃん」
「僕は?」
「誉はイケメンだよ」
「だよね」
 そう言って馬鹿をやる二人に、芙綺は笑い、そして幾久に尋ねた。
「同じって、言いましたよね。私と」
 幾久が頷くと、芙綺は尋ねた。
「じゃあ、もし、私があなただったら、こんな時なんて言われたかった?」
 幾久は考える。
 もし自分だったら、何と言ってほしかったろう。
 一年前の、澱んでばかりの自分に。
「先輩が、逃げるのも作戦だって言ってた。だから、君も逃げちゃえばいいよ」
 芙綺は幾久の言葉に顔を上げ、しっかりと幾久を見据えた。
「毒の沼で戦うなんて、意味ないよ」

『おめー、中学時代棒に振ったな。毒の沼で戦ったって無駄にHP消耗するだけだぞ。とっとと出てここに来て正解だったな』

 山縣が、幾久の中学時代をそう表現した事があった。
 幾久は本当にそうだ、と思った。
「早く、嫌な所を出ないと、いつか力尽きて沈んじゃうんだと思う」
 そこが例えば、グラスエッジの居る海ならば。
 きっと潜っても、いつか浮かぶことはできるのだろう。
 だけど毒の沼に浸かっていては、きっと力尽きてしまうのだろう。
「オレもね、去年、東京から逃げて来たんだ」
 逃げ出して、意味もなく、訳も分からず報国院へ入って。
 だけどそこで救われた。何度も。
「だからさ、おいでよ。きっと楽しいから」
 ウィステリアなら、三年だが先輩たちがいるし、二年の先輩にも知り合いがいる。
 そう幾久が言うと、芙綺の目が揺らいだ。
 御堀はわざとらしくため息をつき、幾久に文句を言った。
「あーあー、幾が僕の見合い相手口説き始めた」
「口説いてないよ?必死に説得してんだけど」
「僕をさらいに来たんじゃないの」
「さらいに来たけどさ、こんなかわいい子が相手なんて知らないし!いいな誉!」
「また出た。この面食い」
「だから誉もかっこいいって言ってんじゃん!お似合いだよ悔しいけど!」
 すると芙綺は肩をすくめて言った。
「でも私、誉君の事、趣味じゃないし」
「僕もだけど」
「喧嘩はやめなよ!二人とも、オレがいるじゃん!」
 幾久の言葉に、御堀も芙綺もいつもの自分たちを思い出して、ふっと笑って顔を見合わせ、爆笑したのだった。

 芙綺が安心した様子なので、幾久は近づいていいか、と尋ねると、芙綺は頷いた。
 御堀、幾久、芙綺で並び、そして芙綺は手を幾久に差し出した。
 幾久が手を取り、握手すると、芙綺はぎゅっと幾久の手を握って幾久に言った。
「先輩、私、やります」
「―――――うん、」
「うまくできるかどうか判らないけど」
「絶対大丈夫だよ」
 さっきまで悲しんでいた女の子は、もうしっかりとして幾久を見つめていた。
 着物姿は可愛いけれど、気の強そうな表情で笑う方が、絶対に似合っているなと幾久は思った。
「ウィステリアの制服、可愛いから絶対に似合うよ」
 すると、御堀が言った。
「僕もそう思う」
 芙綺はまるで着物の牡丹すらかすんでしまいそうなほど、輝くような笑顔を見せた。

 三人で笑って、どこかちょっと座ろうかなんて話していた時だった。
 ざわっという木が揺れる音がしたと思ったら、突然小太りでスーツ姿の中年男が現れた。
「おお、ここにいらしたか、坊ちゃん、小早川の嬢ちゃん」
 途端、芙綺と御堀の表情がこわばる。
「いやあ、やっと見つけましたよ、てっきりあっちの広場の方でよろしくされているんかと。おやあ、着物が乱れておりますよ、嬢ちゃん」
 え、と芙綺が着物の裾を見るが、中年男はなにがおかしいのか、ぎゃはは、と唾を飛ばし笑った。
「冗談じゃったのに、まさか本当によろしくやっとったんか!ええ?おさかんですなあ!」
 御堀は青ざめ、芙綺は唇を噛んでいる。
 幾久は確認しなくても、目の前のこの中年男が、二人を傷つけていた犯人だと察した。
「おや?なんじゃあ君は?お邪魔虫か?」
 幾久はむっとして中年男に言った。
「オレは御堀君のクラスメイトです」
「おー、おー、おー、あの訳のわからん、長州の学校か!へえ、こりゃあわざわざ、なにしに?坊ちゃんの邪魔じゃって判らんのか?」
 ふんと馬鹿にしたように言う中年男が言う。
 なんだこいつは、と幾久が呆れていると、男は続けて言った。
「そういやあさっきも、なんちゅうか訳の分からん奴が学校から来て坊ちゃんを退学にしたるぞーって脅しにきとったのう。バカ野郎じゃのお、そんなんしたけりゃさっさとすりゃあええのに。こっちのほうがよっぽど立派な学校があるのにのう!」
 なにがおかしいのか、中年男はそう言って笑う。
 御堀はらしくなく、ぎゅっと拳を握っている。
(―――――そっか、これで、)
 いつもの御堀なら、いくらもであしらうだろうけれど、それは御堀が一人だけで戦えるからだ。
 こんな風に家や知り合いや親が居て、立場があったら、簡単に辞めろとか逃げろとか、判っていてもできやしない。
 それなのに御堀は、わずかに身をずらすと、幾久を守るかのように、幾久と男の間に割って入った。
「報国院はレベルの高い学校です。ですから僕も通っているんです。それに彼は、僕の為にわざわざ来てくれたんです」
 そう御堀が言うと、中年男はふんと笑った。
「坊ちゃんはお優しいことじゃが、どうせこいつは、おこぼれ貰いにきたんじゃないのかのお?」
「おこぼれ?」
 幾久が首をかしげると、中年男はわざとらしく演技じみた大げさな動きで肩をすくめた。
「御堀庵のお坊ちゃんともなれば、金だろうが女じゃろうが、なんぼぉでもおこぼれ頂戴できるんじゃけえのお!ほうほう、そういう意味ではかしこい学校じゃのお!」
 げらげらと笑う中年男に御堀は青ざめる。
 出来る事ならこいつを目の前で殴り倒してやりたかった。
 だけど、ぐっとその感情を堪えて御堀は言った。
「彼は僕のライバルです。失礼はやめて下さい」
 御堀の言葉に幾久は驚き、目を見張る。
(オレが、誉のライバルだって?)
 成績だって決して並んでいるわけでもないし、考え方もなにもかも遠く及ばない。
 むしろ御堀の邪魔をしないよう、サポートに徹するのがやっと、という風に思っていたのに。
(どうしよう)
 幾久はつい、頬が緩んでしまいそうになる。
 こんな時だというのに、御堀にライバルと認められていたのが、物凄く嬉しかった。
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