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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝

世界一可愛い女の子(幾久観測上)

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「とにかく事情がいろいろあって、誉はいま下手したら退学になっちゃうのを宇佐美先輩が止めに来た」
「退学?冗談じゃないよ!」
 驚き、怒鳴る御堀に幾久も頷く。
「だから大丈夫だから。でもとにかく見合いは絶対に中止。誉はそれでいいんだろ?」
「そりゃいいけど」
「だから、彼女には断んないといけないの」
 そうして幾久は、くるっと女の子に向き合った。

「えーと、ゴメン、オレ誉の友達で、乃木っていいます。実は学校の事情で君と誉をお見合いをさせる訳にはいかない事情があって……」

 幾久は目の前でやっとしっかり見た御堀の見合い相手、小早川芙綺(ふうき)を見て目を瞬かせた。
 幾久を怪訝そうな表情で見ていた女の子は、幾久があまりにじっと見つめるので思わず眉を顰めた。
 だが、幾久は言った。
「―――――可愛い!」
 驚く芙綺に、御堀は、ああ、また幾久のアレが出たか、と肩を落とした。
 幾久は美形に弱く、つまり面食いだ。
 芙綺は確かに美少女とも言えるレベルだし、着物は黒田呉服店の奥様が選んだ最高級品、しかも誂えも値段を言わないだろうから、それだけで一体どのくらいになるか。
 美しい着物姿の美少女を前に、面食いの幾久が大人しくするわけもなく、驚いたまま素直に感想を口に出す。
「誉、見合い相手ってこの子?めちゃめちゃ可愛い!お人形さんみたい!実物大ひな人形のお姫様じゃん!すげー可愛い!」
「あのね幾」
「いいなー!誉うやらましい!こんな可愛い子とお見合いって、いいな!」
「……幾、一体なにしに来たんだよ」
 見合いを壊しにきたんじゃなかったのか、と呆れる御堀だが、幾久は言った。
「だって可愛いじゃん。すげー可愛いじゃん」
 大絶賛を繰り返す幾久に、御堀は呆れた顔になるが、ぽつり、と芙綺が尋ねた。
「……可愛い、ですか?」
 芙綺が幾久に尋ね返すと、御堀は驚くも、幾久は素直に何度も頷いた。
「可愛い可愛い!リボンお洒落だし、ピンク色の着物、すげえ似合う。黄緑色とピンクって桜みたいで一気に春って感じだし。その花の柄?なんの花か知らないけど、ちょう似合ってる!」
 御堀は、幾久に『可愛いか』と尋ねた小早川に驚いていた。
 どちからといえば男勝りと言ってもいい性格で、昔から気も強く、泣き言も言わなかった。
 だから、正直、美人にもなっているし昔から可愛かったとはいえ、御堀にとっては知っている幼馴染がドレスアップしてきて、面倒に巻き込まれただけという認識しかなかった。
 すると、芙綺は幾久に思い切りにこっと微笑んで、その瞬間、涙をこぼした。

「……誰も、誰も私に、そんな事言ってくれなかった」
 御堀は驚いて硬直し、そして幾久も驚いてしまっていた。

「馬子にも衣装だ、日焼けして顔の色が汚い、いい年して手入れもほったらかし、肌が荒れてる、こんないい着物、お前には勿体ない、脱がされたらすぐに旦那に逃げられるって」
「はぁ?!」
 幾久の怒りのこもったあまりにも強い言葉に、芙綺はびくっと体を震わせた。
「あ、驚かせてごめん」
 幾久が謝ると、芙綺は首を横に振る。
「でもなんだそれ。誰がそんな事」
「―――――仲人の、おじさんとおばさんが」
 その言葉で御堀は、ああ、と納得した。
 あの二人ならそのくらい平気で言うだろう。
 成金で、品がなく、無理にこの手の会に顔を突っ込んで今の立場を作り上げてきた連中だ。
 幾久は怒ったまま芙綺に尋ねた。
「そもそも脱がすとかって、君に言ったの?大人が?」
 芙綺は頷いた。
「御堀君は男みたいなお前には勿体ないとか、嫌々見合いさせられるんだ、とか調子に乗るなとか。胸もないくせにどうやって誘うんだって着物めくられたり、着替えてると襖開けられて男連中に見られてゲラゲラ笑われる」
「―――――ちょっと待ってよ。なんだよそれ。性犯罪じゃん」
 あまりの事に幾久は怒りを通り越し、呆れてしまった。
「助けてくれる女の人はいないの?」
 芙綺は首を横に振った。
「むしろ、女の人が男の前でやるの。私の着物をめくって、下着が色気がないって一緒になって爆笑された」
 幾久が呆れ、声も出なくなってしまうと、芙綺は悔しそうに唇をかみしめて言った。
「……こんな田舎では、当たり前にやられる」
「性犯罪だよ!警察沙汰じゃん!」
 芙綺は首を横に振る。
「そういうの、平気な女の人しか残らない。嫌な人はみんな出て行く。椿子さんみたいに」
 そして顔を上げると、御堀を見て言った。
「誉くんみたいな人はまだちょっとマシだけど、他の人はみんな似たようなもんだよ。生理だったら汚いって笑われるし、生理用品、カバンから勝手に探して投げつけられるし」
「なにそれ!誉、マジなの?!」
「―――――あるにはあるよ。見たら僕は止めるけどね」
 だけど、あることは否定しない。
 御堀の言葉にも、幾久は口を開けて驚く。
「なんだよそれ。なんだそいつら。なんだよ、おかしいよ。動物以下じゃん」
 幾久が思わず、芙綺に近づくと、芙綺は反射的に後ろに下がった。
 その様子に、幾久は、はっとした表情になる。
 幾久を嫌って逃げた、と誤解されたと思った芙綺は、首を横に振ろうとしたが、幾久は笑顔で言った。
「ちょっと、そこで待ってて」
 そうしてちょっと芙綺から離れた、石橋の真中へ移動して立ち止まった。
「オレ、こっから動かないから!だから君に変な事しないし、できないから。絶対に触らないから安心して!」
 幾久の言葉に、芙綺は驚いたが、じっと幾久を見つめた。
「あのさ、主語をデカくしたら駄目だよ」
 幾久はそう言って、芙綺に向かい合った。
「オレも、教わったばっかだから、うまく言えないんだけど。すげー美人だけど、そのせいで痴漢ばっかされる先輩のお姉さんに、男ってバカじゃねえのって言ったら、男だから、女だからって区分けは乱暴だって」
 だが、芙綺は首を横に振った。
「なにしても、女が余計な事するなって怒鳴られるばっかり。そのくせ、こういう時は無理やり着物着せられて馬鹿にされる。もういやだ」
 ずっと我慢していたのだろう感情があふれた芙綺は、目をぬぐいながら続けた。
「お前なんかどうせ大人になって仕事しても中途半端だし、結婚して子供産めばそれでいいんだから、楽な人生だろって」
 幾久はまるで、自分が崖から突き落とされたような気持になった。
 相手は同級生の妹だと御堀に聞いていた。
 だったらまだ中学生じゃないか。
 それなのによくもまあ、こんなひどい事が言えるものだ。
 芙綺は言った。
「女って、将来決められて、すごい損」
「ちがう」
 幾久は、言葉を必死に紡いだ。
 だけど、どうせあんたも同じよ、そんな風に幾久を彼女が睨みつけた。
 幾久はその鋭く、責める眼差しに首を横に振った。
「女が損なんじゃない。君が、損をさせられてるんだ」
 彼女は、え、と驚き顔を上げた。
「オレ、同じなんだ。君と」

 ―――――同じだ、オレは

 どうせサッカー選手になんかなれないんだから、さっさと大学に行く準備をしなさい、早く勉強すれば間に合うんだから、いまから勝負に出なさい。
 そんな風に勝手に将来を決めつけられて、押し付けられた。
 嫌で嫌でたまらなかった事にすら、幾久は気づくことができなかった。
「あのさ、オレも将来、なりたいものがあったけど、才能ないって言われて、母親に、さっさと大学受験の準備しろって、中学から準備させられて毎日塾ばっかで。勝手に将来こうしろとか、そうなるとか毎日毎日決めつけられて文句言われて」
 芙綺も御堀も、幾久の言葉を黙って聞いていた。
「……今はすごい後悔してる。どうせ失敗するなら、好きなことで失敗したかった」
 御堀以外の前で、幾久は初めて自分の後悔を口にした。
 従えばいいと逃げた去年の自分を、自分の夢を大事にしなかった中学時代の自分を、幾久はずっと後悔していた。
 幾久は顔を上げて、芙綺に言った。
「騙されちゃダメだ。主語をデカくしたら駄目だよ。嫌いな奴をちゃんと見て、そいつが敵だって認識しないと」
 でないと幾久のように、入寮したその日に、高杉と久坂に喧嘩を売ってしまった時のように。
 敵を見誤ってしまう。
 違う人を傷つけてしまう。
「敵……」
 こくんと幾久は頷いた。
「そう。君にとって誉は敵じゃないよね?」
 今度は彼女が頷く。
「だったら、男は敵じゃない。敵の性別が男だった、って事だろ?そいつ、知らないけど」
 芙綺が言った。
「気持ち悪い小デブのおっさんと小デブのおばさん」
「じゃあ小デブが敵だ」
 なにげに失礼な事を言う二人に、御堀はちょっと噴き出す。
「女、女っていうけど、それだってくくり大きすぎじゃん」
 芙綺は幾久に言った。
「でも、女が余計な事言うなって、よく言われるよ」
「じゃあ男だって余計な事言うな、じゃん」
 幾久の言葉に芙綺が目を見張った。
「女がなにか言うと、自分勝手で我がままとか」
「それマザコンって言うって、先輩が言ってたよ」
 幾久の言葉に、芙綺はますます目を丸くした。
「だって、他人って思い通りにならないの当たり前じゃん。なのに自分が納得できないからって、納得できる答えに従えって、結局それって命令してるだけじゃん。でも他人は思い通りにならないだろ?」
 こくんと芙綺は頷く。
「それって、ママが思い通りに動くのが当たり前と思っているマザコンの考えなんだってさ」
 成程、と御堀も感心していた。
(あとでどの先輩の話か聞かなきゃ)
 そう御堀が思っていると、芙綺が言った。
「そんなの、知らなかった」
「だろ?オレも。でも言われたら、そっかーって思うじゃん」
 幾久の言葉に芙綺も頷く。
「女、女っていうけどさ、結局君が自分の思い通りにならないヒステリーおこして逆ギレしてるだけなんだよ」
「なんか、それって大人じゃない気がする」
 芙綺が言うと、幾久も頷いた。
「そう。でっかいだけの、赤ちゃんなんだって。しかも全然可愛くない」
「確かに全然可愛くないや」
 そういって芙綺は笑顔を見せ、幾久も、ほっとして笑う。
 和やかな空気が三人の間に流れ、こわばっていた雰囲気が一気に砕けた。
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