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【19】通今博古~寮を守るは先輩の義務
僕らは寮に守られ育つ
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「いっくん風に言うなら、『いいパスをまわしてたら、勝手にみんなが集まってきた』ってとこなのかな」
「なんかそれもすげえな。やっぱ御門っこか」
「そうなんだろうね」
自分が存在しなくても、ちゃんと御門に御門らしい人材が集まり育つ。
自分が必要なかった、と思いそうでもあるけれど、集まった一年生、全員が雪充を目指しているという。
「御門の長男としては、頑張らないとだなあ」
雪充が言うと、周布が笑った。
「兄貴が甘やかすから、あの有様か」
「そう。でも結果出してるんだからいいだろ?」
「そういうの、やっぱ御門な」
「御門だよ。恭王寮だって管理はするけど」
御門だからこそ、これまでの恭王寮を変えることができる。
だからきっと、もう自分のように、誰もどこの寮にも奪われないように。
三年生は、後期になれば受験の準備に入るし、試験が終わるまでは何も出来なくなる。
こんな時期まで雪充が寮の仕事を引き受けているのも本来おかしな事だ。
「もうちょっと、気合入れてまとめないと」
雪充の心情を理解できる周布は、「できることがあったら言えよ」と言うと、雪充は「ありがとう」と頷いた。
昼休みを過ぎても、御堀は面白いくらいに落ち込んでいた。
放課後になっても、頭を冷やしたいから一人で帰る、という御堀を幾久は止めず、別々に帰った。
幾久は児玉と一緒におしゃべりしながらゆっくり歩いて帰ったのだが、御堀は後から到着した。
ということは、多分、山を越えるルートを通ったのだろう。
すでに着替えを済ませていた幾久と児玉は、帰ってきた御堀に声をかけた。
「おかえり、誉」
「……うん。ただいま」
そういう言葉にも覇気がない。
これはかなり落ち込んでいるな、と幾久と児玉は顔を見合わせた。
着替えるために衣裳部屋に入った御堀を見て、児玉は幾久に言った。
「幾久、俺コーヒー入れるからさ、誉どうにかしとけ」
「えー?どうにかって、どうすんだよ」
「どうにかだよ。任せたぞ」
「えぇ~……」
どうにかなんて、できたらしたいけれど、あそこまで落ち込んでいると声をかけていいものかどうかも悩む。
幾久が悩んでいる間に、御堀は着替えをすませて出てきた。
「幾?どうしたの」
そう尋ねる表情も、やはり元気がない。
どうしようと考えるも、いい言葉が思い浮かばず、幾久は御堀に抱きついた。
「幾?」
「落ち込むなよ」
「……落ち込むよ」
そういって御堀は大きくため息をついて、幾久の肩に頭を乗せた。
「幾を守るつもりだったのに、結局幾を責めたみたいになった」
幾久の努力を、幾久の立場を、御堀は守りたかっただけなのに、幾久に強い言葉を放ってしまった。
幾久は御堀の背を軽く叩いた。
「マジ切れしてたね。学食にいた連中、かなり引いてたじゃん」
「もう、言うなよ。ほんっとかっこ悪い」
はあ、とまたため息をつく御堀に、幾久は笑って言った。
「オレの為に言ってくれたんだろ。ありがと。ほら、いじけんなってば」
何度も御堀の背を叩くが、御堀は深く落ち込んでいるのか、幾久の肩に頭を置いたまま言った。
「……幾がどんな練習してたかってさ、見たわけじゃないけど。判るんだよ」
「うん」
幾久と同じく、御堀もユースだった。
互いにレベルの違いはあっても、プロを目指してやってきたわけだから、どのくらいやって、どのレベルになったのか、くらいは想像が付く。
「幾って小さめじゃん」
「小さめ言うな。これでも身長伸びてんだぞ」
「なのにボールの扱い、滅茶苦茶上手いし、暗くなっても全くボールに物怖じしないし、動揺もしないし、パスすっごい上手いし」
「まーね、そこはまあ自信あるかな」
幾久が自慢げに言うと、御堀はぼそりと言った。
「僕だって誰にも負けるつもりないくらいやってきたけど。でも幾は、……どれだけ、一人で練習したんだろうって」
幾久が小さく体をこわばらせた。
やっぱり、と御堀は思った。
中学生の間もユースとしてやってきた御堀と違い、幾久は中学生の頃は部活にも入らず、たまにフットサルをやったくらい、と言う。
だったら、三年まともにやらずにあんな事が出来るのか。
違う。
御堀には判る。
ちゃんと、幾久が練習を続けていたのだと。
ユースを落ちて、部活にも参加せず、塾に行きながら、幾久はずっと一人でやってきたのだ。
多分親にも内緒で密かに。
きっと暗い中、ぎりぎりの時間まで。
それこそ、ボールが、暗闇で追えなくなるまで。
どんなに孤独だったろう。
どんなに惨めだったろう。
―――――どんなに苦しかっただろう。
「僕を誤魔化せると思うなよ。一人でずっと、頑張ってたんだろ」
御堀が言うと、幾久は息をのんだ。
やっぱり、と御堀は顔を上げた。
「僕は、悔しいんだよ。幾がどれだけ頑張ってたのか判るから」
そうしてまっすぐ幾久を見つめると、少し瞳がうるんでいた。
(やっぱり)
御堀は急に、心の中に炎がともったように、燃え上がった。
その炎であっという間に燃やされてしまったみたいに、落ち込んだ自分の気持ちが消えた。
「あーもう!すっごい悔しい!幾のバカ!」
「なんでだよ。なんでオレがバカなの」
「バカだよ。ほんとーに、バカ」
なんでそこまで一人で頑張るのだろう。
きっと幾久が一人、頑張っているのを、コンビを組んでいたという相棒も知っていたのではないか。
だから幾久をフットサルに誘い、だけど断られて、強く言えなかったんじゃないのか。
悔しそうに幾久にしがみつく御堀に、幾久は笑って言った。
「ありがと、誉」
御堀は顔を上げ、幾久をまっすぐ見据えた。
幾久は微笑んで、御堀に言った。
「誉が居てくれて、なんかスゲー救われる。誉ってさ、今のオレだけじゃなくてさ、これまでのオレを大事に思ってくれるじゃん」
同じようにサッカーをやっていたから判る。
だけどここまで、幾久を強く信じて、幾久の為に怒ってくれる、そんな御堀を幾久は本当に好きだと思う。
「オレ、誉がかばってくれて、本当にスゲー嬉しかった」
「幾……」
「ま、ちょっと言い過ぎとは思うけど。誉のあれはキツイよ。瑞祥先輩レベルだよ、人でなしだよ」
ずけずけと言う幾久に、通りすがった久坂が言った。
「僕がどうしたって」
「誉を良い子にしたいんす」
むっとして久坂がかがみこむ。
「僕が悪い子みたいじゃないか」
「口は相当。性格も。あと」
歯切れよくいいかえす幾久に、久坂の頬がひくりと歪む。
「よし、表でろ乃木後輩」
「サッカーならいいっすよ」
久坂相手でもサッカーなら勝てるんじゃないかな。
今の幾久は御堀がそばに居れば、誰にでも勝てるような気がする。
ばちばちとやりあいそうな空気を出す幾久と久坂、そして幾久に抱きついたままの御堀を見て、児玉が呆れて声をかけた。
「おい、そんなことよりコーヒー入ったぞ。飲むんじゃないのかよ」
すると久坂はやれやれ、と腕を腰に当てた。
「仕方ない、休戦するか。タマ後輩、僕のは」
児玉は頷き、久坂に答えた。
「お茶入れてます。最中もご用意してます」
「よろしい」
好物の最中とあたたかいお茶があるならと久坂は居間へ向かう。
「ほら誉、コーヒーあるぞ。飲もう。こういうときは飲むんだ」
「酒のみみたいな事言わないでよ」
もう、と呆れるも、表情はもう落ち込んではいなかった。
二人で居間に向かいながら、幾久は御堀に告げた。
「オレ、プロにはなれなかったけどさ、こう、色々あったじゃん。桜柳祭から特に」
「うん」
サッカーをきっかけに、時山と頻繁に遊ぶようになり、御堀とも楽しんで、華之丞とも藤原とも関わる事になった。
「なんかさ、こういう面白い事が次々おこると、サッカーしたことは後悔せずにすんでるかなって。まだわかんないけどさ」
未来の事は、当然なにも判らない。
幾久も、御堀もだ。
今の判断や決断が、将来の自分の喜ぶものになるのかは判らない。
だから、御堀はいろいろ考えている。
幾久の才能は惜しい。
もし幾久の事を知っていて、その才能を知っていたら、果たして自分はサッカーを諦めていただろうか。
今更ユースに戻れるほど、甘い世界じゃないのは判ってる。
幾久だって背が伸びたとはいえ、恵まれた体とは言いがたい。
それでも、御堀はこのままの毎日を、ごまかし、遊び、過ごすつもりはなかった。
(考えてやる)
絶対に幾久の努力を、三年の後悔を、無駄になんかさせるものか。
幾久が『別にいいよ』と言ったとしても、御堀にとってそれは別にいいものにはならない。
(考えて考えて―――――)
もし後悔するとしても、幾久が泣くような後悔にならないように。
そうコーヒーを飲みながら考える御堀に、幾久が尋ねた。
「誉、なに考えてるの。なんかさっきから笑顔、こえーんだけど」
「悪巧みしてるだけ」
ふふんと言う御堀に、児玉が呆れて言った。
「お前、本当に瑞祥先輩に似てきたな」
「僕が何だって?タマ後輩」
久坂の質問に児玉は首を横に振って答えた。
「……大変尊敬いたしております」
「よし表でろ。よしひろの成果を見てやる」
「だから、いやです、ってば!」
にぎやかな居間の声を聞いて、高杉が入ってきた。
「なんじゃ、にぎやかじゃの」
これ幸いと児玉が立ち上がった。
「ハル先輩、コーヒーがいいですか?お茶がいいですか?」
「コーヒーを貰おうかの」
そういっていつもどおり、久坂の隣に腰を下ろす。
「ハル先輩、なにかお菓子食べますか?俺、持ってきます」
「タマ後輩、逃げ方うまくなったねー」
久坂の言葉に高杉が苦笑した。
「なんじゃ、またなんかふっかけたんか」
「タマ後輩が生意気になりつつある」
むっとする久坂に高杉が笑って言った。
「そりゃお前の世話ばっかり焼いちょるんじゃ。ストレスも溜まるじゃろう」
加減してやれ、と笑う高杉に、久坂はむっとして高杉に告げた。
「じゃあハルはストレス溜まってるって?」
「別に。ワシはお前の世話をしちょるつもりはねえからの」
そういってコーヒーを飲む高杉に、幾久は尋ねた。
「え。ハル先輩、毎朝あんなに世話やいてるのに?」
朝起きて、ねぼけた久坂を運び、顔を洗わせて歯を磨かせて、着替えも手伝っているというのに。
驚く幾久に、高杉はふふんと笑って幾久に言った。
「幾久、あれは世話じゃのうて、『守(もり)』言うんじゃ」
「もり?」
首を傾げる幾久に児玉が言った。
「子守って意味」
「あーね!わかる!確かに!」
ぽんっと手をうつ幾久に、久坂が笑顔のまま引きつり、高杉は爆笑し、児玉はしまった、という顔になり。
「後輩に言われるのが嫌なら、はよ起きい」
「ハルひどい」
「お前ももうすぐ三年じゃろ。早起きを学べ」
「いいんだよ僕は。ギリギリまで寝ておきたい」
「俺、お菓子持ってきます!」
不穏な空気を察し、立ち上がる児玉に、幾久はのんびりと「外郎持ってきて~」とお願いし。
「幾久は本当に図太くなったのう」
「ほんと、誰に似たのか」
高杉と久坂の言葉に、「先輩らにっすよ。それはもう、間違いなく」と幾久が返す。
「僕は図太くならないように気をつけよう」
コーヒーを飲みつつしれっという御堀に、高杉と幾久は顔を見合わせた。
「ハル先輩、寮を改築までした人がなんか言ってる」
「買収しまくった奴のどこが繊細じゃと?」
「繊細だから、念には念を入れて買収したんです」
すまして言う御堀に、高杉は感心し「確かにお前は瑞祥に似ちょるのう」と言うと、久坂は「どういう意味」とむっとした。
そうして御門寮の面々は、冬の休みに向けて、コーヒーを飲みながら、計画の相談を始めた。
冬休みが始まるまであとわずか。
にぎやかな御門寮の外では、今年初めての雪が、音もなく静かに舞い始めた。
通今博古・終
「なんかそれもすげえな。やっぱ御門っこか」
「そうなんだろうね」
自分が存在しなくても、ちゃんと御門に御門らしい人材が集まり育つ。
自分が必要なかった、と思いそうでもあるけれど、集まった一年生、全員が雪充を目指しているという。
「御門の長男としては、頑張らないとだなあ」
雪充が言うと、周布が笑った。
「兄貴が甘やかすから、あの有様か」
「そう。でも結果出してるんだからいいだろ?」
「そういうの、やっぱ御門な」
「御門だよ。恭王寮だって管理はするけど」
御門だからこそ、これまでの恭王寮を変えることができる。
だからきっと、もう自分のように、誰もどこの寮にも奪われないように。
三年生は、後期になれば受験の準備に入るし、試験が終わるまでは何も出来なくなる。
こんな時期まで雪充が寮の仕事を引き受けているのも本来おかしな事だ。
「もうちょっと、気合入れてまとめないと」
雪充の心情を理解できる周布は、「できることがあったら言えよ」と言うと、雪充は「ありがとう」と頷いた。
昼休みを過ぎても、御堀は面白いくらいに落ち込んでいた。
放課後になっても、頭を冷やしたいから一人で帰る、という御堀を幾久は止めず、別々に帰った。
幾久は児玉と一緒におしゃべりしながらゆっくり歩いて帰ったのだが、御堀は後から到着した。
ということは、多分、山を越えるルートを通ったのだろう。
すでに着替えを済ませていた幾久と児玉は、帰ってきた御堀に声をかけた。
「おかえり、誉」
「……うん。ただいま」
そういう言葉にも覇気がない。
これはかなり落ち込んでいるな、と幾久と児玉は顔を見合わせた。
着替えるために衣裳部屋に入った御堀を見て、児玉は幾久に言った。
「幾久、俺コーヒー入れるからさ、誉どうにかしとけ」
「えー?どうにかって、どうすんだよ」
「どうにかだよ。任せたぞ」
「えぇ~……」
どうにかなんて、できたらしたいけれど、あそこまで落ち込んでいると声をかけていいものかどうかも悩む。
幾久が悩んでいる間に、御堀は着替えをすませて出てきた。
「幾?どうしたの」
そう尋ねる表情も、やはり元気がない。
どうしようと考えるも、いい言葉が思い浮かばず、幾久は御堀に抱きついた。
「幾?」
「落ち込むなよ」
「……落ち込むよ」
そういって御堀は大きくため息をついて、幾久の肩に頭を乗せた。
「幾を守るつもりだったのに、結局幾を責めたみたいになった」
幾久の努力を、幾久の立場を、御堀は守りたかっただけなのに、幾久に強い言葉を放ってしまった。
幾久は御堀の背を軽く叩いた。
「マジ切れしてたね。学食にいた連中、かなり引いてたじゃん」
「もう、言うなよ。ほんっとかっこ悪い」
はあ、とまたため息をつく御堀に、幾久は笑って言った。
「オレの為に言ってくれたんだろ。ありがと。ほら、いじけんなってば」
何度も御堀の背を叩くが、御堀は深く落ち込んでいるのか、幾久の肩に頭を置いたまま言った。
「……幾がどんな練習してたかってさ、見たわけじゃないけど。判るんだよ」
「うん」
幾久と同じく、御堀もユースだった。
互いにレベルの違いはあっても、プロを目指してやってきたわけだから、どのくらいやって、どのレベルになったのか、くらいは想像が付く。
「幾って小さめじゃん」
「小さめ言うな。これでも身長伸びてんだぞ」
「なのにボールの扱い、滅茶苦茶上手いし、暗くなっても全くボールに物怖じしないし、動揺もしないし、パスすっごい上手いし」
「まーね、そこはまあ自信あるかな」
幾久が自慢げに言うと、御堀はぼそりと言った。
「僕だって誰にも負けるつもりないくらいやってきたけど。でも幾は、……どれだけ、一人で練習したんだろうって」
幾久が小さく体をこわばらせた。
やっぱり、と御堀は思った。
中学生の間もユースとしてやってきた御堀と違い、幾久は中学生の頃は部活にも入らず、たまにフットサルをやったくらい、と言う。
だったら、三年まともにやらずにあんな事が出来るのか。
違う。
御堀には判る。
ちゃんと、幾久が練習を続けていたのだと。
ユースを落ちて、部活にも参加せず、塾に行きながら、幾久はずっと一人でやってきたのだ。
多分親にも内緒で密かに。
きっと暗い中、ぎりぎりの時間まで。
それこそ、ボールが、暗闇で追えなくなるまで。
どんなに孤独だったろう。
どんなに惨めだったろう。
―――――どんなに苦しかっただろう。
「僕を誤魔化せると思うなよ。一人でずっと、頑張ってたんだろ」
御堀が言うと、幾久は息をのんだ。
やっぱり、と御堀は顔を上げた。
「僕は、悔しいんだよ。幾がどれだけ頑張ってたのか判るから」
そうしてまっすぐ幾久を見つめると、少し瞳がうるんでいた。
(やっぱり)
御堀は急に、心の中に炎がともったように、燃え上がった。
その炎であっという間に燃やされてしまったみたいに、落ち込んだ自分の気持ちが消えた。
「あーもう!すっごい悔しい!幾のバカ!」
「なんでだよ。なんでオレがバカなの」
「バカだよ。ほんとーに、バカ」
なんでそこまで一人で頑張るのだろう。
きっと幾久が一人、頑張っているのを、コンビを組んでいたという相棒も知っていたのではないか。
だから幾久をフットサルに誘い、だけど断られて、強く言えなかったんじゃないのか。
悔しそうに幾久にしがみつく御堀に、幾久は笑って言った。
「ありがと、誉」
御堀は顔を上げ、幾久をまっすぐ見据えた。
幾久は微笑んで、御堀に言った。
「誉が居てくれて、なんかスゲー救われる。誉ってさ、今のオレだけじゃなくてさ、これまでのオレを大事に思ってくれるじゃん」
同じようにサッカーをやっていたから判る。
だけどここまで、幾久を強く信じて、幾久の為に怒ってくれる、そんな御堀を幾久は本当に好きだと思う。
「オレ、誉がかばってくれて、本当にスゲー嬉しかった」
「幾……」
「ま、ちょっと言い過ぎとは思うけど。誉のあれはキツイよ。瑞祥先輩レベルだよ、人でなしだよ」
ずけずけと言う幾久に、通りすがった久坂が言った。
「僕がどうしたって」
「誉を良い子にしたいんす」
むっとして久坂がかがみこむ。
「僕が悪い子みたいじゃないか」
「口は相当。性格も。あと」
歯切れよくいいかえす幾久に、久坂の頬がひくりと歪む。
「よし、表でろ乃木後輩」
「サッカーならいいっすよ」
久坂相手でもサッカーなら勝てるんじゃないかな。
今の幾久は御堀がそばに居れば、誰にでも勝てるような気がする。
ばちばちとやりあいそうな空気を出す幾久と久坂、そして幾久に抱きついたままの御堀を見て、児玉が呆れて声をかけた。
「おい、そんなことよりコーヒー入ったぞ。飲むんじゃないのかよ」
すると久坂はやれやれ、と腕を腰に当てた。
「仕方ない、休戦するか。タマ後輩、僕のは」
児玉は頷き、久坂に答えた。
「お茶入れてます。最中もご用意してます」
「よろしい」
好物の最中とあたたかいお茶があるならと久坂は居間へ向かう。
「ほら誉、コーヒーあるぞ。飲もう。こういうときは飲むんだ」
「酒のみみたいな事言わないでよ」
もう、と呆れるも、表情はもう落ち込んではいなかった。
二人で居間に向かいながら、幾久は御堀に告げた。
「オレ、プロにはなれなかったけどさ、こう、色々あったじゃん。桜柳祭から特に」
「うん」
サッカーをきっかけに、時山と頻繁に遊ぶようになり、御堀とも楽しんで、華之丞とも藤原とも関わる事になった。
「なんかさ、こういう面白い事が次々おこると、サッカーしたことは後悔せずにすんでるかなって。まだわかんないけどさ」
未来の事は、当然なにも判らない。
幾久も、御堀もだ。
今の判断や決断が、将来の自分の喜ぶものになるのかは判らない。
だから、御堀はいろいろ考えている。
幾久の才能は惜しい。
もし幾久の事を知っていて、その才能を知っていたら、果たして自分はサッカーを諦めていただろうか。
今更ユースに戻れるほど、甘い世界じゃないのは判ってる。
幾久だって背が伸びたとはいえ、恵まれた体とは言いがたい。
それでも、御堀はこのままの毎日を、ごまかし、遊び、過ごすつもりはなかった。
(考えてやる)
絶対に幾久の努力を、三年の後悔を、無駄になんかさせるものか。
幾久が『別にいいよ』と言ったとしても、御堀にとってそれは別にいいものにはならない。
(考えて考えて―――――)
もし後悔するとしても、幾久が泣くような後悔にならないように。
そうコーヒーを飲みながら考える御堀に、幾久が尋ねた。
「誉、なに考えてるの。なんかさっきから笑顔、こえーんだけど」
「悪巧みしてるだけ」
ふふんと言う御堀に、児玉が呆れて言った。
「お前、本当に瑞祥先輩に似てきたな」
「僕が何だって?タマ後輩」
久坂の質問に児玉は首を横に振って答えた。
「……大変尊敬いたしております」
「よし表でろ。よしひろの成果を見てやる」
「だから、いやです、ってば!」
にぎやかな居間の声を聞いて、高杉が入ってきた。
「なんじゃ、にぎやかじゃの」
これ幸いと児玉が立ち上がった。
「ハル先輩、コーヒーがいいですか?お茶がいいですか?」
「コーヒーを貰おうかの」
そういっていつもどおり、久坂の隣に腰を下ろす。
「ハル先輩、なにかお菓子食べますか?俺、持ってきます」
「タマ後輩、逃げ方うまくなったねー」
久坂の言葉に高杉が苦笑した。
「なんじゃ、またなんかふっかけたんか」
「タマ後輩が生意気になりつつある」
むっとする久坂に高杉が笑って言った。
「そりゃお前の世話ばっかり焼いちょるんじゃ。ストレスも溜まるじゃろう」
加減してやれ、と笑う高杉に、久坂はむっとして高杉に告げた。
「じゃあハルはストレス溜まってるって?」
「別に。ワシはお前の世話をしちょるつもりはねえからの」
そういってコーヒーを飲む高杉に、幾久は尋ねた。
「え。ハル先輩、毎朝あんなに世話やいてるのに?」
朝起きて、ねぼけた久坂を運び、顔を洗わせて歯を磨かせて、着替えも手伝っているというのに。
驚く幾久に、高杉はふふんと笑って幾久に言った。
「幾久、あれは世話じゃのうて、『守(もり)』言うんじゃ」
「もり?」
首を傾げる幾久に児玉が言った。
「子守って意味」
「あーね!わかる!確かに!」
ぽんっと手をうつ幾久に、久坂が笑顔のまま引きつり、高杉は爆笑し、児玉はしまった、という顔になり。
「後輩に言われるのが嫌なら、はよ起きい」
「ハルひどい」
「お前ももうすぐ三年じゃろ。早起きを学べ」
「いいんだよ僕は。ギリギリまで寝ておきたい」
「俺、お菓子持ってきます!」
不穏な空気を察し、立ち上がる児玉に、幾久はのんびりと「外郎持ってきて~」とお願いし。
「幾久は本当に図太くなったのう」
「ほんと、誰に似たのか」
高杉と久坂の言葉に、「先輩らにっすよ。それはもう、間違いなく」と幾久が返す。
「僕は図太くならないように気をつけよう」
コーヒーを飲みつつしれっという御堀に、高杉と幾久は顔を見合わせた。
「ハル先輩、寮を改築までした人がなんか言ってる」
「買収しまくった奴のどこが繊細じゃと?」
「繊細だから、念には念を入れて買収したんです」
すまして言う御堀に、高杉は感心し「確かにお前は瑞祥に似ちょるのう」と言うと、久坂は「どういう意味」とむっとした。
そうして御門寮の面々は、冬の休みに向けて、コーヒーを飲みながら、計画の相談を始めた。
冬休みが始まるまであとわずか。
にぎやかな御門寮の外では、今年初めての雪が、音もなく静かに舞い始めた。
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