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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝

あやしいものではありませんただの生外郎好きです

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 思い切り不審者だと思われているなと気づいた幾久は、慌てて首を横に振った。
「えと、あやしいものじゃないです!誉の、あ、えーと、御堀君と同じ学校で同じ寮で、同じ部活で」
「だから誰って聞いてんの」
 あきれ顔になりつつ、さっきまでの丁寧な接客用語はどこへやら、女の子は幾久に気づかいなく喋る。
 幾久は慌てて女の子に告げた。
「えーと、報国院高等学校、一年、後期は鳳、寮は御門の乃木幾久です!はじめまして!」
 そう言ってぺこっと頭を下げると、女の子は目を見開いた後、こらえきれずに「ぶっ」と噴出した。
「最初から名前言ってくれたら良かったのに。ひょっとしてそうかなって思ったらやっぱそうなんだ」
「え?」
 幾久が顔を上げると、女の子は顎でくいっとしゃくった。
「ちょっと中、入ったら?外じゃ寒いし」
 従業員用の扉へ先に向かう女の子に、幾久はちょっと待ってて、と言って慌てて宇佐美を呼びに向かった。

 従業員用の扉から中へ入り、休憩室へと案内された。
 三人とも靴を脱いで上がり、幾久と宇佐美は案内されるまま、応接セットのソファーへ腰を下ろした。
 ヒーターをつけ、幾久達の方へとずらし、二人が温まっている間に女の子は三人分のお茶を入れてきてくれた。
「ありがとうございます」
 幾久と宇佐美が頭を下げ、お茶をすすると、女の子はお茶うけを出してくれた。
 幾久の目が途端輝く。
「外郎だ!」
 女の子はまた噴出し、「どうぞ」と勧めると幾久は遠慮なく外郎に手を伸ばした。
「ありがとうございます。オレ、これ大好きで」
「知ってます」
 外郎を早速頬張る幾久に、女の子が苦笑しながら言った。
「うちの外郎食べ過ぎて寝込んだ乃木君でしょ」
「え?いっくん、そんなことしたの」
「仕方ないっす。誉ん家の外郎は神の食べ物なんで。最高においしいんすよ」
 幾久が言うと宇佐美は苦笑した。
「いや確かに御堀庵の外郎うまいけどさ。いっくんの事はみほりん……誉君に聞いたの?」
「あー、アイツ、じゃないや、誉ぼっちゃんじゃなくて椿子(とうこ)さんです。お姉さんのほう」
 幾久が早速外郎にかぶりつきながら感心する。
「やっぱうまいなあ。できたて生外郎が最高だけど、やっぱおいしい」
 外郎に感心する幾久に女の子は尋ねた。
「生外郎、食べた事ある?」
 幾久は頷く。
「うん。一回、誉から新幹線で持って来たっていうできたての外郎食べた事あるけど、あれが人生で一番おいしい食べ物だよ。あんなおいしいもの作れる職人さん凄いよね」
「!そうなの!本当にうちの職人さんは凄いのよ!」
 女の子が思い切り頷いた。
「あたしも椿子さんと、ここの職人さんをすっごい尊敬してるから、無理矢理バイトさせて貰ってるの。おかげで出来立ての外郎が食べられるし」
「えー!いいなあ、オレもバイトしたい!誉雇ってくんないかな」
 盛り上がる幾久に、宇佐美が苦笑して話を止めた。
「その肝心の誉くんのことで来たんでしょ、いっくん」
「あ、そうだった。忘れてた」
 外郎についはしゃいでしまった、と幾久は反省するも。
(でも、一体何をどう尋ねたらいいんだ?)
 御堀がお見合いだということをこのバイトの彼女が知っているのかどうかも判らないし、言っていいかも判らない。
 どうしようかと困っていると、宇佐美が先に女の子に話しかけた。
「御堀君に急ぎの用事があったんで直接来たんだ。連絡が取れなくて困っててね」
 すると女の子は「そっか」と頷いた。
「今日、撮影会なんです」
「撮影会?」
 幾久が首をかしげると女の子が頷いた。
「誉会っていうファンクラブみたいなのがあって」
「知ってる!面白いおばさん、じゃなかった奥さんがいる会だよね」
 幾久の言葉に女の子は一瞬驚いて、そして噴出した。
「うん、確かに面白いけど。すごいな、こんなはっきり言う人が坊ちゃんの友達とかめずらしー」
 そしてこほんと仕切りなおした。
「その誉会に呉服屋の奥様がいて、写真家に写真撮らせて写真館に飾ったり、宣伝に使ったりしてんの。あいつ外見はいいから」
 所々、御堀に対する言葉に棘があるなあ、と幾久は女の子に尋ねた。
「誉の事、嫌ってそうに見える」
「嫌いじゃない。けど好きでもない」
 女の子は顔をむっとさせて言った。
「私はここの職人さんみたいになりたくてバイトしてんのに、坊ちゃん目当ての女子がバイト受かんなくて八つ当たりされるから、アイツも嫌い」
「それって君が誉に八つ当たり」
 幾久が突っ込むと、女の子は答えた。
「アイツ気にしてないから。どうせ昔から知ってるし、今更アイツにどうこうもねーってのに」
 話していくうちにすっかりくだけた話し方になり、幾久は多分、この子はいい子だ、と直感した。
「―――――いきなりだけど、協力してほしい」
 幾久が言うと、女の子はおやっという顔になった。
「誉、実は、今日お見合いなんだ」
 意を決して幾久が言うと、女の子は頷いた。
「知ってる」
 そしてニヤッと笑うと幾久に尋ねた。
「面白そうと思ったから、こうしてお茶用意したの。何を協力したらいいの?」
 成程、わざわざ長州市からやってくるとは何かあると思ったのか。
 これはますます、御堀が気に入る相手だ。
 するとすかさず宇佐美が告げた。
「実は、御堀君の通う学校は交際禁止でね。ばれるとなにかとまずい事になるんだ」
「お見合いなのに?」
 女の子が言うが、宇佐美は頷く。
「お見合いでも。だから形になる前に止めないと不味いんだ。幾久君は御堀君とコンビみたいなもんだから、そうなるのを止めたくてこうして来たって訳。御堀君はお見合いがまずいって事を全然知らなくて。止めようにも連絡が取れなくて困っててね」
 すると女の子は言った。
「でしょうね。アイツ、スマホ部屋におきっぱなしにしてたから」
「え?」
「本当に?」
 幾久と宇佐美が同時に驚き、そして顔を見合わせてもう一度言った。
「でも、なんで君がそれ知ってるの?」
 女の子はきょとん、として言った。
「椿子さんが言ってたから。アイツのことだから、忘れるなんてことはありえないだろうし、だったらわざとだろうなって」
 思った以上に、この女の子は御堀と仲がよさそう、というかよく知っていそうだ。
「だから全然連絡つかなかったのか」
 幾久がため息をついて、背をソファーへ預けてがっかりしていると、女の子は言った。
「早く自分でなんとかしたかったんじゃない?奴、嫌な事が起こったら自分を追い込んで処理しようとする悪癖あるから。それに昨日テレビに出てたから、思い出した連中多そうだし。そういう通知ウザかったのかも」
「誉の事、よく知ってるね」
 幾久が感心すると、女の子は言った。
「そりゃ幼馴染だもん。そんくらいはね」
 成程、御堀に全く遠慮のない話し方なのも、雑に感じるのも、そのせいかと幾久は納得した。
「スマホを持ってないから連絡は取れないけど、どこに行くのかは知ってる。それにお見合いを止めるのは賛成だし。椿子さんが教えたってなったら絶対また問題になっちゃうし」
 成程、この子は御堀ではなく御堀の姉の方に懐いているんだな、と幾久は気づいた。
「誉のお姉さんの事、大事なんだね」
 そう言うと、女の子はきっぱり言った。
「大事じゃない。大恩人。尊敬してる。だから面倒くさいけど、アイツのこともちょっとは庇ってやる」
 だから、と女の子は続けて言った。
「お見合いの場所はいくらでもバラすけど、あたしから聞いたってのは黙ってて。バイトクビになりたくないし」
 しかし宇佐美は渋い顔だ。
「うーん、でもいくら何でもお見合い会場に偶然居合わせるとか、『ここだと思ったぜ!』みたいなのは出来過ぎで説得力なさそうな気がするな」
「確かに」
 幾久も頷く。
 周防市の住人ならともかく、長州市に住んでいる幾久と宇佐美が、そんな土地勘があるほうがおかしい。
 だが、女の子は言った。
「そんなん余裕。アイツ、頻繁にそこで写真撮られてるし、しかも場所は絶対知ってるメジャーな所だし。ここだと思いましたって言えば多分情報持ってると思われるだけだし」
 宇佐美はその言葉で、なにか勘づいたようだ。
「―――――そこって、」
 女の子は言った。

「毛利邸」

 もしここに教師の毛利が居たら、即効で『俺ん家』とか嘘をつきそうだな、と幾久は思ったが勿論言わない。
「毛利邸か。ここからちょっとあるけど間に合うかな」
 宇佐美が時計を見ながら言うが、女の子は「大丈夫」と答えた。
「今日の予定は午前中が天満宮で撮影。その後、お昼に食事会があって、お見合いはその後、毛利邸でだからまだ余裕だよ。天満宮も毛利邸も撮影に使った事あるし、ローカルならチラシや宣伝にも使われてるから知ってても全然おかしくない。お見合いったってお互い知ってる者同士で庭園でも撮影するだろうし」
「宇佐美先輩、場所判るんスか?」
 幾久が尋ねると宇佐美は頷いた。
「勿論。天満宮も毛利邸も、割と俺らにはメジャーな場所だよ。だったら車で移動したら、彼女の言う通り、十分間に合う」
 まだ時間はお昼に全然届かない。
 だったら希望は、ある。
「良かった。誉を停学にしなくて済むんだ」
 ほっと幾久が笑顔を見せ、女の子に言った。
「ありがとう。君のおかげでなんとかなりそう。一時はどうなるかと思った」
「椿子さんがすっごい気にしてたから。アイツはどうでもいいけど、相手がかわいそうな目にあってるし」
「かわいそう?」
 首をかしげる幾久に、女の子は静かに言った。
「相手の子も知ってる子だけど、結局アイツもその子も、親とか客とかのおもちゃにされてるだけだもん。アイツら好き同士でもないし。かわいそうだよ、見合いとかって」
 幾久が不思議がるが、宇佐美がぼそっと言った。
「古かったり大きな家って、そういう面倒が山のようにあるんだよ、いっくん」
「だったら―――――だったら余計に、早く止めにいかないと」
(おかしいとおもったけれど、やっぱり追い詰められていたんだ)
 幾久は自分の判断を、自分で褒めたかった。
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