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【21】東走西馳~今年も君といる幸運と幸福
青少年はお年頃なのだ
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幾久が感心と呆れ半分で言うと、高杉が頷いた。
「報国院はまず行動、じゃからの。思いつくのは自由じゃが、実行するまでもっていかんと、評価なんぞしてくれん。のう、御堀」
高杉がなにか言いたげに言うので、御堀は、なんとなく察した。
「そうですね。実行するまでは妄想なので」
「意識たけぇ~」
幾久が畳に寝っ転がり言うと、久坂が足をどすんと乗せた。
「こら鳳。落ちるんじゃないぞ」
「やっと上がったのに。こんな重たいもの乗せられたら墜落する」
「落ちたら御門を追い出すぞ」
「コエー事言わないで下さいよ!」
幾久が言うも、高杉が言った。
「お前、そんなんじゃ次の一年生に顔向けできんじゃろう。鳳ばっかりじゃと、舐められるぞ」
そこで幾久は、はっと気づく。
「そうだ!オレ、二年になるんだった!」
これまで末っ子の立場に甘んじてきていたが、来年、年が明ければ幾久は二年生、当然新しい一年生も入ってくることになる。
「えー、だったらもしオレが鳩とか鷹で、一年が全員鳳って、かっこわるいじゃないっすか」
「そうじゃろう?折角鳳じゃ、ちゅうのに二年の前期で落ちちょったら意味がない」
「ウワー、なんだよ、あんだけ頑張ってやっと鳳なのに、落ちたらメチャかっこわりぃ」
しかも後期は三か月しかない。なんだか損をした気分だ。
「これなら二年から鳳でも良かった」
幾久が言うと久坂が足でぐりぐりと幾久を踏みつけた。
「なに調子いいこと言ってんの。そんな連中がいるから、後期はねらい目だったんだよ」
「え?」
久坂の足をどかせながら幾久が高杉を見ると、「そうじゃぞ」と高杉が苦笑する。
「前期は四月から七月のほぼ四か月、中期は九月からの四か月、でも後期は三か月もないだろ?しかも定期試験は一回きりで、来年度の前期のクラスが決まる。ちゅうことは、少ない試験で長い期間、そのクラスに居れる。ちゅうことは?」
御堀が答えた。
「二回の試験で点を稼ごうなんて堅実なタイプはしないでしょうけど、一回の試験で博打みたいな勝負をかけようと思ったら、後期の試験に賭けますね」
幾久は青ざめた。
「だったら、のんきにしてたらオレ、また落ちちゃうかもじゃん!」
「だからそう言っちょるじゃろうが」
「だからそう言ってるだろ」
高杉と久坂が同時に言うが、幾久からしたらとんでもなく損をした気分だ。
「なんか騙された!桜柳祭でメッチャ忙しかった中、がんばったのに!」
「じゃけ、その分落ちる奴も多いんじゃ。そこを出し抜かんとどうする」
高杉が言うと久坂も頷いた。
「そうだよ。いっくんみたいなのはサボったらすぐ落ちてむかつく鷹みたいになっちゃうんだから、頑張らないと」
「飛び続けるの!しんどい!」
幾久がクロールのように手足をじたばたさせると、またも久坂がどすんと足を落とした。
「ぐえ」
「諦めてずっと鳳に居る覚悟しな?ロミオはずっと鳳で首席だよ?」
「そりゃオレだって頑張らないといけないとは思いますけど」
幾久が言うと御堀が言った。
「ジュリエットがクラス違うなんて、僕たちのファンが見たら悲しむよ?」
「僕たちって、殆どが誉のファンじゃん」
「そうでもないけどね」
「そーですぅー」
わざとらしくむくれると、今度は御堀が幾久の背中に足をどすん、と乗せた。
「ぐぇえ!潰れる!」
「バレンタイン、なんなら募集してみる?ロミオとジュリエットのチョコレートの数勝負」
「やだよ、絶対にオレが負けるじゃん。オレ、そんなのより雪ちゃん先輩のチョコ、作りたい」
幾久が言うと、高杉が首を突っ込んだ。
「なんじゃそれは」
御堀が言った。
「ホーム部で話を聞いたんですけど、報国院はチョコ受け取り禁止でホーム部が委託として生徒へのチョコレートを制作していると」
「そうじゃぞ。じゃけ、ホーム部のチョコは生徒に配られるが。幾久がなんで関係あるんじゃ?」
「ホーム部からのスカウトです。幾、雪ちゃん先輩へのチョコレートを作りたいそうで。そうしたら河上先輩が、だったら御門の先輩のチョコも幾に作って貰おうということに」
「えっ」
「やだな」
高杉と久坂の言葉に、幾久が唇を尖らせた。
「えー、なんでっすか。河上先輩、衛生の資格とかあるんすよね?」
「お前にはなかろう」
高杉が嫌そうな顔で言うも、幾久はむっとして言った。
「ちゃんと教えてもらいますもん。雪ちゃん先輩にいいチョコ渡したいし!」
すると高杉があきれて言った。
「こいつはいつから雪にここまで入れあげるようになったんじゃ」
「元からです。諦めてください」
御堀が言うので幾久も言った。
「最初からですぅ~。初めてあった日から、雪ちゃん先輩優しかったっすもん」
「それにしたって、恋する女の子みたいで気持ち悪い」
久坂が言うと幾久はむっとして言い返した。
「なんすか。オレが女子だったら絶対に告白するくらい雪ちゃん先輩、カッコいいじゃないっすか」
「もしお前が女子だったら、全く雪は相手せんぞ。筋金入りのシスコンじゃからの」
「そうそう、眼鏡タヌキちゃんは身の程知りな」
そう言って久坂はもう片方の足を幾久の背中に乗せた。
「重っ!マジ重っ!限界!」
そう言ってごろんと横に転がって逃げた。
ぷはーと幾久は息を吐く。
「なんなんすか先輩も誉も。オレを押し花にする気?!」
「さっさと逃げればいいのに」
御堀が言うと幾久は返した。
「なんか悔しいじゃん」
「無駄な戦いじゃの」
高杉があきれるが、幾久は言った。
「じゃあ、オレがハル先輩のチョコ作んなかったら、絶対にトシが作りますよ」
「なんでそこにトシが出てくるんじゃ」
嫌そうな顔で高杉が言うので、幾久はしめしめと今日の事を話すことにした。
「だって、報国院はチョコ貰うの基本禁止っしょ?だったら男から女子に渡せばいいって、チョコ作る教室するらしいっすよ。トシが言い出しっぺなんで」
「また馬鹿トシが馬鹿なことを……」
久坂があきれるが、幾久は御堀を見て言った。
「でも、もう経済研で参加費用計算しはじめてますから、絶対にありますよ、コレ」
すると久坂と高杉の二人が驚き、がばっと御堀を見るも、御堀は微笑んで頷いた。
「栄人先輩がはりきって仕入れするそうなので、決定事項ではないかと」
露骨に嫌な顔をする久坂と高杉に、幾久は思わず「勝った!」と喜び口に出して、二人に同時に蹴っ飛ばされたのだった。
大晦日になり、幾久と御堀は一緒に昨日と同じ仕事に出かけた。
高杉は毛利に頼まれ警備のセッティングに忙しく、久坂は義姉の六花の買い物の手伝いと掃除に駆り出されていた。
昨日と同じ面々で、幾久達は団子をひたすら作り続けていた。
「さすがに二日連続ともなると腕が痛いなあ」
幾久が言うと、伊藤が文句を言った。
「お前はお玉担当じゃん!俺なんかクソ重い粉と水で捏ねるお仕事だぞ?!」
「仕方ないじゃん、トシ、力持ちなんだし」
「損な役ばっか押し付けられてる気がする……」
言いながらも手は動かし、大量の粉を捏ね続けている。
「まーまー、そう言うな。もうすぐ小豆が煮えるから、お前ら一番に善哉食わせてやるから!」
河上が言うと、佐久間も言った。
「そうそう、腹いっぱい食っていいぞ!一気に作ると善哉、ぶちくそウメーからな!」
「え、そんなに?」
幾久が言うと、御堀が頷いた。
「不思議なんだけど、同じものでもたくさん作ると確かにおいしくなるんだよね。あれ、なんなんだろうね」
すると河上が言った。
「鍋がでかくて厚いだろ?熱の伝導がゆっくりで、材料が多いと均一に熱が伝わるまで時間がかかって、その分うまみが出やすくなるとかなんとか」
御堀が頷いた。
「一般家庭で作る場合と、店なんかで作る場合だとレシピの割合が同じでも違う味になるのはだからなんですね」
「そうそう。やっぱ店の味ってあるじゃん。味噌とか醤油とか、発酵ものになると余計に違うけど、菓子屋でもそうだろ?」
御堀が和菓子屋の跡取りと知っている河上が言うと、御堀は頷いた。
「職人さんが、道具の癖も知っておかないとってよく言ってます」
「道具に癖なんかあんの?」
幾久が驚くが、御堀は笑って頷いた。
「サッカーと同じだよ。ホームとアウェイじゃ違うだろ?同じ芝でフィールドが同じサイズでも」
「あ!そっか」
幾久と御堀がサッカーに例えて話をしていると、今度は伊藤が首を突っ込んだ。
「なにそれ。逆に判んねーんだけど」
「サッカーって、試合数が決まってるんだけど、かならず自分のチームがいつも練習するホームでの試合と、敵のチームでやるアウェイ戦っていうのがあるんだ」
幾久が言うと伊藤が「ふんふん」と頷く。
「いつも練習してる場所なら、芝の癖とか、踏む感じとか反動とかって判るじゃん。だったら有利だよな?でもそうなると敵には不利になるから、互いに互いのホームで戦うわけ」
「なるほど、自分のところと、相手の所で戦うのか」
伊藤が頷くと、御堀が言った。
「道具も、季節や年期で癖が変わってくるんだよね」
河上も頷く。
「そうだぞ。レシピ通りに作っても、オーブンの癖つかむまで、けっこう試行錯誤になるんだよ。メーカーによっても熱の伝わり方も変わるし。そういう意味ではサッカーと同じなのか」
「そうっすね。確かに同じサイズで同じスポーツでも、場所で全く違ってきますし」
「幾はサッカーに例えたらすぐだよね」
「まーね。好きだし」
河上が笑って言った。
「本当にハルの言ってた通り、サッカーばっかだなお前ら。でもいいんじゃねえの、そういうの鳳じゃ絶対にいるもんな」
「俺はいつ鳳に入れるんだろうか」
伊藤が言うと、同じ祭示部で報国寮の面々が爆笑した。
「無理無理!俺らじゃとうてい追いつけねーって!」
「伊藤君、諦めてとっとと千鳥においでって。向いてるから」
「ばっ、冗談じゃねーよ!俺は鳩を死守するぞ!」
伊藤が言うと、幾久が苦笑した。
「鳩を死守しちゃダメじゃん。上、目指すんならさ」
「そうだった!なんとか鷹に上がんねーと、鳳全くだわ!」
肩を落とす伊藤に、報国寮の面々が更に笑った。
「無理無理。だって伊藤君、鳩でもギリギリじゃん」
「そうそう。早く諦めたほうがいいっすよ」
「うるせえ。俺はハル先輩と同じとこ目指すんだよ!」
粉を乱暴にばさばさーっと振るので辺りが一気に真っ白になる。
「伊藤君やめろよ!真っ白になるじゃん!」
「鶴になっちまえ!」
暴れだす報国寮の面々に、河上がふー、とため息をつくと、肩を落とし、すう、と息を吸って怒鳴った。
「お前らいい加減にしろ!鍋にぶちこむぞこの野郎!!!」
「報国院はまず行動、じゃからの。思いつくのは自由じゃが、実行するまでもっていかんと、評価なんぞしてくれん。のう、御堀」
高杉がなにか言いたげに言うので、御堀は、なんとなく察した。
「そうですね。実行するまでは妄想なので」
「意識たけぇ~」
幾久が畳に寝っ転がり言うと、久坂が足をどすんと乗せた。
「こら鳳。落ちるんじゃないぞ」
「やっと上がったのに。こんな重たいもの乗せられたら墜落する」
「落ちたら御門を追い出すぞ」
「コエー事言わないで下さいよ!」
幾久が言うも、高杉が言った。
「お前、そんなんじゃ次の一年生に顔向けできんじゃろう。鳳ばっかりじゃと、舐められるぞ」
そこで幾久は、はっと気づく。
「そうだ!オレ、二年になるんだった!」
これまで末っ子の立場に甘んじてきていたが、来年、年が明ければ幾久は二年生、当然新しい一年生も入ってくることになる。
「えー、だったらもしオレが鳩とか鷹で、一年が全員鳳って、かっこわるいじゃないっすか」
「そうじゃろう?折角鳳じゃ、ちゅうのに二年の前期で落ちちょったら意味がない」
「ウワー、なんだよ、あんだけ頑張ってやっと鳳なのに、落ちたらメチャかっこわりぃ」
しかも後期は三か月しかない。なんだか損をした気分だ。
「これなら二年から鳳でも良かった」
幾久が言うと久坂が足でぐりぐりと幾久を踏みつけた。
「なに調子いいこと言ってんの。そんな連中がいるから、後期はねらい目だったんだよ」
「え?」
久坂の足をどかせながら幾久が高杉を見ると、「そうじゃぞ」と高杉が苦笑する。
「前期は四月から七月のほぼ四か月、中期は九月からの四か月、でも後期は三か月もないだろ?しかも定期試験は一回きりで、来年度の前期のクラスが決まる。ちゅうことは、少ない試験で長い期間、そのクラスに居れる。ちゅうことは?」
御堀が答えた。
「二回の試験で点を稼ごうなんて堅実なタイプはしないでしょうけど、一回の試験で博打みたいな勝負をかけようと思ったら、後期の試験に賭けますね」
幾久は青ざめた。
「だったら、のんきにしてたらオレ、また落ちちゃうかもじゃん!」
「だからそう言っちょるじゃろうが」
「だからそう言ってるだろ」
高杉と久坂が同時に言うが、幾久からしたらとんでもなく損をした気分だ。
「なんか騙された!桜柳祭でメッチャ忙しかった中、がんばったのに!」
「じゃけ、その分落ちる奴も多いんじゃ。そこを出し抜かんとどうする」
高杉が言うと久坂も頷いた。
「そうだよ。いっくんみたいなのはサボったらすぐ落ちてむかつく鷹みたいになっちゃうんだから、頑張らないと」
「飛び続けるの!しんどい!」
幾久がクロールのように手足をじたばたさせると、またも久坂がどすんと足を落とした。
「ぐえ」
「諦めてずっと鳳に居る覚悟しな?ロミオはずっと鳳で首席だよ?」
「そりゃオレだって頑張らないといけないとは思いますけど」
幾久が言うと御堀が言った。
「ジュリエットがクラス違うなんて、僕たちのファンが見たら悲しむよ?」
「僕たちって、殆どが誉のファンじゃん」
「そうでもないけどね」
「そーですぅー」
わざとらしくむくれると、今度は御堀が幾久の背中に足をどすん、と乗せた。
「ぐぇえ!潰れる!」
「バレンタイン、なんなら募集してみる?ロミオとジュリエットのチョコレートの数勝負」
「やだよ、絶対にオレが負けるじゃん。オレ、そんなのより雪ちゃん先輩のチョコ、作りたい」
幾久が言うと、高杉が首を突っ込んだ。
「なんじゃそれは」
御堀が言った。
「ホーム部で話を聞いたんですけど、報国院はチョコ受け取り禁止でホーム部が委託として生徒へのチョコレートを制作していると」
「そうじゃぞ。じゃけ、ホーム部のチョコは生徒に配られるが。幾久がなんで関係あるんじゃ?」
「ホーム部からのスカウトです。幾、雪ちゃん先輩へのチョコレートを作りたいそうで。そうしたら河上先輩が、だったら御門の先輩のチョコも幾に作って貰おうということに」
「えっ」
「やだな」
高杉と久坂の言葉に、幾久が唇を尖らせた。
「えー、なんでっすか。河上先輩、衛生の資格とかあるんすよね?」
「お前にはなかろう」
高杉が嫌そうな顔で言うも、幾久はむっとして言った。
「ちゃんと教えてもらいますもん。雪ちゃん先輩にいいチョコ渡したいし!」
すると高杉があきれて言った。
「こいつはいつから雪にここまで入れあげるようになったんじゃ」
「元からです。諦めてください」
御堀が言うので幾久も言った。
「最初からですぅ~。初めてあった日から、雪ちゃん先輩優しかったっすもん」
「それにしたって、恋する女の子みたいで気持ち悪い」
久坂が言うと幾久はむっとして言い返した。
「なんすか。オレが女子だったら絶対に告白するくらい雪ちゃん先輩、カッコいいじゃないっすか」
「もしお前が女子だったら、全く雪は相手せんぞ。筋金入りのシスコンじゃからの」
「そうそう、眼鏡タヌキちゃんは身の程知りな」
そう言って久坂はもう片方の足を幾久の背中に乗せた。
「重っ!マジ重っ!限界!」
そう言ってごろんと横に転がって逃げた。
ぷはーと幾久は息を吐く。
「なんなんすか先輩も誉も。オレを押し花にする気?!」
「さっさと逃げればいいのに」
御堀が言うと幾久は返した。
「なんか悔しいじゃん」
「無駄な戦いじゃの」
高杉があきれるが、幾久は言った。
「じゃあ、オレがハル先輩のチョコ作んなかったら、絶対にトシが作りますよ」
「なんでそこにトシが出てくるんじゃ」
嫌そうな顔で高杉が言うので、幾久はしめしめと今日の事を話すことにした。
「だって、報国院はチョコ貰うの基本禁止っしょ?だったら男から女子に渡せばいいって、チョコ作る教室するらしいっすよ。トシが言い出しっぺなんで」
「また馬鹿トシが馬鹿なことを……」
久坂があきれるが、幾久は御堀を見て言った。
「でも、もう経済研で参加費用計算しはじめてますから、絶対にありますよ、コレ」
すると久坂と高杉の二人が驚き、がばっと御堀を見るも、御堀は微笑んで頷いた。
「栄人先輩がはりきって仕入れするそうなので、決定事項ではないかと」
露骨に嫌な顔をする久坂と高杉に、幾久は思わず「勝った!」と喜び口に出して、二人に同時に蹴っ飛ばされたのだった。
大晦日になり、幾久と御堀は一緒に昨日と同じ仕事に出かけた。
高杉は毛利に頼まれ警備のセッティングに忙しく、久坂は義姉の六花の買い物の手伝いと掃除に駆り出されていた。
昨日と同じ面々で、幾久達は団子をひたすら作り続けていた。
「さすがに二日連続ともなると腕が痛いなあ」
幾久が言うと、伊藤が文句を言った。
「お前はお玉担当じゃん!俺なんかクソ重い粉と水で捏ねるお仕事だぞ?!」
「仕方ないじゃん、トシ、力持ちなんだし」
「損な役ばっか押し付けられてる気がする……」
言いながらも手は動かし、大量の粉を捏ね続けている。
「まーまー、そう言うな。もうすぐ小豆が煮えるから、お前ら一番に善哉食わせてやるから!」
河上が言うと、佐久間も言った。
「そうそう、腹いっぱい食っていいぞ!一気に作ると善哉、ぶちくそウメーからな!」
「え、そんなに?」
幾久が言うと、御堀が頷いた。
「不思議なんだけど、同じものでもたくさん作ると確かにおいしくなるんだよね。あれ、なんなんだろうね」
すると河上が言った。
「鍋がでかくて厚いだろ?熱の伝導がゆっくりで、材料が多いと均一に熱が伝わるまで時間がかかって、その分うまみが出やすくなるとかなんとか」
御堀が頷いた。
「一般家庭で作る場合と、店なんかで作る場合だとレシピの割合が同じでも違う味になるのはだからなんですね」
「そうそう。やっぱ店の味ってあるじゃん。味噌とか醤油とか、発酵ものになると余計に違うけど、菓子屋でもそうだろ?」
御堀が和菓子屋の跡取りと知っている河上が言うと、御堀は頷いた。
「職人さんが、道具の癖も知っておかないとってよく言ってます」
「道具に癖なんかあんの?」
幾久が驚くが、御堀は笑って頷いた。
「サッカーと同じだよ。ホームとアウェイじゃ違うだろ?同じ芝でフィールドが同じサイズでも」
「あ!そっか」
幾久と御堀がサッカーに例えて話をしていると、今度は伊藤が首を突っ込んだ。
「なにそれ。逆に判んねーんだけど」
「サッカーって、試合数が決まってるんだけど、かならず自分のチームがいつも練習するホームでの試合と、敵のチームでやるアウェイ戦っていうのがあるんだ」
幾久が言うと伊藤が「ふんふん」と頷く。
「いつも練習してる場所なら、芝の癖とか、踏む感じとか反動とかって判るじゃん。だったら有利だよな?でもそうなると敵には不利になるから、互いに互いのホームで戦うわけ」
「なるほど、自分のところと、相手の所で戦うのか」
伊藤が頷くと、御堀が言った。
「道具も、季節や年期で癖が変わってくるんだよね」
河上も頷く。
「そうだぞ。レシピ通りに作っても、オーブンの癖つかむまで、けっこう試行錯誤になるんだよ。メーカーによっても熱の伝わり方も変わるし。そういう意味ではサッカーと同じなのか」
「そうっすね。確かに同じサイズで同じスポーツでも、場所で全く違ってきますし」
「幾はサッカーに例えたらすぐだよね」
「まーね。好きだし」
河上が笑って言った。
「本当にハルの言ってた通り、サッカーばっかだなお前ら。でもいいんじゃねえの、そういうの鳳じゃ絶対にいるもんな」
「俺はいつ鳳に入れるんだろうか」
伊藤が言うと、同じ祭示部で報国寮の面々が爆笑した。
「無理無理!俺らじゃとうてい追いつけねーって!」
「伊藤君、諦めてとっとと千鳥においでって。向いてるから」
「ばっ、冗談じゃねーよ!俺は鳩を死守するぞ!」
伊藤が言うと、幾久が苦笑した。
「鳩を死守しちゃダメじゃん。上、目指すんならさ」
「そうだった!なんとか鷹に上がんねーと、鳳全くだわ!」
肩を落とす伊藤に、報国寮の面々が更に笑った。
「無理無理。だって伊藤君、鳩でもギリギリじゃん」
「そうそう。早く諦めたほうがいいっすよ」
「うるせえ。俺はハル先輩と同じとこ目指すんだよ!」
粉を乱暴にばさばさーっと振るので辺りが一気に真っ白になる。
「伊藤君やめろよ!真っ白になるじゃん!」
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