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【19】通今博古~寮を守るは先輩の義務
侮辱は決して許されない
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それは、学食からの帰りの事だった。
幾久は、購買に用事がある児玉についていき、たまたま職員室の前を通りがかった時だった。
「雪ちゃん先輩!」
幾久がダッシュで走り出す。
職員室前の廊下に幾久が憧れている三年生、雪充が居たからだ。
「やあ、いっくん」
「雪ちゃん先輩、職員室に用事っすか?」
「そう、いまから入るところ」
「よかった!オレも入ります!」
職員室は、実は暖房がよくきいているうえに、先生たちがたまにお菓子を分けてくれることもある。
行いさえ悪くなければ、こっちから入りたいくらいの場所だった。
それを知っている雪充は笑って言った。
「なんだ、僕をおやつのダシにするつもり?」
「それもあるっす」
素直に言う幾久に、雪充は「いいよ」と笑い、幾久の頭に手を置くと職員室の扉を開けた。
児玉も当然、あとからついて一緒に入った。
「ご無礼します。毛利先生いらっしゃいますか」
「おー桂来たか。つか、なんでおまけがついてくんの」
雪充を呼んだのは毛利だったらしい。
「おまけじゃないっす。付き人っす」
「おまけだろ、おまけ」
幾久が言うと毛利がかえし、机の上にある藤籠の中に手を突っ込んだ。
手につかまれていたのはお菓子だ。
チョコレートやクッキー、小さい羊羹やおつまみみたいな小袋もある。
「ホラよ、お駄賃」
「わーいお菓子だ。先生あざっす!」
幾久はそういって自分のポケットの中にお菓子を突っ込む。
「ついでになんか飲むか。ほうじ茶でいいか?」
「はいっす」
幾久は勝手に開いていた席を取り、雪充に渡すと自分も椅子に腰掛ける。
「いっくん、職員室になじんだね」
雪充が笑うと幾久が頷く。
「あんだけ出はいりしてたら、なんかフツーになりました」
「桜柳祭、忙しかったもんね」
「うす」
雪充は桜柳祭の実行委員である、桜柳会に所属していたので、桜柳祭の時はそれは忙しかったのだが、幾久もまた地球部でやったことのない主役で、とにかく忙しい毎日だった。
職員室で先生に確認することも多く、結果、入るのに何の躊躇もしなくなって、いまではただの休憩所だ。
児玉も幾久におやつをわけて貰い、ほうじ茶を受け取るが、そのとき児玉に声をかける人があった。
「あら、丁度よかったわ、タマちゃん」
ぬっと現れたのは、地球部顧問でもある玉木先生だ。
物腰は柔らかいのだが、身長が百九十以上もあって、趣味がプロレスなものだからやたら体格がよくて、やっぱり圧迫感がある。
「う、うす」
児玉が頷くと、玉木が笑顔で手招いた。
「これもなにかの縁かしらね。今から三年の周布君とお話するの」
「……?」
周布は、伝統建築科という、報国院でもやや特殊な科に所属する三年生だ。
地球部の舞台でも大道具を作ってくれたり、幾久の事を気に入っていて、サッカーゴールも作る約束をしているのだという。
妙に大人じみた雰囲気の先輩で、そういうところはなぜかタイプが違うのに、雪充を思わせることがあった。
児玉と周布には共通点がない。
せいぜい、桜柳祭で地球部の舞台のとき、ちょっと顔を合わせたり、必要な会話を交わした程度の先輩だ。
それでも、周布の動きや周りの雰囲気を見ていると、慕われているという空気は判ったが。
その周布が玉木と話をするのに、なぜ児玉を呼ぶのだろうか。
不思議に思いつつ、児玉は幾久に「ちょっと玉木先生に呼ばれた」と言って、玉木と周布の居る場所へと移動した。
「よう、タマちゃん!」
そうにこやかに手を上げたのは三年の周布だ。
「おつっす」
そういって児玉も頭を下げる。
「で、先生、話って何すか」
周布が玉木に尋ねると、玉木が頷き、周布と児玉に椅子をすすめた。
二人は腰を下ろし、玉木は笑顔で言った。
「様子をね、聞かせて欲しいの。少しはどうにかなっているのかなって。君に任せきりだったでしょう?」
「あー、そうっすね」
そういって周布は児玉をちらっと見て、言った。
「なるほど、確かにコイツには『縁』のある話っすね」
「?」
児玉はわけがわからないので首を傾げるが、周布は笑って児玉の背を叩いた。
「お前、案外ラッキーな奴だな。こういうの、ほんと運でしかねーぞ」
周布が言うも、児玉には訳がわからない。
首を傾げる児玉に、玉木は笑顔のまま、信じられない事を言った。
「で、野山君と岩倉君。退学にしなくていい理由を見つけられたのかしら?」
児玉は驚き、目を見張った。
周布は頭をかきながら、肩をかるくあげた。
「いまんとこは、さあ、としか言いようがないっすね。人なんか変わるわきゃないっすし、かといってわがまま許してあげるほど、うちの連中甘くないっすからねえ」
ちょっと待て。児玉は思う。野山と岩倉、といえば児玉に喧嘩を売ってきたあの二人に違いない。
いまは周布の預かりになったのも、児玉は以前の呼び出しで、目の前で見ていたから知っている。
だけど退学とはどういうことだ。
「……あの、」
児玉は軽く挙手し、玉木を見た。
「なあに?」
「あいつら、またなんかしたんすか」
これまで確かにいろんな問題を起こしはしたが、それでも退学というほどのことはなかった。
今回だって、幾久のおかげで問題にはならず、呼び出して注意して、それでおしまいだと児玉は思っていた。
それなのに、なぜ退学と言う話が出ているのだろう。
しかもそれを、なぜ周布と話しているのか。
「またなにかって、そうねえ、桜柳祭の時の件かしら?」
「え?でもそれって、もう終わったんじゃ」
児玉が言うと、玉木は笑顔で首を横に振り、周布が児玉の肩に腕を置いた。
「一年、お前は知らなくてもしょうがねえけどな、報国院は滅多な事じゃ退学になんてすることはねえ。基本、銭ゲバ王国だしな」
うぉっほん、と玉木がわざとらしい咳をするも、あえて否定はしない。
「そもそも、生徒を育成するっていうのが報国院の理念だからな、そう簡単には出て行け、なんてしねーよ。ところが、何事も例外っつーもんがある。まず、犯罪行為。これは学校だろうが寮だろうが、問答無用で退学だ」
児玉は頷く。それは、恭王寮に入ったとき、雪充が新入生全員に対して口をすっぱくして言っていた事だ。
もう子供じゃないんだから、いじめ、悪ふざけ、そんなものが通用すると思うな、と。
「あいつらは、まず最初にそれをミスったよな?盗みをやったろ?」
周布の言葉に児玉は驚く。なぜ、他寮の周布が、恭王寮の事を知っているのか。
その疑問には周布が答えた。
「寮の代表だったり、管理する連中は、そういった情報は横つながりで共有してんだよ。俺は桂に聞いてる」
それでか、と児玉は納得した。確かにあの二人は周布の所属する報国寮の預かりとなっている。
ということは、詳しい状況は知っていて当たり前だ。
「もうひとつ、やってはならないことは、『商売の邪魔』もしくは、『誰かが頑張っている最中に邪魔をする』ってことに対して、報国院はめちゃめちゃ厳しい。あいつらは地球部の出し物を邪魔したろ?最悪、これまでの売り上げが台無しになるところだった。下手したらチケット払い戻しだ」
「そこまで、なんで、しょうか」
児玉は思う。
確かにあの連中のやったことは、ひどいことだしやってはならないことだと思う。
だけど、地球部の演目としての舞台はすでに終わっていたし、あれはお礼の追加公演でしかない。
だったら、チケットを払い戻す必要なんかないではないか。
玉木は頷いた。
「そうね。もし地球部が『プロ』の団体で、『プロの演劇』を見せたのであれば、チケットの払い戻しは必要ないわね。なぜなら仕事はちゃんとしたのだから。でも、こう考えてみて。我々報国院はなにを見せたかったのかしら?あくまで素人の生徒が、プロみたいな演技をしたのかしら?」
玉木の問いに、児玉は首を横にふった。言われて見ればたしかにそうだ。
地球部はあくまで高校の演劇部であって、プロの舞台ではない。
「我々は、地元の方に、生徒たちの成長を見せなければならないのよ」
玉木は真剣な声で、はっきりとそう告げた。
「報国院は、ただの報国院っていう、学校の運営会社じゃないの。地元の人達の生活に密着して、地元を助け、地元に助けられ、そうやって相互扶助のもと成り立っているの。だから桜柳祭は地元の方を優先的にお呼びするの。そして我々は、生徒たちをこんな風に育てていますよ、どうぞ安心してお子さんを預けてください、紳士となる教育をやっています。そんな風に、誇りを持ってやっているのね。なのに、あの子達は何をしたのかしら?」
玉木の声には、わずかだが怒りの色が含まれているのが判った。
感情を含んだものではない、自分の誇りを傷つけられた、大人の苛立ちのようなもの。
児玉は身を震わせた。
(まるで、試合の前みてえ)
習い事で武道をやっていたとき、強い相手に向かい合ったときのあの武者震いのようなものが、いま、児玉の体を走った。
「物事はね、絶対にしてはいけない、というタイミングがあるの。何をしていい、悪い、よりもタイミングが重要なのよ」
玉木の言葉に、児玉は口の中でつぶやいた。
「タイミング」
玉木は頷く。
「たとえば、身も心も健康で満たされている人に、『死ねよバカ』と悪口を言っても、なんだあいつ、としか思われないわ。だけど、生活もギリギリ、体調も崩して、自分に自身もない、そんな人に同じ言葉を言ってしまったら、その言葉は、言われた人の身も心も切り裂くわね。きっと、言われたとおり自分で自分を殺してしまうわ」
玉木の言葉に、児玉も頷く。
「だから、あの子達は、ボールを投げたのがいけなかったんじゃないの。もちろん、暴力はよくないわ。だけど、よりによって、あのタイミングだけは良くなかったわ」
玉木はそう言って、ため息を静かに吐いた。
「よりにもよって、最高にみんなが盛り上がって楽しくて。時間が遅かったでしょう?余計に地元の方が多かったのよ。そんな中で、一番の主役に向かってボールを投げつけるなんて。桜柳祭に対する侮辱ね」
そういわれれば、児玉にもどのくらい悪いことかが理解できた。
(桜柳祭に対する侮辱。だったら、それは)
間違いなく、退学だ。
幾久は、購買に用事がある児玉についていき、たまたま職員室の前を通りがかった時だった。
「雪ちゃん先輩!」
幾久がダッシュで走り出す。
職員室前の廊下に幾久が憧れている三年生、雪充が居たからだ。
「やあ、いっくん」
「雪ちゃん先輩、職員室に用事っすか?」
「そう、いまから入るところ」
「よかった!オレも入ります!」
職員室は、実は暖房がよくきいているうえに、先生たちがたまにお菓子を分けてくれることもある。
行いさえ悪くなければ、こっちから入りたいくらいの場所だった。
それを知っている雪充は笑って言った。
「なんだ、僕をおやつのダシにするつもり?」
「それもあるっす」
素直に言う幾久に、雪充は「いいよ」と笑い、幾久の頭に手を置くと職員室の扉を開けた。
児玉も当然、あとからついて一緒に入った。
「ご無礼します。毛利先生いらっしゃいますか」
「おー桂来たか。つか、なんでおまけがついてくんの」
雪充を呼んだのは毛利だったらしい。
「おまけじゃないっす。付き人っす」
「おまけだろ、おまけ」
幾久が言うと毛利がかえし、机の上にある藤籠の中に手を突っ込んだ。
手につかまれていたのはお菓子だ。
チョコレートやクッキー、小さい羊羹やおつまみみたいな小袋もある。
「ホラよ、お駄賃」
「わーいお菓子だ。先生あざっす!」
幾久はそういって自分のポケットの中にお菓子を突っ込む。
「ついでになんか飲むか。ほうじ茶でいいか?」
「はいっす」
幾久は勝手に開いていた席を取り、雪充に渡すと自分も椅子に腰掛ける。
「いっくん、職員室になじんだね」
雪充が笑うと幾久が頷く。
「あんだけ出はいりしてたら、なんかフツーになりました」
「桜柳祭、忙しかったもんね」
「うす」
雪充は桜柳祭の実行委員である、桜柳会に所属していたので、桜柳祭の時はそれは忙しかったのだが、幾久もまた地球部でやったことのない主役で、とにかく忙しい毎日だった。
職員室で先生に確認することも多く、結果、入るのに何の躊躇もしなくなって、いまではただの休憩所だ。
児玉も幾久におやつをわけて貰い、ほうじ茶を受け取るが、そのとき児玉に声をかける人があった。
「あら、丁度よかったわ、タマちゃん」
ぬっと現れたのは、地球部顧問でもある玉木先生だ。
物腰は柔らかいのだが、身長が百九十以上もあって、趣味がプロレスなものだからやたら体格がよくて、やっぱり圧迫感がある。
「う、うす」
児玉が頷くと、玉木が笑顔で手招いた。
「これもなにかの縁かしらね。今から三年の周布君とお話するの」
「……?」
周布は、伝統建築科という、報国院でもやや特殊な科に所属する三年生だ。
地球部の舞台でも大道具を作ってくれたり、幾久の事を気に入っていて、サッカーゴールも作る約束をしているのだという。
妙に大人じみた雰囲気の先輩で、そういうところはなぜかタイプが違うのに、雪充を思わせることがあった。
児玉と周布には共通点がない。
せいぜい、桜柳祭で地球部の舞台のとき、ちょっと顔を合わせたり、必要な会話を交わした程度の先輩だ。
それでも、周布の動きや周りの雰囲気を見ていると、慕われているという空気は判ったが。
その周布が玉木と話をするのに、なぜ児玉を呼ぶのだろうか。
不思議に思いつつ、児玉は幾久に「ちょっと玉木先生に呼ばれた」と言って、玉木と周布の居る場所へと移動した。
「よう、タマちゃん!」
そうにこやかに手を上げたのは三年の周布だ。
「おつっす」
そういって児玉も頭を下げる。
「で、先生、話って何すか」
周布が玉木に尋ねると、玉木が頷き、周布と児玉に椅子をすすめた。
二人は腰を下ろし、玉木は笑顔で言った。
「様子をね、聞かせて欲しいの。少しはどうにかなっているのかなって。君に任せきりだったでしょう?」
「あー、そうっすね」
そういって周布は児玉をちらっと見て、言った。
「なるほど、確かにコイツには『縁』のある話っすね」
「?」
児玉はわけがわからないので首を傾げるが、周布は笑って児玉の背を叩いた。
「お前、案外ラッキーな奴だな。こういうの、ほんと運でしかねーぞ」
周布が言うも、児玉には訳がわからない。
首を傾げる児玉に、玉木は笑顔のまま、信じられない事を言った。
「で、野山君と岩倉君。退学にしなくていい理由を見つけられたのかしら?」
児玉は驚き、目を見張った。
周布は頭をかきながら、肩をかるくあげた。
「いまんとこは、さあ、としか言いようがないっすね。人なんか変わるわきゃないっすし、かといってわがまま許してあげるほど、うちの連中甘くないっすからねえ」
ちょっと待て。児玉は思う。野山と岩倉、といえば児玉に喧嘩を売ってきたあの二人に違いない。
いまは周布の預かりになったのも、児玉は以前の呼び出しで、目の前で見ていたから知っている。
だけど退学とはどういうことだ。
「……あの、」
児玉は軽く挙手し、玉木を見た。
「なあに?」
「あいつら、またなんかしたんすか」
これまで確かにいろんな問題を起こしはしたが、それでも退学というほどのことはなかった。
今回だって、幾久のおかげで問題にはならず、呼び出して注意して、それでおしまいだと児玉は思っていた。
それなのに、なぜ退学と言う話が出ているのだろう。
しかもそれを、なぜ周布と話しているのか。
「またなにかって、そうねえ、桜柳祭の時の件かしら?」
「え?でもそれって、もう終わったんじゃ」
児玉が言うと、玉木は笑顔で首を横に振り、周布が児玉の肩に腕を置いた。
「一年、お前は知らなくてもしょうがねえけどな、報国院は滅多な事じゃ退学になんてすることはねえ。基本、銭ゲバ王国だしな」
うぉっほん、と玉木がわざとらしい咳をするも、あえて否定はしない。
「そもそも、生徒を育成するっていうのが報国院の理念だからな、そう簡単には出て行け、なんてしねーよ。ところが、何事も例外っつーもんがある。まず、犯罪行為。これは学校だろうが寮だろうが、問答無用で退学だ」
児玉は頷く。それは、恭王寮に入ったとき、雪充が新入生全員に対して口をすっぱくして言っていた事だ。
もう子供じゃないんだから、いじめ、悪ふざけ、そんなものが通用すると思うな、と。
「あいつらは、まず最初にそれをミスったよな?盗みをやったろ?」
周布の言葉に児玉は驚く。なぜ、他寮の周布が、恭王寮の事を知っているのか。
その疑問には周布が答えた。
「寮の代表だったり、管理する連中は、そういった情報は横つながりで共有してんだよ。俺は桂に聞いてる」
それでか、と児玉は納得した。確かにあの二人は周布の所属する報国寮の預かりとなっている。
ということは、詳しい状況は知っていて当たり前だ。
「もうひとつ、やってはならないことは、『商売の邪魔』もしくは、『誰かが頑張っている最中に邪魔をする』ってことに対して、報国院はめちゃめちゃ厳しい。あいつらは地球部の出し物を邪魔したろ?最悪、これまでの売り上げが台無しになるところだった。下手したらチケット払い戻しだ」
「そこまで、なんで、しょうか」
児玉は思う。
確かにあの連中のやったことは、ひどいことだしやってはならないことだと思う。
だけど、地球部の演目としての舞台はすでに終わっていたし、あれはお礼の追加公演でしかない。
だったら、チケットを払い戻す必要なんかないではないか。
玉木は頷いた。
「そうね。もし地球部が『プロ』の団体で、『プロの演劇』を見せたのであれば、チケットの払い戻しは必要ないわね。なぜなら仕事はちゃんとしたのだから。でも、こう考えてみて。我々報国院はなにを見せたかったのかしら?あくまで素人の生徒が、プロみたいな演技をしたのかしら?」
玉木の問いに、児玉は首を横にふった。言われて見ればたしかにそうだ。
地球部はあくまで高校の演劇部であって、プロの舞台ではない。
「我々は、地元の方に、生徒たちの成長を見せなければならないのよ」
玉木は真剣な声で、はっきりとそう告げた。
「報国院は、ただの報国院っていう、学校の運営会社じゃないの。地元の人達の生活に密着して、地元を助け、地元に助けられ、そうやって相互扶助のもと成り立っているの。だから桜柳祭は地元の方を優先的にお呼びするの。そして我々は、生徒たちをこんな風に育てていますよ、どうぞ安心してお子さんを預けてください、紳士となる教育をやっています。そんな風に、誇りを持ってやっているのね。なのに、あの子達は何をしたのかしら?」
玉木の声には、わずかだが怒りの色が含まれているのが判った。
感情を含んだものではない、自分の誇りを傷つけられた、大人の苛立ちのようなもの。
児玉は身を震わせた。
(まるで、試合の前みてえ)
習い事で武道をやっていたとき、強い相手に向かい合ったときのあの武者震いのようなものが、いま、児玉の体を走った。
「物事はね、絶対にしてはいけない、というタイミングがあるの。何をしていい、悪い、よりもタイミングが重要なのよ」
玉木の言葉に、児玉は口の中でつぶやいた。
「タイミング」
玉木は頷く。
「たとえば、身も心も健康で満たされている人に、『死ねよバカ』と悪口を言っても、なんだあいつ、としか思われないわ。だけど、生活もギリギリ、体調も崩して、自分に自身もない、そんな人に同じ言葉を言ってしまったら、その言葉は、言われた人の身も心も切り裂くわね。きっと、言われたとおり自分で自分を殺してしまうわ」
玉木の言葉に、児玉も頷く。
「だから、あの子達は、ボールを投げたのがいけなかったんじゃないの。もちろん、暴力はよくないわ。だけど、よりによって、あのタイミングだけは良くなかったわ」
玉木はそう言って、ため息を静かに吐いた。
「よりにもよって、最高にみんなが盛り上がって楽しくて。時間が遅かったでしょう?余計に地元の方が多かったのよ。そんな中で、一番の主役に向かってボールを投げつけるなんて。桜柳祭に対する侮辱ね」
そういわれれば、児玉にもどのくらい悪いことかが理解できた。
(桜柳祭に対する侮辱。だったら、それは)
間違いなく、退学だ。
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