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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝

いじける先輩と不穏な空気

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 新幹線の駅までは車で移動するしかないので、御堀は久坂家の前にタクシーを呼んでいた。
「じゃあ、行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい」
 そういって幾久は御堀の乗ったタクシーを見送った。
 玄関から再び、久坂の家へと戻り、ダイニングへ向かうとやっと久坂が起きた所だった。
「起きたんスね瑞祥先輩。おはようございます」
「一回起きて寝たんだよ」
「起きてないじゃないっすか」
 呆れながらも寮と同じように、久坂へお茶を用意する。
「姉ちゃんは仕事?」
「はい。瑞祥先輩ならオレが面倒みますって言ったんで」
 六花は家で仕事をしていて、正月も特に変わりなく、仕事をやっているのだという。
 世話になっているのに邪魔をするのも悪いので、久坂のお守りを幾久が買って出ると、じゃあお願い、と笑われた。
 多分、仕事部屋でいつものようになにか書いているのだろう。
「で、御堀は?」
「帰りましたよ。お昼前に家に到着しなくちゃならないからって」
「へえ。忙しいね」
「寝坊してる瑞祥先輩とは大違いっス」
「居候のくせにデカい口叩くんじゃないよ」
 そう言って久坂は幾久の頬をぐいーっと引っ張る。
「ひゃめてふだはいよ!いひゃい!」
「あー、退屈。いっくん、お菓子」
「先にご飯っすよ、ごーはーん。せっかく六花さんが作ってくれたのに」
 冷えてしまった雑煮を温めて久坂の前へと出す。
「いただきます」
「はーい」
 幾久は久坂にお茶を出し、自分もお茶を飲みながら暇つぶしにスマホを弄った。
 アプリを立ち上げてあれこれ見ていると、友人たちがたくさん更新をかけていた。
 どこに出かけているとか、今どこにいるとか、お年玉が予想より多かったとか、皆楽しそうに過ごしている。
「いいなー、みんな楽しそう。お正月って感じ」
「いっくんだって東京戻って良かったのに」
「嫌っすよ。どうせすることないし、友達もいないし。親と何話していいかもわかんないし」
 そもそも、幾久の母親は山縣の口車を信じ切っているから、うかつに帰ったら何を言われるか分からない。
「ガタ先輩の虚言のせいで、親はオレが東大入るって思ってるし」
「実際入れば?」
「無茶言わないで下さいよ!無理に決まってんじゃないっすか!自分が首席だからって。オレやっと鳳なんすよ?」
「でも鳳だったらそう無茶でもないと思うけどな。いっくん文系だっけ?」
「無茶っすよ。やめてください」
 無理、と首を横に振っていると、ベルが鳴った。
「あれ、お客さんかな」
「いっくん出て」
 久坂の命令に、幾久は「わかりましたよ、もー」と言いながら玄関に向かうと、来客は見知った人だった。
「よっ!あけましておめでとう!いっくん!」
 そう言って現れたのは、杉松の親友で、御門寮のOBでもある宇佐美だった。
「いや昨日会ったじゃないですか」
 初日の出を海岸へ見に行った時、商店街の面々やマスター、そしてそこには宇佐美も居たので当然新年の挨拶はとっくに済ませている。
「まあいいじゃん。六花は仕事?」
「はいっす。呼びますか?」
「いや、いいよ。先に杉松に挨拶行ってくるわ」
 そう言って仏間へと向かったので、幾久は宇佐美の背中へ声をかけた。
「お茶、いれときますんで」
「はーい、よろしく」
 宇佐美は背を向けたまま、ひらひらと幾久に手を振った。

 ダイニングに戻ると久坂が訪ねた。
「誰?」
「宇佐美先輩。いま、杉松さんに挨拶に」
「あーね」
 幾久がお茶の支度をしていると、宇佐美がダイニングに現れた。
「六花にも挨拶してきたよ。仕事があと十五分くらいしたら蹴りつくから、終わったらこっち来るってさ」
「はいっす」
 幾久は頷き、宇佐美へお茶とお菓子を出した。
 久坂の隣に腰掛け、宇佐美は懐を探ると幾久へ小さな袋を出した。
「はい、いっくん、お年玉」
「えっ!マジっすか!」
 突然の思いがけないお年玉に幾久が驚くと、宇佐美は頷く。
「マジマジ。受け取って?」
「でも……」
 いくら先輩とはいえ、と久坂を見たが久坂はむっとして言った。
「いっくんが受け取らないと僕が貰えない」
「そうそう。それにどうせ、御門の子の全員分、俺用意してっからね?」
「えっ、マジっすか」
 それにも幾久は驚いた。
「だってどうせハルに瑞祥に、栄人でしょ?あと山縣君だっけ。人数少ないからねえ」
 えっ、ガタ先輩にも?と幾久は驚くが、久坂は驚いていないようだ。
 一応、御門の先輩ではあるので恒例なのだろうか。
 幾久が考えていると宇佐美が久坂に尋ねた。
「ハルは?トイレ?」
「親とゴルフ行ってる」
 瑞祥が答えると、宇佐美が「そっか。そりゃつまんないな」と久坂の頭をぐしゃっと撫でた。
「で、ロミオ君はどこ行ったの?お年玉持ってきたのに」
「さっき実家に帰ったばかりなんす。新幹線で」
「なんだ、知ってたら送ったのに。そっかあ、いっくん、相棒いなくてつまんないんだ」
「つまんないっすね」
 素直に答える幾久に、宇佐美は笑った。
「じゃ、ロミオ君とタマちゃんの分はいっくんに預けておくか。みんな同じ金額だからね」
 はい、と宇佐美にお年玉袋を三つ渡され、幾久は頭を下げた。
「あざっす!宇佐美先輩!」
 やったー、お年玉だ!と幾久が喜んだ。
「ハルの分と、栄人の分は瑞祥に預けておく」
「はーい」
 久坂が二人のお年玉も受け取った。

 お喋りをしているうちに、また玄関からベルが鳴ったが、今度の客はいきなり上がってきた。
「おーい、六花、おせちくれ、おせち」
「こんにちは。在庫処理に来ましたー」
 そう言って現れたのは毛利と三吉の二人だった。
「先生」
 幾久が驚くと毛利と三吉はきょろっと見渡す。
「ハルちゃんはどーした」
 宇佐美が答えた。
「ゴルフだってさ。親の接待」
「あーね。あのクソつまんねー奴な」
 耳をほじりながら毛利が「けっ」と言う。
「常世、行ってやりゃ良かったのに。お前なら参加できるだろ」
 宇佐美が言うと毛利が嫌そうに言った。
「やーなこった。俺が行ってもろくなことになんねーよ。コハルちゃんのほうがよっぽどお上手にやるって。心配ねー」
「にぎやかだと思ったらやっぱりお前か」
 あきれ顔で出てきたのは六花だ。
「みよ、座敷の手前に出してある分、全部飲んでいいよ」
「ありがとうございます!」
 そう言うと三吉はあっという間に座敷に消えて、両手に酒瓶を抱えて居間へ移動した。
「三吉先生、まだ飲むんだ」
 年末から明けて元旦まで、神社や海岸でずーっと飲んでいたのに、まだここに来て飲むのかと幾久は呆れた。
「ま、いいじゃないの。大人だってたまには休みが必要でしょ」
 六花が言うも、幾久は言った。
「三吉先生、ほぼ毎日飲んでるって報国寮の連中が言ってましたけど」
 すると毛利が言う。
「あれでも普段は抑えてんだから正月くらいほっとけ。この家じゃみよは暴れねーし俺も止めなくて済む。六花、雑煮まだ?」
 すでに自宅のようにくつろぐ毛利に、六花はため息をつく。
「いっくん、手伝ってくれる?」
「勿論っス!」
 六花と毛利たちは旧知の仲らしいのだが、なんだか自分の先輩が迷惑をかけているような気になって、幾久はいそいそと六花の手伝いに立ったのだった。

 手伝いを終え、することもないので幾久は居間へと移動し、お正月に行われる高校サッカーをテレビで見ていた。
 三吉は大人しく、おせちをつまみながら酒をちびちびと飲んでいたが、顔色は全く変わらないし静かなものだった。
「乃木君、サッカーやってたなら、試合に知ってる人でも出るの?」
 幾久と一緒にテレビを見ている三吉が訪ねる。
「東京で一緒にサッカーやってた友達がいるんスけど、いま福岡に来てて。でも、今回はもう負けちゃったそうっす」
「それは残念だね」
 東京に居た頃、同じルセロのユースに所属していた多留人は幾久とコンビを組んでいて、今は偶然にも福岡のサッカー名門校に居る。
 残念ながら今回は早々に負けてしまっていて、見る事は叶わなかった。
「でも来年は絶対に優勝するって言ってました」
「そっか。それなら頑張って欲しいね」
「はい」
 とても酒を飲んでいるとは思えないほど、三吉はいつも通りの三吉だった。
「みよちゃん、晩飯は食べるんだろってねーちゃんが」
 久坂が来て三吉に尋ねた。
「食べる食べる。酒がなくなるまで粘る」
「潰れる前に帰れよ」
 そう言ってやってきたのは宇佐美だ。
「それよりお前ら、後輩たちにお年玉やったの?」
 宇佐美が言うと三吉が答えた。
「僕、先生だから生徒から巻き上げる方ですもん」
「そりゃそうだけど」
 宇佐美が苦笑するが、幾久は驚いて三吉を見た。
「なに?乃木君」
「あ、いえ。三吉先生、いつも『私』って言ってるから僕ってめずらしいなって」
 すると幾久の言葉に三吉が逆に驚いて、宇佐美と久坂に尋ねた。
「言ってた?」
 二人は頷いた。
「言ってた」
「言ってたよ」
 三吉はため息をついて酒をちゃぶ台の上に置いた。
「……飲みすぎたかな。瑞祥、お茶持ってきてくれる?」
「いいよ。面倒だけど」
 そう言って久坂はめずらしく立ち上がり、ダイニングへと向かう。
 なんかまずかったのかな、と思ったが、宇佐美が幾久と目をあわせ、にこっと微笑んだので、あえて何も言わない事にした。

 サッカーの試合は続けて放映があるので大丈夫かな、と思ったが、誰も番組の文句を言わなかったので幾久はそのままサッカーを見続けた。
 久坂は飽きて部屋で寝ているので、居間に居るのは毛利と三吉、宇佐美と幾久の四人だ。
 途中、多留人からメッセージがスマホに届き、やはり同じ試合を見ていたらしく、あれこれとおしゃべりが弾んだ。
 ひとしきり多留人とやり取りした後、幾久はふと気づいた。
(誉、サッカー見てるかな)
 実家に帰れば忙しそうだし、それどころじゃないかもしれない。
 でも、朝のどことなく沈んだ御堀が気になって、幾久はメッセージを送った。
『もう家についてる?高校サッカー面白いよ!』
 すると、すぐメッセージは既読になり、ぴこん、とスタンプが押される。
 だけど、それだけしか返ってこなかった。
(―――――あれ?)
 めずらしい、と幾久は思った。
 御堀はああ見えて、幾久とのメッセージはけっこうな頻度でやりとりする。
 御門寮に来てからはそこまででもなくなったが、それでもスタンプだけ、ということはこれまでなかった。
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