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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
狸に似てる(発見)
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「だって杉松さんのおかげで、ずいぶん助かってますもん。オレ、てんでガキだったのに、っていうか今も十分ガキっすけど、杉松さんの財産でなんとか御門生、やってられてる様なもんなんす」
ずっと一緒に暮らしてきたから判る。
久坂が、高杉が、どんなに杉松と言う存在を愛していて、大切にしていて、守ってきているのか。
ずっと首席を守っているのだって、杉松の為だと山縣に教わってからは余計に。
雪充の姉の菫だってそうだった。
幾久を杉松と似ているから、確かめに来たけれど、ちゃんと幾久の事も考えてくれて、幾久が嫌だと言えば引き下がるつもりでいてくれた。
そんなにも、杉松という存在は、皆の中で深いのだ。
「杉松さんのおかげで、みんなに親切にしてもらってるし。だからなんていうか。杉松さんに恩返し?になるかなって」
そういって幾久は笑う。
毛利と三吉は目を丸くしていた。
「長井先輩はむかつくけど、どうせオレなんか見てないし。でもこれが杉松さんの戦いだっていうなら、オレが代わりに戦いますよ」
そうすれば少しでも、貰った恩を返せるだろうか。
どうしようもなく無知で我儘で、なにもかも知らないまま大人のなりそこないになるはずだった幾久を、ちゃんと考えるようにしてくれるチャンスを与えてくれた人に。
杉松の親切とあたたかさが、幾久の周りの人を動かしているのなら、貰ったものくらいは返したい。
昼休みが終わる余ベルが鳴った。
「あ、じゃあもういっすか?授業あるんで」
「おうよ。呼び出して悪かったな」
「いえ、いっす。じゃあ、ご無礼します!」
そういって幾久はぺこりと頭を下げて、職員室を出て行った。
毛利はぽつりと三吉に言った。
「なあ、今の聞いた?三吉君」
「聞きましたよ。なんですかあれ。天使ですか」
三吉も驚きのあまり表情が固まってしまっていた。
「穢れなくってオジサンもう泣きそうよ」
毛利は、自分が幾久に杉松を投影したのも判ってるし、それを判ったうえで、久坂、高杉の居る御門寮にぶつけた。
あの二人の為に、幾久を利用したようなものだ。
それなのに。
「全然、知りもしない杉松に、勝手に投影されて思い込みされて、面倒にもあっただろうに、恩返しだとよ」
確かに、賭けではあった。
あの杉松が好きでたまらない二人が、ずっと傷ついたままの連中が、幾久でなにか変わるのではないかと、ちょっとした期待はあった。
御門でうまくいかなくても追い出せばいい。
そう乱暴に思っていたのも事実だ。
それがどうしたことか、面白いくらい、毛利も考えもしなかった方向へ進んで行った。
幾久は杉松よりよっぽど頑丈で、図々しく、生意気で、はるかに心配がない。
それでもどこか、たまに杉松を彷彿とさせる何かを見せてくる。
「いい子だなあ」
「いい子ですねえ」
二人で感心してそう言うと、「違うわよ」と玉木が笑った。
「あなた達が、杉松さんへの財産をあの子に渡したから、それが帰ってきてるんでしょ」
「俺等のはどうしようもねーあまりモンぶつけただけっすよ」
杉松を好きだった。
ずっと一生、友達のはずだった。
そして杉松にとって、自分たちはそうなってしまった。
杉松にしてやれることはもう、なにひとつなくなった。
だから、杉松の望みであった、瑞祥と呼春を守ると決めて、そうするために何をすべきかばかり考えてきた。
でも、愛情はやっぱり滞る。
杉松への感情はどこへ流せばいいか判らず、淀んでた連中は幾久を見つけて、一気にそこへ流れ込んだ。
「どうせ杉松のお下がりにすぎねえのに、杉松のお陰で貰ったから恩返しってさ。なんだよ。俺等よかよっぽど大人じゃねえか」
苦笑する毛利に、玉木が言った。
「お下がりだとしても、あの子にはそれが必要だったし、嬉しかったんでしょ。じゃあ、良かったじゃないの。みんな得しかしてないわ。あなた達って、ホントいい子たちねえ」
そういってニコニコ笑う玉木に、毛利が言った。
「たまきんってあれだよな。たらし。好きになっていい?」
「あら嬉しい。セクシーね」
ふふっと微笑む玉木に、三吉も言った。
「ほんっと、若い子には敵わないですね」
自分ばっかり、なんで。
そう考えたこともあった。
不平不満を抱えて、どうしようもなさに苛立ったりした。
三吉にだって覚えはある。
もしも自分が幾久の立場だったら、あんなふうに素直に、知らない人への恩返しと言えただろうか。
「つくづく思いますよ。杉松先輩がいなかったら、どんなにひがんだろうかって」
それはきっと、青木も同じだったろう。
自分たちはよく似ていた。考え方も境遇も。
だから、同じように、杉松を好きになった。
どんな態度でも、どんな言葉でも、杉松はいつもまっすぐに人を見た。
乱暴であっても、優しくあっても、表現の方法に揺らぐことはなく、常に本当の意味を探ろうとしていた。
それが本当は凄く厳しくて、容赦がなく、逃げ道も無く、どこまでも大人じみた冷徹さであったと気づいたのは大人になってからだった。
それでわかった。
あの宇佐美が、なぜ杉松には決して逆らう事がなかったのか。
人として、なにもかも、宇佐美の方が上だった。
要領の良さも、人当たりの良さも、優秀さも。
だから、なぜ、ちょっと本気を出せば杉松なんか簡単に越えられるだろう宇佐美が、杉松へ崇拝と言ってもいくらいの立場をずっと守っていたのか。
最初は、杉松の人の良さに従っていると思っていた。
だけど本当はそうじゃなかった。
大人になれば、全部見えた。
宇佐美は杉松を、確かに崇拝していたのだと。
あの高潔さと厳しさを、宇佐美はずっと求めていて、宗教のように、それを杉松に求めていたのだと。
そして杉松は、そういった存在だった。
ひたすら高潔で、正しかった。
人の当たり前の歪みを、許さず壊してしまうほどに。
「乃木君は―――――先輩と違って、ちょっと可愛い所がありますね」
「そーだな。杉松をポンコツにしたらあんな感じか」
「ポンコツって酷いな」
でもまあ確かに、と三吉は笑う。
杉松のような高潔さを持ってはいても、どこかコミカルで、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた杉松とは違って、ちょっとなめられそうな空気もある。
「なんかアイツ、狸に似てね?おでこに葉っぱじゃなくてサッカーボール乗せて遊んでるみてーじゃん」
毛利の言葉に、つい想像してしまった三吉と玉木は同時に噴き出した。
授業が終わり、幾久と御堀と児玉は、駆け足で御門寮へと帰った。
制服も着替えずに、一目散に山縣の部屋へ向かった。
「ガタ先輩、ただいまっす!」
「おう……後輩、よくぞ帰った」
扉を開けた山縣の目には、すごいクマが出来ている。
「交代でこの部屋に誰かいますから、山縣先輩は寝てください」
御堀が言うと、山縣は「頼む」と頷いた。
「じゃあ、大佐にもよろしく言っといてくれ」
モニターの向こうでは親切にも大佐が映っていた。
「大佐!ありがとうございました、あとはオレらでなんとかします!」
幾久が言うとモニターの中から大佐が頷いた。
『後輩殿!ミッションの成功を祈るでごわすよ!』
そういうと、大佐もモニターから消えた。
山縣はベッドにもぐりこんで、すぐに寝落ちした。
「幾、児玉君、二人とも着替えてきなよ。終わったら交代して」
「わかった。じゃ、タマ、着替えよ」
「おう」
二人で着替えをしていると、廊下から弦楽器の響く音が聞こえた。
「うわ、あれってチェロの音かな」
「みてーだな。けっこう響くんだな。音、ふてーし」
ギターをやっている児玉はちょっと感心したようだ。
「俺、チェロは全くわかんねーけど、あれってかなり上手いんじゃねえの」
確かに、報国寮の中に響くチェロの音は美しく穏やかだ。
もし弾いているのがあの先輩でなければずっと聴いても良いと思うくらいには。
「性格があれじゃ、聴く気にも誉める気にもならない」
「確かにな」
何も知らない状態で長井のチェロを聞けば、凄いと感心もしただろう。
だけどあの性格や暴言を知った今となっては、どんな音もすり抜けていく。
ただのBGMにしか感じない。
「あーあ、何も知らずに聞けたらラッキーって思っただろーに、あの先輩ほんっとヤな奴!」
「仕方ねえよ。あの性格じゃ、杉松さんを嫌ってるっていうより、なんか好きな奴誰もいなさそう」
児玉の言葉に幾久は驚いた。
「タマ、あいつの事嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ?最初は杉松さんの敵だと思ったから余計にムカついたけど、でもあいつって杉松さんを嫌ってるんじゃなくて、誰にでも不満ばっか持ってそうだなって。ホラ、俺とお前が喧嘩したやつに似てる」
「!あいつらか」
「そう」
確かに、言われてみたらそうかもしれない。
「杉松さんを嫌いなら、なんでだよって思うし、そう思ってたんだけどさ。なんかあの人、普通に不満ばっかり持ってるやつっぽいなって」
「あの二人ってそうだった?」
幾久が尋ねると児玉は首を横に振った。
「正直わかんねえんだよ。関わってなかったから。だから余計に、なんでそこまで憎まれるのか判んなかったし未だにわからん。俺の目つきと態度があまり良くないせいかなってことくらいで」
「確かに、タマってたまにこえーもん」
「ダジャレか?」
「そう」
二人で着替えを済ませたので、山縣の部屋へ向かった。
御堀が制服のまま、おとなしく山縣の部屋で留守をしてくれていた。
「誉サンキュー。着替えてきなよ」
「わかった」
御堀と入れ替わり、山縣の部屋に児玉と二人で座った。
「で、どーするこれから」
「誰かがこの部屋に居ればいいわけだから、時間で交代制にしたらいいんじゃね。この部屋なら漫画山ほどあるから読んでればいいし」
「そうだな」
山縣の部屋は遊びの宝庫だ。
こんな誘惑の多い場所でよく受験勉強ができるなと思う。
ずっと一緒に暮らしてきたから判る。
久坂が、高杉が、どんなに杉松と言う存在を愛していて、大切にしていて、守ってきているのか。
ずっと首席を守っているのだって、杉松の為だと山縣に教わってからは余計に。
雪充の姉の菫だってそうだった。
幾久を杉松と似ているから、確かめに来たけれど、ちゃんと幾久の事も考えてくれて、幾久が嫌だと言えば引き下がるつもりでいてくれた。
そんなにも、杉松という存在は、皆の中で深いのだ。
「杉松さんのおかげで、みんなに親切にしてもらってるし。だからなんていうか。杉松さんに恩返し?になるかなって」
そういって幾久は笑う。
毛利と三吉は目を丸くしていた。
「長井先輩はむかつくけど、どうせオレなんか見てないし。でもこれが杉松さんの戦いだっていうなら、オレが代わりに戦いますよ」
そうすれば少しでも、貰った恩を返せるだろうか。
どうしようもなく無知で我儘で、なにもかも知らないまま大人のなりそこないになるはずだった幾久を、ちゃんと考えるようにしてくれるチャンスを与えてくれた人に。
杉松の親切とあたたかさが、幾久の周りの人を動かしているのなら、貰ったものくらいは返したい。
昼休みが終わる余ベルが鳴った。
「あ、じゃあもういっすか?授業あるんで」
「おうよ。呼び出して悪かったな」
「いえ、いっす。じゃあ、ご無礼します!」
そういって幾久はぺこりと頭を下げて、職員室を出て行った。
毛利はぽつりと三吉に言った。
「なあ、今の聞いた?三吉君」
「聞きましたよ。なんですかあれ。天使ですか」
三吉も驚きのあまり表情が固まってしまっていた。
「穢れなくってオジサンもう泣きそうよ」
毛利は、自分が幾久に杉松を投影したのも判ってるし、それを判ったうえで、久坂、高杉の居る御門寮にぶつけた。
あの二人の為に、幾久を利用したようなものだ。
それなのに。
「全然、知りもしない杉松に、勝手に投影されて思い込みされて、面倒にもあっただろうに、恩返しだとよ」
確かに、賭けではあった。
あの杉松が好きでたまらない二人が、ずっと傷ついたままの連中が、幾久でなにか変わるのではないかと、ちょっとした期待はあった。
御門でうまくいかなくても追い出せばいい。
そう乱暴に思っていたのも事実だ。
それがどうしたことか、面白いくらい、毛利も考えもしなかった方向へ進んで行った。
幾久は杉松よりよっぽど頑丈で、図々しく、生意気で、はるかに心配がない。
それでもどこか、たまに杉松を彷彿とさせる何かを見せてくる。
「いい子だなあ」
「いい子ですねえ」
二人で感心してそう言うと、「違うわよ」と玉木が笑った。
「あなた達が、杉松さんへの財産をあの子に渡したから、それが帰ってきてるんでしょ」
「俺等のはどうしようもねーあまりモンぶつけただけっすよ」
杉松を好きだった。
ずっと一生、友達のはずだった。
そして杉松にとって、自分たちはそうなってしまった。
杉松にしてやれることはもう、なにひとつなくなった。
だから、杉松の望みであった、瑞祥と呼春を守ると決めて、そうするために何をすべきかばかり考えてきた。
でも、愛情はやっぱり滞る。
杉松への感情はどこへ流せばいいか判らず、淀んでた連中は幾久を見つけて、一気にそこへ流れ込んだ。
「どうせ杉松のお下がりにすぎねえのに、杉松のお陰で貰ったから恩返しってさ。なんだよ。俺等よかよっぽど大人じゃねえか」
苦笑する毛利に、玉木が言った。
「お下がりだとしても、あの子にはそれが必要だったし、嬉しかったんでしょ。じゃあ、良かったじゃないの。みんな得しかしてないわ。あなた達って、ホントいい子たちねえ」
そういってニコニコ笑う玉木に、毛利が言った。
「たまきんってあれだよな。たらし。好きになっていい?」
「あら嬉しい。セクシーね」
ふふっと微笑む玉木に、三吉も言った。
「ほんっと、若い子には敵わないですね」
自分ばっかり、なんで。
そう考えたこともあった。
不平不満を抱えて、どうしようもなさに苛立ったりした。
三吉にだって覚えはある。
もしも自分が幾久の立場だったら、あんなふうに素直に、知らない人への恩返しと言えただろうか。
「つくづく思いますよ。杉松先輩がいなかったら、どんなにひがんだろうかって」
それはきっと、青木も同じだったろう。
自分たちはよく似ていた。考え方も境遇も。
だから、同じように、杉松を好きになった。
どんな態度でも、どんな言葉でも、杉松はいつもまっすぐに人を見た。
乱暴であっても、優しくあっても、表現の方法に揺らぐことはなく、常に本当の意味を探ろうとしていた。
それが本当は凄く厳しくて、容赦がなく、逃げ道も無く、どこまでも大人じみた冷徹さであったと気づいたのは大人になってからだった。
それでわかった。
あの宇佐美が、なぜ杉松には決して逆らう事がなかったのか。
人として、なにもかも、宇佐美の方が上だった。
要領の良さも、人当たりの良さも、優秀さも。
だから、なぜ、ちょっと本気を出せば杉松なんか簡単に越えられるだろう宇佐美が、杉松へ崇拝と言ってもいくらいの立場をずっと守っていたのか。
最初は、杉松の人の良さに従っていると思っていた。
だけど本当はそうじゃなかった。
大人になれば、全部見えた。
宇佐美は杉松を、確かに崇拝していたのだと。
あの高潔さと厳しさを、宇佐美はずっと求めていて、宗教のように、それを杉松に求めていたのだと。
そして杉松は、そういった存在だった。
ひたすら高潔で、正しかった。
人の当たり前の歪みを、許さず壊してしまうほどに。
「乃木君は―――――先輩と違って、ちょっと可愛い所がありますね」
「そーだな。杉松をポンコツにしたらあんな感じか」
「ポンコツって酷いな」
でもまあ確かに、と三吉は笑う。
杉松のような高潔さを持ってはいても、どこかコミカルで、他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた杉松とは違って、ちょっとなめられそうな空気もある。
「なんかアイツ、狸に似てね?おでこに葉っぱじゃなくてサッカーボール乗せて遊んでるみてーじゃん」
毛利の言葉に、つい想像してしまった三吉と玉木は同時に噴き出した。
授業が終わり、幾久と御堀と児玉は、駆け足で御門寮へと帰った。
制服も着替えずに、一目散に山縣の部屋へ向かった。
「ガタ先輩、ただいまっす!」
「おう……後輩、よくぞ帰った」
扉を開けた山縣の目には、すごいクマが出来ている。
「交代でこの部屋に誰かいますから、山縣先輩は寝てください」
御堀が言うと、山縣は「頼む」と頷いた。
「じゃあ、大佐にもよろしく言っといてくれ」
モニターの向こうでは親切にも大佐が映っていた。
「大佐!ありがとうございました、あとはオレらでなんとかします!」
幾久が言うとモニターの中から大佐が頷いた。
『後輩殿!ミッションの成功を祈るでごわすよ!』
そういうと、大佐もモニターから消えた。
山縣はベッドにもぐりこんで、すぐに寝落ちした。
「幾、児玉君、二人とも着替えてきなよ。終わったら交代して」
「わかった。じゃ、タマ、着替えよ」
「おう」
二人で着替えをしていると、廊下から弦楽器の響く音が聞こえた。
「うわ、あれってチェロの音かな」
「みてーだな。けっこう響くんだな。音、ふてーし」
ギターをやっている児玉はちょっと感心したようだ。
「俺、チェロは全くわかんねーけど、あれってかなり上手いんじゃねえの」
確かに、報国寮の中に響くチェロの音は美しく穏やかだ。
もし弾いているのがあの先輩でなければずっと聴いても良いと思うくらいには。
「性格があれじゃ、聴く気にも誉める気にもならない」
「確かにな」
何も知らない状態で長井のチェロを聞けば、凄いと感心もしただろう。
だけどあの性格や暴言を知った今となっては、どんな音もすり抜けていく。
ただのBGMにしか感じない。
「あーあ、何も知らずに聞けたらラッキーって思っただろーに、あの先輩ほんっとヤな奴!」
「仕方ねえよ。あの性格じゃ、杉松さんを嫌ってるっていうより、なんか好きな奴誰もいなさそう」
児玉の言葉に幾久は驚いた。
「タマ、あいつの事嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ?最初は杉松さんの敵だと思ったから余計にムカついたけど、でもあいつって杉松さんを嫌ってるんじゃなくて、誰にでも不満ばっか持ってそうだなって。ホラ、俺とお前が喧嘩したやつに似てる」
「!あいつらか」
「そう」
確かに、言われてみたらそうかもしれない。
「杉松さんを嫌いなら、なんでだよって思うし、そう思ってたんだけどさ。なんかあの人、普通に不満ばっかり持ってるやつっぽいなって」
「あの二人ってそうだった?」
幾久が尋ねると児玉は首を横に振った。
「正直わかんねえんだよ。関わってなかったから。だから余計に、なんでそこまで憎まれるのか判んなかったし未だにわからん。俺の目つきと態度があまり良くないせいかなってことくらいで」
「確かに、タマってたまにこえーもん」
「ダジャレか?」
「そう」
二人で着替えを済ませたので、山縣の部屋へ向かった。
御堀が制服のまま、おとなしく山縣の部屋で留守をしてくれていた。
「誉サンキュー。着替えてきなよ」
「わかった」
御堀と入れ替わり、山縣の部屋に児玉と二人で座った。
「で、どーするこれから」
「誰かがこの部屋に居ればいいわけだから、時間で交代制にしたらいいんじゃね。この部屋なら漫画山ほどあるから読んでればいいし」
「そうだな」
山縣の部屋は遊びの宝庫だ。
こんな誘惑の多い場所でよく受験勉強ができるなと思う。
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