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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝
なんだってしてやるよ
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「じゃあ、なんで人は『浮く』んだと思う?」
「なんでって。……そういやなんで『浮く』んスかね?」
浮くなら沈みもしないだろうし、言われてみたらなぜそうなのか。
宇佐美は言った。
「答えは簡単でさ、肺に空気が入ってるから。浮袋と一緒だね。大体、人体の2パーセントから5パーセントが肺の空気なわけ。その分、水から上に行こうとするわけ。だから助けてーって叫んだりすると、空気が肺から出て行って、沈んじゃうわけ」
「それで静かに落ち着けって事っすか」
「そうそう。肺に折角空気があるから、絶対に人は浮くわけよ。んで、最悪2パーセントしかなくても、鼻くらいは体全体の2パーセントでいけるわけで、そこだけ水から出てたら呼吸できるじゃん?でもそこで手を伸ばしたりすると、水から出る部分が2パーセント超えるだろ?」
「成程。それで呼吸できなくなっちゃうんですか」
「そういう事。鼻だけ水面から出てたらなんとかなるのに、手を伸ばすと死んじゃうの」
「でも溺れてるときに、静かにして鼻だけ水面から出しとけってかなり無理じゃないっすか」
「いっくんもそう思うだろ?俺もそう思ったけど、できないと死ぬぞって言われて、何回も海に落とされたよ」
あはは、と笑っているがそれってとんでもなくないか、と幾久は体を震わせた。
宇佐美は続けた。
「よくさ、浮いてる奴とかって言うじゃん」
幾久は頷く。
「それってひょっとしたら、今いる場所が息苦しくてさ、でも沈むのも嫌で静かにしてるのかもな」
宇佐美の言葉に、幾久は思わず唇を噛んだ。
表情をこわばらせる幾久に、宇佐美は笑って幾久に言う。
「言葉遊びだぞ。本気にすんなよ」
「だったらオレを混乱させて遊ぶのやめてくださいよ」
「あれ、判った?」
「わからいでか」
やっぱりこの人も御門なんだ、と幾久はむっとする。
気安そうに見えても御門の先輩は油断ならない。
「まあでもそういう言葉でさ、そうかなって思う事もあるんだよね、俺も」
幾久は思う。
例えば同じ海の中に、仲間と一緒に沈めたなら、きっと心地いいだろう。
それはまるでグラスエッジのライヴで一緒に歌うように。
だけどもし、淡水でしか生きられないものが、海の中、必死で藻掻いているのだとしたら。
ひょっとして、と幾久は思う。
いま居る寮が海だとしたら、なじめないのはひょっとして、淡水に生きているかもしれないから。
報国院は、だから寮を代えるのか、と幾久は気づいた。
きっと御堀は桜柳寮でも生きていけたけれど、一層なじむ水を見つけてしまった。
御門寮にあんなにもすぐ来たのは、思いっきり呼吸ができるから。
幾久は、今更、高杉を傷つけた時、呼び出された山縣に言われた『無理矢理なじめ』の言葉が重く響いた。
(ガタ先輩って、なんかもー……本当になんか)
悔しい、と幾久は思った。
山縣なんか、いい加減で面倒でわがままでどうしようもない、横暴で嫌な先輩だというのに、その時の幾久に判らないものを遠慮なくぶつけていたのだと気づく。
こんな事、高杉を傷つけて叱られた時、幾久はとっくに山縣に教えられていたというのに、今更、やっと幾久はその事に気づけた。
幾久が未完成で未成熟で、その時に言っても判らないと山縣は知っていて、それでも幾久にちゃんと必要なものを教えてくれていたのだ。
ちょっとレベル高いくらいがゲームバランスがいい。
そんな風に言っていた山縣の言葉を思い出し、幾久は両手で顔を覆った。
悔しい。本当にただ悔しかった。
山縣に教えられた事が、今更分かったことも、あの時気づけなかった事も、今更その事に気づいてしまったことも、山縣が幾久の将来に向けて話をしていたことも。
「いっくん?」
「なんかスッゲェ悔しいっす。もーすげえオレ、未熟じゃないっすか」
「どうしたどうした?お兄さんに言ってみ?」
宇佐美が言うので、幾久はため息をついて、肩を落とした。
「オレ、前にハル先輩を傷つけちゃったんすけど、そん時分かったと思ってた事が全然ちっとも判ってなくて、いまやっとほんのちょっと判ったっていうか、判ってなかった事が判ったっていうか。ガタ先輩の事、尊敬しなくちゃならなくなったのがもうスゲー悔しい」
宇佐美は楽しそうに笑って言った。
「いいじゃん、先輩が尊敬できるなんてラッキーじゃん、いっくん」
幾久はため息をもう一度ついた。
「―――――なんなんだよ先輩って。チートかよ」
「あはは。そりゃ先輩もきっといっくんと同じだったんじゃないの」
渋滞が少しずつ進み始め、宇佐美はギアを入れ替えた。
「多分さ、いっくんが御門に来るまでの間にいろいろあって考えて、いっくんの言う『チート』まで来たんじゃないの?」
「どう見てもそうは見えないっス。絶対に最初からできる人に違いないとしか思えない」
幾久の文句に近い言葉に、宇佐美は楽しそうだ。
「じゃあ、それも先輩の技なんじゃない?」
首をかしげる幾久に、宇佐美は言った。
「最初からなんでもできますよーって顔をしとくのも、先輩の技なのかもしれないよ?」
「そんな詐欺みたいな」
「いやあ、案外俺はいい線言ってると思うんだけどな」
「身に覚えがあるんじゃないんスか」
「あはは、こりゃ一本取られたなあ」
宇佐美はそう言って笑っていたが、幾久はなんだかごまかされた気がするなあ、と思ってちょっとむっとしたのだった。
宇佐美の目論見通り、ある程度の渋滞を超えてしまえば車はスムーズに進み始めた。
この調子なら無事に御堀が到着する前か、もしくは同じ時刻くらいには到着するだろう。
「これから行く毛利邸って、どんなところっスか?」
幾久が尋ねると、宇佐美が答えた。
「広いね。お屋敷があって、池があって背景は山だし。元々は毛利の殿様のお屋敷だったんだけど今は博物館になってる。広さは御門寮のほぼ三倍近くある」
「三倍?!」
確かにそれはかなり広い。
御門寮だって、寮内をぐるっと回るだけでゆうに五百メートルあるというのに、その三倍とは。
「本館が日本家屋でね、かなりいい雰囲気出してるから、見合いとか撮影とかあるならそこでやると思うんだ。だから絶対にいろいろ準備するだろうし、その隙を狙えばみほりんの関係者にも接近できると思うよ」
「接近して、宇佐美先輩はなにやるんスか?」
「うふふ。大人のお仕事に決まってるでしょ」
楽しそうに宇佐美はふざけるが、幾久は気になっていた。
「学校からも、なんかあるんスよね。誉、大丈夫っすよね?」
宇佐美が何をするつもりなのかは知らないし、学校が何を依頼したのかも判らない。
御堀に悪いようにしないのは判っているけれど、それでも何も知らない幾久には不安だ。
「大丈夫にする為に俺が来たんだよ。任せてって。こう見えても交渉は得意だよ?お仕事だからね」
ふふんと得意げに言う宇佐美だが、どことなく悪い雰囲気を出していて、なんだかちょっと嫌な予感がするな、と幾久は思った。
無事、毛利邸の駐車場に到着し、宇佐美は車のエンジンを止めた。
「はい、無事到着しました」
「お疲れ様っス!」
幾久はそう言って伸びをして、コートを掴んで車を降りた。
宇佐美もコートを羽織り、黒の皮手袋をつけ、ショールで首元を覆う。
「滅茶苦茶モテそうなコーデっすね」
「え?そう?やばいなーこれ以上モテたらたいへーん」
そうふざけて笑うが、眼鏡をかけている宇佐美はいつもと違う怜悧さがあって、ちょっと怖い人にも見える。
「仕事できそう」
幾久が言うと宇佐美は笑って車をロックした。
「仕事できるんだよ」
宇佐美はそう言ったけれど、多分本当にそうなんだろうな、と思わせるだけの雰囲気を持っていた。
「さーて、じゃあ決戦といくか!」
「ウス!」
多分、大丈夫に違いない。
そう幾久は信じて、宇佐美と一緒に毛利邸の中へと向かった。
毛利邸は庭も含めてまるごと博物館なので、券を買う必要があった。
宇佐美はまず、券売所で幾久と自分の券を購入したが、その後受付の人となにか話を始めていた。
暫く話をした後、受付が電話をかけ、ばたばたとし始めたので、これからきっとなにかが起こるのだろう、と幾久は感じた。
「あ、いっくん、多分だけどみほりんは庭にいるみたいだから、ちょっと探しておいで」
「へ?」
てっきり宇佐美と一緒に決戦の舞台に立つと思い込んでいた幾久は、宇佐美の言葉に驚いた。
「いいんスか?」
「いいよ。っていうか、そのつもりだったし。多分、どっちにしろみほりんは庭に居るか、もしくは庭に出されるだろうから。適当に歩いて探して。そんで連れて帰っといで。できれば一緒に回収したいでしょ?」
幾久が頷くと宇佐美も頷く。
「こっちは大人のお仕事をするから、いっくんはいっくんのお仕事やってきて。みほりんは任せたよ」
幾久は頷き、走り出した所で足を止めた。
どうしたんだろうと宇佐美が思っていると、幾久はくるりと宇佐美へと向き、ぺこっと頭を下げて言った。
「お仕事お願いします!頼りにしてるっス!」
宇佐美は思わず笑顔を見せた。
「御門の先輩に任せとけ」
「はいっス!」
そう言って駆け出した幾久に宇佐美は思わず笑顔になった。
さっき見せた大人の怜悧さはなく、ただ可愛い後輩に目を細めているだけの、後輩バカの先輩の笑顔だ。
(ほんっと、可愛いなあ)
まるで杉松のように見えて、やっぱり似ていなくて、ちょっとずうずうしくて我儘で。
よく来てくれた、と宇佐美は思う。
弟たちの為にも、後輩たちの為にも、そしてなにより自分の為に。
「―――――なんだってしてやるよ」
そう言って宇佐美は眼鏡を指で正した。
大事な可愛い後輩たちの為に、これまで培った大人のスキルをフルに使って、御堀を救い出してやる。
報国院の為にもなるし、今後の商売の為にも脅しは必要だ。
「全力で叩き潰してきますかね」
可愛い後輩を悲しませた罪は重い。
報国院の、御門寮の結束を思い知れ。なーんてな。
そんな風に思いながら、宇佐美は薄く微笑むのだった。
「なんでって。……そういやなんで『浮く』んスかね?」
浮くなら沈みもしないだろうし、言われてみたらなぜそうなのか。
宇佐美は言った。
「答えは簡単でさ、肺に空気が入ってるから。浮袋と一緒だね。大体、人体の2パーセントから5パーセントが肺の空気なわけ。その分、水から上に行こうとするわけ。だから助けてーって叫んだりすると、空気が肺から出て行って、沈んじゃうわけ」
「それで静かに落ち着けって事っすか」
「そうそう。肺に折角空気があるから、絶対に人は浮くわけよ。んで、最悪2パーセントしかなくても、鼻くらいは体全体の2パーセントでいけるわけで、そこだけ水から出てたら呼吸できるじゃん?でもそこで手を伸ばしたりすると、水から出る部分が2パーセント超えるだろ?」
「成程。それで呼吸できなくなっちゃうんですか」
「そういう事。鼻だけ水面から出てたらなんとかなるのに、手を伸ばすと死んじゃうの」
「でも溺れてるときに、静かにして鼻だけ水面から出しとけってかなり無理じゃないっすか」
「いっくんもそう思うだろ?俺もそう思ったけど、できないと死ぬぞって言われて、何回も海に落とされたよ」
あはは、と笑っているがそれってとんでもなくないか、と幾久は体を震わせた。
宇佐美は続けた。
「よくさ、浮いてる奴とかって言うじゃん」
幾久は頷く。
「それってひょっとしたら、今いる場所が息苦しくてさ、でも沈むのも嫌で静かにしてるのかもな」
宇佐美の言葉に、幾久は思わず唇を噛んだ。
表情をこわばらせる幾久に、宇佐美は笑って幾久に言う。
「言葉遊びだぞ。本気にすんなよ」
「だったらオレを混乱させて遊ぶのやめてくださいよ」
「あれ、判った?」
「わからいでか」
やっぱりこの人も御門なんだ、と幾久はむっとする。
気安そうに見えても御門の先輩は油断ならない。
「まあでもそういう言葉でさ、そうかなって思う事もあるんだよね、俺も」
幾久は思う。
例えば同じ海の中に、仲間と一緒に沈めたなら、きっと心地いいだろう。
それはまるでグラスエッジのライヴで一緒に歌うように。
だけどもし、淡水でしか生きられないものが、海の中、必死で藻掻いているのだとしたら。
ひょっとして、と幾久は思う。
いま居る寮が海だとしたら、なじめないのはひょっとして、淡水に生きているかもしれないから。
報国院は、だから寮を代えるのか、と幾久は気づいた。
きっと御堀は桜柳寮でも生きていけたけれど、一層なじむ水を見つけてしまった。
御門寮にあんなにもすぐ来たのは、思いっきり呼吸ができるから。
幾久は、今更、高杉を傷つけた時、呼び出された山縣に言われた『無理矢理なじめ』の言葉が重く響いた。
(ガタ先輩って、なんかもー……本当になんか)
悔しい、と幾久は思った。
山縣なんか、いい加減で面倒でわがままでどうしようもない、横暴で嫌な先輩だというのに、その時の幾久に判らないものを遠慮なくぶつけていたのだと気づく。
こんな事、高杉を傷つけて叱られた時、幾久はとっくに山縣に教えられていたというのに、今更、やっと幾久はその事に気づけた。
幾久が未完成で未成熟で、その時に言っても判らないと山縣は知っていて、それでも幾久にちゃんと必要なものを教えてくれていたのだ。
ちょっとレベル高いくらいがゲームバランスがいい。
そんな風に言っていた山縣の言葉を思い出し、幾久は両手で顔を覆った。
悔しい。本当にただ悔しかった。
山縣に教えられた事が、今更分かったことも、あの時気づけなかった事も、今更その事に気づいてしまったことも、山縣が幾久の将来に向けて話をしていたことも。
「いっくん?」
「なんかスッゲェ悔しいっす。もーすげえオレ、未熟じゃないっすか」
「どうしたどうした?お兄さんに言ってみ?」
宇佐美が言うので、幾久はため息をついて、肩を落とした。
「オレ、前にハル先輩を傷つけちゃったんすけど、そん時分かったと思ってた事が全然ちっとも判ってなくて、いまやっとほんのちょっと判ったっていうか、判ってなかった事が判ったっていうか。ガタ先輩の事、尊敬しなくちゃならなくなったのがもうスゲー悔しい」
宇佐美は楽しそうに笑って言った。
「いいじゃん、先輩が尊敬できるなんてラッキーじゃん、いっくん」
幾久はため息をもう一度ついた。
「―――――なんなんだよ先輩って。チートかよ」
「あはは。そりゃ先輩もきっといっくんと同じだったんじゃないの」
渋滞が少しずつ進み始め、宇佐美はギアを入れ替えた。
「多分さ、いっくんが御門に来るまでの間にいろいろあって考えて、いっくんの言う『チート』まで来たんじゃないの?」
「どう見てもそうは見えないっス。絶対に最初からできる人に違いないとしか思えない」
幾久の文句に近い言葉に、宇佐美は楽しそうだ。
「じゃあ、それも先輩の技なんじゃない?」
首をかしげる幾久に、宇佐美は言った。
「最初からなんでもできますよーって顔をしとくのも、先輩の技なのかもしれないよ?」
「そんな詐欺みたいな」
「いやあ、案外俺はいい線言ってると思うんだけどな」
「身に覚えがあるんじゃないんスか」
「あはは、こりゃ一本取られたなあ」
宇佐美はそう言って笑っていたが、幾久はなんだかごまかされた気がするなあ、と思ってちょっとむっとしたのだった。
宇佐美の目論見通り、ある程度の渋滞を超えてしまえば車はスムーズに進み始めた。
この調子なら無事に御堀が到着する前か、もしくは同じ時刻くらいには到着するだろう。
「これから行く毛利邸って、どんなところっスか?」
幾久が尋ねると、宇佐美が答えた。
「広いね。お屋敷があって、池があって背景は山だし。元々は毛利の殿様のお屋敷だったんだけど今は博物館になってる。広さは御門寮のほぼ三倍近くある」
「三倍?!」
確かにそれはかなり広い。
御門寮だって、寮内をぐるっと回るだけでゆうに五百メートルあるというのに、その三倍とは。
「本館が日本家屋でね、かなりいい雰囲気出してるから、見合いとか撮影とかあるならそこでやると思うんだ。だから絶対にいろいろ準備するだろうし、その隙を狙えばみほりんの関係者にも接近できると思うよ」
「接近して、宇佐美先輩はなにやるんスか?」
「うふふ。大人のお仕事に決まってるでしょ」
楽しそうに宇佐美はふざけるが、幾久は気になっていた。
「学校からも、なんかあるんスよね。誉、大丈夫っすよね?」
宇佐美が何をするつもりなのかは知らないし、学校が何を依頼したのかも判らない。
御堀に悪いようにしないのは判っているけれど、それでも何も知らない幾久には不安だ。
「大丈夫にする為に俺が来たんだよ。任せてって。こう見えても交渉は得意だよ?お仕事だからね」
ふふんと得意げに言う宇佐美だが、どことなく悪い雰囲気を出していて、なんだかちょっと嫌な予感がするな、と幾久は思った。
無事、毛利邸の駐車場に到着し、宇佐美は車のエンジンを止めた。
「はい、無事到着しました」
「お疲れ様っス!」
幾久はそう言って伸びをして、コートを掴んで車を降りた。
宇佐美もコートを羽織り、黒の皮手袋をつけ、ショールで首元を覆う。
「滅茶苦茶モテそうなコーデっすね」
「え?そう?やばいなーこれ以上モテたらたいへーん」
そうふざけて笑うが、眼鏡をかけている宇佐美はいつもと違う怜悧さがあって、ちょっと怖い人にも見える。
「仕事できそう」
幾久が言うと宇佐美は笑って車をロックした。
「仕事できるんだよ」
宇佐美はそう言ったけれど、多分本当にそうなんだろうな、と思わせるだけの雰囲気を持っていた。
「さーて、じゃあ決戦といくか!」
「ウス!」
多分、大丈夫に違いない。
そう幾久は信じて、宇佐美と一緒に毛利邸の中へと向かった。
毛利邸は庭も含めてまるごと博物館なので、券を買う必要があった。
宇佐美はまず、券売所で幾久と自分の券を購入したが、その後受付の人となにか話を始めていた。
暫く話をした後、受付が電話をかけ、ばたばたとし始めたので、これからきっとなにかが起こるのだろう、と幾久は感じた。
「あ、いっくん、多分だけどみほりんは庭にいるみたいだから、ちょっと探しておいで」
「へ?」
てっきり宇佐美と一緒に決戦の舞台に立つと思い込んでいた幾久は、宇佐美の言葉に驚いた。
「いいんスか?」
「いいよ。っていうか、そのつもりだったし。多分、どっちにしろみほりんは庭に居るか、もしくは庭に出されるだろうから。適当に歩いて探して。そんで連れて帰っといで。できれば一緒に回収したいでしょ?」
幾久が頷くと宇佐美も頷く。
「こっちは大人のお仕事をするから、いっくんはいっくんのお仕事やってきて。みほりんは任せたよ」
幾久は頷き、走り出した所で足を止めた。
どうしたんだろうと宇佐美が思っていると、幾久はくるりと宇佐美へと向き、ぺこっと頭を下げて言った。
「お仕事お願いします!頼りにしてるっス!」
宇佐美は思わず笑顔を見せた。
「御門の先輩に任せとけ」
「はいっス!」
そう言って駆け出した幾久に宇佐美は思わず笑顔になった。
さっき見せた大人の怜悧さはなく、ただ可愛い後輩に目を細めているだけの、後輩バカの先輩の笑顔だ。
(ほんっと、可愛いなあ)
まるで杉松のように見えて、やっぱり似ていなくて、ちょっとずうずうしくて我儘で。
よく来てくれた、と宇佐美は思う。
弟たちの為にも、後輩たちの為にも、そしてなにより自分の為に。
「―――――なんだってしてやるよ」
そう言って宇佐美は眼鏡を指で正した。
大事な可愛い後輩たちの為に、これまで培った大人のスキルをフルに使って、御堀を救い出してやる。
報国院の為にもなるし、今後の商売の為にも脅しは必要だ。
「全力で叩き潰してきますかね」
可愛い後輩を悲しませた罪は重い。
報国院の、御門寮の結束を思い知れ。なーんてな。
そんな風に思いながら、宇佐美は薄く微笑むのだった。
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