上 下
261 / 416
【17】大安吉日~恋の為ならなんでもするよ

ロミオ様、心底から笑う

しおりを挟む
 からかわれすぎてすっかりもう普通になってしまって、普が残念そうに言う。
「いっくんちっとも照れなくなった。えろい」
「あんだけいろいろやってりゃ慣れるって」
 ハハ、と笑っていると児玉が尋ねた。
「それよかさっきの恋ってなんだよ。洒落た言い回しだな」
「そうかな?素直にその通りっていうか。この町と海を初めて見たとき、あんまり綺麗で、もうここがいいって即効で決めちゃったからさ。ほんと一目ぼれ。勿論、報国院も気に入ったよ?実力主義だし」
「勝気なみほりんには確かに合ってるかもね」
 にぎやかに食事をしつつ、そう喋っていると、声をかけられた。
「―――――賑やかだな。試験お疲れ様」
 そう声をかけてきたのは、三年の桜柳寮提督、前原だ。
「ちょっとお邪魔しまーす」
 そういって顔をのぞかせたのは、お金先輩こと、梅屋だ。
「提督」
「お疲れ様です!」
 桜柳寮の一年生が次々に挨拶する。
 勿論、幾久も児玉も頭を下げる。
 ふと、幾久は視線を感じた。
 梅屋が楽しそうな目で幾久を見ていた。
(……なんだ?)
 不思議に思いつつも、特に話しかけられる様子もなかったので幾久は大人しく席についたまま、桜柳寮生たちの話を聞いていた。
 と、前原が幾久に尋ねた。
「乃木君、最近は御堀がお世話になったね」
「いえ、そんなの全然。むしろこっちが、誉……御堀君にお世話になりっぱなしで」
「いや、そんなのは全然かまわないよ。御堀も楽しそうだしね。ただ、あまり他の寮にばかり行くのは控えないと」
 前原の言葉に、幾久は気づいた。
(これって、けん制だ)
 そっか、と幾久は思う。
 御堀は有能で、当然桜柳寮としては手放したくない人材だ。
 だから桜柳寮の提督がわざわざこうして、幾久や御堀の様子を探りにきているのかと。
「オレがサッカーしたいって言ってるからなんです。勉強もみてもらったし」
「いや、かまわないと。そこは御堀だって賢いから、わきまえているさ。な?」
 前原の問いに御堀は「そうですね」と頷く。
 なんとなく微妙な空気が漂い始め、桜柳寮の一年生も、不穏な表情になってきている。
 幾久は前原に微笑みつつ言った。
「じゃあ、今度から、オレが桜柳寮じゃなくて、学校に誘ったらいっすよね!」
 幾久の言葉に前原が、ん?という表情になる。
「わざわざ御門寮に来て貰わなくても、学校ならサッカーできるし、今度から誉を誘って学校に行こう?うん、そうしよ!いいよね誉」
 幾久が言うと御堀は苦笑した。
「そりゃ僕はかまわないけど」
「そっかー、誉が御門に来てくれるから、オレちっとも気づかなかったけど、オレがそっち行ったらいいんだよな。あ、そっか、だったら外郎食べ放題だし!」
「ちょっといっくん!どんだけ外郎好きなんだよ!」
「主食」
 幾久の言葉に一年生がどっと笑い出し、前原はやれやれと苦笑した。
「相変わらずなようだな。じゃあ、乃木君、いつでも桜柳寮に遊びにきてくれ」
「あ、ハイッす」
 幾久が頷くと、前原は梅屋と一緒にテーブルを去って言った。


 三年生二人が去ると、一年生全員が顔を見合わせた。
「なんか迫力。やっぱ提督って雰囲気あるのな」
 児玉が感心したように言うと、山田が言った。
「前原提督は真面目なんだよ。きちんとしてる」
「見るからにそんな感じだな」
 児玉が言うと、普が頷く。
「梅やん先輩がふらついてる分、前原提督がきっちり締めてていいコンビだよ、あの二人」
「なるほど」
 確かに梅屋は三年生というよりは、栄人の先輩といった雰囲気が強く、山縣とも仲がよくトリッキーな存在だ。
「本当は梅屋先輩が提督にっていうのもあったんだけど、向いてないからって前原提督になったんだって」
「それは判る。すごく判る」
 幾久も頷く。
 確かに、桜柳寮といえば変わり者の巣窟なので、梅屋がトップでもおかしくもなんともないが、変わり者の中の変わり者がトップに立つと収集がつかなくなってしまう気もしないでもない。
 山田が言う。
「本当は、恭王寮も前原提督がどうかって話もあったらしいけど、前原提督じゃガチガチになるんじゃないかってなって、結局雪ちゃん先輩が引っ張られたんだってね」
「そうなんだ?」
 確かに、あのまっすぐなきちんとした雰囲気の前原だと恭王寮はどこまでも真面目になりそうだ。
「タマ、前原提督だったら案外合ってたかも」
「まるで俺が雪ちゃん先輩と喧嘩したみたいな言い方すんなよ」
 児玉が苦笑すると、確かにな、と幾久も笑った。
「でもさ、タマ君だって前期は鳳だったわけだし、だったら案外、桜柳寮に来てたのかもね」
 普が言うと、児玉が苦笑した。
「ないって。俺、けっこうギリギリで鳳だったし実際鷹落ちしてるわけだし」
「でも次は鳳だろ?」
 入江が言うと山田が言った。
「饅頭が落ちるからな」
「いや、やっぱここは味噌の鷹漬け、もとい鷹の味噌付」
 なにがおかしいのか、そう言って入江が噴出すと山田が殴る、いつものパターンだ。
 苦笑して見ながら児玉が答えた。
「あと、俺の事はタマでいい。君とかつけたら間抜けだし」
「―――――そっか」
 普がほっとしたように山田を見ると、山田が言った。
「鳳来いよ、タマ」
 そう言う山田に児玉は「おう」と笑った。
 横で入江が「お前が落ちてたりな!」と言うと品川の肘が入江のみぞおちに入ったのだった。



 さて、その日の夜の桜柳寮である。
 試験期間はぴりぴりしていた寮内も、終わったばかりとあって空気は和やかだ。
 さすがに今日は参考書を広げたり、すぐ勉強をしたり、ということもなく、ノートを広げて点数の確認とか、判らなかった問題を同級生や先輩に尋ねたり、いつもの桜柳寮になっていた。
 そんな寮生たちの様子を穏やかに見つめる桜柳寮の提督、前原の前に一年生が現れた。
「前原提督、お話よろしいでしょうか」
 御堀の言葉に前原は頷く。
(やっときたか)
 やはり、と前原は思った。
 桜柳祭で仕事を多く引き受けていた御堀は、桜柳寮での責任者のことまで尋ねられ、いっぱいいっぱいになってしまい、一度逃げ出してしまった。
 その件については、前原のタイミングが悪かったと反省している。のだが。
 その後、緊急の対処として御門寮に預かってもらったまでは良かったのだが、これまで普通に過ごしていたはずの御堀がやけに御門寮に肩入れするようになった。
 最初は、地球部の舞台で御門寮の乃木幾久がどうも下手だという事で、御堀と頻繁に練習をしているのは聞いていたが、隙あらばというか、事あるごとに御堀は御門寮に行きたがった。
 先日も、文化芸術祭の前に緊急事態があって、それは確かに仕方のないことだったらしいのだが、それでも御堀は御門寮に泊まりっぱなしだった。
 さすがにそろそろ、自重してもらわないと困る。
 一言注意をしようと思ったのだが、梅屋に『試験の後にしろ』と言われ、それもそうだとこの日まで待った。
(正式に、御堀を桜柳寮の提督にする為に)
 前原は考えていた。
 この寮で、御堀以上の人材はいない。
 それは誰に尋ねても、いや、尋ねなくとも判っている事だ。
 だからあえて、発表は早いほうがいい。
 どうせもう決まっていることだ。
 御堀はずっとこの寮に居て、そして桜柳寮を導いてくれる。
 そう前原は信じていた。
「勿論だ御堀。じゃあ、移動を」
「その必要はありません。ここで大丈夫です」
 言うと、御堀は前原の正面の席につき、両手を組んだ。
「寮についてですが。前原提督がおっしゃりたいことは、僕に、ちゃんとあるべき寮へきちんと所属せよ、という事ですよね」
「!勿論だ」
 やはりちゃんとわきまえてくれているらしい。
 前原はほっとして頷いた。
 御堀が続ける。
「僕もずっと、自分の存在意義について考えていました。僕は鳳から落ちるつもりは勿論、首席から落ちるつもりもありません」
 強気な発言に、前原は強く頷いた。
「それでこそ、わが寮の所属だ」
「桜柳寮が報国院から一番近い場所にあるのも、勉強に支障が出ないため、そして桜柳会にできるだけ参加できるため、ですよね?」
 前原は頷く。
「勿論だ。わ桜柳寮は、鳳の為にあり、本来は鳳クラスだけで占めるものだ」
 実際、桜柳寮に所属する生徒で、鷹落ちするのはごくわずかだ。
 といっても落ちても戻ることが多く、まずそんなことはありえない。
 首席で入学、そしていまだその席を譲らず。
 昨年、一昨年の首席は御門寮に奪われてしまい、いくら桜柳寮と言ってもトップ不在の微妙な雰囲気であったが、ここに来てやっとトップを頂に据えることが出来る―――――そう前原は思っていた。
 しかしである。
 御堀はロミオ様スマイルと呼ばれる笑顔で微笑むと、前原に告げた。
「でも僕、桜柳会、キライなんですよね。面倒くさくて」
「え?」
「先輩達の仕事っぷりは見事の一言なんですが、雑用多すぎだし、面倒多すぎだし、正直もう絶対にやりたくないしやりたくないしやりたくないし、かといってやると言ったからにはやらないといけないんですけど極力サボりたいんですよね、正直言うと」
 ちょっと待て。
 前原は思った。
 この饒舌な御堀は、自分が知っている御堀とずいぶんと違う。
「首席は譲るつもりはないんですけど、桜柳会に桜柳寮に、進学のことなんかさすがに僕でも無理なんですよね。桜柳寮は好きなんですけど。というわけで」
 こほんと御堀はひとつ咳をつくと、晴れ晴れしい笑顔で言った。

「僕、御門寮に移寮します」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...