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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

俺の大事なうすい本が!!!

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 サッカーをやりたかったけれど、ユースから落とされ、母親には無駄な事はやめろとさんざん言われた。
 だから中学時代は、塾と勉強漬けだったわけだし。
「なんか納得せざるを得ない」
「そういうものって事じゃないかな」
 御堀の言葉に山縣も言う。
「実際、煽ったら見事なまでにこじらせてたからな。ありゃかなり言われてきたんじゃねーの?」
 山縣に対する長井の態度は、確かにやたら子供じみていた。
 どこをとってもそうではあるけれど、恨みつらみのある久坂と高杉はともかく、関係ない山縣にもあの態度なら、かなりのコンプレックスがあるということだ。
「じゃあ、ひょっとして実家に帰りたくないから御門に来た、とか?」
 幾久が言うと御堀は首を横に振る。
「もしそうならホテルをとればいいだけの話だし」
「だよねえ。じゃあまさか、本当にハル先輩と瑞祥先輩をいじめに来たとか?」
「それも考えられるけど、いざとなったら毛利先生も三吉先生もいるのにそこまでするかな、とも考えられるよね」
 御堀のいう事はいちいちもっともで、幾久は「うーん」と頭を抱える。
「正直、僕はその長井って人を見ていないからなんとも言えないけど、果たしていい大人がそこまでの事をしに帰ってくるのかっていうと、微妙な気もする」
 御堀の言葉に、御門の全員が顔を上げた。
「いや、あの性格と態度はないわ」
「そうそう、なんかガキくせーし」
 幾久と児玉はそう言うが、御堀は自分の見解を言った。
「それはそれでおいといてさ、わざわざいい思い出があるわけでもない御門寮に来るのは目的があるからだと思う」
「目的」
 幾久が言うと、御堀が頷く。
「長井先輩の目的が、久坂、高杉先輩をいじめることなら、幾が二人を追い出すときに文句を言うと思うんだよ。逃げるのか、とかそういった風に」
「確かに言う。言いそう絶対に」
「でも言わなかったんだろ?」
 御堀の言葉に、幾久も思い出す。
「一年に追い出されるのか、とバカにはしたけど、逃げるのか、とは言わなかった」
 はっと幾久は気づいた。
「そういやオレ、長井先輩が来る前に、瑞祥先輩とハル先輩に聞いたんだよ。先に逃げておけばいいって。でも、長井先輩は二人をいたぶりに来るわけで、それでいなかったら逃げたって言われるから仕方なく寮に居るって。でもおかしいよな、それならあの二人が出て行くのを邪魔するはずなのに」
「いたぶりに来てるのなら、ハルと瑞祥がいなくなると知ったら逆切れするはず。でもしない、ということは」
 栄人が言うと、児玉が答えた。
「ひょっとして、実はいたぶりに来たわけじゃなくて他に目的があるってことか?」
 と、山縣のスマホが急にブーンとなり始めた。
「―――――お前ら、それ大当たりっぽいな」
 え、と全員が顔を上げると、山縣がにやりと笑ってスマホを見せた。
「俺の部屋に侵入者ありだ。誰かはもう、判るな?」
 全員は顔を見合わせて、うん、と頷いた。

 抜き足、差し足でそろりそろりと廊下を歩いて、山縣の部屋の前に着いた。
 確かに、部屋の中に人の気配がある。
 山縣は、しーっと全員に合図すると、思い切り扉を開けた。
「!」
「あれあれ?先輩、どうしたんですか?ぼくの部屋になにか用事でも?」
 無断で山縣の部屋に入っておきながら、長井はしれっと言い返した。
「べっつに。懐かしいなって思ってただけだ」
「へー、ぼくの荷物しかありませんけどね」
「いいだろ別に!」
 勝手に部屋に入ったことを謝るでもなく、逆切れしている。
 長井は舌打ちすると、山縣の部屋を出て行った。
「……めんどくさそうな人だね」
 御堀の言葉に幾久が「だろ?」と頷く。
 山縣は言う。
「けど、これであいつの目的が判ったな。あいつはなにかを探しにここに来たってことだ」
「探しにって。忘れ物とか?」
「今更?」
「だよな。あったとしてもそんなのとっくに取りに来てそうだし」
 確かに御門寮は歴史のある寮だが、そんなに昔のものが残っているとは考えられない。
「桜柳は本を残していくって言ってたよね。御門もなんか卒業する時に残すとかあるんすか?」
 幾久の問いに栄人が答える。
「あえて残すってのは聴いたことないけど、いらないものは置きっぱなしにしてるよ。スリッパなんか先輩らが使ってるのそのままだし。あとは茶碗とか?マグカップとか。よくわからんおもちゃとかもそうだし。あと、時々寮に居た先輩が差し入れで送ってくれたりもするよ。梨だってそうだったろ?」
「そういやそうでしたね」
 秋口に大量に梨が届いて困ったことがあった。
 あれは宇佐美と別の先輩の梨がエンカウントした結果だった。
「うーん、わかんないけど、ガタ先輩の部屋になにかあるってことなのかな」
「俺の部屋なんてお宝しかねーぞ」
「ガタ先輩にとってのお宝でしかねーんで、ぶっちゃけ普通の人には意味ないし」
「わかんねーぞ。アイツボルケーノちゃんのファンかもしれん」
「だったらガタ先輩と仲良くなるでしょ」
「同担拒否系とか」
「いーからガタ先輩は黙って下さいよ。ガタ先輩がこの寮に来た時って、なんか怪しいものとかあったんですか?」
「黙れとか言いながら説明求めるのかよ。まあいいけど。ねーよ、なんもねーよ。部屋の家具も、全部自分で買ったもんな俺」
「ですよね」
 部屋をみっちり敷き詰めている棚と本棚、飾られたフィギュアにオタクグッズは量はすさまじいがまるで店のようにきちんと整っている。
 こんな風にするには、最初から整えようと思ってしなければ無理だ。
「それより、長井先輩は何を探していたのか、判りますか?」
 御堀の問いに山縣が答えた。
「わかんねーよ」
「この部屋に入った時、長井先輩はどこで、何をしていました?」
 御堀が尋ね、山縣が首を傾げた。
 幾久が言う。
「誉、なんか探偵みたい。カッコいい」
「ドラマみたいになってきたな」
 うなづく児玉に栄人が苦笑した。
「わざわざウチに来て貰ってんのに、御堀君に丸投げって」
「誉の考えの方が絶対にオレより確実ですって」
 山縣は言った。
「実際その通りかもな。確か、アイツは俺の本棚を漁ってた」
「本棚」
 御堀が言う。
「それ、どの段か判ります?」
「おお。下の方の、このあたりかな」
 山縣が示したのは、一番下のあたり、ノートサイズの本が並べられているあたりの棚だった。
「B5判の本とか雑誌とか、ここに並べてあるんだよ。うわ、アイツ、乱暴にしやがったな!角ちょっと折れてんじゃねーかよ!」
 ぷりぷり山縣が本を出して文句を言う。
「……ということは、長井先輩が探しているのは、そのサイズってことになるね」
 全員が御堀を驚いて見た。
「だって普通、本を探すときはそのサイズを見るだろ?こんなに本が多種多様にあるのに、そこだけ触ってるってことは、間違いなくそのサイズのものってことだよ」
「誉、カッコいい」
「本当に探偵みたいだな」
 ほわーと感心する一年生二人に、御堀は苦笑する。
「いや、ちょっと考えたら判るし」
「いやいや、オレらじゃそんなん考えもつかないし」
「すげーな鳳で首席ってこれかよ」
「確かにコナン君だわお前は」
 しかし、と山縣が言った。
「っつーことは、アイツの狙いは多分、この手のノートみてーな何か、っつうことだな」
 やや折れた本を山縣は嫌そうに見せた。
「まさか、薄い本が目当て?」
「同人誌でも作ってたんかよ」
「なにかは判りませんけど、多分、長井先輩の目的はこういうものでしょうね。ノートサイズの何か」
 御堀の意見はいちいち納得できるもので、確かにそう考えれば無理がない。
「寮生が残して行った荷物とか、ノートとかあるんですか?先輩」
 栄人と山縣に御堀は尋ねるが、二人は腕を組み、首を横に振る。
「覚えがないし、あるとしたら居間とか?」
「でも居間で、そんなの見た事ないっすし」
 居間によくいる栄人と幾久は顔を見合わせる。
「ま、とにかくあいつの目的は、ノート的なサイズのなにかっぽい、って事は判ったな。あと、多分だけどあいつは俺の部屋にあると思い込んでいる」
「なんでっすかねえ」
 幾久が首を傾げると、山縣が言った。
「ここに大量に本があるからじゃねえの?児玉文庫も高杉達の部屋も、本棚はあるが、このサイズの棚はねえだろ」
 確かに探しているサイズが判っているなら、本棚を見れば一瞬で判る。
「俺等がばたばたしている隙に、ひょっとしたらもう他の部屋は確認してるのかもしれねえぞ」
 御門寮の部屋は全部和室で、ドアがあるのは長井が使っている部屋しかない。
 これまで鍵とか、用心する、なんてことは全く必要なかったし、考えたこともなかった。
「なんか、嫌な感じっすね。寮に安心して荷物を置いとけないって」
 幾久が言うと、山縣が言った。
「ま、あいつだって目的のもの以外をあえて漁ろうとはしねーだろうし、俺の部屋をまたターゲットにするかどうかは不明だし」
 ただし、と山縣は言った。
「俺の大事な大事な薄い本を傷つけやがったのだけは許さねー、絶対に許さねー」
 山縣の本を本棚から出す際は、本を傷つけないようにまず隙間を作り、そっと平行に引いて出すという注意書きまで貼ってある。
 それを指でひっかけて斜めにしたものだから、棚の上に本の隅が当たって曲がってしまったのだ。
「これ以上の被害はごめんだからな。こっちだって本気出してアイツがなに探してるか探ってやんよ!」
 本を傷つけられた山縣は絶対に面倒くさいことをやるだろう。
「ばかだな、あいつ」
 幾久は言う。
「最初から、探してるものを言えば、一緒に探してやったのに」
 なぜあえて、こそこそ泥棒のように探したりする必要があるのか。
 いくら感じの悪い先輩だからって、探し物くらい協力してやるのに。
 幾久が言うと、御堀がぽつりと言った。
「他人を信用できない人なんて、そういうものだよ。他罰意識ばっかり強いと、自分のミスはばれないようにするしかないんだ。だから何も言えなくなる。当然助けてなんて言えないよね」
 サッカーでもそういった事に覚えがある幾久は、御堀の言葉に小さく頷く。
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