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【20】適材適所~愛とは君が居るということ

クリスマスプレゼントとプレゼンと

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 全然これまでと違う。
 アーティストだぞ、ミュージシャンやぞ、プロだぞ、わかってんの?とふざけて笑われていたけれど、本当に幾久はなにも知らなかった。
 ステージの上を自由に飛びはね、歌い上げる集の姿はこれまで見たどの姿より大きく見える。
 春の鯨祭りではフェスをステージの横から眺め、先月は校舎の屋上でゲリラライヴを遠くから眺めたけれど、ちゃんとしたステージを真正面から見たのは初めてだ。
 息が止まる。
 会場のいる人たちの興奮に押しつぶされそうになる。
 熱気が、声が、全員の視線が、すべてステージに集中していた。
 知らない間に、歯がかたかたと震えていた。
(あれが、あの先輩達って?)
 どこがだ。
 幾久は呆れた。
(めちゃめちゃ、かっけえ)
 児玉が興奮しながら言う気持ちが、やっと初めて理解できた。
 全身で楽しそうに歌う集は、会場の人々の期待を一気に抱えて、それらに全て応えている。
 そうとしか見えなかった。
 マイクを通し、スピーカから声は出ているはずなのに、まるですぐ傍で歌われているみたいに、幾久の体中に集の声がずしんと響く。
 福原のギターなら傍で聞いた。
 来原のドラムだって知っている。
 中岡のベースも、上手なことも。
 青木のピアノも、無駄に上手いピアニカも。
 集がどんなに澄んだ声で歌うのかも。
 幾久は知っていたはずだった。
 だけど結局、何も判ってなんかいなかった。

 叫ぶように歌う集にあわせて、来原が押し出すように力強いドラムを叩く。
 響くベースの重い音に、福原のはしゃぐような弾むギターの音、そして全てをまとめて強引に織り上げていく青木のピアノ。
 世界をくるくると染め替える光の渦、体に響く音の渦。

 めまぐるしく襲い来る世界に、幾久はしがみつくのが必死で、ステージを見つめていると、いつのまにか涙が出ていた。
 歌はずっと聴いていたいと思うのに、聴いていると、胸が苦しくてたまらなくなる。
 凄いとしか言いようのないステージに圧倒され、幾久は何度も袖で目を擦った。



 アンコールを入れて二時間以上のグラスエッジのライヴが終了した。
 会場を出ると暗いから、見つからなかったら大変だと出口あたりで立っていた児玉と江村はグッズのタオルを首に巻いて、幾久と御堀を待っていた。
「いやー、マジ今日のライヴ、これまでで一番盛り上がったわ!いっつも最高だけど、今日凄かったよな!」
 興奮して言う江村に児玉も何度も頷いた。
「マジで!ほんっと良かった!もう最高すぎて、なんかもう死んでもいいわ!」
「いや、明日もあんだろ」
「明日までは死ねねえ!」
 そうはしゃぐ二人の前に、御堀と幾久が現れた。
「ああ、いた。良かった。ごめん、ちょっと遅くなってさ」
「かまわないけど」
 てっきりメンバーに呼ばれているとばかり児玉は思っていたのだが、幾久の手に、なぜかグラスエッジのバッグがあった。
「幾久、それ」
 児玉が尋ねると、ちょっと目を赤くした幾久が決まり悪そうな笑顔で児玉に言った。
「ああ、うん。グッズ欲しくて買いに行ったんだ」
「お前が?!」
 あからさまに驚く児玉に、幾久は苦笑した。
「いいじゃん。ライヴ、すげー良かったから。オレ、グラスエッジのファンになったんだ」
 幾久の言葉に江村が喜んだ。
「マジかよ!やっぱ今日のライヴ、良かったもんな!」
 江村の声は弾むが、ひどく擦れているのはきっと叫んだのだろう。
「声枯れてんじゃん」
「そうなんだよ。あんま喋れねえ」
「すげえ喋ってんじゃん」
 そういう児玉の声も枯れていて、全員は顔を見合わせると、ふっと笑った。


 駅に向かうバスの中で、児玉と江村がかすれた声でずっと喋っていたが、中に乗っている人もほとんどがグラスエッジのファンだった。
 ツアーTシャツに首からはタオル、手首にはリストバンド、以前のツアーグッズを沢山つけている人も居た。
 全員が疲れても満足そうな顔だ。

 駅に到着すると、博多駅はクリスマスのイルミネーションが輝いていた。
 大きな雪の結晶の形のライトが点滅を繰り返し、大きな木のような白いイルミネーションがいくつもあり、さながら白く光る森のようだ。
「すげー、綺麗」
 幾久が見上げて言うと、御堀は早速スマホで写真を撮っていた。
「本当、綺麗だね」
 御堀が言うと、児玉が御堀に言った。
「誉、なんか幾久と写真がどうとか」
「ああ、そうだね。ここだと凄くいいね」
「また営業?」
 幾久が呆れて言うと、御堀は「うん」と頷く。
 なんだかそれもおかしくなって、幾久は笑った。
「いいよ、どうせなら思いっきり派手なやつ、やろーよ」
「乗り気だね」
「ライヴでめっちゃアガッてんの」
 そうして御堀の選んだ場所で、御堀と幾久は向かい合って手を恋人繋ぎでつなぎあってじっと見つめあう。
「とるぞー」
 呆れた声の児玉に、幾久と御堀は調子に乗って、ロミジュリのごとく、踊るようなポーズで写真をとりまくった。

 しばらく写真を取っていると、江村が児玉に言った。
「児玉、お前のスマホ貸せよ」
「なんで?充電切れたのか?」
「ちげーよ。折角御門三人そろってんじゃん。並べよ」
 江村の言葉に、児玉は頷き、御堀と幾久と一緒に並んだ。



 写真を撮っているうちに、時間が近づいたので全員は新幹線に乗りこんだ。
 博多からは新幹線での各駅停車で二駅で、そこからはタクシーで帰る予定だ。
 時間が遅いせいで開いている席が多かったので、二列の席のひとつをぐるりと向かい合わせにして座った。
 席につくと一気に疲れが出て、新幹線が出発のアナウンスをした途端、全員が「はー……」と同時に息をついた。
 あまりのタイミングに全員が噴出し、買ったコーヒーやお茶で乾杯した。
「お疲れさまでした」
「おつかれー!」
「幾久、お前グッズ何買ったんだ?」
 児玉に尋ねられ、幾久は袋を開いて見せた。
「会場の物販だから、あんまり種類なかったけど、適当に」
 幾久が買ったのは、今回のツアータイトルが入ったキーホルダーとリストバンドだった。
 早速、タグをはずして身につけて、リュックにキーホルダーをつける。
「これで乃木もダイバーだな!」
 江村が言うと、幾久が首をかしげた。
「ダイバー?」
「グラスエッジのテーマって『海』だろ?全ての生命は海から生まれたんだから、陸で傷ついたり、戦ったり、疲れたり、そんな時は一緒に海に潜ろう、音楽に浸ろうって意味でファンをそう呼ぶんだ」
「へえ、かっこいいね」
 御堀が頷くと江村が「だろ?!」と喜び続けて言った。
「グラスエッジっていうバンド名も集さんが決めたんだけど、そのきっかけがペンダントにしてるシーグラスなんだ」
 そういえば、と幾久は思い出す。
 集はブレスレットやペンダントを沢山つけているのだが、胸には絶対に青緑色のガラスが紐で結ばれた無骨なペンダントを身に着けていた。
「そのシーグラス、報国の海の奴で、集さんめちゃめちゃ思い入れあるんだって。だから肌身離さずつけてるんだって」
「へえ、そうだったんだ」
 集は滅多に喋ることも感情を揺らす事もない。
 おとなしくて静かないい人だ。
 だけど一度マイクを握り、ステージで歌いだすと別人みたいなパフォーマンスをする。
 その集が大事にしているのなら、きっと本当に大切なのだろう。
「オレ、なんも知らなかったなあ」
 幾久にしてみたら仕方がないが、最初からあのやかましくて騒がしい先輩達、という印象しかなかったので、もし今日初めてあの人たちを知ったなら、きっともっと尊敬していただろう。
(でも、手遅れだよな)
 そう思って幾久はちょっと笑ってしまった。
 ステージでは確かにかっこよかったけれど。
「あ、そうだ」
 幾久はリュックの中をごそごそと探して、袋を取り出した。
「悪いんだけどさ、江村、これ頼んどいた奴」
 幾久が江村に渡したのは、雪充と雪充の姉の菫に渡して貰うプレゼントだ。
「雪ちゃん先輩には、メッセージ送っとくから渡すだけ頼む」
「いいぞ。お前らには恩があるしな」
「恩?」
 首をかしげる幾久に、江村は言った。
「キーホルダーくれただろ」
「あ、そっか」
 そのくらい、と幾久は笑った。


 おしゃべりをしているうちに新幹線はすぐ新赤間の駅に到着した。
 駅からはタクシーの移動で、予約したタクシーが待っていた。
 すでに夜も更けて暗い中、タクシーは報国町へ向かって走り出す。
 やがてタクシーは恭王寮の前に到着した。

「じゃ、お疲れ。明日も同じだろ?」
 江村が児玉に言うと、児玉が頷く。
「おう。じゃあ、また明日な」
 そういって江村がタクシーから降りると、恭王寮の門が開いた。
 出てきたのは、雪充だった。
「雪ちゃん先輩!」
 タクシーの中で幾久が喜ぶが、児玉が苦笑して言った。
「降りるなよ、幾久」
「判ってるってば」
 それでも思いがけず雪充に会えたのは嬉しい。
 タクシーの運転手が、幾久の居る場所の窓を下げた。
「おかえり、無事に到着して良かった」
 江村は雪充にぺこりと頭を下げた。
「ただいまっす、提督。あ、それとこれ、乃木からっす」
 そういって江村が幾久からの袋を渡すと、雪充は驚き尋ねた。
「いっくんから?僕に?」
 幾久が言った。
「あの、クリスマスプレゼントっす!あと、受験、頑張って欲しくて」
「え、本当に?!嬉しいな。ありがとう!」
 雪充が喜んで笑顔を見せたので、幾久も照れて笑う。
 すると、御堀が雪充に言った。
「先輩、幾にそっくりなの、入ってますよ」
「そうなの?なんだろ。後から見るね」
 幾久は、はっと思い出す。
「あ、それと、菫さんへのプレゼント入ってます。ささやかなんすけど」
「姉に?」
 驚く雪充に、幾久は頷いた。
「六花さんにも、ウィステリアの先輩にも、同じようなもの買ったんで。ハンドクリームっす」
「絶対にうちの姉、喜ぶよ。ありがとう、いっくん」
 じゃあ、と雪充と江村が手を降り、タクシーは御門寮へと向かった。
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