288 / 416
【19】通今博古~寮を守るは先輩の義務
悪意はひとをころすのよ
しおりを挟む
「そしてね、たとえば乃木君が運よく怪我をしなかったとして、でもボールにぶつかったとする。君たちはお客さんに何をしたのかしら?」
黙ってしまうのは答えが判らないからだ。
「むかついて犯人探しするんじゃないんすか、今みたいに」
野山が言うと、玉木は微笑んだ。
「僕はね、『お客さんになにをしたのか』って聞いたの。『乃木君が何をするか』じゃないのよ」
野山は玉木の言葉の意味が理解できないようで、顔を上げた。
「いい?むかつくのは多分乃木君や、ここに居る人たちね。でも、見に来たお客さんはどう思う?せっかく二時間も舞台を見て、楽しんで、楽しかったなあって思っているときに、そんなハプニングがあったら、楽しさは一瞬で消えるわね」
岩倉はまだ判らない様で、はあ?という顔で玉木を見ている。
野山はだんだん、玉木の言いたいことが判り始めて、背中に汗をかきだしていた。
玉木は微笑んだまま続けた。
「乃木君もね、ほぼ、というか完全に無理やり主役に抜擢されて、それでも引き受けたからにはって頑張ってくれて、だからみんな協力して舞台を作り上げたの。衣装だって、本当は違ったのに、乃木君と御堀君の一生懸命な姿に感動したウィステリアの先輩が、徹夜を繰り返して作り上げたものなのよ。でもそれは、地球部のみんなが、お客様に楽しんで貰いたくてやったの。目立つため、ちやほやされるため、そんな為じゃないのよ。そうじゃなければ仕事でもないのに、たった二時間、数回の舞台のために何ヶ月も必死で頑張らないわ。その努力を、あなたたち二人は一瞬で潰したの。潰れなかったのは、乃木君が子供のころからずっと努力して、サッカーが上手になったからなのよ。乃木君の貯金で、あなたたちは助かったの」
さすがにここまで言われれば、玉木に自分たちは叱られているのだと気づく。
謝れ、でもなく、感情をどうこうでもなく。
「にくらしい、犯人を捜して痛めつけてやれ。被害を受けたらそう思うのは当然ね。でも僕が聞いたのは『お客さん』に君たちがなにをしたのかって聞いているの。乃木君と君の憎しみはおいといて、あの場所には地球部の舞台を見に来てくれたお客さんがたくさんいて、その人達を楽しませようってみんな頑張ってやってきたの。だからお客さんはとても喜んでくれて、楽しんで、乃木君たちも頑張って交渉して、屋外の舞台をもぎ取ったの。でも君たちは、その舞台を台無しにしようとした。しかも最後の最後で。あの場所にいた、楽しそうなお客さんの気持ちを全部潰す所だったのよ」
そこだはじめて、自分のやろうとしたことが、幾久一人に向けた悪意のはずが、あの場所に居た全員に向かっていたと理解できる。
幾久一人しか意識していなかった野山は、ぎゅっと手を握り締める。
急に自分がやったことが、大変なことに思えてきたからだ。
玉木は言った。
「あなたたちはね、暴力を振るったの。乃木君だけじゃないの。準備したこの子達にも、舞台を楽しんだお客様にも」
だらりとぬるい汗が背をつたったのが判った。
野山は奥歯を食いしばった。
玉木は続ける。
「無抵抗な人間に、いきなり暴力を仕掛けて、おまけに報国院にいらしたお客様への気持ちを全部潰す所だったの。自分のやったことだって、もう判るわね?」
野山は青ざめて震えだしていた。
いじめ、悪ふざけ、悪気。
そんなものじゃない。暴力を振るった。
おまえたちは犯罪者だ。そう玉木は言っているのだ。
玉木は続けた。
「あなた達ふたりとも、自分たちは弱いし、たった二人でちょっとむかついた奴にボール投げただけだから、たいした事なんかしてないって、そう思っているわよね?」
思っている。だからそうした。
ちょっとボール投げてふざけてすみません、それでおしまいで笑っていられる。
叱られても謝ればいい。そう思っていた。
玉木は言った。
「悪意は簡単に人を殺すのよ」
殺すなんて大げさだな、ともう岩倉は笑わなかった。
少しずつ話をまとめていく玉木を、野山は怖いと思った。
「……すみませんでした」
そう野山は頭を下げ、岩倉も頭をあわてて下げる。
だが、玉木はそれに応じない。
野山ははっとして、一番穏やかで、賢いだろう御堀を見つけた。
この選択が大いに間違いなのは、本当の御堀を知っている面々なら考えるまでもないのだけど、あいにく野山はそれを知らなかった。
やさしそうに見えてやわらかそうに見えて、穏やかそうで、鳳で首席なら、絶対に変なことは言わないし優等生らしい発言をするに違いない。
先生、もういいじゃないですか、許してあげましょう、もうしないよね?野山君、岩倉君、ふたりとも報国院の仲間じゃないですか、そんな風に言うに違いない。
「御堀!本当にごめん!お前には関係ないのに巻き込んじまって!すまなかった!」
そう野山は考えて言った。
御堀は野山に告げた。
「僕は取引はしない」
取引、という言葉に野山は驚き岩倉と顔を見合わせた。
御堀はいつもの、優等生然とした雰囲気で、全く想像もしていなかった事を野山に告げた。
「だって僕に謝罪をするのは許される為だろ?絶対に僕は許さないから意味のないことだよ」
絶対に許さない、という強い言葉に、野山は素直に驚いた。
先生の前だぞ、だったらなんでかわいこぶらないんだ。
そう思う野山だが、御堀はさらに続けて言った。
「謝罪したくてするなら別に止めないけど、結局は許して欲しい、なかったことにしろっていう君からの命令じゃないか。嫌だよ」
謝ったのに命令したことだといわれ、野山は面食らった。
そんなつもりはない。だってちゃんと謝ったのに。
御堀はさらに続けて言った。
「桜柳祭であんなにしんどい思いしたのに、それを台無しにするところまでやっといてさ、僕はあんなにしんどかったのにこいつらは頭下げたらそれでおしまいって。取引にしても割が合わなすぎる。冗談じゃない。僕は嫌だ」
御堀の言葉に誰か噴出していた。
一年の鳳の面々だ。
「たしかに、みほりん辛過ぎて逃げ出したもんね」
「普、黙って」
「はーい」
そう言って笑っているけれど、空気はちっとも和やかにならない。
御堀がまさかここまで拒絶するとは思って居なかった野山は、もうどうすべきか判らない。
いっそ幾久に謝ればすむのか。そう思ったところで玉木が言った。
「だったら仕方ないわね。おひらきにしましょうか」
野山と岩倉が驚き顔を上げた。
玉木が笑顔のまま言った。
「僕はね、この二人に自分が何をしたのか伝えたかっただけだし、謝罪を受け入れるかは、君たちの事だから好きにしたらいい。伝えるべきは伝えたから、どうなるかもう僕の管轄ではどうにもできないし」
こんなにも人数を集めておいて、やりたかったのは二人に伝えるだけで、実際に伝え終わるともうおしまい。
謝罪すればすむと思っていた野山は、混乱した。
玉木はそんな野山と岩倉を気にせず、手をたたいて生徒たちに告げた。
「今日はありがとう、わざわざ呼び出してごめんなさいね。なにか不満があったら、僕に伝えてね」
玉木の言葉に全員がはーい、とかわかりましたぁ、とか言いながらぞろぞろ講堂を出て行く。
(なんだよ、これ)
謝ればいい、それでおしまいだったはずなのに、ただ事実を並べられておしまいになった。
二人がどうしていいか判らず立ち尽くしていると、突如三年生が挙手した。
「先生、お願いがあります!」
挙手したのは伝統建築科の周布だった。
「あら、なあに?」
玉木に周布は笑って言った。
「こいつら、俺の預かりにして貰っていいっすか?」
玉木はしばらく考えた後、にっこりと微笑んで周布に言った。
「いいわよ?じゃあ任せるわね」
「うす!」
そうしてその場はおひらきとなり、なぜか野山と岩倉は、伝統建築科の三年、周布の預かりとなったのだった。
それ以来、幾久はあの面倒な二人と顔を合わせることがなかった。
試験で忙しかったというのもあるし、御堀が御門に引っ越してきたのもあるし、とにかく毎日忙しかった。
(ってことは、あいつらから避けてたってことなのか)
いまさら幾久は気づいて、ふーんと思う。
「幾、どうしたの?」
御堀が幾久に尋ねた。
「なんでも。しばらくあいつらの顔、見なかったなーって思ってさ」
幾久が言うと三吉が笑った。
「そりゃ、あいつら露骨にいっくんっていうか、みほりん避けてたもん」
「そうなの?」
御堀が言うと弥太郎がうなづく。
「避けてた。おれ、観察してたけど露骨だったし」
あの二人を良く知る弥太郎が言うなら間違いない。
「へえ、よく気づくな。俺、ちっとも気づかなかった」
児玉が言うと、三吉が「だろうね」と笑った。
「だってさ、みほりんがああいう、けっこう言う性格って見た目じゃわかんないじゃん。どう見ても完全優等生だし、まさか先生の前で『嫌です』とか言うなんて思わなかったんじゃないの」
それは幾久もそう思った。
御堀はこう見えて、けっこう言う性格で、勝気だ。
ただ、本人が優等生を好きでやっているのであえてその部分は出さないようにしているだけで。
「誉が言いまくってる時のあの二人、呆けてたもんなあ。そりゃ見た目からじゃ、許しそうだもんね、誉って」
すると御堀は極上のロミオ様スマイルで言った。
「絶対に許さないよ」
「うわ、コワ」
「だろーねえ、みほりん、仕事多すぎたもんねえ」
「っていうのもあるけどさ、なんか謝ればいいっていうの、僕嫌いなんだよね」
御堀が言うと、三吉もうなづく。
「それは判る。やったことに対して一言謝って頭下げればいいっての、やられたほうからしたらそれで終わり?!ってなるよね」
「やったもん勝ちは許せないよね」
弥太郎も言うが、幾久は胃がキリキリしはじめた。
「……ごめん、オレ、それで大失敗したことあるんで、なんかオレが言われてるみたい」
高杉に言い過ぎてしまい、久坂を怒らせてしまい、ひたすら謝罪を繰り返した幾久にとってはこたえる言葉ばかりだ。
「でも幾だって、あいつらを許すつもりはないんでしょ?」
御堀が言うと、幾久もうーんと考える。
「そうなんだけど、なんかこう、許すとか許さないとか、そういうんじゃなくて、引っかかるっていうか」
許せないというのなら確かに許せないし、許したくはないとは思う。
かといって、今でも怒りが収まらないほど感情が高ぶっているかといえばそうでもない。
正直に言うならどうでもいい、という感情しかない。
(別に怪我もしなかったし、結果、評判良かったし)
偶然にもあいつらが投げたボールは、華之丞のもので、結果、華之丞とも知り合い、面白い試合も出来た。
悪いことだらけでもなかった。
だからといって許せるともいえないし、許さないともいえない気がする。
(なんだろ、これ?)
この気持ちをどう処理すればいいのか、幾久にはよく判らなかった。
黙ってしまうのは答えが判らないからだ。
「むかついて犯人探しするんじゃないんすか、今みたいに」
野山が言うと、玉木は微笑んだ。
「僕はね、『お客さんになにをしたのか』って聞いたの。『乃木君が何をするか』じゃないのよ」
野山は玉木の言葉の意味が理解できないようで、顔を上げた。
「いい?むかつくのは多分乃木君や、ここに居る人たちね。でも、見に来たお客さんはどう思う?せっかく二時間も舞台を見て、楽しんで、楽しかったなあって思っているときに、そんなハプニングがあったら、楽しさは一瞬で消えるわね」
岩倉はまだ判らない様で、はあ?という顔で玉木を見ている。
野山はだんだん、玉木の言いたいことが判り始めて、背中に汗をかきだしていた。
玉木は微笑んだまま続けた。
「乃木君もね、ほぼ、というか完全に無理やり主役に抜擢されて、それでも引き受けたからにはって頑張ってくれて、だからみんな協力して舞台を作り上げたの。衣装だって、本当は違ったのに、乃木君と御堀君の一生懸命な姿に感動したウィステリアの先輩が、徹夜を繰り返して作り上げたものなのよ。でもそれは、地球部のみんなが、お客様に楽しんで貰いたくてやったの。目立つため、ちやほやされるため、そんな為じゃないのよ。そうじゃなければ仕事でもないのに、たった二時間、数回の舞台のために何ヶ月も必死で頑張らないわ。その努力を、あなたたち二人は一瞬で潰したの。潰れなかったのは、乃木君が子供のころからずっと努力して、サッカーが上手になったからなのよ。乃木君の貯金で、あなたたちは助かったの」
さすがにここまで言われれば、玉木に自分たちは叱られているのだと気づく。
謝れ、でもなく、感情をどうこうでもなく。
「にくらしい、犯人を捜して痛めつけてやれ。被害を受けたらそう思うのは当然ね。でも僕が聞いたのは『お客さん』に君たちがなにをしたのかって聞いているの。乃木君と君の憎しみはおいといて、あの場所には地球部の舞台を見に来てくれたお客さんがたくさんいて、その人達を楽しませようってみんな頑張ってやってきたの。だからお客さんはとても喜んでくれて、楽しんで、乃木君たちも頑張って交渉して、屋外の舞台をもぎ取ったの。でも君たちは、その舞台を台無しにしようとした。しかも最後の最後で。あの場所にいた、楽しそうなお客さんの気持ちを全部潰す所だったのよ」
そこだはじめて、自分のやろうとしたことが、幾久一人に向けた悪意のはずが、あの場所に居た全員に向かっていたと理解できる。
幾久一人しか意識していなかった野山は、ぎゅっと手を握り締める。
急に自分がやったことが、大変なことに思えてきたからだ。
玉木は言った。
「あなたたちはね、暴力を振るったの。乃木君だけじゃないの。準備したこの子達にも、舞台を楽しんだお客様にも」
だらりとぬるい汗が背をつたったのが判った。
野山は奥歯を食いしばった。
玉木は続ける。
「無抵抗な人間に、いきなり暴力を仕掛けて、おまけに報国院にいらしたお客様への気持ちを全部潰す所だったの。自分のやったことだって、もう判るわね?」
野山は青ざめて震えだしていた。
いじめ、悪ふざけ、悪気。
そんなものじゃない。暴力を振るった。
おまえたちは犯罪者だ。そう玉木は言っているのだ。
玉木は続けた。
「あなた達ふたりとも、自分たちは弱いし、たった二人でちょっとむかついた奴にボール投げただけだから、たいした事なんかしてないって、そう思っているわよね?」
思っている。だからそうした。
ちょっとボール投げてふざけてすみません、それでおしまいで笑っていられる。
叱られても謝ればいい。そう思っていた。
玉木は言った。
「悪意は簡単に人を殺すのよ」
殺すなんて大げさだな、ともう岩倉は笑わなかった。
少しずつ話をまとめていく玉木を、野山は怖いと思った。
「……すみませんでした」
そう野山は頭を下げ、岩倉も頭をあわてて下げる。
だが、玉木はそれに応じない。
野山ははっとして、一番穏やかで、賢いだろう御堀を見つけた。
この選択が大いに間違いなのは、本当の御堀を知っている面々なら考えるまでもないのだけど、あいにく野山はそれを知らなかった。
やさしそうに見えてやわらかそうに見えて、穏やかそうで、鳳で首席なら、絶対に変なことは言わないし優等生らしい発言をするに違いない。
先生、もういいじゃないですか、許してあげましょう、もうしないよね?野山君、岩倉君、ふたりとも報国院の仲間じゃないですか、そんな風に言うに違いない。
「御堀!本当にごめん!お前には関係ないのに巻き込んじまって!すまなかった!」
そう野山は考えて言った。
御堀は野山に告げた。
「僕は取引はしない」
取引、という言葉に野山は驚き岩倉と顔を見合わせた。
御堀はいつもの、優等生然とした雰囲気で、全く想像もしていなかった事を野山に告げた。
「だって僕に謝罪をするのは許される為だろ?絶対に僕は許さないから意味のないことだよ」
絶対に許さない、という強い言葉に、野山は素直に驚いた。
先生の前だぞ、だったらなんでかわいこぶらないんだ。
そう思う野山だが、御堀はさらに続けて言った。
「謝罪したくてするなら別に止めないけど、結局は許して欲しい、なかったことにしろっていう君からの命令じゃないか。嫌だよ」
謝ったのに命令したことだといわれ、野山は面食らった。
そんなつもりはない。だってちゃんと謝ったのに。
御堀はさらに続けて言った。
「桜柳祭であんなにしんどい思いしたのに、それを台無しにするところまでやっといてさ、僕はあんなにしんどかったのにこいつらは頭下げたらそれでおしまいって。取引にしても割が合わなすぎる。冗談じゃない。僕は嫌だ」
御堀の言葉に誰か噴出していた。
一年の鳳の面々だ。
「たしかに、みほりん辛過ぎて逃げ出したもんね」
「普、黙って」
「はーい」
そう言って笑っているけれど、空気はちっとも和やかにならない。
御堀がまさかここまで拒絶するとは思って居なかった野山は、もうどうすべきか判らない。
いっそ幾久に謝ればすむのか。そう思ったところで玉木が言った。
「だったら仕方ないわね。おひらきにしましょうか」
野山と岩倉が驚き顔を上げた。
玉木が笑顔のまま言った。
「僕はね、この二人に自分が何をしたのか伝えたかっただけだし、謝罪を受け入れるかは、君たちの事だから好きにしたらいい。伝えるべきは伝えたから、どうなるかもう僕の管轄ではどうにもできないし」
こんなにも人数を集めておいて、やりたかったのは二人に伝えるだけで、実際に伝え終わるともうおしまい。
謝罪すればすむと思っていた野山は、混乱した。
玉木はそんな野山と岩倉を気にせず、手をたたいて生徒たちに告げた。
「今日はありがとう、わざわざ呼び出してごめんなさいね。なにか不満があったら、僕に伝えてね」
玉木の言葉に全員がはーい、とかわかりましたぁ、とか言いながらぞろぞろ講堂を出て行く。
(なんだよ、これ)
謝ればいい、それでおしまいだったはずなのに、ただ事実を並べられておしまいになった。
二人がどうしていいか判らず立ち尽くしていると、突如三年生が挙手した。
「先生、お願いがあります!」
挙手したのは伝統建築科の周布だった。
「あら、なあに?」
玉木に周布は笑って言った。
「こいつら、俺の預かりにして貰っていいっすか?」
玉木はしばらく考えた後、にっこりと微笑んで周布に言った。
「いいわよ?じゃあ任せるわね」
「うす!」
そうしてその場はおひらきとなり、なぜか野山と岩倉は、伝統建築科の三年、周布の預かりとなったのだった。
それ以来、幾久はあの面倒な二人と顔を合わせることがなかった。
試験で忙しかったというのもあるし、御堀が御門に引っ越してきたのもあるし、とにかく毎日忙しかった。
(ってことは、あいつらから避けてたってことなのか)
いまさら幾久は気づいて、ふーんと思う。
「幾、どうしたの?」
御堀が幾久に尋ねた。
「なんでも。しばらくあいつらの顔、見なかったなーって思ってさ」
幾久が言うと三吉が笑った。
「そりゃ、あいつら露骨にいっくんっていうか、みほりん避けてたもん」
「そうなの?」
御堀が言うと弥太郎がうなづく。
「避けてた。おれ、観察してたけど露骨だったし」
あの二人を良く知る弥太郎が言うなら間違いない。
「へえ、よく気づくな。俺、ちっとも気づかなかった」
児玉が言うと、三吉が「だろうね」と笑った。
「だってさ、みほりんがああいう、けっこう言う性格って見た目じゃわかんないじゃん。どう見ても完全優等生だし、まさか先生の前で『嫌です』とか言うなんて思わなかったんじゃないの」
それは幾久もそう思った。
御堀はこう見えて、けっこう言う性格で、勝気だ。
ただ、本人が優等生を好きでやっているのであえてその部分は出さないようにしているだけで。
「誉が言いまくってる時のあの二人、呆けてたもんなあ。そりゃ見た目からじゃ、許しそうだもんね、誉って」
すると御堀は極上のロミオ様スマイルで言った。
「絶対に許さないよ」
「うわ、コワ」
「だろーねえ、みほりん、仕事多すぎたもんねえ」
「っていうのもあるけどさ、なんか謝ればいいっていうの、僕嫌いなんだよね」
御堀が言うと、三吉もうなづく。
「それは判る。やったことに対して一言謝って頭下げればいいっての、やられたほうからしたらそれで終わり?!ってなるよね」
「やったもん勝ちは許せないよね」
弥太郎も言うが、幾久は胃がキリキリしはじめた。
「……ごめん、オレ、それで大失敗したことあるんで、なんかオレが言われてるみたい」
高杉に言い過ぎてしまい、久坂を怒らせてしまい、ひたすら謝罪を繰り返した幾久にとってはこたえる言葉ばかりだ。
「でも幾だって、あいつらを許すつもりはないんでしょ?」
御堀が言うと、幾久もうーんと考える。
「そうなんだけど、なんかこう、許すとか許さないとか、そういうんじゃなくて、引っかかるっていうか」
許せないというのなら確かに許せないし、許したくはないとは思う。
かといって、今でも怒りが収まらないほど感情が高ぶっているかといえばそうでもない。
正直に言うならどうでもいい、という感情しかない。
(別に怪我もしなかったし、結果、評判良かったし)
偶然にもあいつらが投げたボールは、華之丞のもので、結果、華之丞とも知り合い、面白い試合も出来た。
悪いことだらけでもなかった。
だからといって許せるともいえないし、許さないともいえない気がする。
(なんだろ、これ?)
この気持ちをどう処理すればいいのか、幾久にはよく判らなかった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
城下町ガールズライフ
川端続子
青春
大嫌いな地元からやっと逃げられた。
サッカー大好き美少女、芙綺(ふうき)はあこがれの先輩を目指し
『ウィステリア女学院』に入学し寮生活を始めた。
初めての場所、初めての親友、初めての、憧れの人。
そして、初めての恋。
キラキラ女子校生活、と言う割にはパワフルな先輩達やおかしな友人との日常生活。
『城下町ボーイズライフ』と同軸上にあるお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる