城下町ボーイズライフ【1年生編・完結】

川端続子

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【18】治外法権~あこがれの先輩

僕らの未来は君と一緒に(We belong to something new)

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 日曜日の御門寮はのんびりとしている。
 朝は大抵、みんな遅くて栄人だけがいつものように早起きしてバイトに出かける。
 高杉や久坂は用事があるときは出かけていたし、居ることもある。
 御堀と幾久が気持ちよく眠っていると、児玉が部屋の扉をノックして開けた。
「おい、誉、幾久、いーかげん起きろ。メシ、できてんぞ」
 児玉の声に、幾久がううん、と言って起き上がった。
「ごはんなに」
 幾久が尋ねると児玉が言った。
「焼きうどん」
 朝から食べるチョイスじゃないなあ、と思いつつ、折角作ってくれたものに文句は言えない。
「タマが作ったろ」
「そう。文句言うなよ。目玉焼きは?」
「ひとついる。誉は?」
「……ひとつ」
 寝ぼけながらも話は聞いていたらしい御堀に、児玉は笑って言った。
「オッケー、作っとくから起きろよ」
 そう言うと児玉はダイニングへと向かう。
 きっと朝起きて、幾久が隣にいないのに気づいたのだろう。
 こういう、何も言わなくてもなんとなく察してくれるのはありがたいなと思う。
「……おはよう幾。もう泣いてない?」
「おはよ誉。泣いてないし、泣きたくもない」
 多分傷は癒えてないけれど、また悲しくなった夜には御堀が傍にいてくれる。
 いつでも悲しんでいいと思うと、必死にすがりつく必要もないと思った。
「泣きたくなったらまた頼むよ」
「いっそずっと一緒に寝る?」
「それいいかも。泣き放題」
 そういって幾久がベッドから降りる。
(じゃあ、瑞祥先輩と、ハル先輩がずっと一緒なのって)
 ひょっとして、あの二人は幾久が想像するよりずっとひどく傷ついていて、そのために一緒に居るのではないのか。いつでも互いが泣けるように。
 この前幾久が高杉を傷つけたことをつい思い出して、幾久はかなり落ち込んでしまう。
(なにやってんだオレは)
 毎日、一緒にいなければならない二人に、幾久が傷をつけてしまった。
 だからあの時、久坂はあんなにも幾久に怒ったのだ。
 今更、自分のやった失敗に嫌気が差す。
「どうしたの」
 幾久の表情が曇ったのを見て御堀が声をかけてくる。
 そうか、と幾久は気づいた。
 だったら御堀がそこに居る。
 自分の情けない失敗も、全部話してある。
 改めて落ち込んだのだといえば良い。
 どんな情けない、幾久が嫌う幾久も好きでいてくれるとそう言ったのだから。
「……誉、オレのこと好きだよね?」
「うん。好きだよ?」
 ロミオ様スマイルで微笑む御堀に、幾久は笑った。
「なんかスゲーお得感。誉のファンクラブ会員が絶対に言って欲しい台詞をタダで言って貰ってる」
 ところが御堀は首を横に振った。
「残念ながら、僕に言って欲しい台詞のナンバー1は『ジュリエットを一生大切にするよ』だよ」
「それ言わせたい台詞の間違いなんじゃ」
 御堀のファンクラブ会員も御堀と同じで簡単にはいかないらしい。
「オレも誉のファンクラブ入ろっかなあ」
「それより幾のファンクラブつくりなよ。儲かるから」
「誉、ほんっと栄人先輩に似てきたね」
「お褒めに預かり」
「褒めてない!」
 言いながら二人は顔を洗うため、洗面所へと向かう。
 廊下には、児玉が作った焼きうどんのソースの香りが漂ってくる。
 山縣が自分の部屋から顔を出した。
「ソースの臭いがする」
「タマが焼きうどん作ってるそうっす」
「よし、食うぞ」
 山縣は部屋から出てダイニングへ向かった。
 二人は顔を洗い、着替えるために衣裳部屋へ向かう。
 すでに寮は目覚めている、どこも暖かく良いにおいがして、空腹をおさめる食事がある。
 ―――――もう、絶対に逃げない
 一度サッカーからは逃げてしまった。
 だけどこの寮の暖かさや、児玉や御堀を失いたくない。たった一日も離れたくない。
 限られた時間しかないのだから。
「いこ、誉」
 そういって幾久は御堀にぴったり体を寄せると、御堀が腕を幾久の肩に置いた。
 幾久は小さく笑って、御堀の腰に腕をまわし、頭を寄せた。
「いこっか、幾」
 御堀の言葉に頷いて、二人はぴったりくっついて歩き出す。
 離れるつもりは絶対にない。
 そう宣言するみたいに。


 日曜日、ケートスはユースも含め練習していた。
 鯨王寮と同じ敷地内にあるサッカーの練習場で、練習に参加していた藤原の所に、華之丞が顔を出した。
 てっきり練習に参加するつもりかと思った藤原は、華之丞のところへ駆け寄った。
「おい、参加しろよ。ライバルがいねーとつまんねーだろ」
 藤原はいつもと変わらない。
 その事に華之丞はちょっとほっとした。
「ちょっといいか、藤原」
「なんだよ」
 そう言って華之丞を見て、藤原は思わず大声を上げた。
「え―――――ッ!!!!!ハナ、その頭、どーしたんだぁあああああ!」
 あまりの声に、そこいらにいた面々が集まってきた。
 そりゃびっくりもするだろう、華之丞がかぶっていたパーカーをはずすと、いきなりつるっぱげの丸坊主が出てきたのだから。
「おま、おま……ッ、その頭、丸坊主じゃねえかよ!」
「おう。似合うだろ」
 とりあえず坊主にしろ、と言ったのだが途中から楽しくなって、もういっそ剃ってしまえとなったのだが、自分でいうのもなんだがけっこう良い感じだ。
 頭の形がいいから、あんた坊主でも映えるわねえと美容師が言っていたが、その通りだ。
「虎、ちょっといいか」
 そういって虎継を呼んだ。
 呼ばれた虎継は華之丞の前で立ち止まる。
 そして、ふかぶかと頭を下げた。
「昨日はごめん、俺のせいで負けて。恥かかせた」
「そんな……」
 虎継が驚き、そして周りの面々も驚いていた。
 自信家で、時々わがままで、王様な華之丞が、こんなふうにきちんと年下に頭を下げたことはこれまでなかったからだ。
「お前は悪くない。俺のせいで負けたからな。謝りたくて」
「べつに、ノスケ先輩のせいだけじゃないです」
 しかし華之丞は首を横に振って言った。
「俺がお前を巻き込んだんだ。お前は被害者だ。悪くない。……巻き込んでごめん」
 虎継は首を横に振った。
「時山先輩が言ってたんで。この年で、あんな人たちとプレイできるのラッキーだって。俺も、そう思います」
「……そっか。ありがとう」
 華之丞が言うと、虎継も頷いた。
「藤原!」
 そう藤原を呼ぶと、藤原はむっとして言った。
「何だよ」
 すると、華之丞は藤原にも深々と頭を下げた。
「俺のせいで、迷惑かけてごめん。頭一回下げただけじゃ、どうにもなんねーの判ってるんだけど」
 これまでもごめん。
 そう華之丞が言うので藤原は驚き首を横に振った。
「やめろよ!別にお前なんかに頭下げられる覚えねーしっ!そもそもお前は別にいーじゃねえかよ!うぜーのはお前にのっかって俺を無視ぶっこいた連中じゃねーかよ!」
 藤原の言葉にその場が凍った。
 確かにそうだ。
 華之丞と藤原の問題は二人だけの話でしかないし、互いに終わればそれでいい。
 だけど、華之丞に乗っかった連中はそうはいかない。
 その場のノリで、とかなんとなく、では許されない。
「でも、やっぱ俺が原因じゃん」
「まーな、お前は派手でかっこいいからな、真似すんのは判る。しゃーないしゃーない。けどお前に乗っかった連中のことまで気にするこたねーだろ。俺は俺で、そいつら全員、ぶっ倒すつもりでやってたからな!」
 藤原らしいと華之丞は思う。
 だから多分、自分は負けてしまったのだ。
 素直じゃないから。
 正直じゃないから。
 表立ってふんぞりかえって馬鹿にしていれば、上に立っていると錯覚できてしまったから。
 実際はそんな事に意味はなかった。
 ただの子供だましで、だから幾久も御堀も騙せなかった。
「それでも、お前に余計なことさせたろ。悪かった。俺だけ謝って済むことじゃねえけど」
 そして華之丞は、ぽつりと言った。
「いろいろガキだった。これまでごめん」
「まーな、そこはまー、そーだな」
 藤原の、自分の心を全く隠さない言葉に、華之丞は苦笑した。
 一体、自分は藤原の何を見て、なにを考えていたのだろう。
「―――――お前になら、負けてもしゃあねえなって思う」
 華之丞の言葉に、藤原は嬉しそうに、「おお」と頷く。だが。
「サッカーはやめる」
 華之丞の言葉に、その場に居た全員が驚く。
 華之丞は藤原に言った。
「お前に任せる。俺は俺の道を行く」
 そして驚いたままの藤原の手をぎゅっと握った。
「昨日、いい試合だった。ありがとう」
 じゃあな!と言って華之丞は去ってゆく。
 暫くして、藤原はもう見えなくなった華之丞の去った方向へ走り出し、怒鳴った。

「そういうんじゃねえんだよぉおおおお!えっぐいことすんなよぉおおおお!サッカーしろよぉおおおおお!勝負しろよぉおおおおお!華之丞ぇええええええええ!!!!!!逃げんなばか―――――っ!!」


 しかしとっくに走って去った華之丞に藤原の声が届くことはなかった。
「くっそぉおおお!華之丞のやつ!俺は、絶対、絶対に、諦めないからなああああ!」
 練習だ練習!と藤原が怒鳴る。
 すると、虎継が傍に来て言った。
「あの、昨日の試合なんですけど、再現しませんか」
「再現?」
 こくんと虎継が頷く。
「すげー、みんな鬼みてーにカッコ良かったんで、俺もあんなサッカーがしたい」
 虎継の言葉に、周りも賛同し始めた。
「俺も!俺もやりたい!」
「俺も参加する!」
 次々に挙手され、藤原は喜ぶも、答えた。
「いや、そりゃ俺だってやってみたいけど、ぶっちゃけ夢中でよく覚えてな……」
 するとえぇーとブーイングが上がった。
「なんだよ!お前らは見てたほうだろ!お前らが再現しろ!」
 藤原が言うと、後輩たちが次々に声を上げた。
「無理に決まってんじゃん」
「使えねーな藤原」
「おい!いま俺を呼び捨てにしたろ!聞こえたぞ!」
 騒ぎ出した中学生たちに、コーチ陣は苦笑いでケートスの選手を呼んだ。
「誰か、昨日の試合、再現してやって」
 データは時山が選手に頼んで録画されたものがある。
 この調子なら、ユースの子達にいい刺激になるだろう。
(なんだか、華やかな一日だったなあ)
 たった昨日の、ほんの一時間もない時間で、藤原や華之丞の人生観を変えてしまった。
(乃木幾久と、御堀誉、か)
 元ルセロの子と、ケートスの誘いを蹴った、元ファイブクロスのユース出身の子。
 きっとこれからも、なにか関わるんじゃないのかな。そうだったら面白いのになあ。
(トッキーちゃんになんか聞いてみるか)
 折角のいい流れと関係を失いたくない。
「じゃあ今日は、昨日と同じ、四対四でやってみるか」
 コーチの提案に子供たちからわっと声が上がった。
 フットサルにも少ない人数ではあるが、暫くはこれで楽しめるだろう。
 華之丞だって、辞めるといってもまだ正式に断りは入っていない。
 この先どうなるかは、まだ誰にも判らない。
(春になったら、どんな風になるかな)
 華之丞も藤原も、報国院へすすむだろう。
 たった一日であれだけ変わった二人が、高校生活でまたどれほど変わるのか。
 今からもう、楽しみだった。


 ケートスの練習場を走って去り、華之丞は息をついた。
 ふと足を止めると、道の真正面に報国院の鳥居が見える。
(―――――春から、あそこだ)
 ずっと迷っていた事を、もう決めた。
 目指す場所はできた。
 だからまずは、見つけた目の前のお手本を、奪いに行く。
 恥ならかいた。
 もう最悪最低、馬鹿でガキな自分は全部晒した。
 今更なにをびびることがあるのか。
 隠すものはなにもない。

 どうしてもあの人がいい。
 華之丞は思った。
 幾久にあこがれた。やっぱりあの人だ。
 自分の目は間違ってない。
(負けるか。いや、負けたから、違うか)

「今度は、絶対に認めさせてやる!」
 報国院は成績さえよければチート、だったら問答無用で割り込んでやる。
 幾久に断られてもかまわない。
 報国院なら成績でぶっちぎれば、希望は叶うと聞いている。だったら、そうするまでだ。
 最初、どこの寮に入れられても、いや、最初からぶっちぎれば希望は通るはず。
 道があるなら進めば良い。
(首席取ればいいんだろ!)
 やってやるよ。華之丞は決心した。
「ぜってえ、ぜってー、入ってやる!」
 鳳に。御門寮に。
 あの赤いバッジを、春にこの胸につける為に。

「待ってろよぉおおお!ノギイクヒサぁああああ!」

 そう叫ぶと、華之丞は城下町のゆるやかな川沿いを、全速力で駆け抜けていった。





 治外法権・終
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